
←この記事をお気に入りに追加します。あとで読み返せます。Kouです。
読んだ瞬間、これは僕の出番だと思いました(笑)。
メチャクチャ長くなると思いますよ。
覚悟はいいですか。
昨日のメルマガで、「死にたい願望」とやらについて、
「そんなに死にたければ、勝手に死ねばいいと思います。」
と書きました。
書いたと言っても、秘密のメッセージですけどね。
あえて刺さるようにこういう表現を使っているわけです。
ぐっさり刺さってほしいんです。
刺さったら忘れませんから。
僕は自虐は嫌いなんです。ずっと昔から言っていることです。
自虐を認めたら、それで溢れかえることにもなります。
そして、このメルマガについて非常に面白いコメントを頂きました。
あえて全文掲載します。
先に言っておきますが、僕は否定したいわけじゃありません。
これについて伝えたいことがあるだけです。
迷子のハチ公さんより:
死にたい願望
まさにこの数日の私です
でもね聞いて
Kouさんは口にする人は本当に死なない
黙って死ぬていってた
私もね若い時思ってたの
死ぬ勇気があるならその勇気を生きる方にもっていけばいいのにて死んで生まれ変わりたいとか
やり直したいとかじゃないんだ
私の場合
生きてること
存在してること
考えはこと
呼吸をすること
それ自体が苦しくて『死んでしまいたい』
『一人になって消えてしまいたい』思うんだそれはね病気のせい
パニック障害てそうゆう病気なの
発作事態では死ぬなんてない
だけど
それほどの気持ちになるほど苦しいの
その発作がまたあるかもしれないと思うと
更に重ねて苦しくなる私がとどまれるのはね
娘と息子がいるから
この子達に悲しい思いさせちゃいけない
その気持ちが私を引き止めてくれるのTVでね円広志さんもいってたの
『得体のしれない病気』『生きてるのがツラい病気』て
仲良しの桂ざこばさんがねこれだけは強く言ったて
『首くくるなら朝まで待て。朝なったら連絡してこい』て
夜が更けていくのと同時にわけわからず症状がでたりするんだなにかが引き金になる時もあれば、
なんでかわからないけど呼吸が苦しくなったり、震えがでたり、 理由もわからない恐怖心に襲われたりするの そういう人もいるんだ
だからね叱咤激励だとしても
『死にたいと思うならかって死ねばいいと思います』
なんて言葉、簡単に使わないでほしい
それが引き金になる人も中にはいるかもしれないよ?
それでもKouさんにはわからないし、Kouさんのせいでもなければ、『しね』 といったわけでもないかもしれない それでも『死』に関すること
人の命に関わる事をこんなふうに簡単にかかないで本当に『死』と隣合わせになったことないから言えるんだよ
少なくともあなたの言葉は影響力があります
メルマガであったり、Blogであったり、公式の場であなたの発信してるものは自由です
けれども、人の生死に関わることはもっと慎重にとらえてほしいし、 言及するならば言葉を選んでください 勝手に死ねばいい
死ぬとか死にたいといってる人間は本当には死なない
なんてことは、Kouさん、あなたの勝手な思い込みです
僕の話に耳を傾けてください
僕の言うとおりにしてください
信じてください
少なくともそうやってメッセージをなげかけるのならば、そんな勝手な思い込みの言葉を吐き捨てるように言わないでくださ い 言葉を選べないならそんな内容もスルーしてください
誰もがあなたが思っているように生きてはいない
これをブログでちゃんと書いたことはないかもしれません。
僕にとって、パニック障害とかいうふざけた病気は、因縁の病気なのです。
心の問題・・・心の弱さを、病気のせいにしていたりしませんか。
何でも病気判定していると、その病気を盾にとって自分を守ることばかりに気を取られていくようになります。
僕はパニック障害については、普通の人よりははるかに知っています。
もはや「女性の承認」では散々話しているし、かつてはメルマガだけですが何度か似たような話をしました。
僕はかつて交際していた女性がいて、パニック障害と多重人格障害を持っていた人でした。
僕には、この女性を通してパニック障害とは何なのかを毎日のように知る羽目になりました。
はっきり言って、当事者よりもよっぽど詳しいです。
言いましょうか。
パニック障害の発作なんて、本人よりも周りにいる人の方が怖いんです。
「女性の承認」の参加者には知っている人は結構多いと思いますが、僕はこの女性のパニック障害と多重人格障害を回復させたという経験があります。
これは偶然の産物ですが、当時、誰かが向き合っていれば確実に改善するという漠然とした思い込みがありました。
そしてそれは現実になりました。
治るんです。
しかも、あっさりと治ります(笑)。
僕に言わせれば、何が病気だ、というレベルです。
多重人格障害の方がよっぽど大変でした。それでも治るわけです。
向き合っている間は、いろんなことがありましたが、何とかなるものです。
ちなみに当時のその女性も、まあことあるごとに「死にたい」だの「消えたい」だのと言っていましたよ。
その気持ちは、はっきり言って僕の方がよく分かっているくらいです。
言いたいことはよく分かるんです。
ただ、それを病気の陰に隠れて逃げていると、いつまで経っても同じ状況は変わりません。
普通の病気と違って悪化はしないかもしれませんが、改善もしません。
何しろ、自分がその病気のまま居続けたいと思っているのだから。
もうね、全部分かるんです。
無価値感を病気のせいにしないでください。
病気を正当化することになりますから。
パニック障害とやらを、ずっと背負ったまま生き続けたいのならそれでもいいですが、僕はそういう人会ったことは一度もありません。
恋愛相談を持ってくる女性でも、これで悩んでいる人はいますよ。
全部が全く同じようには行かないとは思います。
向き合ってもらえたら改善・解消するかもしれないというだけで、楽になりませんか。
僕にとっては、この経験がこのブログを続ける上での一つの精神的な支柱になっています。
「本当に『死』と隣合わせになったことないから言えるんだよ」
自分が死と隣り合わせになったことは、ほとんどありませんが、少なくともこの事例だけでも僕は何度も恐怖を味わいました。
ちゃんと分かっているつもりです。
少なくとも、今や僕のこの考え方には、この実体験が裏付けとしてあるんです。
さらに言えば、ここで恋愛の勉強をしていくことで、同じようにそれが改善したという報告もあります。
変われるんです。
そういう可能性があるだけでも、何か明るくなると思いませんか。
僕は、僕が思っていることや本当に伝えたいことを、あえてそのままの形で表現したいと思っています。
突き放された感じがするという印象を持つ人もいるかもしれませんが、それはある一点だけを見たときにそう感じるだけだということに気づいてください。
僕は本気であなたに伝え続けたいと思っています。
だからここに居続けるんです。
今回の記事、迷子のハチ公さんの気持ちもわかるし、kouさんの気持ちもわかります。
病気や障害というのは、当事者にしかわからない苦しみもあるし、当事者に寄り添う人間にしかわからない苦しみもあります。
そしてそれぞれの苦しみの違いは、理解しにくいものだと思います。
私は障害を持って生まれてきました。
その苦しみから自殺未遂を図ったこともあります。親を恨んだこともあります。
ただ、親も苦しいのも知っています。
私が感じている苦しみは同じ障害を抱えた人間以外は本当のところは分からないと思う。
けれども、私に寄り添ってくれる人達の苦しみも私には本当のところは分からない。
だから、どちらの苦しみも非難したり弱さと切り捨てることはせず、尊重したいと思っています。
それに、先の大震災で死を味った際、私が真っ先に思ったのは、死にたくない、でした。
普段あんなに死にたい死にたいと思っていたはずなのに。
思うに普段の私が言っていた死にたい、は周囲に対する助けて、のSOSだったんです。
助けて、と素直に言える環境だったらどんなに良かっただろう。
誰にも頼れず、助けを求めることも出来ない孤独な環境で、唯一振り絞れた言葉がそれでした。
最後のSOSだったんです。壊れる直前の。
普段から死にたいと言ってる人間、確かにウザいです、面倒臭いです。
だけど、最後のSOSなんです。だからkouさんの叱咤の気持ちもわかるけど、迷子のハチ公さんの言い分もわかります。
最後に。私は親友を亡くしました。
死にたいって前から言ってました。その時は死なないと思ってた。でも死んじゃったんです。
予告通り。
自分もしんどいのに他人の悩みばかり聞く優しい人でした。自分がしんどいから、他人のしんどさもよく理解出来たのかも知れません。
なんでも病気や障害のせいにして逃げてしまうのは確かに良くないと思います。
でも頭ごなしに病気や障害を持っている人を、甘えと断罪してしまうのもどうかと思います。
改善や解消出来れば確かに良いことかも知れませんが、私は障害を持って生まれたこと、悪いことだと思っていません。
障害が原因で心の病も患いましたが、それら引っくるめて、私は私が大好きです。
苦しみがあったから、優しくなれたのだから。
僭越ながら、ふぁーふぁさんのコメント、私もそうだと思います。
そして、ここからはあくまで自分の事例として申し上げますが、
私は、自己嫌悪・自己否定を盾にして生きてきました。いえ、隠れて逃げてきました。
そして、誰か助けてくれるだろう、と甘えていました。
それでも今まで何とかなってきたから、本気で改善もしてこなかった。
しかし、ここでまた自分を責めては元の木阿弥。
踏み止まります。
ありがとう。
本人よりも周りのほうが怖い。
本当にその通り。
あなたはまともだからいいよね
私は病気だからつらいの
そう言われながら
私の大切な友達は言葉の
サンドバッグにされてました。
大丈夫な人なんかいない
みんな辛い。
拒みきれなかった友達は
少しずつ心を病みました。
いまは病気の子と距離をおいて
元気になってるように見えるけど
トラウマとして残ってる。
もちろん健康な人はわからない
辛さだと思うし、死にたければ
死ねばいいというのは言い過ぎと
思うけど、私は、
死にたい死にたいといって
心配する周りを追い詰めていった
あの子を
許すことはできない。
私は過去に躁鬱病と診断されたことがあります。
そして、Kouさんのおっしゃる通り、誰にも告げずに自殺し、失敗した結果、精神病院に入院しました。
病気になったきっかけは、彼氏に別れようと言われたから( ;゚³゚)笑
何とかして側にいて欲しかったんですよね。
それから精神病院に通い薬物療法が始まったことが悪化の原因だったと思います。
あくまでも私の話です。
自殺した原因は、病気を糧にしてもダメで、その彼氏にとうとう振られたから( ;゚³゚)笑
たまたま直前に電話してきた友人が、様子がおかしいと気付いて救急車を呼び、
職場の上司が社宅だった自宅の鍵を管理会社に連絡して開けました。
夜中の1時の話ですwww
みんなの愛情を甘くみてたんですよ、、
こんなにもみんなに愛されていたのに
現実を見て見ぬふりをしてしました。
頼るさじ加減が分かりませんでした。
苦しんでる読者さんがいれば、
どうか抜け出してほしいです。
これからだって大好きな人に愛されるとこはできるんですから(*^^*)
まるごと飲み込んでしまえばいいんだと思うんです。
わたしは20代前半の頃、悲惨な時期がありました。
このままじゃ嫌だったから、苦しみながらも自分と向き合いました。そして、どうにか自分自身をのみこみました。
わたしの中でその当時は社会から外れていた空白の3年としています。
実際には空白なんかじゃなくて真っ黒になるくらいいろんなことがあったんですけど。
今また、その時のようになりそうな体調ですが、どうにかふんばってます。
この記事を読んで、まだ飲み込むものがあったんだなーと思い出しました。
死ねばいいって言われて、反論したくなるなら、それは素晴らしいことです。
本当に死のうとしてたら、そんなこと言われなくてもぷつって死んじゃおうとしちゃいますから。
kouさんが言いたいのは、別にメンタル的な病気や死にたい病のことに対してだけではないですよね。
何においても「私の場合は○○だから」っていう自分はこんな境遇だから出来ないんだよって
言い訳を全面に出してくるのが変われない理由だって言ってるんですよね?
それぞれ境遇が違います、
すごいDV家庭に生まれた、すごいいじめられてた、精神病になった、大病にかかった、
身体障害がある・・・。
これは一例で他にもいろんな理由があると思います。
でも、こういう理由って人それぞれ違ってるだけでしんどいことは人の数あると思います。
その1つの理由をとって「自分は○○だから」と留まるか、
その1つの理由以外の自分の価値を見出してキラキラ生きるかかなと思います。
しんどい中にいるときはこういう事は言われると何が解るねん!とか思うだろうし
傷つくかもしれないですが
自分次第で180度人生変わると思います。
生きづらくしているのは全部自分です。
迷子のハチ公さんの気持ちはよくわかります。
私の元旦那もパニック障害です。
大学生で発症してそのまま退学したのでまともに働けず、現在34歳。
私は彼と10年間付き合い結婚しました。
その間症状は良くなったり悪くなったり、
彼はちゃんと正社員で働けるようになってから結婚したいと考えていたけど、週二回ほど働けるのが限界。
しびれを切らして私が養うからと結婚を迫り、無事結婚できたけど、結婚1年足らずで彼が仕事に行けなくなりクビ宣告。
重なるように私も病気を患い、休職。
生活は彼の失業保険と私の傷病手当でまかなえましたが、そんな状況に甘えられるのが嫌で私は仕事してと迫りました。
結婚が重荷だったようで、自由になりたいと言われ、
結局2年ちょっとで離婚しました。
彼はその後実家に帰り未だに無職です。
傍からみてもとんでもない男ですよね。
確かに病気は大変。でも明らかに嫌なことから逃げてる。
本人もよくわかってるんです。
前をむきたい、人並みの生活がしたい、女性を守れる男になりたい。
でも…
出来ない。
自分はミジンコ以下だ生きてる価値が無いといつも言ってますし、自傷行為もします。
周りは私がダメ男に青春を奪われてかわいそうと同情してくれますが、私は私が「頑張ってコイツを養いたい」と思える女じゃなかったからこの結果になったんだろうなって思います。
いくら病気でもkouさんがいつも言っている恋愛論は当てはまると思ってます。
kouさんがどうやって彼女様をあの沼地から救い出したのか心底知りたいです。
私は試行錯誤をして彼の病気を治すサポートをしましたが、結局本人次第で周りは手を差し伸べるしかできないんだなと悟ってしまったので、彼を救い出せるなら方法を知りたいです。
迷子のハチ公さんは苦しいと思います。
今の現状をなんとかしたいと誰よりも願っていて、でも出来ない自分もいて、それに更に落ち込んで、という感じでしょうか?想像の域でごめんなさい。
ハチ公さんの苦しみを私が知ったふり出来る事ではないけれど、死にたい気持ちになるのはつらいですよね。
私は離婚して未だに元旦那を引きづってます。
あの頃ああしてたら今の人生もっと楽しかったかなって後悔ばっかりして、こんな人生生きてる価値もないなって死にたいなーってよぎります。
私はどうせひとりぼっちが口ぐせで暗いし、誰か私を支えてくれる男性に出逢いたいと願っているけど何の行動にもうつしてないし、わがままだけど婚活とかは嫌なんです。また結婚したいしでも妥協はしたくない。結婚というステイタスにこだわって妥協して結婚するくらいなら一生独身でもいいから私を愛してくれる人が見つかるまであきらめたくない。
旦那とよりを戻したい私もいる反面、別れたってことはそういう運命やった、もっといい人に出逢いたいと思っている自分もいます。
趣味とか全然ないし、休みの日は家に引きこもってますが、たまーに訪れるキレイになりたい!なろう!というやる気スイッチが入ってダイエットに取り組む時が今は一番楽しい。
死について軽々しく口に出して欲しくないという話から結局自分の事を語る会話泥棒ですが、ここのサイトに来てる人はみんな仲間だと思うのです。
今の幸せ度合いはみんな様々だけど、どん底の時期を経験し、今に至ってる人もいるから、うらやましいより今苦しいけど私もいつかああなれるよね、と期待を持ってちょっと自信につなげてます。
すみませんメルマガ読者でないので詳細は知らないのですが、ちょっと知りたいことがあったのでお邪魔しました。
「本人より周りにいるひとの方が怖い」
ほんとこれです。
「死ぬとか死にたいといってる人間は本当には死なない」これもそう。
ただ稀に死ぬ気もないのにやり方失敗して本人の意思とは裏腹に死んでしまうケースもあるので周りは更に恐怖です。
(だから毎度駆け付けるはめに…)
ところでコメント欄はかつて病んでた人に溢れて?いてその「周囲のひと」だったひとは少数ですね。
あえてKouさん含むその少数の方に聞いてみたいことがあります。
皆さん病気のひとを支えていてご自身の臓器はやられませんでしたか?
私は身内と職場に病んでる人を同時に抱えてフォローしてきた立場だったのですが。
そしてそのことについては「病気なんて誰もなりたくてなるわけじゃないし(期間以外は骨折したとか風邪ひいたとかと変わんないし)、私メンタル強いし、まぁ出来るひとがフォローすればいいよね♪」ぐらいの気持ちで居たのですが。
自分自身はちょっと忙しいことが増えた、ぐらいの感覚で気づかないままストレスが溜まってたみたいで時間が経ってから臓器をやられました。
暫くして同じく「周囲のひと」だったひとに聞いたらそのひとも精神的には全然オッケーでしたが臓器やられてました(笑)
のでその少数派のひと、みんな大丈夫だったかなぁとちょっと心配になって聞いてみました。
勿論そのことについて誰かの病気のせいだとか誰が悪いとか言うつもりは毛頭ありませんし、いまも思ってもいません。そういうこともあるでしょう。
オッケー大丈夫☆な方もどうぞお気を付け下さい&ご自身もお大事になさって下さい。
すみません、本筋から外れてたかもしれませんがただ聞いてみたかっただけです。
お邪魔致しました。
原因論ではない目的論。
Kouさんもアドラーですか。
私もアドラーは大好きです(^^)
しゃっくりをびっくりさせて止めるみたいに
脳の過活動は一種の防御反応だから
より切迫・緊迫した生命の危機
(災害や目の前で火事が発生する等)に直面すると
正常値にリセットされる、ということはあるかも?
とシロウト的には思う。
医者に治せないから難しいとは限らない。
人間のミラクルな未知な部分はたくさんあるはず。
もっと自分を信頼してみませんか?
勝手に限界を作らないで。
だって、あなた方はそもそも女性なんですよ!
僕たち男性にとって
愛すべき、信じられないほどの魅力を持った
女性なんですから!
(ああもったいない)
わたしって
自信があるようでおとぼけなのってなんなのかな。
女に生まれて来たけれど
女の幸せまだ遠い(´・ω・`)?
ゆっくり続けます☆.。.:*・゜( ´艸`)
kouさん、私はパニック障害や他の心の病気って治るときは結構簡単に治ることもあると思います。実際に私もずっとそういう兆候があって、今でも寝てるときに苦しくなったり跳ね起きたりするし、体にいろんな症状が出ます。私は死にたいとは微塵も思わなず、寧ろ死なない病気ならばまだマシだわ、と傍観している感じです。
でも、中には飲まれてしまう人もいるのは事実です。心の病気にも程度があって、中には本当に手を引っ張っていないとあっちに行ってしまう人もいます。
私の一番大事な家族がそうだったから。その方は、厳密には心の病気の分類ではないんだけれど。
方法はなんであれ、もっと優しくしていたら、もっと構っていたら、
今は全く違う現実が目の前にあって、
その人と笑って生きてたかもしれないと思うと、やはりkouさんの言い方には納得は出来ないかなぁ。
kouさんのは正論で、そうやってうまくいけたら良いんだけど、
本当に死の淵で揺らぐ人には言ってはいけないと思いますよ。
わたしが大切にしてるのは『自分から逃げない』こと。
学生時代、亡くなった親友の後を追って自殺企図を何度も図りました。
事故死した幼馴染も親友もわたしという疫病神と関わったから死んだんだと、変な思い込みに囚われていました。
昼間は笑って夜は希死念慮に襲われて。
親も教師も友人も、「理解してくれない」から辛いことも死にたいことも言えなかった。
死ぬのは怖くなかったし今も死ぬことは怖くない、死ねば楽になれるから
死にきれなかったのはもう一人親友をおいていけなかったから
わたしは楽になれる、でも遺された親友はわたしのエゴに傷つき、さらに苦しむのが分かっていた。わたしが後追いするのは「逃げること」
ネットもまだ今ほど普及しておらず、鬱になってるともわからなかったし、鬱と分かっても通院しなかった。
自分の気持ちに折り合いをつけながら、鬱を抱えたまま生きよう、強くなりたいと、鬱をバネにしていこうと、今の医療従事者になった。
わたしは、誰の気持ちも「わからない」というスタンスでいます。同じ境遇でなければ完全に理解なんてできないし、相手を慮ってだとしても、簡単に「わかります」なんて言えない。ただ、「あなたのことを教えてください」という姿勢でいます。
「病気だから・・できない」という人はわたしの周りにいません。
統合失調症になった別の親友は、コミュニケーションがうまくとりにくいらしいけど、頑張って働いています。そんな友達を尊敬もしています。
お互いしんどくなったら、悩み相談。
めちゃくちゃ厳しい返事が返ってきます。でも愛に溢れていて、頑張れ!と背中を叩かれています。
わたしもしんどい時ならKouさんひどい!と思ったかもしれない。今回もちょこっとあら無責任な!と思いそうになりました。
でも、厳しいことを言えるのって時には大事。言葉は気をつけないといけないけど……
共感と受容ってよく言うけど、医療現場では挨拶くらいかって飛び交うけど、生半可にできるもんじゃない。共感と受容さえしてたらいいと思ってるスタッフを冷ややかに見てしまう。大事なことは向き合うことと、そばに居続けること。
Kouさん批判を分かってて厳しいこと言うすごい心の持ち主。会ってみたくなりました。
まじょらむさんが、この記事を見たらどう思われるかな。
癌の末期の方、癌になられた方、進行性の病気の方、その方達のたくさんの苦悩と比べるのも違うかもしれないけど……
死を前にしても、それでもしなやかに生きられたまじょらむさんを尊敬します。
「病気だから」じゃなく、
「病気でも・・できる」と思います。
私も何の病気とは言いませんが、医師に病気と診断されてます。
病気と言えば、人にかまってもらえる、大事にされるっていう気持ちにはなるし、
自分が苦しんできてることの証明にもできるんだよね。けど、どんなに辛いってなっても、本当はこう生きていきたい、誰かと笑っていたい、認められたいっていうのはあるんだよね。私はまだ今病気にすがりついてるけど、自分が社会復帰してこうしたいっていう野望はある。
体を休めてるときに気づけることってたくさんある。少し特殊な状況にいると、普段見落としてたことを拾えるチャンスでもあるよね。自分だから気づけることがあれば、病気で弱ってる自分でいられなくなるはず。
病気療養中の自分への戒めとしてのコメント。
こうさん
敢えてきつい言葉を言うのは
愛があるからですね。♪
私もそうです。
いつも心配してくださって
ありがとうございます。
あとね、言葉には言魂と言って
エネルギーがあるから
良い言葉を選んで伝えると
そのようになる。
逆もしかり。
昔、インドのダラムサラに
チベットからヒマラヤを越えて
逃げてきた子どもたちが
住んでいる村に行きました。
ダライ・ラマにお会いしたくて
というのもあったのですが
残念ながら私は会えませんでした。
そこでドイツからいらした方と
お話することができました。
その方は
末期ガンで余命3か月と
言われたそうです。
いても立ってもいられなくなり
「どうしてもダライ・ラマに会ってから
死にたい。」
と思ったそうです。
それから2か月経ちさすがに
体調の限界で帰ろうと思ったときに
ダライ・ラマがダラムサラに戻り
声を掛けたそうです。
「ダライ・ラマ、
お会いしたかったのです。
私はあと1か月の命です。」
振り返ったダライ・ラマは
あの優しい澄んだ目をして
「だから?」
とおっしゃったそうです。
その時は
まだ健康で今より若かったので
深い意味がわかりませんでしたが
彼が良い表情で生き生きと
していたのを見て
ただただhappy ♥な
気持ちになったのを覚えています。
それから十数年経ち
私もその彼と同じ病気になり
その言葉の意味がわかりました。
心まで病気にしないようにしようと。
副作用の症状が出たときも
生きようと思いました。
そして病気が治ったら何をしようか?
考えて休んでいる時間も
病気にフォーカスしないでいました。
そこでこのブログにたどり着いて
今では女性の承認はお休みしています。
みんなどうぞ穏やかに健やかに幸せに
過ごされますように♥
>何しろ、自分がその病気のまま居続けたいと思っているのだから。
ここ、すごく頷けました。
自分が何かできなかったりした時の逃げ道、諦めの理由にしちゃうんですよね。
病気に限らずだと思うのですが、何かのせいにすると一時的には心が楽になる…気がするから。
でも根本の自分の心の中は何も解決してないんだよね。
このことに気付いてから私は自分の内側の原因に目を向けられるようになりました。
そうした今は自分が病気かも?と思うことも、病気になって彼を心配させたいって気持ちになることも、精神科にかかった方がいいのかも?と思い悩むこともなくなりました。
私は病人の立場と病人の家族だったことと
両方あるのだけれど
両方の気持ちがわかったから
主人と子どもには本当のことを伝えた上で
「いつも通りに過ごしてね。」
と伝えました。
そして自分も出来る限りいつも通りに
過ごしました。
いっぱいいっぱい心配を
かけたと思うのだけれど
それができるのだから
思い残す事が無いように
人生を楽しもうと思いました。
父が末期ガンで闘病していたときも
生きたいと家族のために頑張って
いてくれたから
周りの家族もいつも通り
過ごす事ができた。
主人曰く
「得難い体験を
させてもらっているね。」
家族の絆も強くなりました。♪
世界には
国や、宗教、政治や紛争により
毎日生きていることが奇跡のような
過酷な環境にいる人たちがいるの。
幸せなことに
息をして住む場所があって
今日も生きている。
感謝しています。♪
私にできることは
人生にやり残しが無いように
生ききることなの。
それで、恋愛技法をしていたら
仕事も楽しいし
面白い出合いもあり
男性からお誘いいただくので
程よい距離感を保ちたくて
こうさん曰く、
放っておけばいいとのこと。
男性のお友だちは増えたけれど
その先に進む予定はありません(笑)
精神的な疾患に関しては、私もkouさんと同じ見解です。
病名がついたとしても、病気ではないとすら思っています。
私は何の知識もない者ですが、本音を隠して生きていると出る疾患のように感じています。
そして、本音に気付いてしまうと変わらなきゃいけない。
人によっては大きく人生を変えないといけなくなるので、
そんな大変なことをするよりも現状維持を選ぶんです。
それは、10年以上うつ病の薬を飲んでいる友人を見ていて思ったことです。
具体的には書けませんが。
会うたびにとても気を遣い、心底疲れてしまうので今は連絡を絶っていますが、
ご家族の心労は察するに余りあります。
kouさんは強い人ですね。
どのように向き合い、回復できたのか教えて下さいませんか?
今、周りにいて、大変な思いをしている人の助けになってあげて下さい。
私も病気があります
子宮の病気
再発もするので早く子供をうむようにお医者さんから言われました。
それで彼に結婚を迫ったこともあります。
結婚がしたいだけなんじゃないのかと振られました。
好きな人と結婚したいから、早いか遅いかだけのつもりでした。
病気があると、仕事でもプライベートでも1人で戦わないといけません。
仕事場でも、辛いのになぜみんな理解してくれないのか、優しくしてくれないのか、辛いのに、頑張っているのにと拗ねていました。
病気の辛さは、結局本人にしかわかりません。
完全に理解してもらうのは難しいと期待しないようになりましたが、時々悲しいです。
思いやりってなんだろうなと。
自分が辛さを知っているからこそ、仲間も助けたいし、思いやりを持って接しています。私に出来ることがあれば、かわるよ?と。
そんな人ばかりではありませんね。
特に女の職場、
自分もしんどいのに、怠けてる!と攻撃します。
自分のしんどさと人のしんどさを同じだと考えているからでしょうね。
ぱいなっぷるさん
この記事やコメントを読んで、彼さんのことを思い、
お辛くなったりしていませんか?
大丈夫ですか?
(主に、精神疾患についてですから、大丈夫だろうとは思いますが)
病気、ではないですが
母は父と離婚したいと常日頃言っていました
事あるごとに、離婚してもいいかと私達兄弟に聞いてきました
弟は離婚は嫌だと言って、母は満足していました。私は離婚してもいいよと答えたら、冷たいと母に言われました
母は離婚しない理由を私たちに求めました。可笑しいですよね?
自分の望通りのことを言わないのを冷たいと決めつけたんです
父はことあるごとに死にたいと言っていました。そのたびに不安に思っていた子供時代があります。だから、その周りの人が何らかの不調を持つことはあり得ることだと経験で思いました。
本当に辛くて辛くて死んだほうがマシだと思っていて、思わず言ってしまう言葉と
ズルい気持ちで気軽に云う死にたいというのを一緒にするのはどうかなと思いました
病気の時は心も弱ります。優しい言葉や思いやりの行動が欲しいと思うのは普通です
ただ、病気を手段にするのは違うと、うまく説明できないのですが……私の中では違うと思っています
それと……
メルマガの内容に関してのことを、わざわざブログにこのようにのせるのはどうなのでしょう?
メルマガの内容に関しては、メルマガで対処してはいかがですか?
ひとの人生はその人ひとりのものだとおもいます。
死の恐怖をあじわってるかどうかなんて、どこまでいってもその人にしかわからない。
どうせあなたにはわからない、なんてそんなねむたいこといってんじゃないですよ。しゃきっとしなさい。
私も以前、知り合いに似たようなことを言われたことがあります(^^)
病気のせいにしてない?そこに逃げちゃいけないんじゃない?って。
甘えてたんですよね。それを言い訳にしてしていたんです。
必死でもがいていたら、いま、見える景色が違います!
自分が向き合おうとしたら、 周りが温かくなりました。自分が前を向いていれば、応援してくれる人でいっぱいになります。
自分次第でこんなに変わるんだなと思いました。可能性ってすごいなって(^^)
何かのせいだと思っていても、よくよく見つめてみると自分の問題や自分の弱さだったりするんですよね。それを自分が認めて向き合うとすごく楽になる。自分で制限していたから、自分で首を絞めているようだったんです。
自分次第で幸せになれるんだったら、いくらでも幸せになりたいですね。
死にたい、って言えることは 一つのSOSなんだとおもいます。
私の元旦那は鬱病になって 病院にも通って 良くなったかなぁ?
と思った時に 自殺したから。死にたいって 言わなかった。
死にたいって 生きたいってことなんじゃないかな?
私もうつになったことがあるので、この話少し分かります。でも、心療内科の先生も言ってましたが、死にたいって思うのは重症じゃないんですよね。私はだんだん悪化していった時、死にたいという言葉すら浮かんできませんでした。もう生きてるのに死んでいるのと同じ状態です。頭の中は真っ白で、生きているのか死んでいるのか、起きているのか寝ているのか何も感じませんでした。
自殺する人が多いのは治ってきた時っていうのはこういうことです。少しだけ物が考えられるようになるから。
とはいえ、kouさんが言いたいのは好きにしろとか、死んでくれとかそういうことではなく病気に固執している考え方をやめませんかということですよね。
病気だから仕方ないとか、何ができないとか言っていても良くなる訳ではない。できないことではなく、今できることは何か考えること。
1歩進んで5歩下がったとしても自分を責めずに、1歩でも半歩でも進もうとした自分を認めてあげることなんだと思います。
病気があるからつらいではなく、今の私が幸せになるにはどうしたらいいか考えること。当事者になってしまうと考え方を変えるのは難しいものですが、だからこそここでkouさんが発信し続けているのでしょう。
ただ、精神的に病んでしまっている人は深く読めず、直接的に言葉の意味通りとってしまい、傷つきやすくなっているのでこういうコメントが出てしまうのかなと思います。
病気を盾にしていました。
彼から愛されていないと感じると症状が悪化してしまう。
イコールそれもこれも彼のせいだ、別れようの繰り返しで
騒いで、デートの途中に何度も逃亡したり、泣いたり。
相当うざいし重いしめんどくさいと思います。。
そういう自分が嫌でさらに病状が悪化、ほんと、死にたいくらい落ちました。
こういう境地になると、人の好意もちゃんと受け取れなくなってしまうんですよね。
こうやって騒いでも、泣いても落ち込んでも、彼はわたしの事を
最初に会った時のように熱烈に好きになってはくれないし、
また、あの時みたいにわたしに会うために本気になる事はないんだと。
目が覚めました。
kouさんのブログを読んでいたら突然答えが見えたみたような気がして。
日々の蓄積でやっとやっとです。
まず、わたしに必要なのは自分の時間を楽しむ事じゃないかなと。
セロトニンを薬で増やすのではなく、ジムに通って運動をしたり、食事を工夫したり。
眠る時間を頑張って調整して、どうにか夜中に眠れるようになり、
睡眠薬とも手が切れてから今はもう薬から抜け出せました。。。
しんどかった。。。とっても!
社内恋愛なので、今までは定時を間際になると彼の様子をそわそわ気にしていましたが
彼がその日空いているのかも接待、飲み会なのかも、わからない。
彼が誘ってくれたとしても、当日の定時間際、よくて当日朝、前日夜中。
いつでも誘える女と思われているのが悔しいし、わたしってそんな程度だったかな、と。
いくら会いたくても心に引っ掛かる事があったら、ほいほい会っちゃだめだと、
今さら気が付きました。
こんな風に思えるようになったのもkouさんのおかげです。
定時後はいろいろ、自分のためだけに使うことにしました。
定期的にビタミン注射したり、美容皮膚科で肌をもっと白くしたり。
歯のホワイトニング、日課のジム。水曜はレディースデイの映画。
違う男性たちといろいろ、食事をしてみる。
そしておいしいものをたくさん食べる。笑
この一か月ずっと彼の都合で土日会えなくて。
平日に彼の思い通りの日に、直前の誘いでも簡単に会っていました。
彼は今週から土日の用事が無くなるのは決まっていたのに、ずっと誘ってくれなくて。
今日、当然の様に土曜ひまでしょ、と会おうとされました。
腹が立つとかじゃなくて、自分がそういう扱いでいいよって振舞っていたんですよね。
そんな人いやだーー。
土日は予定があるから今週は会えないよ、と断ったら、気持ちが軽くなりました(*^^*)
焦ったのかたくさん連絡来てましたが、全然違う事かいて返してやりました。笑
しばらくわたしの気持ちが落ち着くまで会わないです。
会いたいんですけどね。
社内の飲み会があるので嫌でも会っちゃうんですが、そのままお持ち帰りされないように
さっさと帰ります。
病気を盾にしてもいいと思うんですけどね。たまには。
でも結局自分の首をしめるだけなんですよね。
すばらしい記事でした。ありがとうございました。
当事者の時、すっごく辛くてしんどい時って、辛い苦しい悲しい痛い気持ちが充満してて、どんなことでもそのフィルターを通して周りを見ているから、周りの第三者が見ればどんなに良かったことでも、受け取った当人には生きていくことを辞めたくなることに感じちゃう。
代わりに、好きな人と一緒に過ごせて、疑うことなく心から楽しく浮かれぽんちになってるような時って、嬉しい楽しい大好きなフィルターで周りを見ているから、第三者が見れば、ヤバくない?大丈夫?しんどくない!?苦しくないの!?痛くないの!!??ってことでも、当人にとっちゃ屁でもないことに感じてたり、ちょっと痛くてもへっちゃらに感じてたり。
感じ方って人それぞれで、同じ現象が起きても、何とも無く過ぎる人と、立ち止まって痛がる人と、引き返す人と、道を変えて進む人と、迷ってうろうろする人と…他にもたくさん色々なんだもの。
十人十色
しんどい時も、そうじゃない時も、隣の芝生は青く見えちゃう。だって、ここに青い芝が無いと思ってて、隣に既に在るのが見えちゃうから。
Kouさんが伝えてくれてるのは、あたしなりに解釈すると、多分、「本当に青い芝生は足元に無いのですか?」「青い芝生を作るための準備はしましたか?」「手入れはしてますか?」「準備や手入れをするのが辛いなら、無理してすることはないですよー」「お隣さんだって青い芝生を作り上げるためにそれなりに色々してきてるんです」「それをするだけの気力がそこそこできた時に少しずつ始めてみてください」「でも青い芝生を手に入れたら、それはそれで別の苦労もお隣さんはされてます。芝刈りとか、踏みつけたりとか、草抜きとか、水やりとかとか」「青い芝生だけを見てるだけじゃ、手に入れた時、すぐ手元から無くしてしまうかもしれませんね」「でも青い芝生の上で過ごす楽しさ嬉しさを知っているので、一緒にいかがですか」「代わりに作ることは出来ませんが、青い芝生を手に入れる、作り上げるためのいろはは伝え続けます!」的な感じかな。
小学生の時にあった歌でもあったけど、
「ここに貴方が居ないのが寂しいのじゃなくて、ここに貴方が居ないと思うことが寂しい」って。
その現象自体には何も無くて、ただそれであるだけ。その現象にどんな感情が反応するかで、どんな意味を持たせるかで、変わっちゃう。
今の御時世、「死」を簡単に語りにくくなるほど、人もしくは動物も?の「死」に立ち合うことが少なくなっていると思う。だけど、「死」を語るには「生きる」ことも同時に語ることになるんじゃないかと思う。生きるから死ぬんだもの。
もう一度読み直したら
kouさんの伝えたいこと
わかりました。
私も面倒くさがりで早とちりだから。
ごめんなさい。
パニック障害。
私が小学生5年の時
母親が発症しました。
と言っても、当時は30年以上
前のことで。何の病気か
分からず。
救急車で毎日のように病院に
運ばれては異常がないからと
帰されるばかりでした。
母親は心臓が止まると
死んでしまうと本気で訴え
ていました。
私達兄弟は本当に恐怖でした。
母親も周りの人間も恐怖でした。
私の中でかなり封印してる
事柄なので。これ以上
今はやめておきます。
苦しくなってきたもので…
ただ、とある有名な心身医学
の教授の男性と恋愛関係に
なって母は回復していきました。
本当に人生いろいろあるものです。
楽しいこと考えて寝ます…
診断こそされていませんが(病院に行っていないので)、
過去の私は、相当やばかったです。
恋愛依存症だったと思うし、
自傷こそしませんでしたが、
何度も死にたいと思いました。
誰かにいうことはなく、
死んだら楽になる、楽になりたい、その時の辛さから逃れたい、その一心だったと思います。
私の場合は、とある宗教に入信し(なんと、kouさんのブログに出会って、自分を好きになってきてから必要なくなりやめました(笑))、
自分と向き合い、多少改善しましたが、
2年前に出会った彼が大変な状況でした。
彼と出会って、
私自身が、本当の意味で自分と向き合い始めて、
kouさんのブログに出会って、
自分を大好きになってくると。。
出会った頃、
死にたい、
もうどうでもいい、
と、すべて投げやりだった彼が、
私との未来を考え、語り始めました。
彼は、過去には、
パニック障害や統合失調症と診断され、躁鬱で薬を飲んでいたこともあったそうです。
出会った時は過食でアルコール依存も。
でも、不思議と、私はそんな彼に、
嫌悪感を抱かなかった。
彼の言葉や態度に、
真面目すぎるがゆえに、自分にも他人にも厳しく、自分をまったくゆるせていない、そんなところを見たので、
私は、ひたすら向き合いました。
時には突き放し。
彼を、無条件で受け入れられたからこそ、甘やかすことなく、一人の男性として、
kouさんのブログで、学んだことを、ひたすら実践しました。この2年間。
ブログに出会う前には、
お金を貸したこともありましたが、
ここで学んだあとは、
「あなたを男性として尊敬したいからできない」と、きっぱり断りました。
少しずつ出してもらって、私は喜ぶ、を繰り返した結果、ワリカンもすっかりなくなり、
彼自身、お金を出すことの喜びも感じているように見えます。
自己否定が強く、自信がなく、男性の顔色を見ていた私が、実践できたのは、
技法だけでなく、同時に、
女性の承認の購読などで、自分の価値を自覚してきたからこそ、
私の内側からの行動として実践できたのだと思います。
女性の承認は、1年以上続けましたが、
私は今はお休みし、娘にバトンタッチしています(笑)
恋愛も病気も、根っこは同じで、
小手先ではなく、
自分とも相手とも本当に向き合えるか、に尽きるかな、と。
彼を本当に愛しているのか、の自問自答も相当しました。
私が相手をするにふさわしい相手なのか、と。
今のあなたはダメんずだ!おまえなんか私の相手じゃない!と、
1人で叫んだこともありました(笑)
今のままならもう知らない、
私を手に入れたかったら這い上がってこい!
独り言です。
だけど、愛していた。
彼の手のひらも声も、大好きで。
意見の食い違いもたくさんあるけど、そのセッションも楽しくて。
対等になれた最近は、
それは違うんじゃない?なんてことも平気で言える。
まだ課題はあるけれど、
丁寧に向き合って、
ゆっくり進んで、
ずっと一緒に歩いていける、
ちがうな、彼に追いかけさせてあげる関係を続けいく、
そのためにこれからも、ここで学び続けたいと思います。
長文失礼しました(^^;;
私のことを気にしてくださりとても嬉しかったです。ありがとうございます!
このタイトルを見て、正直なところ憂鬱な気持ちになりましたが、Kouさんなりのやり方で、私達に伝えたいことを伝えて下さっていると思えたので大丈夫です♪
ご丁寧にお返事をありがとうございました!o-|* ̄◇ ̄* |-o
>他人に何かを言っているようで、自分に言い聞かせてたり、言っていたりするってことでOKですか?(゚Д゚;)
は、、はいっ!
そんな感じのことを思ってましたo-| ̄◇ ̄;|-o
***
私が読んでる書物に ”人は、己の自己否定感を他者に投影する習性がある” というようなことが書かれてまして、、、
なぜ他者に投影するかといいますと、自分の心の内を直視して、自己否定感を認めるのが怖いからだそうです。
直視するのは怖い自己否定感ですが、それを他の誰かに映し出して眺めれば、当人はそれが自分の心から切り離されて除去されたように感じ、錯覚ながらも一時的に心が楽になります。
これが自分自身への否定感という怒りを他者に映し出すメカニズムだそうです。
要するに、、誰かに立腹したり、何かイヤな出来事に対して怒っているつもりでも、実はすべて自分自身に対する怒りなんでしょうね、、、、。
私も散々怒りまくってきました、、o-| ̄◇ ̄;;|-oアセアセ
ちなみに、、人生の諸悪の根源ともいえる自己否定感ですが、これには、他者や外的な事象というスクリーンに投影している限り消失せず、永久に自分の内に保持されてしまう性質があります。
そして心の内に保持されている限り、私たちが何をどう努力しようと、苦しみから逃れることはできません。
(私は、精神や肉体の病気も、ある程度はこのことと関係していると思っています。)
苦しみの根本原因を手放すには、投影をやめ、恐れずに自分の内を見つめてゆくしかないんでしょう。そのための方法が「赦し」です。
他者や外的な物事に対して感じている(つもりで、実は自分自身に対して感じている)怒りや苛立ちは、赦すことで取り消されていきます。
赦せば赦すほど投影が取り消され、投影が取り消されれば取り消されるほど、自分の内に在る(と思われた)自己否定感も取り消されていきます。
それにつれて自己の内側を恐れずに見つめられるようになり、心にかかっていた霧が晴れ、心の奥深い部分に息づいている神聖な霊性(真の自己)が姿を現してきます。
そして次第に真の自己と分離した渇望感が癒え、「融合」が思い出されてゆきます。
内的な幸福と外的な幸福の両方に満たされながら、愛を感じて安らいで生きてゆける状態です。
>宇宙と同じで人間の心も壮大ですよね。
>可能性は自分の身に全て備わってると思います。
ワタシも、そう思いますo-|* ̄◇ ̄* |-o♡スタタタ…..
こんばんは!
お手紙、ありがとうございました。
とても嬉しかったです。
例の記事、読んでみました。
ラベンダーさんの言うとおり、私はレベル5に近いところで日々生きているような気がします、そして、Kouさんのところにたどり着いて記事を読むにつれて…特に、「人にどう思われてるかを気にしても、相手にどう思われるかまではコントロールできないのです」と聞いてから、確かに!となりレベル1や2に近づけようとしている…というところです。
だから、ラベンダーさんのおっしゃることは検討違いではありません、当たっています(^_^;)
コメント、確かに荒れましたね。
私としては、少し前の相手がいようといまいと~系の話の方が、個人的には荒れていたので笑、今回の荒れはそんなに心に刺さりませんでした。
と思ってはいても、やはり心ない言葉を読むとやるせなくはなりましたね。もちろん否定するつもりはないのですが、誰かのため!ではなく自分のためにも、吐き出したとしてもそのあとにそれを納める言葉を付け足してほしいというか…あとで読んでから本人が辛くならないかな?とか、勝手な想像をしていました。
キキ、私も好きです。
弟がジブリ好きでよく家でついています。先日も魔女宅を見たばかりだったので、なんだか考えさせられました。
映画みたいにうまくいかなくても、自分の力を信じてみようと思いました。
優しいお言葉、ありがとうございます!(^o^)
別にkouさんの言うこと全てを受け入れる必要はないと思う。
直ぐに理解できるようなことばかりじゃないし。
正しい意見というのは人によって違うものだし、自分の考えもあっていいと思う。
私もね、母が鬱病を患っているし
死にたい病の人とも出会ったことがあるけれど、
死ねば?とはさすがに言えない。というか、そこまで人に対して思ったこともない。
でも、自分と違う考えの人と出会ったからといって批判するのは良くないとも思う。
ここに恋愛の勉強をしに来ているとは言え
「今は受け入れられない」ということがあっても、いいんじゃない?
自分の考えが常に正しいなんてことはありえないし、kouさんの言うことが全てでもないと思う。
理解のある人なんてそんなにいないけどね、それにしてもパニック障害を「ふざけた病気」とか堂々と言えるくらいなんだよ。
この人こそ聞く耳を持っていないし、こういう考えの人なんだなーくらいに思っておくのがBestじゃない?
刺さったとげとげを
ほろほろと溶かし. (๑¯﹀¯๑)..♪
とげとろれろれろとーろとろっ
とげとれろれろとーろとろっ
そこへ
大好きな食べ物を1つ
チョコレート♡
とげとろとれとれとれびあーん
さてさて、しめしめ
Kou さんも溶かしちゃおっかなぁ~*♪。
ぐふ
あっさり治してあげたって、どうやって治してあげたんですか?
めっちゃ重要なとこですよ。
きっとお付き合いされていた女性はkouさんに感謝しているでしょうね(^^)
捉え方は様々だと思いますが、私は秘密のメッセージを含め、特にささることはなかったです。
さすがにkouさんのようにズバッとは言えないですけどね。
kouさんの性格かな?愛かな。
今年の初めに、友人とこんな話をしました
人は皆、それぞれ器を持っていて
例えば、容姿にとても恵まれている人は
器の7割を容姿が占めていて
あとの3割が、頭がよかったり
スポーツができたり、絵が上手かったりと
でも、それらで器はいっぱいになっているから
金銭的には恵まれてなかったり
親との関係に悩んでいたり
男性にはモテるけど、女性の友達はいなかったり
健康に恵まれていなかったり
誰もが自分の器の中に持っているものと
持っていないものがあるんだと思う
何かが秀でている人は、何かが劣っていたり
何かに恵まれている人は、何かが不足していたり
器の中身が、全てにおいて、平均な人もいる
わたしは、あまり恵まれなかった
分野もたくさんあります
特に、家族関係と、金銭的なことかな
10代の頃に、病気もしたし
でも、とても恵まれている分野も
いくつか持って産まれてきました
持っている強みを生かして
経済的な豊かさをつくりだすことが
できるようになってきましたし
家族との仲も、何年も悩み続けて
やっと克服することができました
少しずつ、持っている器も大きくなり
中に入っているしあわせも
たくさん増えてきたと思います
だから、人の持っているものを羨んだり
自分の持っていないものを嘆くのではなく
自分の強みを強化していきながら
弱みを克服しながら
人としての器を広げていくことが
生きている意味なのかなと
そんな話をしたことを思い出しました(*´ ˘ `*)
自分の器を広げる努力をせずに死んでしまったら
同じ大きさの器でしか生まれ変われないかもしれないしね
足りないものも、克服しなければならないことも
たくさんあったけど
わたしは、平均を選ばなくてよかったなと
今は、思います
自分が持っている強みに
こころから感謝しています(*´ ˘ `*)
治るんだぁ〜!
私は適応障害と診断された経験あり。
社会人になるまでは、自分は社会の中でも強く生きてける!!って思ってたんだけど、社会人になって会社がきつくて、毎日吐きながら仕事してた。そんなことが続いて精神科へ行ったら適応障害。
結局その会社は辞めました。今は辞めて良かったと思うけど、適応障害の診断受けた時はショックだったなぁー。そして今でも、また再発するのでは?!と不安になることがあります。
この不安、どんなふうに治るんかなぁ〜?
美優さん❤
おはようございます
ここんとこ
自分の気持ちに向き合ってました 笑っ
kouさんのblogに
たどり着いたキッカケが
元彼で
その元彼と今でも
仕事の関係上
週に1~2回は顔を合わす環境なので
心が苦しくなってたんです
何でなんだろ?って
未練なのかな?
まだ好きなのかな?って
でね、
やっぱり わたしにとって
大切なのは今なんだって
今の彼のこと大好きなんだって
改めて 感じました❤
で、
技法を無視しまくって 笑っ
今度オウチに招待して
手料理でも振る舞って
あげたいって
思ってます 笑っ
記事とは関係ない話に
なってしまったので。。。
わたしも
足りないもの欠けた部分
たくさんあります
でも
強みも たくさんあって
それに気づいたのは最近です
明るい向日葵のような笑顔や
諦めない気持ちや
どんな時も前を向く強さ
感謝の気持ちや
信じる強さは
彼から教えてもらいました
欠けてる部分や
マイナスなところ
人より劣っているところに
目を向けても
何も変わらないんですよね
わたし最近
思うことがあって
心の豊かさが一番の
強みなんじゃないかって。。。
持って産まれてきたもの
欠点や病気も
家族環境も。。。
受け入れる強さが必要で
落ち込むときも
嘆くときも
悲しむ時間があってもよくて
でもそればっかりでもよくなくて
受け入れることによって
それが 自分の強みになると
わたしは思いました
何だか。。
うまく伝えられないですけど(・・;)笑っ
はじめまして、maikaです(*^_^*)
まじょらむさんの言葉は本当にそうですね。
お嬢様のこと、同じ娘を持つ親として心中察するに余りあります。
娘が幼い頃、沢山の方から「娘さんを見ていると、本当にお母さんのことが大好きなんだと、よく分かります」と言われていました。
逆に、たまたま紹介で観て頂いた有名な占いの先生からは「あなたはご実家を救う為に生まれてきた」と言われたことがあります。
* * *
娘は私を選んで生まれてきてくれ、私も自らに課題を課して両親の元に生まれてきた、、、そのことに今は深く納得し、実感しているところです。
だからといって、それが全てではなく、私には私の、娘には娘の、両親には両親それぞれの人生があり、全く違う道を歩いていると思っています。
生きた時間の長さや肉体の有無は関係なく、どれだけ相手の為に想いを込めたか、想いを交わしたかですよね。
大切に思っている人が嬉しそうに幸せそうにしていると、その気持ちが伝わり、こちらも幸せな気持ちになります。逆もまた然りで。
自分が忘れない限り、肉体がなくなっても大切なものはすぐ側にあると思っていますし、その想いはなんら変わらないと思います。
幸せは自分の中にある。
Keyは自分が持っている。
私も、そう思います。
りんこさんを選んで生まれてきてくれたお嬢様*。一緒に居られる時間を大切に過ごして下さいね(*^_^*)
何度も書き込みごめんなさい。
ここ数日、記事やコメントを見返していて思ったのですが、そもそもこの記事に関して、いくつかの論点があり、それぞれが違う問題にも関わらず、同じ問題として扱われてしまっている為、意見の相違や争いの種になっている気がしてなりません。
kouさんが常々仰っている、国語の難しさとでもいうのでしょうか。
まず、大前提として、精神疾患と脳の障害は異なるということ。
脳障害は肉眼で確認出来ず、見た目での障害or精神疾患の判断が難しいということ。
精神疾患も脳の障害も個人の甘えによる結果としての病気ではないこと。
病気を盾にとり、人生を悲観して出来ない原因を病気に求めてしまうことが甘えであること。
kouさんが言いたかったのはここだと思いますが、その後の話が蛇足であったと思います。
病気や障害があっても明るく前向きに力強く生きる人々がいるということ。
ハチ公さんはこの人々の中に入っていると思います。
病気や障害によっては、他人の言葉を真に受けてしまう人もいるということ。
だから、死についての軽々しい発言はよろしくないと思う人もいること。
ハチ公さんが言いたかったのはここだと思います。
私の個人的な意見で申し上げれば、このブログはそもそも、個人の方が無償で提供しているものですので、それに対して、これをやめてください、と強制するのは違うんじゃないかと思います。
極論、嫌なら見るな、な訳です。
ただ、インターネットというのは全世界のあらゆる思想を持った人々が閲覧出来るものでもありますので、たとえ個人の思想を無償で提供するブログであっても、いろんな境遇、立場の方が閲覧することを踏まえた発言が必要になってくるのではないでしょうか。
ただ、ここはあくまで恋愛ブログです。
いろんな意見があってしかるべきだとは思いますが、kouさんは恋愛技法の専門家ではあっても、精神科医、脳外科医ではありません。
専門外の方の一個人的な意見に対し、是正を求めるのも、専門外のkouさんが、精神と脳に対しての強気な発言をされるのも、見ていてなんだかなぁ…といった気持ちにさせられます。
ここは恋愛ブログでは無かったのでしょうか。
だからこそ、私も自身の障害のことは一時忘れてこちらのブログを読んで実践するのが楽しくて仕方ありませんでした。
kouさんにはとても感謝しています。
恋愛の勉強の楽しさを教えて頂いたことを。
kouさんも人間なので、疲れているんですよね。
そう思いたいです。
「思いやりのすれ違い」じゃないですか?
ハチ公さんのコメント、ご自分の事を書いていらっしゃるようで、実は、顔も知らない自分と似た境遇の方たちを守るため、という風に感じます。
(私にはどうしても、ご自分のために書かれたのではないと読めてしまいます。)
一方、kouさんは男性だからもしかして文章そのものを解釈して、kouさんなりの思いを書いのかな、と。
病気云々ではなく、彼女は彼女の正義感で、仲間を守りたかったのだと思います。
maikaさんへ(*˘︶˘人)♡*。+
沢山の、素敵なお言葉をかけてくださり、
ありがとうございました☆☆☆
>自分が忘れない限り、肉体がなくなっても大切なものはすぐ側にあると思っていますし、その想いはなんら変わらないと思います。
まじょらむさんのことも、
こうして、わたしたちが忘れない、話せることが、
まじょらむさんが天国から
微笑んでくださってれば…
そんな風に感じます。
きょうは、日本にとっても
忘れられない日ですね。
病気を盾にせず、
今生きていることに感謝をし、
また、明日からの日々を
前を向いて生きていこうと、
改めて感じています
(*˘︶˘*).。.:*♡
お返事ありがとうございました♡
またお声かけさせてくださいね?(*^-^*)
娘のこと、ほんとに、ありがとうございました♡
心を込めて、
りんこ
医療関係者以外の方に限ってこういう事を言いますね。
みなさん、信用しないでください。
病名がつかず
パニックの症状で苦しんで
いた母親も可哀想でした。
kouさんと同じような事を
親戚たちに言われていた。
気持ちの持ちようだ!
贅沢病。
我儘とか。
病気ではない。とか等。
そんな否定されている
期間は回復しませんでした。
心身医学の先生に
それは病気だから
きちんと理由があると
診断され救われたようです。
それから前向きに
治ると信じられるように
なったようです。
10年ぐらい苦しんで
いました。家族も苦しみました。
不安でパニックに
なるから呼吸が荒くなり。
酸素を取りすぎて
過呼吸になります。
手足が痺れ意識が遠のいていく。
それを防ぐ為にビニール袋で
呼吸をしていた母。
一生懸命、症状を起こさないよう
にしていたけれど。
どうしても不安には勝てなかった。
今思い出すと本当に可哀想。
誰かを棘で刺すならば、自分も刺される覚悟をしなきゃいけない。
向けられる感情は対になるってkouさん言ってましたし、他の人からもよく聞きますね。
最初は負の感情から書いてたはずのコメントを正義ぶって正当化して、自分が同じ目にあったら喚き散らして全てをプチ侮辱して撤退。小さい。
…いなくなってから書くわたしも、かなり小さいなぁ。
書かないほうがいいかなって、ボタン押すの悩んだけれど、ここにいる人間として反面教師にしたいと思った出来事だから書き込みます。
自分のコメントがマイナスな感じに取り上げられて、取り乱さない、なんて無理だと思う。絶対取り乱すし、多分吐く。
それでも、自分を守る為に、過剰に相手を攻撃する事はしないって決めておく。
ムカついたらスルーする。
紅子さんの大人な対応を見習いたい。
小さいわたしだけど、ここに決意表明。
この記事は私自身の心に突き刺さったわけではないけど、なんとなく、ここで起きたことを回収しきれずに次の話題が投入されてわぁ~っと盛り上がり、中途半端なところで終わってしまっているようにも見える。
だから、いつか続き聞かせてくださいねKouさん(‘ε’*)
続きなんてありませんよ、とはおっしゃらないで、Kouさんなりにもっと掘り下げたことをお聞きしたいな。「最低限頼ることの意味」の続編フォローアップとでもいいましょうか。
気になっていることがたくさんあるんです。
こうやってコメントしてるのは、この記事を批判したいのではなく、Kouさんから聞きたいことがイパーイイパーイあるからです笑
何人かの人が聞いているみたいに、パニック障害?人格に関する障害を持っていた昔の彼女さんのこと、どんな風に向き合ったのかとか、大変だったこと、その時のKouさんの状況、そして得たものとか。
具体策を教えることはKouさんのモットーに反すると思うので、言える範囲でですね。
いつの日か、よろしくお願いします。
kouさん
この記事を見て、迷いながらやっていたことがこのままでいいんだ、と思いました。
実は私の彼も超軽度のパニック障害です。
付き合ってしばらくして発症しました。でも、それ以前にも病気とはいえないまでも具合が悪いと言うことが多かったです。
しばらくして、「かまって欲しいのかな」という気がしてきました。しんどい、というけれど「私の方がしんどいわ」と言いたくなる場面も多々ありました。なので、彼からパニック障害らしいと告げられた時には「そう、それは大変だね。早く治ることは願っているけど、私は極力病人扱いせず普通に接するね」と言いました。心配すればするほど悪化するような気がしたからです。
このまま様子を見ていこうと思います。
kouさんの病気を盾にしないように、というのは私も賛成です。私は病気ひとつない健康な女性ですが、そんな私ですらこの記事の途中からは疑問を持ちました。
賛成コメントを寄せる女性たちの多くは、kouさんの人となりを大まかなりとも理解したうえで、深読みし、きっとこれが言いたいのだろうと解釈しているように見えます。「なんとかしてkouさんの意思を汲み取ろう」という努力をしてくれています。そして、「kouさんの言いたいことよく分かります」とコメントしています。
ですが、この文章を素直に、額面どおり読んでしまうと、とても残酷、冷酷な内容なんですよ。私は深く掘り下げず読んだので、「なんて酷いことを言っているんだ」と思った側の人間です。
読者に深読みをさせなければいけない内容というのは、誤解を招きがちじゃないでしょうか?kouさんは頻繁に「もっとよく僕のブログを読み直してください」「ブログよく読んでいる人なら、僕の言うことが理解できるはずです」をとおっしゃる。気になる部分だけつまみ読みした人や、検索で来たような人、多忙な人からしたら、不親切ですよね。
ふぁーふぁさんが「個人の思想を無償で提供するブログであっても、いろんな境遇、立場の方が閲覧することを踏まえた発言が必要になってくるのではないでしょうか。」と書かれたこと、そのとおりだと思います。
もう一度言います。今回のこの内容、何も汲み取らずに読むと残酷な内容です。
kouさんという人を理解したうえで読むと、乱暴な内容ではないのは分かるのですが、このように読者に「筆者の意思を読み取らせる努力」を求めるような内容だと、こういう辛い思いをする女性が後を絶たない気がします。