
お気に入りから削除したい場合はクリックKouです。
昨日のメルマガで、信じること、裏切られることについての話をしました。
「首は折れないように注意してください」というタイトルのメルマガですね。メルマガでの話題なので、本当はメルマガでフォローすべき問題ではあるのですが、この先もこの話はしてくことになるので、ブログに残すことにしました。
さて、僕はまりさんのコメントを一体何度取り上げているんだろう、、と自分でも思ってしまいます。気になるんですよね。
まあいいです。どうしても分からない。どうしても理解したくないという時期はあります。
まりさんより:
>ありもしない不安やショックを、
事前に受けるメリットはどこにもありません。 後でダメージを受けないというメリットがある。
信じていた方がよりダメージが大きい、それを和らげるメリット。
「やっぱり」と思う方が精神的ダメージは圧倒的に少なくて済む。
どちらの方が立ち直りが早いかは子供でも分かる、簡単な事。>本当の安心は、相手を信じることから生まれます。
>「裏切られた」のではなく、「裏切らせた」だけです。そして裏切られて泣きをみる。安心が絶望に変わるのでは?
裏切られるのは全て自分が悪いという結論?>人はなぜ相手を裏切るのかと言えば、
相手が自分を信じていないと思うからですよね。 信じさせて裏切る。そんな人、
世の中にたくさん居ると思いますけど。 >心理的には結構なダメージがあるんです。
それは相手を裏切った罪悪感というよりも、
自分が今後どう見られるのかという自己愛による罪悪感では? 信じてもらえないのは信じられない理由があるから。
それを顧みる事が出来ない方が問題なのだと思います。
今回は、例としてまりさんのこのコメントを紹介していますが、僕は彼女にだけ言っているのではありません。もちろん吊るし上げているわけでもありません(^^;
少しでもいいので分かってもらいたいのです。
おそらく彼女以外にもこのコメントと同じように感じている人もいると思います。
メルマガでも話したと思いますが、どちらに主軸を置くかの問題なのです。
自分に主軸を置いていれば、裏切られたという発想は出てこなくなります。
「裏切られた=相手が悪い」(私は悪くない)
こういう発想に陥ってしまいがちです。
かなり多くの人がこう考えます。なぜなら、その方が楽だから。
楽ですよね。相手が悪いという発想をしていると、そこですべてが終わってしまいます。
そこから成長することは絶対にできません。相手が変わらないからいけないという結論で終わってしまうからです。
「ありもしない不安やショック」を事前に受けていたら、実際に受けたときに緩和されるか。
されません。
緩和されないんです。
緩和されると感じているのは勘違いで、むしろ二重に味わう分辛さが深くなります。
ナイフか何かで切り付けられることを想定して、まず自分で腕を切っておいて、その傷口にもう一回切り付けられるようなものですよね。さらに痛くなるに決まっています。
事前に思い悩んで苦しんだことが実際に起きるから、さらに辛くなるのです。精神的ダメージは、突然やってくるそれを受けたときのものと比較にならないくらい大きいですよ。
僕のところにくる恋愛相談の失恋ダメージで重症化している人の大半は、事前に悪い想像をしているケースです。
青天の霹靂で突然別れを切り出された場合のショックは、それはもちろんあるでしょう。でもそういう人は、その場は確かに辛くても、極端に後を引いている例があまりありません。
それよりも、「私は振られるんだ」と何度も考えて具体的な想像をしていて、それがまさに現実になったケース。こちらの方が圧倒的に苦しんでいる人が多いですね。
「そして裏切られて泣きをみる。安心が絶望に変わるのでは?」
この記事を読んでいるあなたも、もしかするとこんなふうに考えてしまっているかもしれません。
裏切られて泣きを見る、と考えているうちは、まだ相手主体に物事を考える癖が抜け切れていないのです。相手主体というと分かりにくい場合は、「自分のことを自分で考えようとしていない」と考えるのがいいですね。
そうなのです。
自分のことを自分で本気で考えていないから、何かの不都合をすべて外部のせいにしてしまうのです。
自分の失敗を他人のせいにしているのと大して変わらないのです。
途中ですが、これはまりさんに対して言っているのではなく、このブログを読んでいるあなたに向けて言っています。みんなこういう発想になるのです。
僕だってなります。注意しないといけない問題なのです。
あなたが彼を信じることと、彼がその期待に応えるか応えないかは全くの別問題です。
「私はお前を信じた。お前はそれを裏切った。」
これは、発想が傲慢なのです。
彼が裏切るかどうか、期待に応えるかどうかは問題ではないのです。あなたが彼を信じるということに自信を持てるかどうかだけが問題です。
あなたが彼を信じるということに自信を持てるようになったら、それはもう自分主体です。
彼がどう出てこようと、あなたの精神状態が変わることは一切ありません。
彼の行動によって、あなたがいちいち影響を受けて精神不安に陥るのは、つまるところまだ他人依存(外部への依存)から抜けられていない証拠なのです。
外部はどうしようもないのです。コントロール外です。
あなたがどれだけそうしてほしいと思ったところで、その通りになるかどうかはコントロールできません。そこに自分の精神を預けようとするからおかしなことになるのです。
自分の精神は自分で持ってください。
「信じさせて裏切る。そんな人、
いますね。
そういう人を見極めるのもまた自分の責任です。
ちなみに言っておくと、「そういう人」に該当するのは、ほんの一握りです。周りの人全員がそういう人だと思ってしまうかもしれませんが、それは錯覚です。
もし「そういう人」ばかりだったら、この国はとっくに滅んでいます。
そういう人を見極められるようになること。
そういう人を近づけない人間になること。
そして、そういう人に仮に騙されたとしても、そこで相手を責めて終わるのではなく、「騙された」という事実を自分で引き寄せたことを理解すること。最終的に騙されたとしても自分は相手を信じ切ったという事実を認識することです。
覚えがある人もいると思いますので、この話もしておきます。
裏切られて相手に怒りを覚えるのは、自分が相手を信じ切っていないからです。
「はあ、Kouさん、何言ってんの?」
と思うかもしれませんが、過去に思い当たるフシがありませんか。
あなたではなく、周りの知人や親、家族でもいいです。
「俺はあいつに裏切られた。やってくれると信じていたのに。」
と言う人に限って、本当は完全に信じ切ったりはしていません。
第三者視点でちょっと話を聞いてみると、必ずこういうことを言い出します。
「おかしいと思っていたんだ。」
どうですか。心当たりがありませんか。
信じてはいたけど、おかしいとも思っていた。だから、「やっぱり裏切られたんだ!(俺の予感は正しかった)」と思うから怒りが爆発するのです。その怒りは、自分は悪くないという発想での怒りです。
本気で信じ切って、その人に裏切られたどうするか。笑うしかありません。
信じてもらっているのに裏切るというのは、もちろん裏切るほうが悪いに決まっています。
それは確かにそうなのですが、裏切るほうが悪いという視点だけで物事を考えていると、一つも前進しませんし、また同じことを繰り返します。
よく人に騙されるというのは、意外と「人がいい」タイプの人がかかりやすいと思われていますが、そうではありません。疑り深い人、人を信用しない人ほど騙されやすいのです。なぜなら、そういう人は、やはり「人を疑う」タイプの人間を引き寄せるからです。
もう何回も言いまくっていますが、周りの人を疑い続けながら生きていくよりも、リスク承知で信じる方向にかじを切った方が、はるかに楽です。
確かに何らかの痛手は負うかもしれませんが、少なくとも「私は相手を信じた」という事実だけは揺らがなくなります。そこから得られた自信は、今後の人生に明らかにプラスに作用するはずです。
どうしますか。
疑い続けますか。それとも、少しでも相手を信じてみるほうに傾いてみますか。
僕はそれをあなたに強制することはできませんから、あなたが自分で意思決定するしかありません。
僕は囁き続けることにします。
『彼が裏切るかどうか、期待に応えるかどうかは問題ではないのです。あなたが彼を信じるということに自信を持てるかどうかだけが問題です。』
○○なんだから●●してくれるはず!思考が、強かったんです。
わたしにとって、相手が期待に応えてくれるかどうかは大問題でした。
今も、期待や不満を大きく育ててしまうところはあります。
だけど、わたしは決めたのです。
自分がされていやだと感じることはしない
自分がされてうれしい!!と感じることを、する
そう決めてから、相手に要求したり押しつけたりしそうになる衝動を
ゆるやかに、静められるようになってきたかなぁ・・と思っています。
暴れ馬を、どうどうと言いながらぽんぽんとなだめる、そんなイメージ。。
自分との約束を大切にして、ぶれない自分づくりを着々と進めています。
彼を信じる、わたしを信じる
すっと一筋光る、自信をつかみたいです。
今日、友達とビアガーデン行く約束をしていたから、街中心部へ出掛けました。
私の住んでいるところから街中心部へ行く道途中に、彼のお家(兼職場)があります。
嫌でも彼の車が見えてしまうのですが、行きの夕方頃はお出掛けしてたようですが、帰り22時頃はお家に居ました。
今日お休みだったはずなのに、人とお出掛けしなかったのかな。
ずっと前に同じ会えない状況で、その同時間に居なかった時がありましたが、その時は彼のお母さんが体調崩して病院に付き添っていたことを後で知りました。
そんな彼だから、私は信じれるなと感じています。
いや、信じる自信がある。本当に不安がない。
今日もまたほっとし、今まで彼から貰った嬉しかった言葉たちを抱き締めて、良い意味でそっとしておけます。
最近ここ楽しいのでコメントよく残しちゃいます。
しかも長文。てへ。
そうなんですよね、先々悪いケースを考え過ぎても…正直良いことない…んですよね。
これはもうマジでほんとに。。。
私の友人が当に渦中で。
ちっとも進まないんです。事が。
そして起こってもない最悪のケースを妄想して、笑顔が素敵な美人の彼女はすっかり疲弊しています。
本当に、すごく、勿体ない。。。
『いやいや、それまだかなり先の段階だゼ?笑
まず目の前の事見て、自分がどうしたいか考えよ』
と伝えるんですけど…『でも、だって、』なんですよね。
これ彼にもしてたら、そりゃ彼も疲れます。
フリーや片想いの人も表情曇っちゃいます。
じゃ本当に『負』なものが寄ってきちゃいますよね。
疑う事に、不幸な想像に、執着して…見てて辛いです。
女性の笑顔って、本当にね、素敵です。
それだけで輝くんです。
女性の私でも、豊かな笑顔の女性にパッと目がいきます。
そして、あぁ素敵な人だな、て感じます。
誰かを思い出したとき、笑顔のその人が頭に浮かぶって素敵だと思いませんか。
まだなにも起こってない辛い事を想定しても本当につまらない。しんどい。そしてめんどくさい(笑)
ちょと表現が過激ですけど(^^;
でも、また言うけど、
本当に。。そういうの。。勿体ない!!!
って、友人にも伝え続けてるんですけどね、なかなか…
私、大昔の十代の頃(笑)に一度だけ信用してた彼に私のとても嫌がる事されました。
じゃあ、案外すんなり
『あ、そ。もういいよ、さよなら』
ってスーッと自分の中の何かが引いちゃうもんです。
どん底で苦しくてもがく、てのからはほど遠かったです。
逆に当初の彼がすがってきました。
まぁ、十代だったので…あんまり説得力ないかもですけど…
許すか、萎えちゃうかはまた別問題です。
そこになって初めて考える事です。
今覚えてるからって別に傷として残ってる訳ではないんです。
記憶としてはありますけど…あの時、くそ~☆なんて感情は1㍉もないです。
だから、も少し力を抜いてもいいと思うんです。
そうすると自然と美しい笑顔が出てきて、彼も、意中の相手も、
『あ、素敵な子だな』『可愛いな』
て、つと感じてくれるんじゃないかな、て思います(*^^*)
友人の事もあって、力入っちゃいました。てへ。
あれ?先月末にもコメントしてる(笑)
まだ最近なのに
『あっ、こゆ事書いた書いた!
この時悩んでたわー』
ですっかり忘れてました(笑)てへ。
>あなたが彼を信じるということに自信を持てるようになったら、それはもう自分主体です。
>彼がどう出てこようと、あなたの精神状態が変わることは一切ありません。
>彼の行動によって、あなたがいちいち影響を受けて精神不安に陥るのは、つまるところまだ他人依存(外部への依存)から抜けられていない証拠なのです。
彼は知りあった時から携帯を見られないようとても気をつけます。
メッセージも画面に現れないよう設定しています。
あれを毎回疑っていたら気が狂っていたとおもいます。すでに別れていたでしょう。
私、彼の携帯を探るようなそぶりは一度もしたことないので、過去に嫌な経験でもあったのだろうと思っています。
最近では時々「父とチャットしていた」とか頼んでいないのに伝えてくれます。
いつか携帯を見てもいいよと言われても見ないという選択をすると思います。
kouさん、わたしね、信じるってすごく難しいことだとおもっていました。
だけど、信じる気持ちを取り戻す方法があるとしたら、子供の頃の気持ちに戻ることなのかもとおもいました。
ある男性の話しで素敵だなと思ったあります。
その男性は凄まじい人生経験をされて、人間不信に陥ったそうです。
そんなある時、人脈を広げるために登録していた、ある施設から声がかかったそうです。
その施設は親に虐待を受けた子供たちを預け入れる施設だったそうです。そこへボランティアに行った時の話しです。
その子供たちは、最初は大人を怖がっていたそうですが、段々と笑顔になり、帰る頃にはその方を信じ切っていたそうです。
その人は、親という絶対的な存在に傷付けられて、大人を怖がるようになった子供たちでも、人を信じることを諦めていないんだと、子ども達に教わったそうです。
そんな子供たちに人生観を変えさせられて、夢を取り戻し、その方は素晴らしい生き方をされています。
わたしも、大切な人に信じてもらえず、苦しんだ経験があります。
そして、わたし自身も信じることが出来ず、大好きだった人を苦しめた経験があります。
この負のループを断ち切りたいと思います。
そして、ある女性の言葉で心に残っていることがあります。
それは、
「彼がしてくれたことは嬉しい。でも、彼だったら嬉しいけれど、彼でなくても私は大丈夫」「この素敵な私にふさわしい人と一緒にいられたらいいな」「私は素敵な私でいたいな」とじぶん中心の考えを持つこと。
この言葉がわたしの中ではとっても残っています。
こうやって、相手中心の世界から、じぶん中心の世界に向いていけたらな。と、前を向いていこうとおもった言葉です。
子どもの頃、わたしが楽しそうに無我夢中で遊んでいる姿を見て、喜ぶ存在がいることを知っていました。
それは親だけではなく、親戚のおじさん、おばさん達も、両親の知り合いや友だち、わたしを見るとき、みんな笑顔でした。
たくさん、プレゼントをこさえて、どうにかわたしを楽しませようとしてくれていたのを覚えています。
親だけが愛情を注いでくれてたわけじゃないとおもうんです。
わたし自身が大人になってから、更にそうおもうようになりました。
友だちの子供に会えば、どうにか笑顔にしたくて頑張っちゃいます。
友だちの子どもだから、というわけではなく、愛されるべき存在の子どもだから、笑顔にしたいんです。
子どもに人生観を変えさせられた男性も、子どもからしてみれば、喜ばそうとしてくれたコトを素直に受け取り、その人を信じたから、一人の男性を救ったんじゃないかなと思いました。
わたしも、大人になっからと言って、じぶんの価値は子どもの頃となんら変わりの無いことだと思っています。
じぶんには絶対的な価値がある。
そんな価値あるわたしでいられるように、素敵でいよう。
女性は女性であるだけで価値がある。
女性というだけで、男性に愛されて当然とおもっても良いと思うんです。
それが誰かを信じることへの自信に繋がるかもしれないし、わたしを笑顔にしようとしてくれたコトを素直に受け取って、じぶんも相手も信じるコトなのかなって思いました。
信じるって奥が深いですね。
元夫は、言葉では良いことをいくらでも言っていたけれど
実際に行動が伴わなかった。
私は彼を「信じて」いたわけではなく、
発せられる言葉に「期待」しただけ。
一方彼は、行動で私を傷つけるようなことを一度でもしたか。
時間に遅れたこともなければ、メールは返事をすぐしてくれるし、
ほんとうに困ったときは会いに来てくれていた。ランチもおごりで。
私は彼の人間性になんらの疑いもない。
彼のその言葉は、その行動は、理由があるのだと思っている。
だから私はわざわざ説明を求めたり、本当はこうなんじゃないの?
と問い詰めたりする必要なんてないの。
いずれにしても、相手の言葉も行動も相手のもの。
それを受けて私はどうしたいのかだけを考えれば良い。
「騙された」という事実を自分で引き寄せたなら、信用なんか二度とできない。
最終的に騙されたとしても自分は相手を信じ切ったという事実を認識したって、なくしたものは返ってこない。
私だけが、誰からも信用されてなかった。
>疑い続けますか。それとも、少しでも相手を信じてみるほうに傾いてみますか。
結局少しでも、じゃ駄目だということ。
残りの分はそのまま裏切られると思ってるから裏切られる。
何も意味がない。
信じてももらえないし、信じられる人なんかいなかった。
後悔しかない。
>疑り深い人、人を信用しない人ほど騙されやすいのです。なぜなら、そういう人は、やはり「人を疑う」タイプの人間を引き寄せるからです。
ここにも、引き寄せの法則生きてくるな。
10代の頃、大人は上辺だけ親切そうな顔していても助けてくれないし誰も信用出来ないと思っていました。
確かに子供で、何をするにも保護者が必要ですし、自分でどうにもならないこともありました。
でも今は行きたいところにも自由に行けます。
信じるということの基本は自分の価値を疑わないこと。
大切に扱われる存在だと認識すること。
愛情を見落とさないこと。
自信がないと、その不安定さにつけ込まれやすい。
自分の軸がしっかりしてれば、おかしな人は寄り付かないし簡単には手出し出来ないし敵も味方につけられる。
周りにも守って貰えるし助けて貰える。
恋愛も人間関係の一つ。
この人だけは裏切りたくないと思わせられる女性でありたい。
望まない結果になったとしても自己責任。
自分の選択したことだもの。
ある日突然、救いの手が差しのべられるなんてことはないの。
でもそれは絶望するようなことじゃない。
自分が覚悟を持って生きればいいだけ。
こんばんは。
>自分の軸がしっかりしてれば、おかしな人は寄り付かないし簡単には手出し出来ないし敵も味方につけられる。
周りにも守って貰えるし助けて貰える。
恋愛も人間関係の一つ。
あえかちゃん、素敵ですね♪
この考え方があれば、この前の防御リテラシーのお話も、危険予測できるし、仮になにかあったとしても対処していけるんじゃないかな(^-^)
まりはっちあえかっちのあえかです(笑)
あえかっちでOKですよ❤
近頃は、ちゃん付けで呼ばれることもそんなにないので、なんだかくすぐったいです(*ノ∀`*)テレ
私、周りの人達のお陰で生きてきたと思います。
いつも守られてるし甘やかされてます。
ありがたや~ヽ(´ω`)ノ
私のことを、信じてます、と年月をかけてあんなに何度も繰り返し言ってた人すら、私のことなんて実のところまるで信用していないのだとわかった。
疑われている、というのを身をもって感じた。
他の人と天秤にかけて、私への信用を切って捨てた。
時間をかけて積み重ねたはずの人も、そうでなくて親身な人も、誰からも自分が信用に値しない人間だと扱われていたのだとわかった。
何年もかけて、信じたいと思った自分が恥ずかしいし、その人の言葉を信じて新たに人を信じたいと思った自分も恥ずかしい。
信じてた自分が馬鹿だったのが悔しい。
紅たんは信じてないよ。
でも、信じたいと思ってる。
私はね、信じてる人には、切り捨てられてもいいと思ってる。
それでその人のことが守れるなら。
私は大丈夫だから。
人がどうだろうと、紅たんは紅たんだよ。
そっか、その人はそれによって守られるのですね。
それならもう、いいかなぁ、終わらせちゃって。
自分の価値観も、自分が何年もかけて信じようとしてた相手がこんな程度のものだったと受け入れるのが、悲しいです。
一人で生きるしかないのに、一人って難しい。
うん。
紅たんは寂しいんだね。
悲しいんだね。
本当に「その程度」の人だった?
全部が嘘だった?
紅たん、裏切られるのが怖いのは相手も同じだよ。
全部が嘘ではなかったかもしれないし、そう思いたいです。
けれどそれを「そうだった」と決めるのも自分の責任だから。
自分でそれをそうだった、と決めた後にまた違ったと知るくらいなら、全部なかったことにして、全部なしにして私がいなくなりたい。
相手もそうだとしても、私だってしてもいないことを事実にされたくない。
自分の尊厳も守りたいのに、他人だとわかっているのに切り離して考えられないのです。
全部が嘘な訳ないよ(ヾ(´・ω・`)
そんな人いない。
自分の尊厳を守ることを一番に考えてみて。
他人はそれを見て紅たんへの接し方を考えるから。
紅たんは紅たんのこと大切にして。
紅たんは可愛いよ。
だから、大丈夫。
あえかさん、ありがとうございます。
あえかさんに、ずっと聞いてみたかったことがあるのです。
自分を大切にする、というのが何をしたらいいのか。
どうしたら、自分が一番好きになれるのか。
やっていこうとしてもはっきりしなくて、いつも誰かと比較されて優れた評価がないと実感にならなかったり、ほとんどは…自分が他人にとってそんなものかと感じた瞬間に自分が嫌になることの繰り返しなのです。
私も大切にするって、どうしたらいいのかよくわからなかったよ。
他人に何かしてもらうことを考える前に自分で自分を守ることかな~
幸い私は自分のことが好きで、辛いこと苦しいこと痛いことも嫌いだし、今のところ嫌な感情になりそうなことを避ければ割りと踏み止まれるかな。
元々、あんまり他人のことも気にしないし。
まぁそれは、親が絶対的に正しい訳じゃない、自分は自分って思わないとやってられなかったっていう自己防衛でもあったと思うんだけど。
紅たんも心地良いって感じることあるでしょ?
そういう時って自分のこと好きだと思うのよ。
積み重ねれば、望むようになると思うよ。
自分のことだから。
自分で自分を守る。
そっか…外面は生きてくためにとか、自分の身がこれ以上脅かされないようにって家から転がり出たり、無茶苦茶してきたのですが。
中身は全然で、親の言うことやされたこと無条件に価値観に刺さっていて、自分でさらにざっくりとやられてたりしていて。
何の曇りもなく全部信じていいとか、そんなわけないのになぁって。
私、頭の中が3歳なのですよね。
男の性欲も大嫌いだし、排泄と暴力の一種みたいに思うところがあるので。
自分に性欲を向けてくる男は全般的に汚いと思っているし、触ったら汚れると思っているから理想の父親みたいな無償の愛がどこかにないかなと思っていて。
あるわけないから、性的興味というものを仕組み的に受け入れるしかないのに、自分=食肉みたいな感じで相手が捕食者にしか見えない。
わかっているのに自分でも、女を使ってしか釣れない(それすらも少数)という劣等感があって。
やることやったら私の場合終わりだよな、他に価値ないしなって思っているのが一番自分でもこれじゃあないなぁと思っていて。
女としてだけでなく、親に一人の人間として価値を見てもらえた人が羨ましいのです。
恋愛なんてこんな状態で、成立するわけがないのですよね。
自分の心地良いこと、探して守れるかやってみます。
ありがとうございます。
無償の愛みたいなものは私も求めてた。
父親には、もう20年以上会っていないし、母親ともそんなに連絡も取らなくて前にメールしたのは5年ぐらい前かな?
だから今さら親から愛されたいとかは思わないけど、代用品みたいなものは求めてたと思う。
だけど、愛情を欲しているのは誰でもそうで、一方的に与え続けられる人なんていないじゃない?
私は割りと器用で自分に意識を向けさせて追い掛けさせることは出来るのね。
付き合えば、1年以上は続くし別れる時は私からだし。
でも、どんなに自分だけを見て尽くしてくれても何か違う気がして満たされなくて、Kouさんに出会う少し前に「あえかは幸せにならないと」ってグレーの彼に言われて考えたら、原因は相手じゃなくて自分自身にあるんじゃないかって思ったのね。
それまでも自分のやりたいようにはして来たけど、目先のことばっかりで自分の幸せについてちゃんと考えたことはなかったかも知れない。
他人にあれして欲しいこれして欲しいじゃなくて、どういう自分でありたいか、それによって他人の態度も変わるんじゃないか、そうすれば結果的に望むものが手に入るんじゃないか、行ったり来たりしながら1年近く経ったけど、最近ようやく着地点を見つけた感じかな。
またこの先も迷うことはあるだろうけど。
落ち着いたらね、たくさんのもの貰ってたな、って気付いた。
前より小さな愛情の欠片にも気付けるようになったよ。
こうやって紅たんが私と話す為に時間を使ってくれることもそうだしね(´・∀・)
何もないところから生まれて何もして貰わずに生きられる人なんていないんだよ。
みんな誰かのお陰で今生き残ってるの。
のんびり恋愛のことぐらいで悩んでいられるって恵まれてるよ。
私もすぐに忘れそうになるんだけどσ( ̄∇ ̄;)
紅たん、不安はみんな持ってる。
相手に完璧を求めないで。
駄目な時もあるよ。
男性も同じ人間だよ。
駄目なところばかりでもないし、ずっと駄目な訳でもない。
紅たんは紅たんで堂々と生きればいいんだよ。
紅たんが否定したって、どうせ可愛いんだから。
女性なんだから。
お姫様なんだから。
紅たんのことが嫌いな人がいたって、紅たんは紅たんなんだから。
ちゃんと紅たんのことが好きな人もいるよ。
ゆっくりゆっくりちょっとずつでいいんだよ。
人生まだまだこれからだから( ´∀` )b
信じる方が、楽
というより。
信じられないのは、愛じゃないって
さいきんわかりました。
私たちは、たった一度きり、
このせいを受けて、この世を生きることができますが、
どんな風に生きるかは千差万別。
自分の思うように
生きられる。
果てしない自由。
もちろん、最初はお父様お母様の庇護のもと歩みをはじめるから、不自由に思えたり、人のせいにしたり、できますね。
でも、大人になったらいくらでも変えられる。
もっと言えば、思春期から
親にこう言われたから、今の私の人生は最悪。
彼に浮気されたから死ぬ。
会社の先輩にいじわるされた、やめる。
人のせいにして生きるの。
そっちの方が辛いのかなって、今なら思います。
短期的欲求って言われることかもしれないけど、感情のジェットコースターに任せて、外的要因のせいにして、自分の人生の舵取りを手放して…
手放したのは自分なのに、人のせい。
そんな人生は、嫌だ。
私のことを信じてくれている、大好きな人たちを、裏切っていることに、なるんですね。
私、彼に巡り会えてよかった。
とても信頼してもらっているの。
かれんなら大丈夫だよと。
何も言われないけど、だから態度からわかる。
放任でも、束縛でもない。
いつも、互いの心にいて、
明日を一緒に輝かせようと思っている。
信じ合えること、そのベクトル、量、質の相違が、
私にとっての、道徳の一致不一致の、価値判断に深く関わっていることがわかりました。
もう、前の人が〜とか
おかあさんが〜とか
会社の人が〜とか
言うのやめます。
私の人生に、本当に必要なことはなにか。
しかと。見つめなければ。
今を信じるというより、
その先の未来を信じてる。
私たちなら絶対に大丈夫。
大丈夫なように、生きるもの。
きっといろんなものを迎えながら、
いろんな景色を見ながら
たくさんたくさん
悩んだり、負けそうになったり
でも、その先を信じてるから大丈夫。
生き抜いてみせて、と言われている気がするの。
戦後の焼け野原から、たったいちだいで築き上げたおじいちゃま。
戦国時代、荒ぶる世の中を駆け抜けたご先祖様。
私なら大丈夫。
見ていてね。
信じること。本当にそれは自分に対するものなのですね。
私は彼を信じています。何をと言われれば、彼の人間性と私とまっすぐ向き合っている気持ち。決して片手間ではないこと。
彼といつか離れても、彼の方から離れることを選ぶ時がきたとしても、私は裏切られたとは感じないでしょう。
彼を見つめようと決めた自分を信じているからです。自信があるからです。
自分自身がこの恋愛に求めるものが明確に分かって、悩みや不安もなくなって、ずっと穏やかな幸せな気持ちが続いています。
彼が気持ちをたくさん言葉にしてくれるようになりました。あんなに苦手と言っていたのに驚くほどです。私から聞かないのに自ら話してくれるなんて、どうしちゃったんだろうと思うくらい。
男性は言葉よりも行動を見る、をずっと頭においていたから、行動を見つめて十分幸せを感じていたけれど、彼の口から聞いてはじめて知ることもあったりして言葉で伝え合う大切さも感じました。
バイバイの瞬間、彼がいつも寂しかったなんて、聞かなければ知らなかったから。
それにしても、なぜ女の子を信じるのかと言い続けた
ちはなさんをはじめとする姫様方の適切なアドバイス
(↑めっちゃ読んでるワタシ)
さすがと思います。。
かほさん こんばんは(*´∀`*)
急にごめんなさい。
でも気になっちゃったので…
かほさん、見るだけなんて
そんなかほさんの魅力がもったいないとおもっちゃいました。
私かほさんの コメント好きです。
以前私のコメントに対して肯定的なことを言ってくださってとてもとても嬉しかったです。
だからと言って、そのお返しとして言ってるわけじゃないですよ。
私は 真面目に色んなことに向き合って
きちんと考えて 相手のことを思って丁寧に文字を紡ぐかほさんの優しいコメントが好きなのです。
かほさんが 誰かを思って書いたコメントは
素敵なものだと思いますよ。
そこから相手が何をどう受け取り選択するかは
もう相手の領域ですから。。
かくいう私も 人様に与える影響に恐れをなして
アドバイスは書かなくなりました。。(^_^;)
コメントって難しいですよね。
私は一方的に彼を信じることに決めました。
あとはもうコントロールの範囲外ですね。
私にとって本物の信頼関係のみが価値があるものなので、彼を信じきることに大きなリスクはあるけれど、それが私の資質なので仕方がないです。
仕方ないと思えるほどにここで勉強して成長しました。
相手を信じられたと言う自信
疑うより信じた方がプラスになりますね
毎日この記事みたら変われるかな
信じたいけど…。
彼が昨日は自分の家に帰っていないことが発覚。
どこにいたのか聞きたいけど聞けなくて、彼の方から話して安心させてくれないかと少し期待しながら「昨日は家には帰らなかったのかな」ってメールの文に織り交ぜてみたら、見事にスルー…。
そのまま頑張って忘れてしまった方が良いのか、彼にきちんと聞いてみた方がスッキリ出来るのか、もやもやしてしまいます(/ _ ; )
はじめはショックと怒りが大きかったけど、だんだん悲しくなってきました…。
私が彼のことばかり考えていた間(というのは彼にしてみれば私が勝手にしたことではありますが)彼は誰と何をしていたんだろう。
実家という線もあるのですが、答えてくれなかったことが気にかかります。
はっきりさせようとするのは詮索になってしまうのかな。
はっきりさせない方が、幸せでいられるのでしょうか(/ _ ; )
家に帰っていなかったってことだけで騒ぎ過ぎでしょうか(´・_・`)
帰らずどこに行っていたかはわからないので、まぁグレーです。
ただ、どこに行っていたか言ってくれないので怪しんでしまいます…。
実家なら実家って言ってくれれば済むし…って、ちゃんと信じられてないなぁ(/ _ ; )苦しい。
「終わって帰りです」とか「寄り道して帰ります」とか、帰る帰る言っといて実際帰っていなかったことが、嘘つかれた感じで悲しいのかもしれません。
帰ってないんだから、感じじゃなくて嘘つかれたのか…。
でも、帰ってないってわかる写真とか、昨日終わったって返事くれた時間よりずっと早くに本当は仕事終わっていたってわかる写真とか送ってくるのは、何なんでしょう…。
ただ脇が甘いのか舐められているのか(´・_・`)
怒りって、あまり長くは続かないな。
でも悲しいままなのも、何だか彼のこと好きって言っているみたいで悔しいなぁ(>_<)
のばらさん、メッセージありがとうございます。
これリアルタイムで読んだのですが、なんだか心にしみてウルっとしました。
そうなんです、コメントって影響力ありますよね。はじめは怖いもの知らずだったけど、あとから気づきました。
ありがとうございます( ´∀`)✨
一喜一憂
信じるって主体性だから
彼の言動で
喜んだりすることはあっても
憂鬱になったり
不安になったり
悲しむ必要はないんだよね
ここに来る前の わたしも
ここに来た頃の わたしも
一喜一憂するばかり
それは軸が彼だったから
今は軸は わたし
だからブレることは少なくなりました
一喜することはあっても
一憂することは前より減ったかな
ブレない自分を作るには
自分を大切にすること
自分を愛してあげること
自分を認めてあげること
これが出来るようになってきました
信じる者は報われる、のだ〜(ฅ•ω•ฅ)
まりはちゃんを見ていると、本当にすごいなぁと思う。
本当にゲームオーバーはないんだって思う。
立て直せるんだって勇気ももらえたけど、まりはちゃんと九州さんが作ってきた土台がしっかりあったからなんだろうな〜。
お互いに思ってることを我慢しあって、黙っていることを良しとしてきた私と彼は、立て直すならもっと大変なんだろうな…
連絡が来たら、うれしいと思う。
でも、4月に見た嫌なものたちは、忘れられません。
関係はどうであれ、同僚を泊めているんだろうな。
そう思うことが、もう信じられていないんでしょうね。
まだ何も信じられることないなーって思ってたのですが、してくれたことは信じてもいいのかなと思い直しました。
今はそれでいいやー
ギブアンドテイクの記事とおなじようにこの記事も頭の片隅にいれとかなきゃいつも忘れちゃう。
詮索行為をしてたときも信じてなかったからとても辛かった。なにか見つけると、ほら、やっぱりね、私を裏切ってたってなってました。
いまの彼は疑いどころもないし、そもそも始まったばかりで彼の気持ちがそこまで育ってないと感じるから私の魅力アピール中(*^_^*)
「人間が困難に立ち向かうとき、恐れを抱くのは信頼が欠如してるからだ。
私はわたし自身を信じる。」
というようなことを~
アリが言ってるんですよ~( ・ε・)
弁天さん、こんばんはー(^o^)♪
ちょっと違うけど、信じる繋がりでこちらにお返事失礼します。
あれは確かに、ゆーえふおーか、アルマゲンドンみたいなことが起こってたと思われます( ; ゜Д゜)笑
昨日は宇宙人が迎えにこないか怯えながら寝ました…
でも私実はふしぎーなオカルト見るの二回目です♪
弁天さんもぜひ夜空を見上げてみてください。
きっと弁天さんの頭上にも…笑
オカルトに反応ありがとうございました(*´-`)♡
わーーー(*゚∀゚)=3
あーみさん!!
ゆーえふおー遭遇率高い♪
羨ましかぁ~(・ε・` )
夜空はけっこう見てるのよ~(´・c_・`)
だけど、私だけ未確認飛行物体見れないの~
実は、身近で二人もいるのに。
私が不在の時なのよ~( ´△`)
でも、諦めないわ♪
長期的に観ていくわね♪
あーみさん♪安眠してね~(´・c_・`)
私も、おやすみ~(´-ω-`)スヤァ
彼が好きって気持ちが、
彼にとって慢心でなく、
彼にとって男としての自信になったら
いいな♪
そんな風に伝わるように信じてみる。
これは最近身をもって体験しました。
周りからのしょうもない情報に惑わされず
いかに自分が感じたことを信じるか。
やっと分かりました。
「裏切られて相手に怒りを覚えるのは、自分が相手を信じ切っていないからです」
身に覚えがあるのでよくわかります。
渦中にいるときは、相手を信じられないのは相手が誠実でないから、と決めつけていました。確かにモラルが合わない相手で、それが不信の原因だった。だとしても、信じることはできたはず。そして、一緒に過ごす中でモラルもすり合わせていけたと思う。
まじめで堅物すぎて、生きにくさを覚えていた私に、いい加減さを教えてくれたのは彼だった。とても辛い時期を乗り越えさせてくれたのは、そのいい加減さでした。
そのときの教訓があるから、今はジタバタせずに、信じてのんびり構えてますが、ときどき、これでいいのかな?と不安になります。こういう波はあってもいいんですよね?妄信でなければいいのだけど。
Kouさんのこういうお話、大好きです。
恋愛に限らず、幸せに生きるために必要なことですね。
人を疑ってかかるということは、自分守っているようで、実は自分を傷つけることだと思います。
私は裏切られる人間、ほらやっぱりね、と。
そして、そういう人を引き寄せてしまう。
人を信じるためには、まず自分を信じないといけない。
自分はそんなことをされるような人間ではない、と。
自分のことを信じるって、強いです。
>青天の霹靂で突然別れを切り出された場合のショックは、それはもちろんあるでしょう。でもそういう人は、その場は確かに辛くても、極端に後を引いている例があまりありません。
確かに、そうかもしれん。
私の場合はここからが大事で、知った事実ばかりにフォーカスしてしまうと、無理な方向に舵を切ることになるんだと思う。
「彼女がいることを隠されていた」
→だから、今後も同じことがあるかもしれない
→今回わかったのは、ほんの一部で、私みたいな女がよそにごろごろしているのかもしれない
→そもそも、留学先でだってどうなるかわからない
こんな具合に。
でも、知るまでは、彼が他所にちょっといいなと思う女の子をキープしてる可能性なんて考えてなかったし、ちょっと考えても、「関係ないしな」「私には魅力があるし」って具合でした。留学のこも、それが危機になるみたいな意識は全くなく。我ながらすごいです。
これが、本来の自然な私なのですね。
思い出さないとね。
Kouさんの少し前のメルマガ思い出しました。
基本的に、その気持ちが本物であれば、恋愛のやり方は変わらない。
唯一変わるのは、求める内容と許容範囲。
私と彼の場合、読んだときこれだと思いました。
男性として特殊ではないけど、環境としては少し変則的。ルールを守ってどこまでも深めたいと思いました。
私は今度会ったときに彼を好きになると思う。
今も好きになり始めている。
でも本気で好きになってしまうのが怖い。
それは勝手に妄想してるのと彼を信じきれてないから。
自分の気持ちも信じきれてないから。
すごーく時間がかかっても良いから、
彼を良く見て、自分の気持ちをよく見て、
不安になったら無理に繋がらないで
1人でゆっくり恋愛のお勉強をして
心を真ん中に戻して
ゆっくり好きになろーっと。
>あなたが彼を信じることと、彼がその期待に応えるか応えないかは全くの別問題です。
>「私はお前を信じた。お前はそれを裏切った。」
>これは、発想が傲慢なのです。
「こうなったらいいなー」という勝手な期待を抱いて、相手がその通りに動いてくれなくてガッカリ…ということを繰り返してきました。
そうか、傲慢だったんだ。私。
>彼が裏切るかどうか、期待に応えるかどうかは問題ではないのです。あなたが彼を信じるということに自信を持てるかどうかだけが問題です。
>彼の行動によって、あなたがいちいち影響を受けて精神不安に陥るのは、つまるところまだ他人依存(外部への依存)から抜けられていない証拠なのです。
「あの人が(私が)思う通りのことをしてくれたら私は好かれてる」
「(私が)思う通りのことをしてくれないから私は嫌われた」
これって、条件付きの愛というか、本当に好きって思ってたのかなと思い返しました。
完全に相手にあけわたしてる。
自分がどう思うかなんだ。
この記事は何回か過去に読みましたが、改めて刺さりました。
あの人は、きっと私が好き。多分ずっと。
なんとなくわかる。言葉はないけど、なんとなく。
そういう感覚を大事にしよう。
そういう自分を信じよう。
同じ記事なのに、受け止め方がちがうなー
成長したってことかな。
すごい!私。
ここでお勉強されてる姫様方も、すごいです!
そして、Kouさんやっぱりすごい!
゚+。:.゚(*゚Д゚*)゚.:。+゚
彼は私を大好きだと信じています。
そこに条件をつけたり、保証を探すのやめました。
とても幸せです。