
←この記事をお気に入りに追加します。あとで読み返せます。Kouです。
緊急参上です(笑)。
今ふと思い出したことなので、今のうちに書いておくことにします。
メルマガでもよかったんですが、あえてブログにします。
昨夜遅くに、こんな記事を書きました。
すでにコメントが100件を突破しています。
しばらくコメントを眺めていました。
概ね僕が言いたいことは伝わっている印象ですが、つい先ほどのちゅらさんのコメントを受けて、僕は気づいてしまいました。
ちゅらさんより:
なんだかすみません…
私の書いたことがこのような波紋を。
そして、宗教と書いたことも含め、私が出したコメントに不快を感じた皆様には大変申し訳なく思います。きっとKouさんなら、どこかで私がぐうの音も出ない、このモヤモヤを納得させてくれる記事を書いてくれると甘えていたのだと思います。
結果は、このブログ記事、読まなきゃいい…とても残念です。悲しくなりました。
改めて、このコメントを含め、私が書いたことを読んで不快な思いをされた方にはお詫び申し上げます。
僕はこのコメントを読んで、正直かなり驚きました。
昨日の記事で、僕はちゅらさんのコメントに応えたつもりでした。
僕がこの時点で考え得る回答として記事にして書いたのです。
誰かを不快にさせたとか、そういうのは割とどうでもいい問題です。
それよりも気になったのは、僕が目にした瞬間に驚いてしまったのは、この一文です。
「結果は、このブログ記事、読まなきゃいい…とても残念です。悲しくなりました。」
ちゅらさんには申し訳ないのですが、僕はこれを目にした瞬間に、「ちゅらさんは僕の今回の記事をちゃんと読んでいない」と思いました。
瞬間的にそう判断しました。
いや、本当は読んでいるんです。
もう少し正確に言い直します。ちゃんと読めていないんです。
僕はちゅらさん個人を否定したいわけじゃありません。
実はこれと全く同じことが、ごく最近メールの返信でありました。
何が言いたいのかと言うと、読み間違いをしているのです。
僕は、昨夜の記事の結論として、本当にしたいことは何なのかを確認してくださいと言いました。
これが結論です。
「読まなきゃいい」
というのは、確かに記事の中では言っていますが、それは結論でも何でもありません。
冗談や皮肉の類でこの部分を取り出して僕の回答の結果だと言っているのであればまだいいです。
しかし、昨夜の記事を読んでみて、僕の導き出した結論が「嫌なら読まなくていい」だと本気で思っているのであれば、読解力にかなり問題があると考えるべきだと思うんです。
ちょっと読めば分かると思いますが、僕のこのブログは、はっきり言って相当読みやすい方です。
これでもできるだけ平易に書いているのです。
ところが、これでも時々僕の伝えようとしている真意とはまるで違うところを突いてくる人がいるのです。
僕は、当初それらは、記事の内容そのものが理解できなかったり、心理的な抵抗があるからどうしても受け容れづらかったりして、本質とは関係のない部分の話をすることで主張しようとしているだと思っていました。
しかし、どうもそれは間違っているかもしれないということに気づいてしまいました。
その理由は、簡単です。
伝えようとしている真意を読み取る能力がまだ弱いだけなんです。
何回も補足しますが、僕は否定しているわけではありません。
実際にそういう人が何人もいるんです。
これは、恋愛の勉強とか男性心理、人間関係の話以前の問題で、国語の、日本語の読解力の問題です。
これを聞いて怒る人もいるかもしれませんが、僕のところの恋愛相談を持ってくる女性の中には、この国語の問題のせいで相当に不利益を被っている人もいるんです。
笑い事ではありませんよ。
この最近もちょうどある女性に対して、「国語の勉強が必要」と言ったばかりです(笑)。
彼のメールを読んで、明らかに読み違いをして自爆する女性の数は、1人や2人ではありません。
実は結構深刻な問題なのかもしれません。
日本人は、高校まで行っている場合、12年間も現代国語の授業を受けているのです。
義務教育だけでも9年間です。そしてその授業内容の大半は、文章読解です。
子供がいる女性や、最近まで学生だった人は分かると思いますが、国語の授業で、文章の要約をしたり、作者が何を伝えようとしているかを文字数指定で読み出す問題を散々やりましたよね。あれです。
普通に義務教育の国語を履修できていれば、相当な国語力があるはずなんです。そうなっていないのはシステムの問題なのかもしれません。
世の中の大半の仕組みは、国民がこの水準の国語読解力を持っていることが前提になっています。
この水準を満たさなくても受け容れてくれるのは、自動車免許の試験くらいです。
ほとんどの文書や本、新聞などは、読み手がこのレベルの読解力はある前提で作成されます。
これに達していない場合、門前払いを受ける可能性があるということです。
事実として、読解力がないから騙されるわけです。
この読解力の低下が、今回の安保問題の誤解にも繋がっているのだと思います。
国語がちゃんと分かっていれば、集団的自衛権の問題を読み間違えたりしないんです。
いや、本当に国語の授業が要りますか(^^;
本当に必要なら、何か対策を考えないといけません。
インターネットが当たり前に使われるようになって、人とのコミュニケーションの手段として、文字情報は主役に躍り出ました。
電話だけだったら、まだマシだったかもしれません。
今は文章なしにコミュニケーションは取れない時代です。
今は昔よりもはるかに国語の読解力が必要だと思うんです。
文章は読み手によって解釈が変わるから、伝えるのは難しいと言います。
それは確かにそうかもしれませんが、僕はそれはある種の言い訳に等しいとも思っています。
読み手が一定水準の読解力を持つことによって、同じ文章であれば誰が読んでも同じように理解できること。これが、文によるコミュニケーションです。
詩や俳句の類じゃあるまいし、読み手の解釈次第で描かれる内容は変わってしまうと言われたら、作家はできないのです(笑)。
ちょっとふざけましたが、これはあると思いませんか。
今からでも遅くはないと思います。
国語のより正確な読解力を身につけることは、今後の人生に大きく影響してくる可能性があります。
僕は高校生の頃に、「国語ができないヤツは数学も絶対できない」と言われて納得した記憶があります。
これは数学の問題文が日本語で書かれていて、まず問題文を読み間違えると、数学がいくら分かっていても点数にならないという意味です。その通りだと思いました。
こういう例は、出せばいくらでもあります。
日本語をある一定の水準で正確に読解できないと、明らかに不利な契約をさせられたり、変に言いくるめられたりするんです。
振られたわけでもないのに振られたと判断してしまったりするんです。
身に覚えのある人もいるはずです。
ぜひ考えてみてください。
ちょっと意見を聞きたいので、国語の読解力の授業が必要だと思うかどうかについて、なんでもいいのでコメントに書いてください。その結果によって、どうするかを考えたいと思います。
ちゅらさんと同じように、昨夜の記事を読んで、「読まなくていい」と結論づけているように読めてしまった場合は、時間のあるときにもう一回落ち着いて読み直してもらえますか。
多分そういう結論には辿り着かないはずです。
最近はもっぱらkouさんの恋愛技法よりも、お金の記事をきっかけに、
ブログでの自己表現の仕方や、
自分が得意とする分野や仕事を
どうやったらネットを使って効果的に発信できるのか?
というようなことを、勉強したくてしょうがない私ですが、
今回は
ちびまるこさんがコメントされていた
【自己肯定感】について凄く印象に残ったので私もコメントしました。
私も、読み手の自己肯定感が
kouさんがよくおっしゃる
受けとり方
を左右していると感じます。
ただ、自己肯定感を高めることが人によってはかなり難しい場合もあるのですよね~。
その辺について、kouさんのご意見を伺いたいと思いました。
意外と簡単なポイントがありそう!
っていう期待も込めて( ☆∀☆)
珍しくコメントします。
国語の授業は不要です。
ただ、必要かどうかを問うてくださったことにとても感激です。
国語の勉強をしたい人は既にどんな形でも進行中か済んでいるでしょう。
今の時代、ましてや日本に住んでいるのならば国語の勉強に関わらず
どんなことでもできるのですから。
学校に通う、書店で教材を購入する、落語やラジオを聞く、ニュースを見るなど、
国語で溢れているのですから。
語学力、読解力という言葉でまた新たに
それぞれの気づきが得られたのではないでしょうか。
気付いて、どうするかというきっかけを得られた事、うれしく思います。
全てに当てはまるのですが、
他の方もコメントされているように
“結局は自分次第”だと思うのです。
今の環境、状況に対して自分がどの状態なのか、ということと
どの状態を目指すのか、そのための打ち手・何ができるか ということ。
シンプルです。
自分でわからなければ、既にできている人、理想とする人を真似すればいいのです。
いつもKouさんが言ってくださる「主体性」
主語はいつも“私”です。
彼が、あなたが、Kouさんが、ではないんです。
私がつい最近知り感銘したセリフです。
「私、あなたから何度も恋をされたいの。」
主語が私です。
早速、実践できるようにイメージトレーニング中です!
えぇーーー!「国語の、日本語の読解力の問題」ですか。
私は、よく読み違いをします。
その時の心の状態や裏読みが原因で、感情が暴走してしまい、極端思考になり、
文章をちゃんと読めなくなるから、読んでも大事な部分を飛ばしているからです。
不幸になりたい病が出てきて、自分にとって本当は都合が悪いところだけを
無意識に拾ってしまっているから、とも言えます。
また、不安定な時は、記事は正しく読めていたのに、
みなさんのコメントと自分を勝手に比較してしまい、
上記のルートに行く場合もあります。
「ところが、これでも時々僕の伝えようとしている真意とはまるで違うところを突いてくる人がいるのです。
僕は、当初それらは、記事の内容そのものが理解できなかったり、心理的な抵抗があるからどうしても受け容れづらかったりして、本質とは関係のない部分の話をすることで主張しようとしているだと思っていました。」
これもよくやってしまっているかもしれません。
その一点ばかりが気になって、本質が見えなくなるんです。
その一点が理解できないと、納得できないと、
本質や全体が理解できないように思うんです。
私には、必要だとすれば、国語の読解力の授業ではなく、
事実と感情の切り離しや、不幸になりたい病の治療といった授業です。
すでにありますし、そういった癖は直そうとしている最中ですけれど。
普段の考えや、気持ちを反映して、内容を変換して理解してしまうって問題、
いつもkouさんが教えてくれてることですね。
ネガティブに捉えた場合、勿体無いですもんね!
kouさんの国語の授業、興味あります。
集団的自衛権を、題材にやって欲しいところですが(笑)
ややこしくなりますかね
でもちゃんと読解出来れば問題無いと言うことか、、!
文章を読んだり、
人の話を聞いて、
『グサッ』ときたところに
引っ掛かってしまうことがあります。
たった一部分のことで、
話の全体像からしたら
一番大事なところではないのですが。
自分にとって
『きつかった』『傷ついた』言葉に
フォーカスしてしまう。
悲劇のヒロインっぽく
なってしまというか笑
物事をそういう風に捉えていると
大事なことが見えなくなると思って、
改善中です。
以前よりは、
素直に受け止められるようになりました(*^^*)
『書を読め。書に読まれるな。』
私の好きな言葉です( ϋ )ノ ♡
ゲーテやトルストイに感動しないというのは、ゲーテやトルストイが悪いのではないと聞いたことがあります。笑
「古典というのは、つり鐘みたいなもので、小さく打てば小さな音しかでない。
大きく打てば大きく応えてくれる。
こちらの力次第なのです。」青春対話より。
国語の授業は必要だと思います!
でもまぁ、それを”優先的に”求めて居ない人も沢山居ますよね。(恋愛の勉強をしたい人)←でも、結局、国語の力はあればあるだけ人生上手く行くと思います。私は今kouさんが、読解力のお勉強記事を作ったところで無駄ではないと思います!
kouさんの読解力講座を開かれるのであれば、いつもの普通の記事のおまけの”ミニコーナー”的にしてみる手もあると思います!
国語の読解力の授業はここでは必要とは思いません。今日のこの記事を読んで「必要だ」と感じた方は独学したほうがいいですよ。本をたくさん読んだり、通信でも講座があります。
恋愛に悩んで悩んで、縁があってここに行きついた方々の為に(もちろん私もです)、恋愛の勉強を進めていってください。それに特化して欲しいです。
国語の授業も勿論必要かな?と私は思いますが、なんと言っても気持ちの安定をさせることが優先かな~。と。
安定していないのは私ですが(笑)
みみのすけさんの仰るように独学でも学べると思います。
けれど、私を含め出来ない人が多いとkouさんが判断したのならkouさんが決めれば良いと思います。
国語の授業楽しみにしていますね(≧∇≦)b
余談ですが、夜中にたまたま目が覚めて少ししたらこのメルマガが受信されました。
ステキ☆(笑)
国語のお勉強はいらないなぁ。
人間と人間が接している限り
全てが、万人が、同じ考えではないし
伝えたい側と受け取り側が一致するのも必ずではない。
わたしはkouさんから教わったことは
kouさんからの発信だったから
ここまで受け取れたと思っていますが
信者でもないし、
うわ、寒いっ!って思う時もあります(笑)
でも、こうして向き合う姿勢には
頭が下がります。
今している恋がうまくいくか、よりも
基本的なことを備えていなかったら
いけないよ、と教えて頂いたことの方が
わたしには重要でしたよ(^-^)
女性の価値より、心理が知りたい!
なんて、今は思いません(笑)
一つクリアしたら、おのずと全てが
キラキラし始める。
居る世界が変わったのは事実です。
その中でも色々あるけれど、
基盤があるから以前とは違います。
ユイさんのコメントぐっさり突き刺さりました。
感謝感謝です(^人^)
kouさんの国語の授業受けたいです。
全体で捉えればいいのに、細部にこだわってしまう時があります。
上手く文章を読み解ける能力を身に付けたいです。
国語の授業は必要ないです。
それより、ここの本来のテーマである恋愛のことや男性心理のことや、
恋愛を含む人生のことや、
そうした記事を書いてほしいです。
minaさんのコメントに一票です(^^)
勇気を出して書きます(^^;)
コミュニケーション、と言うならば、
この記事では結局、
「○○ってことなのね」
『え??違うよ、そうじゃなくて△△で・・・』
「あら??そういう意味だったの?」
『そうだよ』
「なんだ~、私、○○って思ってたわ。だってあなた○○って何度も言ってたし」
『違うよ。△△って言いたかったから、そのために必要ないなら○○なんじゃない?って言ったんだよ』
…って感じなのでは?
男女でありがちなコミュニケーションでもあるし、
同性でも相手をよく知らなければあることではないでしょうか。
強いて読解力、というなら、
学校の試験などで言われる読解力、ということではなく、
こうした場所でのコミュニケーションではどういうことが想像されるか、
相手の表情や声が無いコミュニケーションであるということを前提に意識しているか、
…といったことを加味しながら“読解”する力なのではないでしょうか。
メールで言うなら、
文字だけでなく、
相手がどんな人なのか、どうしてこう言ったのか、忙しい中書いたからこうなったのか、
…と、それ以外の情報や想像を動員して“読解”する。
国語の能力云々は社会問題としてあるのでしょうし、
それはそれで深刻な問題ではあると思いますが、
今回の件については、
ただのコミュニケーション不足のように感じます。
「引いて」見てみると、そう見えますよ(^^)
国語の授業より、恋愛授業の復習授業をお願いしたいです。
今の自分に必要な記事は、過去記事を遡っても読めますが、また違った表現のものを読みたいと、よく思います。
ダイエット本や、美容本を何冊も買って読んでしまう感覚と一緒で。
書いてある基本はほとんど同じなのに、新鮮さや違う切り口が欲しくなるのです。
女性の価値。自分を愛する事。明るく愛らしく振る舞うことの大切さ。
最近の記事はそうゆうのが少なかったので、モヤモヤしてしまった方もたくさんいらっしゃったのかなと思います。
ダッサイね!と突き放す前に、まず自分に自信を持つ事ができていないと、不安で不安で ダッサイね!なんて言えません。
女性の価値、魅力、そういった事についての記事が読みたいな
国語の読解力の授業が必要か否か?と問われているので…
国語の読解力の授業は必要ないと思います。
言葉で説明するのは難しいです。
だから【要らない】ではないですよ~
行間の読み方、言葉のニュアンスの取り方は本当に人それぞれだし
その時の置かれている状況に大きく左右されると思うし。
関西弁のノリがキツイと言われるのと同じとも思います。
同じ本でも、時間を置いて読むと前には判らなかった部分を何度も
発見します。きちんと読んだつもりでも何度も見つけます(◎◎)
文字の素晴らしさはそういうものだと思います。
このブログもメルマガもコメントもそうだと思っています。
だから復習される方がたくさん居るんだと。
ユイさんも1年前の自分に出会って変わってると発見されてたし(*^_^*)
それを見つけるとこちらもすごく嬉しくなるんです♪
自分で書いた日記を数年経て読んでも記憶の思い違いに驚きます。
人間の思い込みはなかなか取れません。
その時に理解した事でも時が経つと忘れてしまったり、歪んで見えたり。
苦い経験、辛い経験は必ず肥やしになる。ただの腐敗物にするもしないも
自分次第です。でも私も貴女も1人じゃない。独りではないから。
少し前までは人が不快に感じるような書き込みは控えた方がいいと思ってました。
が、今は違います。
その時のその熱量は大事~!怒りでも悲しみでも喜びでも大事な大事な心。
これまでのKouさんの都度対応で、特別に読解力の授業は必要ないと思います。
Kouさんには今まで通り、何度も何度も何度でも同じ話を繰り返し、手を替え
品を替え伝え続けてもらえたらすごく嬉しいです(*^_^*)
国語は難しいですね。助詞の使い方一つで感じ方変わりますからね。
kuoさんのブログに出会い、今日で4ヶ月目です。出会ってその日に最初から読みました!メルマガ登録して、女性の承認も申し込みして、今も毎日何かしらの記事を読んでます!笑
今までも検索して沢山のブログに出会いましたが通りすがるのみ。コメントなんか残した事ないし、自分の中にも残すまでいかなかったです。コメントって共感したり感動した時にするものかと思ってました!違う意見でもコメントあるって本当に凄いブログですね!
自分と違う意見のブロガーさんなら、もう読まないしムシしますからね。
kuoさんのブログって、忘れかけてた感覚が戻りそうって言うか、自分が何を求めたいのか気付けそうだからやめられないんです。
私は仕事仲間にも恵まれ、同性からも慕われてると感じるし、旦那も子どももいます。優しい男友達?^_^;もいます。
何を求めてここに留まってるか自問自答するんです。
私はずっと愛されて大切にされたいんでした。
その為にキレイで魅力的な女性でありたい!って思えるんです。
不安定になる時があるけど、ここに来ると元気を取り戻せるんです。ありがたや〜(^^)
国語の読解力ではなく、感じとる力だと思います。他人なので多少の意見の相違は当たり前。相違している部分を柔軟に受け止めて、感じとり、理解して、ここでいうなら恋愛に役立てるということではないでしょうか。国語の読解力とは無関係です。
kouさんは心配をしてくれているわけですが・・・
「国語力がないと馬鹿にされた!」と感情的に解釈してしまう人が続出しそうな記事ですね(汗)
まぁ、感情的に文章を早トチリ読みしてしまう人に あえて議論を吹っかける事で、
理屈で物事を考える機会を与えようというkouさんの親心・・・かもしれない!?
私は取捨選択すればいいだけの事だと思っているので、
モヤッとする事があっても(ほぼないですが)
あぁ、そんな考え方もあるよね、でサラッと流しておしまい。
これはためになると思った事はありがたく活用。
若い頃は周囲につっかかったりもしましたが・・・
40を越えると そんな元気はありませんね(笑)
国語の読解力ではなく、感じとる力だと思います。他人なので多少の意見の相違は当たり前。相違している部分を柔軟に受け止めて、感じとり、理解して、ここでいうなら恋愛に役立てるということではないでしょうか。国語の読解力とは無関係と思います。
読解力は表面的な問題ではないかなぁ、とわたしは思います。
一番表面に出ている問題、とも言えますね。
わたしは日本の国語教育はとても不十分で、それによって日常生活で不利益を被っている人はたくさんいると思っています。
実際福祉の仕事をしていれば、大半はこのような問題を抱えた方たちです。
kouさんは、いつもどんなに物分りがスムーズでなくても、同じ間違いを繰り返しても、何度でも説明してくださいます。
ここのブログの利用者も12時間レッスンのコメント数を考えると3000人くらい、いやもっといるのかなと思います。
これだけたくさんの女性を一人一人把握して、一人一人に合った受け答えをするのはとても難しいことです。
実際、対面でない分、表情や雰囲気を読み取ることはできず、頼りになるのは言語だけですしね。
でも、いつも言い方や視点が同じだな、と思うときはあるのです。
もちろん、私たちが自分で武器を作れるよう、考えさせている文章というときも多いのですが。
でも、一つの話し方で伝わらない、誤解がたくさん生じるときは、やはり伝え方にも、まだまだ方法が有るんじゃないかと思うんです。
きっとこの記事はそのために書かれたのだと思いますが、
「どうも国語の読解力がないみたいなんで、よければ授業でもしましょうか?」
みたいな言い方にもとれてしまいます。
ほんとうににそうなのかしら?
kouさん、このブログは確かにわかりやすいです。
でも、表現が回りくどい、伝わりにくいなと思うこともあります。
今まで、口にしたことはありませんでした。
もっとうまい表現や伝え方があるだろうなと思うのです。
わたしたちも努力しますが、
kouさんもここまでわかりやすくやってるだろう、ではなく
もっと別の言い回しができるんじゃないかと考えてほしいなと思います。
きっと考えてくださっていると思うのですが、大概、同じテーマの記事では、同じ言い方を繰り返されています。
どんなに学習障害のある子どもでも、言い方、つたえ方を変えれば理解できます。
ここの女性たちに理解してもらうためなら、kouさんのつたえ方を変えたっていいんじゃないでしょうか。
今回の記事の内容では、皆さんに授業しますから、理解できるよう努力してくださいと、とられなくもありません。
kouさんの姿勢も示していただければ、嬉しく思います。
kouさんのつたえてくださること、みんなちゃんとつたわります。
ここにいるひめたちはみんな、読解力に問題はないですよ。
やっぱり、読解力と心のもんだいはきってもきれなくて、こころが、頭を歪めさせているように、かんじます。
でもkouさんが信じ続けてくだされば、ちゃんと幸せなみちを選んでいけるようになります。
女性ははやとちりなだけなんです(⁎ᵕᴗᵕ⁎)♡
理論的に考えて、読解力のもんだいとするのは、ちょっとちがうかなってわたしはおもいます*
普通に考えて、
書き手は読み手の価値観や、文章力をコントロールできませんよね。
というか、それをやり始めると本当に書きたいことなど
書けなくなる気がするのですがどうでしょうか。
小説、新聞、雑誌、WEBマガジン、ブログ・・・何でもいいですが、
世の中に溢れているコンテンツを
書き手は「伝えたい」ことがあって書いていて
読み手はそれらを「自ら」「選んで」読んでいるわけです。
Kouさんのブログもまた然り。
内容を理解できないのなら、まずは、
自分でその理解を深める努力をすべきですし、
理解できないなら、極論、読まなければいい。
と、私は思います。
理解力や経験値があいまって、
同じ文章を読んでも違う捕らえ方ができるようになるのと同じく、
また、気が向けば読みに来ればいいのでは?と。
Kouさんが書かれているとおり
「本質を大切にしたほうがいい」と思います。
そもそも何がしたくてこのブログを読んでいるのか。
恋愛力をあげて女性として幸せに暮らしたい、
男性から愛されたいから。だと思うんですよね。
恋愛力 と 理解力 は別軸で強化していくべきかと。
▼恋愛力———
→恋愛力が低くていつも辛い恋愛ばかりしてしまう
→自分で恋愛力があがるように努力する
└Kouさんのブログを読む
└スカートをはく …etc
▼理解力———
→国語力が足りなくて内容が理解できない
→自分で理解力があがるように努力する
└色々な本を読む
└多方面から考える …etc
国語の読解力の授業をこちらで行ったとしても、
それが、本質の解決になるのかどうかは謎だな~。
と私は思います。
だから、あなたはどうしたいの?
が、結論なんだよ。
国語の授業は… 必要ないと思いますけど(((^^;)
そのときの 精神状態での受け取りかたの問題にすぎないのではないですか?
素直になるときもあれば、ひねくれちゃうときも あるじゃないですか!
自分はともかく相手が国語力がない場合どうすればいいの?
相手がひねくれてたら。。
私と会った翌日の彼のインスタに、普段はそんなこと絶対書かないのに、すぐひねくれる性格が治ってないってあって、彼ももやもやしてたん。。
それ見る前のメールだったから、どうだったんだろう。。
国語の読解力の授業はここでは不要と思います。理由は2つ
①男が教えるモテる女の恋愛技法にKouさん♡が費やせる時間が減るから。
②悪意を持ってわざわざ読み違える人とそうでない人の線引きが、当の本人にもできていないと感じるから。
※Kouさん♡のところじゃないとこでは、かなり必要だと思います。本人が気がついて自主学習して、それでもここが解らないというところだけ、Kou先生♡に質問に行けばいいんじゃないかと感じます。
ちゅらさんは、シンプルに、わかりたいけどわからないから、苦しんでいるだけだとおもいますよ。
恋愛をうまく行かせたいけど、ブログ記事がうまく理解できない。
だから強い言葉でインパクトある反論をするんだと思いますが。
私だって、理解できないときや、悩みが解消されない時は暴れたくなります。
その時に、いかにして爆発せずに理解に努めるかが私の課題ではあります。
難しいことですよね。
国語の授業は必要無いと思います。
個人的には確かに面白そうだし、kouさんがどのように授業をなさるのか興味があります。
でもここでやらなくてもいいのでは?
今でもブログの更新やメルマガ、有料コンテンツを抱え、本業もこなされてるんですよね。
そこまで読者に配慮する必要は無いと思います。
kouさんご自身の生活や休息も大事になさって下さい。
読解力を養いたいなら自分で勉強したり読書をしたりすればいいのです。
ごめんなさい。私、この一連の話題に飽きてきちゃった(笑)もうお腹いっぱいですぅ。
そこまで面倒を~~。
文字から正しく読み取るのは
難しいですよね。
でも、ここのコメントを読んだり
読み直すことで
自分で判断していきます。
恋愛の話が聞きたいです。
国語の授業、必要だと思います!
私は最近、この、「正確に発言の真意が伝わらない」上司の居る仕事場を辞めました。
アルバイトでしたが、正当な主張は「我儘だ」と跳ね返されるし、上司本人は相当矛盾した指示ばかり飛ばすし、で「この人の下では働けない」と判断したからです。
やはり、適切に母国語を使え、理解できる様になるべきです。
集団的自衛権の件も本当にそう思います。
自分で自分を守る様にしよう!
という法律が、どうやったら
戦争をしよう!
に読み違えられるのか本当に不思議です。
スイスが中立国を保ってられるのは相当に強い軍隊を持っているからだ、
と聞いたことがあります。
「こちらからは攻撃しません。ただし攻めて来た場合は返り討ちは覚悟しとけよ」て事ですよね。
話がズレてしまいました。
Kouさんの国語の授業、私は受けてみたいです!
国語の授業は いらないです(^^;;
国語の お勉強というよりも人それぞれの理解力と読解力の問題かと‥(ー ー;)
国語の授業をする事によって‥また新たに思い違いのコメントをし→それをkouさんが取り上げる→それによって また新たに違う方向にいく‥てな事になりそうだから(ー ー;)
みんな恋愛のお勉強をしたくてkouさんのブログに たどり着いたと思いますし するのならば『恋愛の予習&復習』がイイかとおもいます(^^;;
だから‥恋愛のお勉強をしてる人たちの邪魔だけはしないで下さい!!て言ったのに‥
(ー ー;)
国語の勉強、ですか? 笑
文章を読み取る国語力は、小さい頃から苦労しないでできた方です。
それでもときどき、あわてんぼうで、間違えた解釈をしてしまうこともありますが 笑。
その時の感情によって、脳が勝手に変換しちゃうんです。とくに自分に関係の深いことだったりすると、感情が先にきちゃうのかな。
でも、女性の特技かもしれないけど、そのことについて話をしたり、コメントを書くこと自体が、頭を整理してそのことを理解するのに役立ってるのでは?と思います。
改めて授業、というか。。。
ここにコメントするとか、こっそり自分でノートに自分の意見や感想を書き留めるとか、ほかの人のコメント読むとか、、。
それらによって読む能力もあがってくると思うけど、な (*^^*)
なんだか私も お腹いっぱいになってきちゃいました〜(ー ー;)
マジメに恋愛のお勉強をしてたのに‥(ー ー;)
私のコメントが、じぇらーとさんのお役に立てたようで嬉しいです。
ありがとうございます(*^ ^*)
昨日の記事で読まなくてよいとは解釈しませんでしたが、現在の私も読解力はあまり良くないかなとは思います。
読解力って話の流れから察する…感じかなあ。相手の言いたいことを受け入れ理解しようとすることだと思うんですよね。
だから、否定的な気持ちで向き合えば、理解出来ないんじゃないかと思います。
子供の頃は国語の成績が良かったし、本ばかり読んでました。分からないところは読み直して解るまで読んでいました。物語に入り込みたかったから。
とりあえず素直に読んでみる。無理に受け入れようとせず、もし違うと思うなら、それでも良いと思うんです。一度離れてみるってそういうことだと思います。
離れてみて、自分の信じるやり方でやってみてもし壁にぶつかったら、
このブログでこんなことも言っていたよなあ〜って戻ってきたら良いんです。
自分のその時の段階によって、受け入れることが出来るようになっているかもしれないし。
私も、何度も昔の記事を引っ張り出して読んでます。
前は、モヤモヤ…と思っていた記事でも、あとになってピンとくることもありますから。
そもそも、ですよ?
男性はどうして、曖昧な答え方をするの?
「あなたはどう思ってるの?」と聞いても、その答えを通り越して、どういう行動をするべきだ、なんてことを言う。
そして、その言葉で俺の気持ちを推し量れるよね?という。
そういうやりとりが楽しい時期もあるでしょう。
でも、基本的に、私の読解力うんぬんでなく、
言ってほしいから聞いている
というのを、分かって欲しいな。
好き、愛してる、まだ終わらせたくない
とかね。
言ってほしいから、聞いてるんだし、聞かれているうちが花なんだぞっ
o(`ω´*)o
国語の勉強は必要ないかな。
他の皆さんが、おっしゃってるように、それぞれ、その時の自分の心象具合、立ち位置で、文章全体を捉えているのだと思います。
同じ小説や映画も、10代に見た時と30代に見た時では、全く感想が変わるのと似てるかな。
私的には、子供の時は「ハイジ」を見て、ハイジに感情移入していたのが、今ではすっかり、ロッテンマイヤーさんは正しいよね〜になってます 笑
話が少しずれますが、気になったので集団的自衛権の件について。
ゆりさんのコメントで、
自分で自分を守る様にしよう!
という法律が、どうやったら
戦争をしよう!
に読み違えられるのか本当に不思議です。
スイスが中立国を保ってられるのは相当に強い軍隊を持っているからだ、
と聞いたことがあります。
「こちらからは攻撃しません。ただし攻めて来た場合は返り討ちは覚悟しとけよ」て事ですよ
ということですが、私は安保法案について手放しに賛成することは出来ません。kouさんも賛成派なのでしょうか。
確かに安保法案では国を守るためのものですが、今までのようにただ守ることと、実際戦地に赴いたり、ゆりさんのいうように返討ちをすることとは大きな違いです。
返討ちをするということは、戦争が大きなものになるということです。
そこで、失われる命が無数にあるということです。味方も敵も、また関係のない民間人もです。
戦争の発端など、小さなマッチの火なんですよ。それがどんどん大きくなります。
読み間違えではなくて、反対している人たちは、そういうことを危惧しているのだと思います。
平和は戦って勝ちとることはできないんです。戦えば、必ず傷つきますから。
記事だったかメルマガだったか忘れちゃいましたが、Kouさんが以前、その文章をそのまま読み取るのがいい、みたいなことをおっしゃっていました。
わたしはそれがとても苦手なようです( ˟ ⌑ ˟ )
聞いた話(得た情報)を他の人に正確に伝えることも、とても下手です。
ちゃんと説明できていなかったり、意味は似通っているけど、言葉を違えていたり、など。正確とは言えない。
例えば、手が冷たい人は心が温かい。
これをわたしは、手が冷たい人は優しい、と言ったりするわけです。
似てるし、言わんとしてることは通じるけど、違いますよね(笑)。
最近は情報をそのまま記憶しようと意識してはいますが、そういうことが得意な人と比べると、全然ダメだなぁ、と思っています。
これってなんで〜?国語力が低いから?
記憶力が低いんか!ฅ(º ロ º ฅ)
たまには別の視点から学びたいので
国語力の記事の書くと言うなら私は読みます。
ただ、国語力皆無と思って生きている私でもそこまで誤解していない(と、思いたい)ので今回の問題はそこに比重を置かなくてもいいような気がしますよ。
Kouさん、私の意見ですが、これは本当に読んで考えてほしいです。
Kouさんはユーモアまじりに記事を書くので、それを冗談と受け取らず、本筋にかぶせて考えてしまう人もいるのかと思います。
「冗談ですが」と書いてあっても。(Kouさんの表現、私は好きですけどね。)
理解力・読解力もあるでしょうし、感性の問題でもあるでしょうし、いつもいわれるような捉え方で、裏読みや、心に刺そうと意図しないところで刺さる…みたいなのも、いろいろな状況が重なるのだと思います。それも個人個人のなかでグラデーションのように違う。すべての人に同じように物事が伝わるとは考えない方が良いと思います。本の書評なども、その人によって感想が変わるのが面白いところでもありますし。
ただ、一人でも多くの女性に恋愛の幸せを伝授するのがKouさんの使命だと思いますので、伝えようとする努力は必要だなと思います。
Kouさんが諦めないのならば、「国語の読解力の授業」やってみてはいかがでしょうか。
そして自分の言葉が相手にどう伝わるのか、簡単な文章からテストしてみてはどうでしょう。相手の読み取りかたと折り合いをつけながら、表現を変えることもできると思います。
ちなみに私は自分の都合の良いようにしか読まないので、記事に引っかかったことはありません。
それと、誰かと会話をしていて、その人が私の言ったことを言い直してくれることがあるのですが、それが私の思っていることとは少しズレてかんじ、「いや、…」といいそうになることが以前あったのですが、それは同じことを言っているのに私の理解力のないせいかもしれないとも思うようになりました。それであれば、言葉の内容よりも共感したいと思ってくれた相手の気持ちの方を大切にしようと思いました。完璧に理解し合えることは理想ですが、そのことによって言葉を重ねた末、お互いの純粋な気持ちを誤解し合う結果になるのも悲しいと思いまして。
批判になってしまいますが…
Kouさんの文章は長いのが特徴ですね。私も読みでがあるし考えさせられるので好きです。けれど、人によっては要点をつかみにくいと思います。考えさせることで血肉にする方法もあると思いますし、言いたいことを簡潔にするのも本当に伝えるためには必要なこともあると思うのです。
提案なのですが、記事の最後に「要点」を載せてみてはいかがでしょうか、太字にしてある箇所で大切なことは伝えてあるとは思いますが。要点をつかみにくい人にとってはそれがガイドになって、文章をしっかり心に刻むこともできると思うのです。ただそれを読んで、「内容と矛盾しています」という人もいるかもしれませんけどね。矛盾してないことを前提として読み解いてくださいと言うしかないかな、その場合。
あとは、同じ内容をいろんな角度から書き、それを浴びるように読むというのが、このブログの主旨と思いますが、上記のようにたまにはシンプルで率直な文章(つまらないかもしれないけれど)を入れてみて反応を見ても良いかなと思いました。
今回の場合は
>どうしても抵抗が強くて、読むだけストレスがあるのだとしたら、離れた方がいいです。(矛を向ける先)
ここに引っかかったのかな。その理由を自分の中に求めると「記事は読まない方がいい」に結論づけてしまうんでしょうね。その人のなかに”受容を求めたい”という切なる願いがあるのかもしれません。そういう思いが強ければ強いだけ、拒否されることを怖れ、それに準じた表現に敏感になるのだと思います。
ここには男性に拒否、否定され自信をなくした女性がたくさん来ていると思います。私もその一人でした。そういう人は何かを頼りにしたいと思っている。頼れるものを探している。けれどまた傷つくのが怖いから、心の準備をしてしまうのかもしれません。すると信じたいものをただ信じるということができなくなってしまい、自分の危険回避に沿った読み方をするのかもしれません。
でも「大丈夫なんだよ」という心からの安心が欲しくて、否定しながらもこのブログを読み続けるのではないでしょうか。いつか自分の納得いく記事や言葉に出会えると信じて。
なので私は記事を読むストレスから彼女たちがそういう言葉を発しているのではないと思います。ブログを離れるのも一つという提案は、彼女たちの思いの正反対にあり、そういったことから反発を招くのではないでしょうか。
楽しめずに無理に勉強をしても良い結果は生まないというのも一理ありますが、すでに私たちは無理めな恋愛を諦めたくないからここに来てるわけですし。みな本当は主体性だってそこそこ持っていて離れたい人はとっくに離れてますから、食い下がる彼女たちの本当の気持ちの方にフォーカスしてみてはどうでしょう。伝えたい内容ではなくKouさんのアプローチの仕方が間違ってるかもしれません。
あとはKouさんは鋼の心臓を持ってあまり気にしないのがいいと思います。
(↑私が一番いいたいのはこれでした。)
Kouさんのこのままの文章が好きで読んでる人が多いんですから。
「分かるとき」というのはタイミングが大きく関わりますから。Kouさんのせいでも彼女たちのせいでもなく、そういうのはあると思いますよ。
Kouさんは細かく反応せずに、反発派、弁護派、中間派の意見を大きな気持ちで自分の言葉を信じて見守っているだけでも十分と思うのです。無視するというわけではなく、受け手の成長を信じて余計なことはいわないというのも一つなのかなと思います。ずるいと言われようが。
日頃からそうしていて、その上で「こりゃいかん!」と思って記事を書くのかもしれませんが。
追伸:
私はいつも国語は95点〜100点のあいだでしたので、その授業は必要か分かりませんが、理解力と伝達力が足りないとは常々思っています。ほんとにそこら辺ないです、、なんでかしら^^;大きい視点で見れてない部分があるからかもしれませんね。
国語ができるかというより、Kouさんが女性心理に従った伝えかたを考えた方が早いかも。私たちが男性心理を勉強するみたいに。人を変えようとするより自分が変わった方がはやいもん。変わるというか…広げるかな。
私みたいにみんなが都合良く受け取れればいいとは思いますけど、みんなは…無理でしょうね。
は〜、久しぶりにこんなに書いて疲れちったぁ☆
だってKouさん同じようなところでずーーーーーっとぐるぐるしてるんだもん。
追伸2:
男性は指示されてするなんてもってのほかですね、しかし私の文章力、現在はこの程度なので大目に見て下さい^^;誤解されたら嫌なので…。 ただの意見&提案です。
国語の授業はいるのでしょうか。
私もKouさんのブログへ辿り着くきっかけとなった
好きな彼に振られたと勝手に解釈したLINEの内容。
あの時、私自身も
これ振られた訳ではないって分かってるんです。
じゃあ、何で、その解釈になったか。
やっぱり気持ちの問題かと。
自分に自信がない
好きな人に拒絶された(勘違い)
そういう負の部分というか
やっぱりKouさんが教えてくれてる女性としての価値
これさえ、しっかり植え付けてくれれば
言葉の受け取り方も変わると思います。
気持ちに余裕があると同じ言葉でも
全然違う言葉になります。
どうしてもネガティブに受け取ってしまう時は
誰だってあります。
そういう時にこうやって取り上げていただいて
ここで、お勉強してる皆さんと
色々意見を言い合う機会を作って
納得してく方が良いのかと思います。
私はKouさんの言葉がキツく感じる時は
負要素満タンだからコメント逆にしません。
Kouさんに八つ当たりしたくないし
ここで楽しく勉強してる方に不快な思いを
して欲しくないからです。
話が逸れた感がありますが
私は国語の勉強よりも女性の価値をもっと
勉強する事が大事だと思います。
うーん、国語の読解力の授業は必要ないと思います。もちろん読解力はあったほうがいいですけど、人に教えてもらって身に付くものではないです。自分で身に付けるものです。
他の方もおっしゃっているように、結局は気持ちの問題、というか…。
私は勉強が大好きなんですが、勉強の楽しいところって、「すぐには理解できない」所にあると思うんです。すぐには理解できない、だけど、とりあえずそういうものだと思って飲み込んでおく。で体の中で熟成させていって、まったく関連がないと思われるようなことをしているときに限って、パズルの最後のピースがハマったときみたいに、一瞬で全体像が見えるようになる。
それが最高に気持ちいいんです。
私的には、そのときの思考と脳みそのドライブ感、それまでの自分の限界を超えている感じが、恋愛よりずっと楽しいかもしれない笑
だから、人の書いた文章をすぐに理解しようとする必要はないと思うんです。わからないと思ったら、そういうもんかと思ってとりあえず飲み込んでおけばいい。
自分に必要ないと思ったら忘れるだろうし笑、自分が到達する何かの地点でわかるようになる、こともある。
数学の公式と同じです。何かわかんないけどそうなるらしいから、とりあえず飲み込んでおく。そうすると後で、全体像が見渡せてなんでそうなるか理解できる瞬間が来るんじゃないかなあ。
ちょっと論点がずれてしまいましたけど、読んで、わからない、私とは違う、と思っても別に否定しようとしないで、なんかわかんないけど、とりあえず飲み込んでおくか、どっかで使えるかもしれないし。という姿勢で読んでみるのがいいのかもしれません。
とりあえず飲み込んでおいて、全然別のことをやっているうちに、急に何か降りてきたりすると思います。合わなかったら忘れればいいし、別にそれは誰が悪いとかいうことではないはずです。
文章を丹念に読み込み、読解するのは冷静でないとできません。
感情が優先されるときは、読解力があっても、どんな平易な文章でも感情の方向に左右されます。
今回はそのパターンのように思えますので、授業は不要かな。
ちなみに安保問題は、単なる読み間違えではなく、
国会での議論不足や政府の説明不足による
不安がまずあるのでは、とは思いますね。
ただ、国語の読解力は大事です。
昔から読書習慣があり、学校でも国語の先生には恵まれたので読解力は身に付けてきたと思います。
率直にいえば、そのおかげでかなり損を避けられましたし。
英語の早期教育するよりも、まず母国語をきちんと身につけることを学校教育では優先してほしいですねー。
私はぜひ国語の授業やってほしいです。
私は国語が得意でなくて、よく、母親に国語をもっと勉強しなさいと言われてました。
人から伝えられたことを噛み砕くのにとても時間がかかります。
こうさんのいうとおりで、読解力が低くなってるんだなと感じます。
私より下の子たちは、読解力が無さすぎて困ることがあります。
質問しても質問の答えが返ってこない、人の話を少しだけ聞いてあとは自分の感覚や先入観で話を進める。そういう人が目立ってるような気がします。
必要なんだと思います。
国語のお勉強って。
私も、自分に読解力などがないため、小説や活字を読んだり、自分の意見を述べる練習をしたり、人の話を聞き要点をまとめてみたりしてますが、なかなか成長しません。
未だに偏ったり、間違えた解釈をします。
こうさんの講義ぜひ受けたいです!!
人は、情報を選択し、知りたいことだけを知るのだと思います。だから、国語の勉強は不要かと。
たとえこちらで国語の勉強をしてくださったとしても、自分に必要と思って学びとれるかは自分次第、必要と思うなら別の場所ですでにやってるのでは?と思いました。
こういった問題提起?は好きです。もしかしたら考えたこと無かったけど、自分もそうかも?と内省できるので。
でも、KOUさんが国語の授業をするとどんななのかは気になるかも(笑)
Kouさん
私、学生時代はお勉強できて国語も出来た方ですが、今までの数々のコメントを見たらおわかりになると思いますが、現在は全く国語力ありません。
でも、Kouさんに国語の勉強はしてほしいとはあまり思いません。
本を読んだり、通信教育、国語を勉強したければいくらでも方法はあります。
Kouさんには恋愛の勉強、男性心理だけを教えて頂きたいです。
これからもよろしくお願いします。
きのうからたくさん皆様のコメントを読みましたが、上手くいってる方がたくさんで、輝いている方もたくさんで羨ましいです。
私もくすぶってる場合じゃないですね。
でもシルバーウィーク期間限定ですが一度落ちるところまで落ちてみたいと思います。
Kou さんによる恋愛国語講座 ( ˆoˆ )
もしお考えでしたら、ぜひ!!!
もうこの際、
・男性から女性への理不尽な言葉←実は男性はどういう男性心理が働いているでしょう。
・男女の会話の後連絡先を聞く男性←どの一言で男性は女性に興味を持ったでしょう。
こんな感じで、みなさんどう文章を読み取るか、Kou さん自身も楽しんでみてはいかがでしょうか?
または、昨日のblog「矛を向ける先」で、Kou さんは何を言いたかったのか、一点だけ書きなさい。
もありではないでしょうか ( ˆoˆ )?♪
そうね。国語の勉強までお世話になる必要ないかな。kouさんどんだけ私たちを大事にしてくれるのー笑
kouさんが、私たちが分かるようになるまで伝えるために、国語の勉強が近道で、必要でありそうならやってくれたら、もちろん読みます。
うちらに聞いてみるって事は、特別必要とは思ってはないのかなー?とは思うけど。
やっても結局やっぱりこーゆう炎上?って起こるのかなぁ(=゚ω゚)ノ
国語の読解力の授業は特にいらないと思います。
ちゃんと国語の授業を受けていれば身につくのでは?
但し、教え方にも質の高さは求められます。
しかし、主体性がなければどんなに授業の数を増やしたところで
得られるものは少ないはずです。
どんなに多くの夏期講習の授業を取っていても消化不良になるくらいなら
自分の出来る範囲の授業を取り、ちゃんと予習復習をしたほうが身につく量が違うのと同じだと思います。
先ずは、今周囲にあるもので読解力を高めるのが良いと思います。