
←この記事をお気に入りに追加します。あとで読み返せます。Kouです。
読んだ瞬間、これは僕の出番だと思いました(笑)。
メチャクチャ長くなると思いますよ。
覚悟はいいですか。
昨日のメルマガで、「死にたい願望」とやらについて、
「そんなに死にたければ、勝手に死ねばいいと思います。」
と書きました。
書いたと言っても、秘密のメッセージですけどね。
あえて刺さるようにこういう表現を使っているわけです。
ぐっさり刺さってほしいんです。
刺さったら忘れませんから。
僕は自虐は嫌いなんです。ずっと昔から言っていることです。
自虐を認めたら、それで溢れかえることにもなります。
そして、このメルマガについて非常に面白いコメントを頂きました。
あえて全文掲載します。
先に言っておきますが、僕は否定したいわけじゃありません。
これについて伝えたいことがあるだけです。
迷子のハチ公さんより:
死にたい願望
まさにこの数日の私です
でもね聞いて
Kouさんは口にする人は本当に死なない
黙って死ぬていってた
私もね若い時思ってたの
死ぬ勇気があるならその勇気を生きる方にもっていけばいいのにて死んで生まれ変わりたいとか
やり直したいとかじゃないんだ
私の場合
生きてること
存在してること
考えはこと
呼吸をすること
それ自体が苦しくて『死んでしまいたい』
『一人になって消えてしまいたい』思うんだそれはね病気のせい
パニック障害てそうゆう病気なの
発作事態では死ぬなんてない
だけど
それほどの気持ちになるほど苦しいの
その発作がまたあるかもしれないと思うと
更に重ねて苦しくなる私がとどまれるのはね
娘と息子がいるから
この子達に悲しい思いさせちゃいけない
その気持ちが私を引き止めてくれるのTVでね円広志さんもいってたの
『得体のしれない病気』『生きてるのがツラい病気』て
仲良しの桂ざこばさんがねこれだけは強く言ったて
『首くくるなら朝まで待て。朝なったら連絡してこい』て
夜が更けていくのと同時にわけわからず症状がでたりするんだなにかが引き金になる時もあれば、
なんでかわからないけど呼吸が苦しくなったり、震えがでたり、 理由もわからない恐怖心に襲われたりするの そういう人もいるんだ
だからね叱咤激励だとしても
『死にたいと思うならかって死ねばいいと思います』
なんて言葉、簡単に使わないでほしい
それが引き金になる人も中にはいるかもしれないよ?
それでもKouさんにはわからないし、Kouさんのせいでもなければ、『しね』 といったわけでもないかもしれない それでも『死』に関すること
人の命に関わる事をこんなふうに簡単にかかないで本当に『死』と隣合わせになったことないから言えるんだよ
少なくともあなたの言葉は影響力があります
メルマガであったり、Blogであったり、公式の場であなたの発信してるものは自由です
けれども、人の生死に関わることはもっと慎重にとらえてほしいし、 言及するならば言葉を選んでください 勝手に死ねばいい
死ぬとか死にたいといってる人間は本当には死なない
なんてことは、Kouさん、あなたの勝手な思い込みです
僕の話に耳を傾けてください
僕の言うとおりにしてください
信じてください
少なくともそうやってメッセージをなげかけるのならば、そんな勝手な思い込みの言葉を吐き捨てるように言わないでくださ い 言葉を選べないならそんな内容もスルーしてください
誰もがあなたが思っているように生きてはいない
これをブログでちゃんと書いたことはないかもしれません。
僕にとって、パニック障害とかいうふざけた病気は、因縁の病気なのです。
心の問題・・・心の弱さを、病気のせいにしていたりしませんか。
何でも病気判定していると、その病気を盾にとって自分を守ることばかりに気を取られていくようになります。
僕はパニック障害については、普通の人よりははるかに知っています。
もはや「女性の承認」では散々話しているし、かつてはメルマガだけですが何度か似たような話をしました。
僕はかつて交際していた女性がいて、パニック障害と多重人格障害を持っていた人でした。
僕には、この女性を通してパニック障害とは何なのかを毎日のように知る羽目になりました。
はっきり言って、当事者よりもよっぽど詳しいです。
言いましょうか。
パニック障害の発作なんて、本人よりも周りにいる人の方が怖いんです。
「女性の承認」の参加者には知っている人は結構多いと思いますが、僕はこの女性のパニック障害と多重人格障害を回復させたという経験があります。
これは偶然の産物ですが、当時、誰かが向き合っていれば確実に改善するという漠然とした思い込みがありました。
そしてそれは現実になりました。
治るんです。
しかも、あっさりと治ります(笑)。
僕に言わせれば、何が病気だ、というレベルです。
多重人格障害の方がよっぽど大変でした。それでも治るわけです。
向き合っている間は、いろんなことがありましたが、何とかなるものです。
ちなみに当時のその女性も、まあことあるごとに「死にたい」だの「消えたい」だのと言っていましたよ。
その気持ちは、はっきり言って僕の方がよく分かっているくらいです。
言いたいことはよく分かるんです。
ただ、それを病気の陰に隠れて逃げていると、いつまで経っても同じ状況は変わりません。
普通の病気と違って悪化はしないかもしれませんが、改善もしません。
何しろ、自分がその病気のまま居続けたいと思っているのだから。
もうね、全部分かるんです。
無価値感を病気のせいにしないでください。
病気を正当化することになりますから。
パニック障害とやらを、ずっと背負ったまま生き続けたいのならそれでもいいですが、僕はそういう人会ったことは一度もありません。
恋愛相談を持ってくる女性でも、これで悩んでいる人はいますよ。
全部が全く同じようには行かないとは思います。
向き合ってもらえたら改善・解消するかもしれないというだけで、楽になりませんか。
僕にとっては、この経験がこのブログを続ける上での一つの精神的な支柱になっています。
「本当に『死』と隣合わせになったことないから言えるんだよ」
自分が死と隣り合わせになったことは、ほとんどありませんが、少なくともこの事例だけでも僕は何度も恐怖を味わいました。
ちゃんと分かっているつもりです。
少なくとも、今や僕のこの考え方には、この実体験が裏付けとしてあるんです。
さらに言えば、ここで恋愛の勉強をしていくことで、同じようにそれが改善したという報告もあります。
変われるんです。
そういう可能性があるだけでも、何か明るくなると思いませんか。
僕は、僕が思っていることや本当に伝えたいことを、あえてそのままの形で表現したいと思っています。
突き放された感じがするという印象を持つ人もいるかもしれませんが、それはある一点だけを見たときにそう感じるだけだということに気づいてください。
僕は本気であなたに伝え続けたいと思っています。
だからここに居続けるんです。
私は、病気を治すことばかり考えています。
そのために、休養してる。
それで死にたいとかって言うのは卑怯だと思う。
ムカつく人がいたら、私はその人のせいで病むよりも
何とかして打ち負かして元気いっぱい生きます。(^-^)
好きにしなよ。
私はここにいたいから居るよ。
自分ばっかり。もうヤダ。辛い。きつい。死にたい。そう言えばいいじゃん。そう思うんでしょ?
素直になったらいいじゃん。別にだれも責めないよ。
好きに言っときなよ。
あなたが「言いたい」って、その気持ちが大事。あなたが大事。
でも、何かあったら、連絡してね。
頼ってね。一緒に泣くし、笑うし、悩むから。
そんな感じ。
ただちゃんと筋は通す。
それは私が決めた事。
刺さったら忘れない、伝わりやすい。
本当にそうかな?
たまにはいいかも知れないけれど、刺さる記事kouさんちょっと多すぎじゃない?
もっと違うのが読みたいです。
何かかんちがいされてる方がたくさんいるのでさいごに
私はパニック障害です
薬をのみながら生活してます
甲状腺機能低下症ももってます
外にでるのがこわくて震えがでてでれないときがあります
外にいると突然めまいがして倒れたこともあります
知らない人にいきなり怒鳴られて、過呼吸の発作がでて動けなくなり家族に迎えにきてもらったこともあります
家族が心配してるなんて百も承知
なんども母親を泣かせてます
息子が心配して実家にとまりいかなくなりました
娘は倒れてる時の私をみるのがつらくて、逆に実家にいきます
引き金をひいた主人は五年たってようやく洗濯などしてくれるようになりました
これは、私の例です
千差万別です
症状は人それぞれです
ハッキリいいます
パニック障害は精神の病ではありません
『脳の病気』です
脳の回線回路がパンクしパニックしたことで
おこるものです
なんちゃってパニックさん
あなたは『パニック障害』と診断されましたか?
一度も薬を飲まずにこの病気を治すのは無理です
なぜなら精神疾患ではないからです
ホルモンバラスがくずれ
たくさん身体に支障がでます
IQがおちます
簡単につくれていたカレーをつくるのに三時間かかりました
考えることが苦手なります
文字が苦手になります
暇つぶしだった漫画も読まなくなりました
なぜだかわかりますか?
『脳の病気』だからです
間違った解釈されてる方はいますぐに改めてください
そして
病気をもってる人間が不幸だと思ってる方もいますぐ改めてください
その人必死でいきてます
必死でいきてるからこそ、究極の苦しさの時に『もういやだ!』てなるのです
心の弱さなどと思ってる人は
相手の方にあやまってください
イヤてほど自分と向き合わなければいけないのがこの病気です
私は自分を不幸だなんて思ってません
その考えを改めてください
私は幸せですよ
私は不幸だから幸せになりたいだなんて一度もここにかいたことありません
娘とケンカしながらも一緒に料理したり
息子をハグしたり
そんなときは極上の幸せです
でもわざわざいいますか?
私は幸せです!
てわざわざ言う人ほど、そこに自信がないからそう思いたいだけ
『素直なふり』というように
ここにコメントしていたのはただの暇つぶしです
誰かになにかを言われたいなんて思ってもない
眠れない時の暇つぶしです
性格上悩んでる方、元気がない方みると気になって元気になってほしいと思ってしまいます
だからコメントしていたこともあります
そこに優越感もなければ、自虐的でもない
私はいつだって素直です
ありのまんまです
思ったままを言ってるだけです
Kouさんから欲しい言葉がかえってこなったからだとか云々かんぬんいってる人はとんだ勘違いやめてください
なぜなら私はそんな言葉に左右されていきていない
生死に対してどんな意図があるであれ、言葉をえらんでくれといったのです
学校でならいませんでしたか?
どなたかもかいてます
いいこととわるいことの区別もつかないの?何歳かはしらないけれど
と
まさにそれです
育児してると命の大切さをなんども教えます
それでも『死』がよぎるときもあります
その上で
こういう病気を持ってる人はこう考えるんだよと話したまでです
『よくわかります。僕もそうですから』
なら思う存分すきなこといってください
周りの人が苦しんでることをわかっていないと言ってる方
わかってますよ
だからこそもっと苦しくなる時もあるのです
何度も何度も『ごめんね』と泣いて
こども達をだきしめました
『お母さんごめんね』何度も泣いて話しました
そうじゃない人いるでしょう
だけど
あなたが思ってる人ばかりでないということです
それでも周りの方がつらいと言えますか?
なら
なってみてください
どれだけの苦しみを抱えているか
ご自身が体験なさってください
考え方がどうとか捉え方がどうとかじゃないんです
なにかをいうならば
骨の髄まで同じ思いをしてからいってみてください
決して今と同じようなことはいえませんから
ここで暇つぶししてる暇があれば
身体を治すことに重きをおきます
その方がよっぽど自分にとってよいことだとわかりました
なんどもいいます
『私はしあわせです』よ
kouさんだけじゃなくて、ここにいる皆さんに出会えてよかった!!!
ものすごく勉強になって感動してます…
どうか皆さん、いつまでもここにいて欲しい。
コメントは控えていました。
朝から気になっていました、この記事。
KOUさんが言われたことがあっているかどうかはどうでもいいです。
非常にセンシティブな話題なので。
KOUさんは男性なので、男性的な文章を書かれます。
解決方法を端的に、という様に見えました。
私たちは女性で。
女性らしい寄り添いや共感を迷子のハチ公さんに出来なかったこと。
自分が辛いときに、寄り添ってもらえる心地よさやそこから立ち上がる経験はしているのに、出来なかったこと。
症状が出ることがあるかもしれないけれども一緒に前を向きましょう、という言葉がけが出来なかった自分の文才の無さや配慮のなさを非常に残念に思います。
もう見られないかもしれませんが、迷子のハチ公さん、季節の変わり目は症状が出る方も多い病気ですよね。どうぞお身体お大事になさってくださいね。
気の済むまで自分の好きにコメントすればいいと思う。
でも、ここに居る女性達まで非難するのは
抱えている病気とは全く違う問題だと感じる。
うん、それは違うな。
Kouさん、こんにちは。
大変な過去をお持ちだったんですね。
投げ出されなかったことが彼女さんにとって何より心強いことだったんでしょうね。寄り添って彼女さんの考え方が変わるのを支えていらっしゃったのかな。
私は中学での転校を期に人気者からいじめられっ子に転落した過去があります。毎日死にたいと思いながらひっそり泣きながらクソ真面目に学校に通っていました。そこから正直人は苦手になりましたし、自分から話しかけることも、深く付き合うことも苦手です。
父の高齢と若い母の統合失調症のせいでついこの間まで生きていくために母に人生をなげうつつもりでもいました。
幸せになれない理由を母に押し付けて母を恨み、自暴自棄になって彼氏の玩具になり(彼も私のせいで自棄だったのかもしれないですね)、稼げるならと取り返しのつかない仕事に身を投じていた時期もあります。
でもこれ、今は全部自分のせいだと思います。
どうせ私のせいだし、てニュアンスではなく、考え方でどうにでもなったかもしれないと思うんです。
あんまり無責任もダメでしょうけど、~すべきに囚われて一つも幸せになろうとしていない。
幸せになれないのを人のせいにして自分で不幸せを握って離さなかっただけだなと。
幸せになろうって言葉が曖昧ですね。Kouさんに出会って考え方が変わってからは、幸せは掴んでいくイメージです。
幸せを自ら掴みとる気がない人は、応援したって何を言っても、頑として幸せにならないです。不幸は人のせいだ!と思っていると自分のせいじゃないと思えて楽ですから。でも、めちゃくちゃ楽しくないんですよ。辛くて仕方ない(笑)ついこの間までの私です!!
Kouさんの発信するものを読んで人との付き合い方が変わり、今まで接したことのない種類の人達と出会い付き合うようになって紹介された本で、岸見一郎氏のアドラー心理学に触れ、良いことも悪いことも全部「自分がそうしていて自分がそれを選択している」のだと理解しました。
感じるのも自分、動くのも自分、言葉を発するのも自分ですよね。
他人からのあらゆる刺激を感じて影響を受け、それに対して自分がどんな言葉を発してどんな風に動くと「そのあとどうなるのか」。
そのあとどうなるのか、これって、「そのあとどうなりたいか」をぴたっと合わせていけばいいだけかなと。
人のせいにできないだけに責任がどっしりしていてそれはそれで鬱になりそうになりますけど、自分の幸せを考察してそれに向けて行動するって、それ自体がすごく幸せだと感じています。
私は、転校して友人がいない状態でいじめられたとき(無視、通りすがりにクスクス笑われるを執拗に)、腹もたち、悔しく、なんで私が?と思い、自分は笑われるような人間だったのかと無価値感に襲われて死にたかったのですが、前向きにルンルンで死にたかったかと聞かれたら、そんなもんノーです。
死にたいって言葉は、辛いんですだから誰か助けてって言葉です。私はそうでした。
幸せも不幸も、人から与えられるものだと思っていたからですが。
幸せなことを幸せと感じ、それを見つけて追いかけて掴もうとする姿は、はたから見ていて清々しい。もう少しで手が届きそうで届いてなかったら手を差し伸べたくなります。
だから私も、いつも幸せに手を伸ばす人になるつもりです。
ほんとに、すごいなぁ、と思いました。こんな記事書いたら絶対に嫌がる人たくさんいるだろうに。
文句もたくさん言われるだろうに。。
それを承知で、心に響く人の為にあえて書いてしまうkouさんに感動してコメント書いてしまいました。
誰かの心に響きますように。
Kou 様
この件に関して、
Kouさんのお言葉は、そう、市販のお薬や民間療法のような。
効く人には効くけれども、さっぱりな人にはさっぱり効かない。
口コミでは、『効く効く』と確かにたくさんレビューがあるけれども
それが万人に効くものかは別問題ですよね。
症状や状態の重さもあるでしょう。
熱が三十八度くらいの人には効いても
四十度を超えている人には、まだ処方するのは早すぎることも。
また、みんなして、『死にたいは弱い』と合唱されてしまうと
いたたまれない気持ちになってしまうのではないでしょうか?
例えば、昔、学級で、自分と誰かが喧嘩をしたとして
周囲のみんなが、自分に向かって「お前が悪い」を大合唱したら?
完全に当事者でなかったら、わからないこと
たくさんありますよね。
しかも、だいたいにして、ブログでは『文字』だけですから
その言葉の迫ってくる威力は
時に半端ないものになることも十分ありうることですね。
もし、これが、生身のKouさんが発した言葉であったら、
届き方はまた違ったものになる可能性が大きいですけれど。
言葉のニュアンス、表情、仕草、etc.……
ここでは、そういった非言語の部分がないので、
キツく受け止められる恐れは大いにあると思います。
ただ、私としては、Kouさんの仰りたいこと、十分にわかります。
実際に、私の子どもに同じようなことを言ったので。
ですから思うのです。
Kouさんの言葉は確かに、強くキツく聞こえるかもしれませんが
そこに流れる気持ちの部分を、ちゃんと受け止めてほしいって。
表面的な部分ではなく、本質の部分を見てほしいって。
息子に言った件について、
もう一回書くの面倒なので、自分の過去コメント貼り付けておきます。
*********
これは、最近のうちの子でした。
高校卒業を前にいろいろと思うところがあったり、
思春期特有の虚しさやら
自分の理屈が世間では受け入れてもらえない腹立たしさやらから
毎日のように「もう死んでやる!」と玄関から飛び出していく息子。
あの手この手を使いました。
止めてみたり、怒ってみたり、知らんぷりしてみたり。
でも、ある日、ふと、本当に可哀想になってしまったのです。
この子にとって、この世の中は、そんなに生きていたくないほど
優しくないものなのかって。
そんなに言うなら、本当に死んでしまったほうがこの子の幸せなのかもって。
そうして
「わかったよ。そんなに辛いんだね。死んだっていいよ。
ただ、ママは、〇〇がずっと大好きだったし、
一緒にいてとても楽しいし、本当に居心地のいい、いいやつだと思ってるよ。
だから、そんな〇〇がいなくなっちゃったら、ママはとても寂しいけれど
それが〇〇の幸せなら仕方ないね。もう止めないよ。」
と言ったのです。
すると、息子は、生まれてからこんなに泣いたことはないんじゃないかというほど、
泣いて泣いて泣きまくっていました。
そして、二度と言わなくなりました。
毎日無気力で生きていたのに、今は少しずつ前に歩みだしています。
だから、死にたいという人には
ただ知らんぷりするのではなく、
とことん、その身になってあげることが
時に、最終的な解決になったりするかもしれないと思いました。
はじめまして。
初めてお手紙機能を使うので出来ていなかったらすみません。
>ただ、私の好きな言葉で
「気づいてないかもしれないけど、人に会えるのは生きている間だけなんだよ」というのがあります。
しえりさんのこちらのコメント、昔の自分に言ってあげたいって思いました。
でもきっと無意識にわかっていたから今もこうやってここにいるんだろうなぁと思います。
私もこの言葉、好きになりました(‘-‘*)
>「あの人の言葉に救われた」という人は「その人の言葉が偉大だった」のではなく「助けを求めていたからこそ、その言葉を受け取った」んだと思います。
これも本当に心にスッと入ってきました。
病気だけじゃなく色んな事で悩んでる人を励ます時、いつもどんな言葉をかけようかと悩みます。
多分良い事を言おうと頑張っていたような気もします。
でもしえりさんの言葉で自分がそう言う時に欲しい言葉って確かに別に偉大な言葉ではないと気付きました。
だから助けを求めている人の声をせめて聞き逃さないようにしたいと思えました。
要領を得ない感想文のようですがしえりさんの言葉がとても自分に響いたので、この気持ちを伝えたくてお手紙させていただきます。
ありがとうございます!
なにを勘違いされてるの?
自分で手いっぱいなわけじゃない
ならこんなとこきてないよ
ただの暇つぶし
ここぞとばかりに私を攻撃ですか?
それこそくだらない
私は家族の世話もしてますよ
受験生の娘を抱えて毎日話してますよ
反抗期にさしかかってる息子はイジメにあったけれど、それも全て一緒にのりこえてきましたよ
なんども転職してる主人を支えて家計をやりくりしてますよ
自分に手いっぱいならこんなことかかないわ
もっとイヤな思いをしない人のためにKouさんにいっただけ
あなたは周りと自分を比べているだけ
だからくだらないといった
私は周りと比べるようなことしない
だって自分の家族が幸せならそれでいいもの
それが私の幸せだから
でも病気になることもある
それは誰もがさけられないこと
病気が不幸だとはいってはいない
『苦しい』といっただけ
いえないひとのぶんも代弁しただけ
私に言い返せて嬉しい?
よかったね
よっぽどくだらない
あなたが『皆さんありがとう』とかいた裏で
あーだこーだ陰口コメントしてたのもしってる
くだらないて本当思った
一人で苦しむほうがよっぽど楽
家族に苦労させて
心配かけて
協力してもらうことが時にすごく心苦しくなる
でも
きっとそんな気持ちあなたにはわからないでしょうね
だって
自分だけで手いっぱいなのはあなた自身だもの
私はしいていえば『家族のことをするのに手いっぱい』
それがうまくできないときはおちこむ
だって大切な家族だから
私はおかあさんだから
でも
それって凄く幸せなことだとおもってるから
『私はしあわせです』よ
あなたこそその重い荷物早くおろして
まづ人として変われたらいいですね(^^)
同族嫌悪
正しい使い方をしてね
私はあなたは違う
最初に私を有名にしてくれた『紅子さん』だから返信しました
今後一切しません
なーんだ、違うのかぁ((・ω・`)
ハチ公さんは他人で手一杯なのですね。
大変ですね。
立派です、私と違って?安心ですね(*^^*)しあわせなら
暇つぶしだったかもしれないけれど、たくさんのアドバイスは本当に感謝しています。
私以外の女性とのやりとりの偏った部分に訂正を入れないのかと聞いたら、直接本人に伝えたと言われ腑に落ちなかった、というのが多分ハチ公さんが陰口だと思ったところだと思いますが。
Kouさんの対応へ感じたことは言ったけれど、あなたを貶めることは何一つ言っていないのでご安心を。
気分も優れないのにお返事をありがとう。
またいつか。
少し落ち着いてから、書き込みしたらいいのではないでしょうか。
ここに来てる人まで貶めるような発言は
いらないと思います!
Kouさんとメールでやり取りするという
方法だってあると思います。
暇つぶしでのコメントかー
うらやましい
私必死だから コメント残すの恥ずかしい
>突き放された感じがするという印象を持つ人もいるかもしれませんが、それはある一点だけを見たときにそう感じるだけだということに気づいてください。
こういう付け加え、よくしてますよね。これに似たものだと、捉え方次第だとか、傷つける意図などないとか。
確かにそうだと思いますけど、こういう風に言っておけば、何言っても良い感じがしますね。
今回のブログの内容は、ある意味納得しましたし、説得力もあるものですけど、そこだけなんかひっかかりました。
ま、すぐ昇華させられるタイプなので良いですけど。
暇つぶしか…確かにな
私暇人かもとは自分でも思います。
コメントは書きたくてかいてるけど、ふと思うことはあります。これ、意味あんのか?と
みなさん仕事して家庭もって、勉強して気持ちは外に向かっているのに、私はここで何をしてるんだろうとふと思うことはあります。
でも、なにもしないで腐るよりはよっぽどいいと思ったからやってるんだとおもいました。
意味を見つけるとがんばれますよね。
ていっても、私はまだ本気で頑張れた経験を作れてない気がする。Kouさんが言ってるレベルの本気には達していないというか…
やっぱり余裕は持ってたほうがいいよね。思考が同じところまわってしまう。私は、早く外に向かいたいなと思います。このブログはそう思わせてくれたので、もう少し力を借り続けたいと思います。
本当に構われたくなかったら、他人が引っ掛かりそうなこと言わずに受け流してる。
というか、わざわざコメントしないかな。
人目に触れたくないもん。
声も出したくなくなる。
出来るだけ目立たないようにするよね。
他人の痛みなんて、いくら説明されたってわかんないよ。
そんなの、お互い様。
わかんないでしょって思ってるなら、言わなきゃいい。
話すだけでも心が軽くなるなら、そう言えばいい。
それにしても、取り憑かれる人が後を絶たないね~
紅たん、久しぶり❤
ごぶさたしてますミ(っ・ω・)っ”シュタッ
kouさんの言うとおりだと思います。
私は留学中にナイフを持った男性に拉致されかけたり、親友が事故で亡くなったり、飛行機トラブルに巻き込まれたり、観光地で急流下りで船が大破したりと書ききれないですが、人並み以上に「あ…私コレ死ぬ」と思う経験をしたり、死を間近で見た経験があります。
すべての人が常に死と隣り合わせで生きています。
もちろん死にたいと思うのは自由ですが、それをワザワザ人に言うのはなぜですか?
言われた方は愉快な気分にはならないし、心配もするし、気も遣います。
病気ならマナーを無視して他人に迷惑をかけていいんですか?
健常者は病気の人のために奴隷のようになんでもいう事を聞いて、無理をして自分を押し殺して我慢するのが当然ですか?
私は病気である事を責めているわけではないし、kouさんも同じだと思います。
ただ病気をワガママを通すために利用するなと言っているだけです。
「病気だから」と他人に言う人は既に「病気であること」に依存しています。
病気でなくなれば優しくしてもらえなくなったり、してもらってばかりの美味しい立場でなくなるのが惜しいから、病人でいる方が得だと考えています。
勤労の義務があるにも関わらず、働く能力があるのに働こうともせず生活保護を受給して、生活保護だけじゃ贅沢できないからもっと金を寄越せと、必死で働く納税者にたかっている人達と似ています。
自分が変わろうと思えば、いつでも今の心境から抜け出す事ができるという事が、kouさんのおっしゃりたいことなのかなと。
違うかもしれませんが(笑)
自虐、つい最近しちゃいました。耳が痛い…。
Kouさんが大事にしてくれてるのに、自分のこと蔑んだりしてごめんなさい。
私は大切に扱われるべき姫です。
自分のこと、大事にします(*T T*)
〜病気について
この記事のパニック障害のお話とは違っちゃいますが……
私は以前、長い間、仕事も家も何もかも嫌で正気でいられなくて、睡眠も取れない時期が長く続いてて。
私は何で生きてるんだろう、死にたいとよく思ってました。
前に病院2箇所行って、両方で重度のうつ病と診断されて、会社を早めに休職することを勧められたことがあります。
実際にお薬も飲み始めましたが…怖くなって、2.3日で飲むのをやめて、治療をしないことに決めました。
本当にうつ病だった場合の、治療しないリスクもちゃんと分かってたけど、自分を病気だと思ってしまうことが怖かったし、嫌だったんですよね。
今は、嫌々やってる仕事を辞めて、好きなことに関係する仕事をすることに決めて、家族とも距離をおいて、会うと嫌な気持ちになる友人とも距離を置いて、とにかく必死に自分の心が傷付くものから遠ざかっています。
今も、その最中です。
時々とんでもない虚無感に襲われることはあるけど、前よりは確実に良くなってきてますし、死にたいとは思いません。
こうやって、「病気じゃない」と言ってくれるKouさんに出会えたことが、私にとっては救いです。
病院の診断を疑ってるわけではないけど、実際、私の場合は病気ではないと思います(・・;)
めちゃくちゃ記事の本筋と関係ない話しちゃったけど…
いつも、向き合ってくれてありがとうございます。
私の未来は絶対明るいはずと信じて、これからも恋愛のお勉強を続けていきます。
みんな、自分は自分だとおもいたいですよね。私はそうおもいたいです。それって、みんな同じようなもので、似たところがあって、自分もそういう人たちの一員である…ということを認めた上で
発見できるものなのかなと思います。
ただただ、私は特別な存在と信じることは(ほういう心の強さを持った人もいるかも)難しい気がする。自分で書いて思ったけど、特別な存在ってなんだろう。誰のために特別な存在になるんだろう?
自分のためとも思うけど、やっぱりそれで一番近くにいる大切な人を幸せにしたい、という気持ちの原動力にできるから、なのかもしれません。
自分も同じと認めた上で、その中に特別さがあるみたいな。オンリーワンははじめからあるものでなく、作っていくものだと思いました。
>突き放された感じがするという印象を持つ人もいるかもしれませんが、それはある一点だけを見たときにそう感じるだけだということに気づいてください。
私は、この言葉を見たときになるほどなと思いました。ある一点ってきっとその人が気にしている部分ですよね。ひとつの側面にフォーカスしちゃうから、他の側面が見えない。私は見えてない側面がたくさんある。だから、理解が進まない。
理解を進めるのなんて行きなり全部は無理。だから側面の存在だけでも知らないと。楽しさがそこにあるかもしれないのに、その存在すら知らないのじゃ、遠回りになっちゃうから。
とりあえず、側面の存在はKouさんのブログに出会うことで知った。ブログを読み進めて、結構たくさんの側面があるんだってことも知った。あとは踏み出せるかどうかは私に託されてるんですよね。タイミングは自分で決めるものなんだけど、結果的にこのときだった!というタイミングは世の中ある気がする。
昨日、母がまた発作起こしました
死にたいって。物なげたりヒステリーになり。
父は無視
私は子供として
この光景何十年も見てきて
ただ、ただ、切ない。
こんな親のもと育った私は
親の顔いろ伺って
感情を出せず我慢することしか出来ないことを
学んだんです。
無表情、親の前ではいいこを演じ迷惑かけない、お母さんが大変だから。
いまだにこの呪いは解けないけど
Kouさんに出会って、
少しずつ素直になれているから
私が幸せになれるよう日々勉強しています。
もうすでに私が幸せなら
他の人の幸せも願ってほしいなと感じました。
私も数年前に鬱と診断されたことがありました。診断に悔しさと安心を覚えていました。病気だから仕方ないという安心、甘えがあったと今は思います。ただ世間的には病気かもしれないけれど、私は認めたくない気持ちもありました。休養は必要だけど、薬はいらないと強く思っていました。薬は人によって状況が異なるかもしれませんが。あの経験を経て、自分にも他人にも少し優しい気持ちになれたと思っています。心の病は寂しさからなると思います。死にたい気持ちにもなりましたが、本当に死にたかったら死んでいたと思います。でも、死にたくなかったし、元気になりたい気持ちがあった。その気持ちに素直に向き合っていたら、元気になりました。もちろん体を丈夫にする努力と折れない心を持つ訓練をしたからですが。
自分は寂しかったんだだけなんだとわかったら、楽になりました。
Kouさんの言うとおり、死にたい人は勝手に死んでしまいました。悲しいですが、周囲は気づかないまま。自殺、病死、事故死 で何人か見送りましたが、死にたいって私にはもう言える言葉じゃなくなりました。 人の優しさに簡単に甘えたくない。
kouさんの記事を読んでいると、時々自信家でほんとかよ?とか思っちゃうけど、大丈夫。と言われるとなんか大丈夫な自分がいるわ。
わたし、去年は別の病気ですごく悩んでいました。
急に鳴ったもんだから。色々な薬を試して試して治る気配なく……
でもある時、海で思いっきり泳いだんです。
周りには若い人も多いのに、こんなにガッツリ泳ぐ?!ってつっこまれそうなくらい泳いだんです。
そしたら気分良くて…確かその海で泳いだ時から薬を飲まなくなった。
なにがキッかけかわならない。本当ですね。
ですので病気で悩んでいる方は、ある人が言ったある言葉に何も反応することなく、平気〜!って思える時が来るかもしれない。
精神疾患関連を、病気、と軽々しく呼ばないでほしいです。そんなの、病気でありません。
生きたくない、とか、苦しいとか、
戯言にしか聞こえない。
子供が騒いでいるだけ。無い物ねだり。
ただの甘え、です。
大袈裟なタイトル止めてください。
タイトルみて、本物の病気を抱えている私は、
ついにきたか!と、ワクワクしながらよんだのですか、がっかり、でした。
本物の病気は、就職差別、結婚差別もあるし、
口外できずにひっそりと暮らしています。
違う視点で書きます。
前職上司がパニック障害でした。
わたしの人生で初めてお会いした、パニック障害をお持ちの女性でした。
とても気を使いました。
パニック障害を発症しても1度も休職しないで働いてると言われた時、なんて答えて良いのか分からなかったです。
病気なんだから気を使うべき。
上司だから尊敬すべき。
実績のある人だから、、。
チームの一員なんだから、、。
そんな風に一生懸命肯定的に考え、上司の言動を受け止めるべきだと思い込んでました。
(ちょっと前のメルマガの、〜すべき思考で捉えてました)
でも、いま思うと、話ていても気になるポイントがちょっとズレてて、言いたいことが伝わらない、勝手に解釈して以後意見は聞かない上司でした。
(その人がそういう性格だったのかもしれません)
今後の目標や将来の夢を聞かれた際、前の上司に憧れていると話の中で伝えると、『私はどうせ、あの人とは違うタイプですから(イラッ)』
夢があるといきなり転職の話を熱弁され、15分ほど聞いたので、⚪︎⚪︎さんはお喋りなんですね(話してくれてありがとうございますの意味)、と伝えたら後日『あの一言がショックで、わたしってお喋りなの?って思って、家で一人泣いてたんだけど』と言われました。
その他にも色々とありました。
わたしも言葉のチョイスが間違っていたなと反省しましたが
結局、わたしと上司は信頼関係を築くことは出来ませんでした。
そして
わたしが原因のトラブルがあった際に上司の対応を見て、もうこの人の下に居たくないと思い退職しました。
だから、kouさんか”病気を盾に甘えるな”と言ってくれて、スッキリしました。
わたしは気使いし過ぎて疲れた。
と、言ってはいけない。
人として誤った考えだと思い、自分を責め続けてたからです。
kouさんみたいに、否定する意見も言っていいんじゃないかな、と思います。
だって、じゃないとみんな右向け右になっちゃうもん。
わたしはkouさんは心理学の知識もある方なんだろうなって思ってます。
わたしは最近心理学を学び始め、教科書に出てくる実験なんかを読むと『あ、これの応用が男性心理なのかぁ』なんて一人納得しています。
だからって死ねばいいって言って良い訳じゃないけど。
わたしはわたしの憑き物を落とすために、上司への自責の念を手放す為に、コメントさせてもらいました。
Kouさま。
いつもありがとうございます。
なかなか難しい問題に、真向から向き合ってくださるKouさん。。
死生観やその時々の状況によって、感じ方や受け取り方は変わるので
ほんと難しいですよね。
自分や家族の自殺経験や病気等、つらつらと書いてみましたが、結局は
その現状をどう捉えるか、ということでしかないので。
不幸自慢になっちゃいそうなので、ここに書くのは控えました。
今でも時々、死んだ方が楽だろうな、とは思ったりする時もありますが
自らは死なないですよ(笑)
病気にも絶対なるつもりないですし、おばあちゃんになるまで、元気に楽しく♡
亡くなるときは老衰って決めてます☆
死ぬまで学びだと思っているので、日々、自分に向き合うことで精一杯です。
もちろん、大切な家族や仲間は責任を持って守ります♡
赤の他人(これもご縁のうち、とは思いますけど)に本気で向き合って
ずっと発信し続けてくださるKouさんってやっぱり凄いなぁって思うのです♡♡
そうですね、おっしゃるとおり。
「無価値観を感じたいから病気になってる」
「無価値観を証明したいから病気を使っている」
病気だから、ではないんです。引きこもりはなぜ引きこもりなのかというと、外に出たくないからです。外に出れないんじゃないんです。
だったら、おもいっきりその無価値観とやらを感じてみたらいいんじゃないでしょうか?
無価値ではない、というのが分かりますから。
程度の差はありますが、悩みは誰もがかかえてますよね・・口に出さないだけで。
『自分だけがツライ』と思ってると、たまらなくつらくなるものですが
誰しも悩みを持つ同じ人間だと思えれば少しは心強くないですか?
そしてここは、自分を磨く仲間が集う場所でしょ。
時には、死にたいと思わず口走ってしまうほどつらい時があるかもしれませんが・・
どうか死なないで。。どうか乗り越えて。。と応援してます。
死ねばいいって言葉、いくら刺さるように言ってるからって言って欲しくないです。。
死っていう言葉は重ーいものです。
でも、逆に死にたいも、自分で自分に死ねばいいって言ってることと同じなんじゃないかって思いました。
簡単に言ってるんじゃないってわかってるけど、ギリギリまで死って言葉を使うか使わないか悩んで欲しいです。
さっきから、他の方のコメントを覗き、気づくことがある度に書き込んでいます。
ラベンダーアールグレイティーさんのコメントを見て、私がいざそういう人を目の前にしたとき、どうするだろうなと思いました。
私は脳に関する病気を持った人と、深い関係を持ったことがありません。知らないから、想像もできないのです。
知らないことは、恐怖を生みます。
知らないことは想像で補うしかありません。日頃入ってくる浅い表面的な知識をもとに想像するしかない私は、当然「可もなく不可もなく」な対応をしようとすると思います。やたら気を使おうとなると思います。Kouさんみたいはことはできない。私がどう振る舞うかも、実際に会わないと答えはでないかも。
できる人は、踏み出せていてすごいと思いました。
久しぶりに覗いてみたら、メンヘラの巣窟…
本当に大変だったら、ここにいる場合じゃあない。
誰だって負は抱えてる。
被害者ヅラして同情得ても、なんの解決にもならない。
自分で乗り越えるしか方法は無いし、言いたい事も解るけど、kouさんの死にたいヤツは死ね発言は言い方が間違ってると思う。
世の中には、いろんな考え方の人がいます。
いろんな人生体験、人生観の人がいます。
そして、みんながみんな、自分の基準で世の中を見ています。
ですから、他の人のコメントが、ご自分を責めるもののように感じられても
それは、決して、あなたを責めているものではないのです。
みんながみんな、『自分』の考えを言っているのに過ぎないのです。
誰も、あなたにはなれません。
あなたの感じる苦しみ・辛さを、そのまま同じように感じられる人は
どこにもいません。
ですから、どうぞ、ご自分を責めたり、追い詰めたりしないでください。
ことさらに、ご自分を弱いと思わないでください。
私には、ハンデのある子どもがいます。
でも、見た目は、全くハンデがあるように見えません。
なので、知らない人は、いろいろなことを言ってきます。
もっとこうすれば?
こうだからじゃないの?
知らずに言ってくる人のこういう言葉は、たいてい的外れです。
でも、期待してはいけないのです。
完全なる理解などあり得ないのですから。
病気に限りませんよね?
ここで語られる、恋愛の悩みだって、一つとして同じものはありません。
ましてや、体験したことのない病気については、
想像することはできても、完全に同じ思いを抱くことは
例え親であっても、無理な話です。
ですから、どうか傷つかないでください。
みんな、決して、傷つけようとコメントしているわけではないのですから。
kouさんが言った発言や、誰かが言った事に反論したり私なんてこうでしたとかどうでも良くないですか?そういうブログでしたっけここ?
死にたいとかどうせわからないとかそんな事言ったら、自分以外に自分の苦しみをわかる人はいるんでしょうか?私はいないと思ってます、それでいいじゃないですか。
同じ病気でもそれぞれ環境や症状は違うと思うし、それを見てる人はその立場での大変さはきっとあるし、どれが誰がどの立場が一番辛くて大変かを比べても仕方ないと思います。
だったら、小さいうちに不治の病で死んでしまう人や、脳性麻痺や重度の障害をかかえている人、日本以外でも生まれてすぐに買春宿に売られてエイズにかかり捨てられる子供、生まれる事すら臓器売買のため・・っていう子供だっています。生死すら自分で選べない子供だっていっぱいいるのに。
ここでもっと理解してくださいとか、勉強してくださいとか、配慮してくださいとか言われても・・・・???じゃないですか?そんな場所でしたっけ?
情報は自分で選んで受け取れるんですから、別に家族でもないし恋人でもないんだからやめたらいいだけじゃないですかね。
まぁ、ブログだけで繋がりのある
Kouさんが伝える言葉の信頼性?は
自分で判断していければいいよね。
生身のKouさんを知っていて
同じことを言われるのと
ブログだけのKouさんの状態で
言われるのと
与える印象も
受けとる印象も違う
距離感のミスね
ただそれだけ。
わたしは、きつく言うことだけが
心に刺さるわけではないと思うから
言葉の柔らかさはもうすこしほしいけど。
でも、鬱病になって
今までの自分を変えなきゃって
本気で思わせてくれて、
いま自分が大好きで、不平不満なんてひとつもない
現実に導いてくれたのは
「悔しさ」とか「怒り」だったかな。
いまはもうその感情はないけれど。
鬱病も脳の病気。
いろんな自分を認めるとこから。
否定なんてしなくていい。
病気を治そうなんてしなくていい。
ただ認めてあげるだけでいい。
そんなにがんばらなくて、いい。
がんばりたいとき
カツをいれたいときだけ
このブログを利用すればいい。
自分で選ぶの❤
みんなそれぞれ言わないだけで色んなことを抱えてる。
ある人はAと診断されて、また他のある人はBと診断されて。
生まれた環境も育った環境もなにもかも同じ人なんていないんだから、相手の症状を想像することはできても誰も全く一から同じことを体験するなんて出来ない。
だから、それぞれ辛いと思うところがあっていいと思います。けど、だからアナタは私のことを分からないでしょう?って言うのはまた何か違う気がします。
私もたまに思ってしまいますが。(自戒)
でも世の中お互い様ですよね、誰も他人にはなれない。
究極、自分を精一杯生き切るしかない。
その中で、まだ残る人生をどう自分と向き合っていくか。
家族や恋人や友達や、周りには色んな人達がいますが、
それをいったん外してまず根本、自分という人生をどう生きるのか。
疲れて何も考えられなくて休むときがあっても全く問題ない。必要な分を休んだらまた自ずと考えが巡ってくるから。
今回の記事は色々考えさせられ、
他の方のコメントでかなり参考になったこともあり、さらに久々に熟考できたテーマであり、私としてはまるっといい機会だったなぁという感じです。
たった1人見ただけで、病気の何もかもを知った気にならないでください、Kouさん。
世の中にはいろんな人がいて、人生があってすべての人にそれが当てはまるわけではないですよ。
死にたい死にたいと言って、本当に死んでしまった人、いますから。
あなたが知らないだけですよ。
一連の流れを見ながら、みなさんの考え方、それぞれに一理あるなあと勉強させてもらいました。
私は、病気に対しての考え方、「病気って名前に頼ってる」というところも賛同したり。
恋人がいたり、旦那さんがいたりしてるのに、そんなに愛されてるのに、何が不満なのかといらついてみたり。(批判ではありません。自分がそういうねたむ気持ちも持ってる事に気づいただけです。それぞれにしか辛さはわからないし。)
それでも寄り添っていく温かさを与えられる人を見て「自分にはそこまで人を思いやれない」とガックリしたり。
という自分の気持ちの動きを見てました。
(そういえば私には紅子さんの言葉、とても暖かい励ましに聞こえましたが…)
ふと思いましたが、そういう、”許せるライン””与えられるライン”って、「自分のコップ」がどれだけ満たされてるかのバロメーターなのかなーと。
昔は、上のような気持ちになるたび、「私って卑怯で小さい人間」「優しく思えるようにならなきゃ」と思ってました。でもちゃんと満たされたとき、自然とそういう優しさを溢れさせるようになれるのかな。
思えば昔より許せることって増えてる。じゃあやっぱり、自分の幸せを求めて歩いていけばいいのですね。何かが間違ってるから、今優しくできないわけじゃないんですよね…><
ちょっとテーマ違ったかな…でも全部つながってるから、大丈夫ですよね(笑)
ええその通りです。
けっきょく治す気がないから治らないんですね、家族にそういう人がいるから分かります。皆が早く死んでくれって思ってるのでいっこうに治る気配もありませんし…
自分にすごく近しい人が、障害を持っています。
生まれつきなので、一生完治はありえません。
私も周りも、それが当然で、そういうものだと思っています。
それがあるから幸せとか不幸とか
それを理由に何か出来ないとか
それぞれが口に出して言ったことは、私の記憶にはないです。
本人も家族も、一応は不幸そうではないです。
だから、わざわざあった事もない人に対して
私はこの様な障害がありますってお伝えするのを
すごく不思議に感じています。
口に出して言う方にとっては障害という名の
アイデンティティなのかな?とも思います。
これは、私が障害をネガティヴなものとしてイメージしていないので、
そう感じるのかもしれません。
kouさんが言う内容は大半は同意できるし、
理解できていると思います。
一時の感情でもう来ません!ってわざわざコメントに残して
一生消えない痰を沢山の人の前に晒すのも
純粋に理解しがたい感情だなぁって、不思議に思っています。
そして、話題に何度も挙げられながらも
逃げずに向き合い続けて、
未だにコメントを残してくださるお姫様達を
心の底から尊敬しています。
anzさんのコメントにはげしく同意しました。
受け手も送り手も、その一瞬の体調とか機嫌とか、環境とか思想とか、
私たちはいろんなものに影響を受けているので、結果が○にも×にも見える。
受け取りかた次第ってのはそういうことだと思います。
辛らつな言葉がつらくても、いつか違う受け取り方をする自分がいる日がくるかもしれない。
べつに違う見方ができる人が正しいとは言わないけど、選択肢は多いほうが。
そのほうが自分を楽にできるんじゃないかと思います。
Kouさんはわざときつい言い方をよくされますよね。
今回も最初見たとき「わ、そんなハッキリ言っちゃうのか」ってびっくりしました。
私もKouさんのきつめの言葉に傷付くことはたまにあります。
でも、きっとそれは私を傷付けるために言ってる言葉じゃないと思ってよくよく考え直すんです。
そしたらやっぱり私自身にその言葉に傷付く原因があるというか、思い直すべき要因が見つかるんですよね。
今回も「死にたければ勝手に死ねばいい」と言われて、「あ、そっか。死んでいいんだったら死んじゃお」って思った人なんていないと思うんです。
きっとこの言葉が刺さった人は「何でそんなこと言うの?」って悲しくなったんじゃないかな。
それってきっと本当は死にたくないからじゃないかと。
生きたいんですよね、本当は。
その自分の意志に気付いてほしくて、目を向けてほしくてあんな強い言い方をされたんじゃないかと思います。
簡単に考えて言った言葉ではなく、リスクもわかった上じゃないかな。
きっと向き合ってくれる人が近くにいないって言うんであれば、Kouさん自身が向き合うだけの覚悟もあっての言葉じゃないでしょうか。
あの言葉に傷ついてしまった方も、その言葉だけを受け止めて傷付いて塞ぎこんでしまわないでほしいなと思います。
何でそんな言い方をしたのか考えてみてほしいです。
どうしても消化できない気持ちがあるのなら、あれだけのことを言われたKouさんを頼ってみたらいいと思います。笑
きっと向き合ってくれると思います。
今、移動中で暇なもので笑
色々と考えてみました。
パニック障害は脳の病気で、眩暈とか動悸とか、、色んな症状があるんですね。
このままでは死んでしまうんではないかと。
なったことがないからほんとにわかんないけど、症状が出ている時はほんとに辛いですよね。
でも、=死にたいと思うのは違うんじゃないかなーと。
たぶん、症状が辛くてこのまま続くなら死にたいとか、生きててもいいことないとか、病院とは直結しない部分で死にたいって感情が出る。
そのことをkouさんは言われてるのかなと思いました。
病気のことは理解したいけど、家族だったり友達だったり大切な人が死にたい死にたい言っていたら辛すぎます。
どうしていいかわからなくなるかも。
私も入院した時、辛い辛いって言い続けてたけど、たぶん看病している母がいちばん辛かったと思う。今だから言えますけど。
「そんなに死にたければ、勝手に死ねばいいと思います。」について私が思うこと。
健康体のとき。
私は、恋愛のことで、死にたいと思うことがあって
ずっと本気で何年もそう思い込んで生きてきたの。
死にたいというより、死ぬしかないと思っていた。
そうしたら、病院で病名をつけられてしまった。
私は病気の人になってしまった。(私は病気だと思っていない、現在は完治)
薬も飲むことになった。
心では、
死にたいと思っているの。
こんなに死にたいと思うようなことが続くなら、死にたいと。死ぬしかないと。
本当に死んでしまうような行動もしたし、死にかけたこともある。
(現実に、死んでしまう人もいるのだと思う。私は助かった。)
だけど、本当に死にたいわけじゃないの。
そう、思い込んでいるだけ。(心なのか、病気がそうさせたかは、わからない)
口では死にたいというけれど、死ねなかった。
ほんとうに死にたい人は死にたいとすら言わないというのは、
死ぬことを誰にも止めてほしくないからじゃないかな。
私は死んだことがないから、わからないけど。
昔のKouさんの記事で、死にたいという言葉を信じるな、放置するんだというものがありました。
私の場合は、
死にたいと口に出すと、周りの人に死なないでと言ってほしかった。
生きていてほしいと、言われたかった。
周りにすがりたかった。
死にたいやつは勝手に死ね はね、
(死ねるもんなら死んでみろ、できないだろ?本当はしたくないって思ってるからだよ。
心はそんなこと思ってないんだ、だから、死ぬなんてばかなマネ、やめろ。)
私にはそう聞こえるんです。
いくら周りがやめろって言ったって、
自分で死ぬなんて嫌だと思えないなら、だめなんです。やめられないんです。
また同じことを繰り返してしまう。
また、たくさん傷つくことになってしまう。
私のためにならないの。
それが、Kouさんはわかっているのかなって思います。
人が他人にできることなんて、ほんとうはないのかもしれない。
だけど、なにかのきっかけは作れるかもしれない。
病気が、人と向き合うことで100%治るなんて、思わない。
心の問題と病気が同じだとも思わない。
ただ、言い方に文句を言っても仕方がないこと。
そうじゃなくて、
ほんとうにその言葉は、自分に向けられた刃物なのかどうか見極めたほうがいい。
私にとっては、いちばんの薬やったかもしれない。
人それぞれやけど、
私は自分にとって都合のいいほうへ取りたい。
自分のために。
マジな刃物なら、無視して逃げます(笑)
心と身体はほんとうに繋がってて、
自分の気持ちをないがしろにして
他人や会社、家庭の都合を優先し続けていると
もう無理できないとばかりに体調が悪くなり、強制終了になるなぁと実感しています。
私も過去に仕事が忙しすぎて、怪我に次ぐ病気で強制終了になったことがあります。
それから肩の力を抜く大切さを学んで
ゆるゆる過ごすことを心掛けています(^-^)/
この話でも、いつもこうさんの言う、
自主性が関係してくると思います。
自分をないがしろにし続けた結果、病気になって自分を守ろうとするのだと思います。
渦中にいると、ほんとうに苦しいと思います。[小さなことでもいいので、自分のしたいことを叶えてあげる、言いたいことを伝える]
そういう小さな積み重ねを繰り返し、
みなさんが女性らしく命を大切に、
元気に過ごせることを心から願います^ ^
病気ってなった人にしかそのつらさはわからないと思います。
じゃあ同じ病気の人なら完全に理解ができるのかと言ったら、
症状の重い軽い、治る兆しが見えている見えていないの差でまた違う・・・・
その本人も、あなたなんかに解るはずないないと言いながらも、
病気の苦しさ原因をとうとうと語る。
解らないと思うなら話さなきゃいいのに・・・・
多分、本当のことが分かっている人なんて一人もいないんだと思います。
その事柄に詳しい人ほど、自分に解らないことがあることを知っていて、
他人から『あなたにはわからない』と指摘されることにも寛大ですし、
『自分にはわからない』ときちんとおっしゃいます。
KOUさんも彼女さんの事はわかるかもしれないけれど、
その病気にかかっている大多数の人の事がわかっているわけではないですよね。
たぶんkouさんにもそんなに解っていないんです。
でも自分が本心から、相手を思っていることを伝えたくて表現が強くなってしまう
のではないかと私は解釈しています。
『わからないけれど心を寄せている。』
『できる限り理解するように努めている。』
それが限界なのかもしれませんね。
ちなみにkouさんがうちの息子だったら私はこういいます。
「自分にそのつもりがなかったとしても、誰かを深く傷つけたならまず
傷つけてごめんなさいでしょう?
それから、自分の釈明をしたり本心を語ったりしなさい。」
まあ、でもここでkouさんがそれをやっていたらきりがないでしょうね。
いろいろな意味で・・・
でも話題が病気の時は、そうしたほうがいいんじゃないかなと私は思います。
今回のブログの記事は、私にとっては今のところまだ理解できません。
私も持病あります。
いくつかわからないことがあります。
自分を守ってはいけないのでしょうか。
治る見込みの少ない病気を治さないといけないのでしょうか。
病気があるのはいけないことでしょうか。
大切な人を恐怖に陥れるために病気になったわけではないです。
それでも痛みと向き合い(薬が効かないときはもう耐えるしかない)、必死です。
たえきれず「痛いよ…くるしい…」と、言葉に出てしまいます。
痛みの最中、平気な顔をするのは無理でした。
きっと、それを聴いた私の大切な人達は、辛く嫌な気持ちになっているのかなと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいです。
でも、未来を悲観してはいません。持病のままでも、自分の望む幸せに向かって歩んでいます。
少なくとも、今は人生で一番、幸せを感じています。これからも、更に幸せを感じられる自分になると思います。
今日の記事を読んで、kouさんもそんなにムキにならなくていいんじゃないかなーと思いました。(ムキになってなかったらごめんなさい)
もちろん、kouさんの言いたいことわかるけど。
色んな方がいるし、正しい答えが絶対あるわけでないと思うんです。
なのに断定しちゃうと辛い人もいるんじゃないかな?
デリケートな問題だし。
今朝の記事は、私は別に刺さりませんが
正直引きました。
Kouさんは今すぐにこれを理解しろと言っているわけじゃないんですよね。
すぐに理解できたら、すぐ忘れる。
簡単に手に入ったら、簡単に扱う。
苦しむことは必ずしも必要ではないけど、苦しんだ人にしか手に入れられないものがあると言っていましたよね。
今の環境をどうとらえるかなんですよね。
すぐにスパーんと理解できてないといけないのというのなら、私はとっくに落第せいです。
向いている方向が大事なんだと、Kouさんは言ったような気がします。
それが、前向きとは別の「前を向け」なんだと思います。足踏みしている状態でも前を向いているか、いないかで違うと言いたいんだと思います。いや、思いたいんですね~私がね。だから、私はそう思おうと思った。
今すぐに全てがその状態になってなくてもいいんですよね、確か。
本当にそうなりたいなら、今その状態になっていなくてもなんの問題もないのです、みたいに言ってきた気がする。私、必死(-_-)
この記事を読んでふと、まじょらむさんのことを思い出しました*。
生きている限り死と向き合う時は必ずきますし、病気を持っていなくても明日命が尽きるかもしれません。
今度いつ生まれ変われるのか、それが出来るのかどうかも分かりません。
限りある時間を大事に過ごして、自分にも大切な人へも感謝と温かい気持ちで接することの出来る私でありたいです*。
kouさん…貴方という方は…
全く驚きます
前から思っていましたが、
なぜ赤の他人とそこまで向き合えるんでしょう
菩薩様とかのレベルのお方ですか
当たり障りない言葉だけ並べ立てていればいいのに、あえて本当の真の真心を込めた言葉を選び向き合う
これって家族レベルに言う言葉です
いや、現代では家族レベルでも言わない事が多いです
死にたきゃ勝手に死ね
この言葉にどれほどのkouさんの愛が隠れているか
もう涙出ます
虐待されて施設で育ち、不幸な恋愛ばかり選んで、kouさんに助けてもらった私には
kouさんの言葉は「愛」のかたまり
本当の死を知らない人間ほど
「死にたい」と口にする
kouさんの言葉にどれほどの愛があるかも
わからない
それでもkouさんは諦めない
頭が下がります
kouさん…全く貴方という方には
いつも驚かされます
私たちに「愛」をありがとう