
←この記事をお気に入りに追加します。あとで読み返せます。Kouです。
読んだ瞬間、これは僕の出番だと思いました(笑)。
メチャクチャ長くなると思いますよ。
覚悟はいいですか。
昨日のメルマガで、「死にたい願望」とやらについて、
「そんなに死にたければ、勝手に死ねばいいと思います。」
と書きました。
書いたと言っても、秘密のメッセージですけどね。
あえて刺さるようにこういう表現を使っているわけです。
ぐっさり刺さってほしいんです。
刺さったら忘れませんから。
僕は自虐は嫌いなんです。ずっと昔から言っていることです。
自虐を認めたら、それで溢れかえることにもなります。
そして、このメルマガについて非常に面白いコメントを頂きました。
あえて全文掲載します。
先に言っておきますが、僕は否定したいわけじゃありません。
これについて伝えたいことがあるだけです。
迷子のハチ公さんより:
死にたい願望
まさにこの数日の私です
でもね聞いて
Kouさんは口にする人は本当に死なない
黙って死ぬていってた
私もね若い時思ってたの
死ぬ勇気があるならその勇気を生きる方にもっていけばいいのにて死んで生まれ変わりたいとか
やり直したいとかじゃないんだ
私の場合
生きてること
存在してること
考えはこと
呼吸をすること
それ自体が苦しくて『死んでしまいたい』
『一人になって消えてしまいたい』思うんだそれはね病気のせい
パニック障害てそうゆう病気なの
発作事態では死ぬなんてない
だけど
それほどの気持ちになるほど苦しいの
その発作がまたあるかもしれないと思うと
更に重ねて苦しくなる私がとどまれるのはね
娘と息子がいるから
この子達に悲しい思いさせちゃいけない
その気持ちが私を引き止めてくれるのTVでね円広志さんもいってたの
『得体のしれない病気』『生きてるのがツラい病気』て
仲良しの桂ざこばさんがねこれだけは強く言ったて
『首くくるなら朝まで待て。朝なったら連絡してこい』て
夜が更けていくのと同時にわけわからず症状がでたりするんだなにかが引き金になる時もあれば、
なんでかわからないけど呼吸が苦しくなったり、震えがでたり、 理由もわからない恐怖心に襲われたりするの そういう人もいるんだ
だからね叱咤激励だとしても
『死にたいと思うならかって死ねばいいと思います』
なんて言葉、簡単に使わないでほしい
それが引き金になる人も中にはいるかもしれないよ?
それでもKouさんにはわからないし、Kouさんのせいでもなければ、『しね』 といったわけでもないかもしれない それでも『死』に関すること
人の命に関わる事をこんなふうに簡単にかかないで本当に『死』と隣合わせになったことないから言えるんだよ
少なくともあなたの言葉は影響力があります
メルマガであったり、Blogであったり、公式の場であなたの発信してるものは自由です
けれども、人の生死に関わることはもっと慎重にとらえてほしいし、 言及するならば言葉を選んでください 勝手に死ねばいい
死ぬとか死にたいといってる人間は本当には死なない
なんてことは、Kouさん、あなたの勝手な思い込みです
僕の話に耳を傾けてください
僕の言うとおりにしてください
信じてください
少なくともそうやってメッセージをなげかけるのならば、そんな勝手な思い込みの言葉を吐き捨てるように言わないでくださ い 言葉を選べないならそんな内容もスルーしてください
誰もがあなたが思っているように生きてはいない
これをブログでちゃんと書いたことはないかもしれません。
僕にとって、パニック障害とかいうふざけた病気は、因縁の病気なのです。
心の問題・・・心の弱さを、病気のせいにしていたりしませんか。
何でも病気判定していると、その病気を盾にとって自分を守ることばかりに気を取られていくようになります。
僕はパニック障害については、普通の人よりははるかに知っています。
もはや「女性の承認」では散々話しているし、かつてはメルマガだけですが何度か似たような話をしました。
僕はかつて交際していた女性がいて、パニック障害と多重人格障害を持っていた人でした。
僕には、この女性を通してパニック障害とは何なのかを毎日のように知る羽目になりました。
はっきり言って、当事者よりもよっぽど詳しいです。
言いましょうか。
パニック障害の発作なんて、本人よりも周りにいる人の方が怖いんです。
「女性の承認」の参加者には知っている人は結構多いと思いますが、僕はこの女性のパニック障害と多重人格障害を回復させたという経験があります。
これは偶然の産物ですが、当時、誰かが向き合っていれば確実に改善するという漠然とした思い込みがありました。
そしてそれは現実になりました。
治るんです。
しかも、あっさりと治ります(笑)。
僕に言わせれば、何が病気だ、というレベルです。
多重人格障害の方がよっぽど大変でした。それでも治るわけです。
向き合っている間は、いろんなことがありましたが、何とかなるものです。
ちなみに当時のその女性も、まあことあるごとに「死にたい」だの「消えたい」だのと言っていましたよ。
その気持ちは、はっきり言って僕の方がよく分かっているくらいです。
言いたいことはよく分かるんです。
ただ、それを病気の陰に隠れて逃げていると、いつまで経っても同じ状況は変わりません。
普通の病気と違って悪化はしないかもしれませんが、改善もしません。
何しろ、自分がその病気のまま居続けたいと思っているのだから。
もうね、全部分かるんです。
無価値感を病気のせいにしないでください。
病気を正当化することになりますから。
パニック障害とやらを、ずっと背負ったまま生き続けたいのならそれでもいいですが、僕はそういう人会ったことは一度もありません。
恋愛相談を持ってくる女性でも、これで悩んでいる人はいますよ。
全部が全く同じようには行かないとは思います。
向き合ってもらえたら改善・解消するかもしれないというだけで、楽になりませんか。
僕にとっては、この経験がこのブログを続ける上での一つの精神的な支柱になっています。
「本当に『死』と隣合わせになったことないから言えるんだよ」
自分が死と隣り合わせになったことは、ほとんどありませんが、少なくともこの事例だけでも僕は何度も恐怖を味わいました。
ちゃんと分かっているつもりです。
少なくとも、今や僕のこの考え方には、この実体験が裏付けとしてあるんです。
さらに言えば、ここで恋愛の勉強をしていくことで、同じようにそれが改善したという報告もあります。
変われるんです。
そういう可能性があるだけでも、何か明るくなると思いませんか。
僕は、僕が思っていることや本当に伝えたいことを、あえてそのままの形で表現したいと思っています。
突き放された感じがするという印象を持つ人もいるかもしれませんが、それはある一点だけを見たときにそう感じるだけだということに気づいてください。
僕は本気であなたに伝え続けたいと思っています。
だからここに居続けるんです。
昨日のメルサポで書き忘れたというか、書かなかった事なんですが、kouさん最近疲れてない?
角質とか下ネタの話辺りから思ってましたよ。
私の勘違いだと思うから、書きませんでしたけど。
まだ、ここに来て浅い方だし、直接お会いしてないからなんとも言えないんですが、大丈夫かなと思ってました。
記事の内容。
身内でパニック障害の人が居ましたが、私は怖いと感じませんでした。
秘密のメッセージから、どうしてこう話が広がるんだろうって言うのが本音なんですけどね。
『死』に対して思う事は皆さん有るからなんだろうけど。
けど、似てるようでメッセージの内容とこの記事の内容は少し違うんじゃないですか?
『生死』に関する事は、人間が何万人居るのと同じで何万通りも理由があるんじゃないですか?
病気で亡くなる方、死にたくなる方、向き合って克服しようとする方。
なんか、病気、病気ってそこにばかり意識が向かってるけど、そこじゃないと思うのは私がバカだからですか?
『死』について、話す事はいいと思いますが、色んな人の意見の中で、どんどん尾ひれが付いて話が大きくなって勘違いや違う感情が生まれるのは…。
前の『不倫』の話も、どんどん話が大きくなっていきませんでした?
私はあの時、自分の気持ちだけで尽き動くのはいけないんだと感じました。
今回のこの話は、この記事だけにしてほしいです。
ひとつのキッカケから、ここに来ている人を非難されるのは悲しかった。
「男性は馬鹿だ」と、いうのはどうも違うんじゃないかと思って。
恋愛の勉強は、自分が望む本来の自分で楽しい恋愛をしていくことだと解釈していますが、男性は簡単なのではなく、尊敬する所はしっかり尊敬し、敬うべき存在だと思ってます。
女性が大切に扱われるように、男性も大切にされるべき存在です。
「私のことをわからない」「貴方もなればいい」と言うのはいいけど、この症状を理解してないのにほざくな。と感情的になり
ここにいる人を理解しないのはどうなんでしょうか。
人は、ひとりだとしても、理解し合う姿勢を見せ合うことが必要なんじゃないですか。
何を知ってて、知らないかとかいいと思いませんか。私だけですか。
知らなくても知ろうと努力したり歩み寄り合う事が一番必要なんじゃないですか。
自分を守る為に、このブログ自体を批判されるのは不快です。
自分の感情で、自分の場所潰してるように見えましたが。
ここにはじめに来たときの理由、なにかわからないです。
けど、なにか得たいものがあったから、ここに来たんでしょ。
なのにその事も、自分の中の一つにすぎない要素で感情的になり放るのは、もったいないです。
私は、病気にかかった事がないから、これを書くことでここの皆さんに嫌われるかもしれないけど。
周りを突き放して自分を守ってるようでも、自分の首絞めてる事を自覚した方がいい。
正直、病気の事がどうとか言われてもわからないです。分かってるのが自分だけだと思うなら、自分と向き合うだけですよね。
理解されない、被害者ぶってると思われるのがイライラする、と思う感情があるのなら、その矛先を
このブログ批判をするんじゃなく、負けてたまるかって子供を愛し自分を愛せばいいと思う。
いくらkouさんに噛み付いても、コメントくれる方に噛み付いても、ご自身の病気が治るとは思えません。
私はすごく酷い人間かもしれないですが、頑張っているというのならもっと頑張っていきませんか。生意気ですが、一緒に乗り越えていかないですか??
今よりもっと自分を愛して、子供や周りを愛して、もっと幸せにならないですか。
「暇つぶし」と書いてましたが、違いますよね。暇つぶしに、ここまで自分の本音をかけるとは思わないです。
暇つぶしだと、どうしても適当になってしまうと思います。
貴女が病気と向き合い頑張っているように、ここに来て、自分と向き合い頑張っている人に対して、非難するのは許せないんです。
皆さん、理由は様々な中、自分の事を一生懸命やってるじゃないですか。
秘密のメッセージのように死にたいと思うのもいいと思うし、辛くなる時もあるけど、それでも「私は負けない」と強く思い描くことが重要なんじゃないでしょうか。
他の人なら触れないかもしれない事を
kouさんが触れたのは、伝えたい事がなにかしらあったからじゃないですか?
もしかしたら、kouさんはまだ乗り越えてないものがあるのかも?と私は思ったりしました。その事に反応したから。
私は誰に向けて書いてるんですかね。
kouさんにも、ハチ公さんにも書いてる。
長いのに中身がバラバラで、すみませんでした。
この記事の冒頭から、kouさんと本当に同じ?意見で、ちょっと笑ってしまいました。
元彼がそうでした。
自殺願望のある人を本気で支えてみれば、わかると思います。生きることが。
自分で自分を支えきれない人を支える大変さ、横柄な事なのかもしれないと。
見事なほどに、他人のせいです。
ズタボロになりましたこっちが。
私も、最後に言いましたよ。
死ねばいいって。
これを言わないといけないってゆう
こっち側の気持ちわからないだろうなぁ、、
だめですね。ごめんなさい。
かほさん、はじめまして、こんにちは。
ラベンダーアールグレイティーで書き込みをしている者です。
かほさんの一連のコメント、拝見させて頂いてます。
そして、わたしのコメントから思考を巡らせたとの記述があり、嬉しさの反面ちょっと心配?な気持ちになりまして、お手紙を書かせていただきました。
かほさんはとっても熱心に、この記事のコメントを追いかけていらっしゃってて、決して『暇つぶし』や『本気には達していない』ようには、わたしには思えませんでした。
赤の他人のコメントから思考を巡らすのも、かほさんはきっと感受性豊かで、他人への心配りができる素敵な女性なのだろうと、感じています。
ですから、感受性豊かな故に、出来事のひとつひとつを『自分は⚪︎⚪︎だから(できていないから)そのせいではないか(ダメなのではないか)』など、出来事のマイナスな理由をご自身のせいにされていらっしゃってるのかな、と心配になりました。
間違っていたら、間違いだと思って下さいませ。
それなら、わたしの勝手な心配は取り越し苦労だったという事で、安心なのです。
http://president.jp/articles/-/15340?display=b
この記事にある、ニューロロジカルレベルでレベル5で出来事を捉えてしまう女性はとても多いと思います。
(わたしもこの傾向があります)
この記事だけとてもコメントが荒れてる?ようにみえるので、コメントを追いかけていらっしゃっるかほさんの心は痛いのではないかと、思ってしまいました。
最後に。。
>前向きとは別の「前を向け」なんだと思います。足踏みしている状態でも前を向いているか、いないかで違うと言いたいんだと思います。いや、思いたいんですね~私がね。だから、私はそう思おうと思った。
とても素敵だと思いました(o^^o)
わたしも心からそう思えたらと、羨ましくなりました。
わたしはジブリの魔女の宅急便が大好きなのですが、、。
飛べなくなったキキは、社会的にはきっと能力のなくなった人間なのかもしれません。
ですが最後にデッキブラシに股がるキキは正に、かほさんのおっしゃる『前向きとは別の前を向け』状態だと思います。
決して自分の未来を諦めていないかほさんのコメントに、キキの姿が重なりました。
そんな事を思い起こし、長くなりましたがお手紙を書かせて頂きました。
最後に、この以前のコメントを読み込んでおりません故、見当違いなお手紙でしたらご容赦下さいませ。
かほさんのこれからの未来に、たくさんの愛と幸せをお祈りしています。
ハチ公さんこんにちは!!弁天です(^^)
ハチ公さんパニ持ちさんなんですね。
私は軽度発達障害のグレー判定です。明らかに自分でもその特性を感じますが、医師には
その程度は誰でもあるよ、障害ではない!!
と言われて長年確定に至ってません…
特性や思考の癖、個性、これらによって生きにくさを感じる日々ですが、負けないことだと思っています。なかなか勝つまでいけませんが、負けないことが大切だと言われました。
でもやっぱり苦しいとき、リセットできたらな~普通の人生、皆が出来てることが当たり前にできる人生、そういうのをやってみたかった気持ちになるときもあります。でも自分だからいいと言ってくれる人もいました!!
自分はわかってほしいけれど、私が他人を理解したり、気遣ったり共感したりがなかなかできずに、離れていった人も当然いました。
でも悲しいがあんまりないです。人に執着したりしなかったりだからです。
そんな私ですが、ハチ公さんからここでお返事がきて嬉しかったです(^^)
それを伝えたかったです。
失礼しました!!
おもちちゃん♡
お久しぶりです。
ううん、だめやないよ。
おもちちゃんの言葉は、私には、あたたかく感じたよ。
私はハチ公さんに、おせっかいのお手紙書いちゃった(´・ω・`)
誤解もしとったかもしれん。
でもね、傷付けたくて書いたわけじゃないから、後悔していないよ。
がんばっているよ。
私のことじゃないかもしれんけど(笑)
毎日がんばっているの。ミリ単位でね。
ありがとう。
Kouさんは「パニック障害と多重人格」のその女性をどのように、回復させたのですか。
その方法を共有していただけたら、多くの人が救われるかもしれません。
なのでぜひ、その方法を教えてください。
おもちさん、はじめまして。
みかげと申します。
おもちさん、だめじゃないですよ。
おもちさんのコメントで、自分の中の絡まっちゃった糸が
すっきり解けたように、頭の中を整理することができました。
一緒に頑張ろうって、励まされている気持ちになりました。
ありがとうございます。
お久しぶりです(੭*ˊ꒳ˋ)੭♡!!!!
ここにいる方達、全員余すことなく、一緒に悩みを乗り越えていけたらな思ってるんですが、それをどう表現していいのか分からずあんな書き方になりました。
傷つけてしまってないか、嫌な思いにさせてないかと考えながら書いていたから、変な文章になったかなって。いつも変なんですけどね…(*´︶`*)ฅ
はい!頑張っています( *ˊᵕˋ)ノ
ミリ単位でも、頑張っている事に尊敬しています。
ありがとうと言われるのは照れます(º ロ º )\♥︎/
が、ありがとうございます…(*´ω`*)
有末さんや他の方と沢山話をしたのも私の中の大切な一部分です*̣̩⋆̩
お手紙本当に嬉しかったーーーー( ̄∀ ̄*)イヒ
病気。
欲しかったです。
こんな事を言ったら、本当に苦しんでる方に申し訳ないけど。
毎日がやり切れないほど苦しくて辛くて、気持ちのせいで体調まで辛くなって。
どうにもこうにも日常生活が困難になったので、病名が欲しくて病院に検査に行きました。
一日中使って脳から足まで、大金を使って検査して。
なーんにも見つかりませんでした。
反対に身体能力やら何やらを褒められたくらいです。
最終的に、何もないから精神科を勧められました。
病名が欲しかったです。
この苦しさや辛さを、説明したくて。
他人に分かってもらいたくて。
何にも出てこなくて、この辛さを認めてもらえない気がして、本当に苦しかった。
でも、私の場合は何も出てこなくて、良かったと思っています。
もし、何か病名がついていたら、それに頼って堂々と闇の中に浸かっていただろうから。
見えない病気は、理解されない辛さが半端ないと思います。本人も周りもとても苦しいだろうと思います。パニック障害の知り合いもいたし、大変さは少しだけですが知っています。
見えない病気でとても怖いのは、なんの因果関係もない所にあたかも重大な因果関係があるかのように、自分を説明し、納得させてしまう所かと思います。
自分で自分自身を不利な方に導いてしまう。
分かっていながら止められなかった時もあります。
たまに今でもしてしまってます。
理由をつけて一時的に楽になる事はあっても、
抜け出せる事はなかった様に思います。
私の自称病人は、たまに発症しますが、なんだかんだと自然治癒しています。
人間の、特に女性の治癒力は半端ないのでのんぴり構えてやっていこうと思います。
はじめまして!!
良かったです…(><)
ここに来たばかりの頃、かなり塞ぎ込みまくってたんですが、ここにいた女性方に励まされ、嬉しかったんです。
理解しようと、歩み寄ってくれたし、私の意見を一度受け入れて、そこから意見下さったんです(*´ω`*)
それが嬉しかったし、まだ人生経験もあまり無いような私でも、辛い時はあったから
その事を皆さんの勇気にかえれたらいいなぁとか…
結果的に、刺がある言い方では無かったのかと反省しています。
もう少し頭柔らかくなりたいです( ̄▽ ̄;)
お手紙ありがとうございました。私が励まされました。これは嬉しいコトです( *ˊᵕˋ)ノ
うーん。
私は大学生のときに、就職活動と教育実習を両立してほぼ睡眠時間なくすごしてました。
忙しいときは何とでも体は動くんです。
でも終わった途端、ですよね(笑)
内定決まってすぐに自律神経をやられてしまい、食べたいのに食べると吐いてしまい、外に出るのも電車に乗るのも発作が起きて無理なので、卒業までずっと自宅で過ごしてました(´×ω×`)
私もパニックの気があったのかなぁって、今考えると思います。
まさに生き地獄で辛い毎日でしたね・・・
私の場合『死にたい』じゃなくて、『死にたくない』って心が思ってるのに頭が勝手に『そういえば台所に包丁あるよなぁ』って考えてました。
頭が考えてるから手足もその方向に動こうとするんです。
それを気持ちでおさえつけるのが、ほんとに大変でしたね(´๑•_•๑)
あのときほど恐怖を感じたことはないです。
でも治りました。
吐いても食べることはやめませんでした。
少しずつ朝に散歩することから初めて、徐々に元気になりました。
結局卒業までには治らなかったので、内定は辞退しましたけどね(笑)
だからなにってわけじゃないけど、なんとなく思い出したので書いてみました。
今、生きててよかったってほんとに思います。
まわりの皆に感謝です( *´꒳`* )
パニック障害。
不安神経症。
摂食障害。鬱。
家族が何かしら
見舞われ。
私自身も。
あまりに大事な
事象なので。
ぼちぼち考えながら
コメントしたいと思います。
ハチ公さんも感情を高ぶら
せると悪化してしまうので
心配しております。
kouさんの納得できかねる
意見はスルーで良いかと。
私は依存症やら
そういう病気で
言いぱなし。だだ聴くだけ。
自助グループを経験したので
kouさんのコメントには
素人的なアドバイスだと
感じています。
回復はすると信じています。
ただ受容された安心や信頼感
がこういう病気には必要な
ことだと強く信じています。
はじめまして! です!!
私も、だめとか、そんなふうにおっしゃることないと感じましたよ〜(^^)
***
そもそも宇宙は、善悪や正誤みたいな二元性がない、ニュートラルな世界だと感じてます。
そして他者とは、ニュートラルに己の心を映し出してくれる、生きたスクリーンそのもの。。☆
みんなみんな、他者(や、その言動)に自分の心を投影させながら、実は自分自身を眺め、時に自己と格闘しているのだと思います。。o-| ̄◇ ̄|-o
お医者さんもなかなか治せない心の病気。
専門知識のない一般人ならもっと無理だと普通は思うのに。
けれども、それはとらわれた考え方ですよね。
治すことができるんだって、そういう例を知れてよかったと思う。
多分、たくさんの患者さんを抱えているお医者さんは時間的な制約もあり
そこまで親身ではない(語弊あるかも)。
その人に、とことん向き合うこと。
でも、どうやって向き合ったらいいのって思うんですよね。
どうやって治っていったのかそこんとこ詳しく!
同性同士の友人という関係と恋人同士の関係では
また向き合い方が違うような気がする。
私は迷子のハチ公さんに
ここを去らないで
ここにいて欲しいなって思いました。
一緒にお茶飲みたいなって
思ったりしたくらいです。
率直な思いです。
Kouさんはハチ公さんを
苦しめたくて書いた訳では
決してないのだけど…。
私はハチ公さんの書き込みを
みて、
それを書いた気持ちわかるんですよね。
なんていうか。。
解決求めてるわけじゃなかった
だろうし。
ハチ公さんは、
ハチ公さんの想いを率直に綴っただけ。
ハチ公さん、
今は無理にここ見なくても
いいと思うんですよね。
でも、去らないでいて欲しいなって
私は思いました。
Kouさんの言葉に私も噛みついたことも?
ありましたが
(たぶん今後もありますが笑)
2年くらいKouさんの言葉に
触れてたら、
また新たな角度で気が付く事が
あったり。
もしかしたら
ハチ公さんも、数年経って
ここを読み返したら、
また違う感想を抱かれるかも
わからないです。
ハチ公さんが
ご自分の事を幸せだと
おっしゃっていて、
素晴らしい事だと感じました。
ハチ公さん
ロム専でもよいから、
ずっといて欲しいなって。
わぁ。 さん、はじめまして( ˙꒳˙ )♪♪
名前が真っ白だ(*´ω`*)
ちゃんと名前表示出来ているかな…(*´ω`*)♪♪
ありがとうございます。
はい、その通りだと思います(*´︶`*)
他人に何かを言っているようで、自分に言い聞かせてたり、言っていたりするってことでOKですか?(゚Д゚;)
宇宙と同じで人間の心も壮大ですよね。
可能性は自分の身に全て備わってると思います。
だからダメな時期があれど、元からダメな人なんていない(*´ω`*)
ぐぬぬ…名前表示しっかりできていない。
さん!
かなり空白あけてみましたどうかなꉂꉂ(ᵔᗜᵔ*)
では失礼します(`・ω・´)
まさに
病は気から
ですね。
Kouさん格好いい!
最後の言葉とかプロポーズみたいです✨
Kouさんは、困っている女性を見放さないで、『愛のムチ』をビシバシ!しているように見えます!
それは、本当の優しさです!勇気のある人だから出来ることですね♪
(でも、私たちもkouさんみたいになれるんだ
ということも知ってますよ♪)
愛情のある言葉は、じわじわ効いてきますよね!
大人になってから親の有り難さに気付くように、今はまだ分からない人も居ると思うけど…(^_^;)
パニック障害の
底知れぬ恐怖は
理解できます。
わかる方々もいる
はずです。
同じレベル同士は
傷つけ合ってしまうことも。
同じ病気の回復者の
話に耳を傾けることが
最善だと思います。
本当にこのブログの流れ
で悪化しないことだけ
祈っています…
「これをブログでちゃんと書いたことはないかもしれません。」
ブログでは、ないと思います。
「僕には、この女性を通してパニック障害とは何なのかを毎日のように知る羽目になりました。」
僕は?
「パニック障害とやらを、ずっと背負ったまま生き続けたいのならそれでもいいですが、僕はそういう人会ったことは一度もありません。」
そういう人に会ったことは?
「向き合ってもらえたら改善・解消するかもしれないというだけで、楽になりませんか。」
ん~、あんまり。
向き合ってもらえるということで、楽にはなりますけれど。
それで、改善、解消するかは私次第だからかな。
私、今年の約束があるので、頑張っています。
あれ?
ケノンの文章、増えてる!
いつの間に?(pωo) (oωq)
刺さる言葉じゃなくても、刺さる事を書けるKouさんであってほしいなぁ、なんて。
一般男性に、求めすぎかしら?
刺さる言葉って、それだけで強いから、逆に誰でも使える。気がします。(そしてちょっとださい。)
Kouさんの、ここの、魅力はそこじゃないはず。
刺すことが目的じゃないですよね。
入りの言葉が邪魔してて、なんだかとってももったいない。
はじめまして、りんこと申します。
まじょらむさんのことを
書いてらっしゃったので
思わずお声をかけました。
まじょらむさんのお言葉で、
『ハートの声で生きること』
というお言葉は、
今のわたしの、目標の1つに
なっています(♡˘︶˘*)
わたしの娘が
余命宣告を受けています。
その歳は過ぎましたが
肉体の終わりが来るまで、
最大限の愛情をかけてあげたいです。
そして、娘の魂は、
その後も幸せなまま、生きてほしい。
そんな風に、毎日過ごしております☆
どの様な境遇でも、環境でも、病気でも
比べることは出来ません。
ただ、
まじょらむさんのように、
前を向いて、生きていきたいです♡
そして、ここにいる意味を
改めて感じとりたいです。
maikaさん、ありがとうございます
(*˘︶˘人)♡*。+
ここにいるお姫さま方が、
心穏やかに、過ごせますように。
keyは、
いつも自分の中に、あるのだと感じます☆
りんこ
パニック障害も治るんですね。
私、ある時から、不安なことや精神的苦痛があると嘔吐したくなる体質に変わっちゃったんですけど、そういうのもそれに近いのかなって思って。
特に病院も行ってませんし、病気かどうかもわかりませんが、治したいんですよね(´・ω・`)
もしよければどうやってパニック障害を治したのか教えて下さい。
死にたいと言うことについては、思うことが色々あってうまくまとまらないのですが…。
実は2月中ずっと死にたいと考えていたのでもし2月中にその秘密のメッセージを読んでたら、私どうしたかなぁと考えてしまいました。
とはいえ、いつまでも死にたい死にたいと言い続ける人の相手をするのは疲れるという気持ちもわかる。
実際に疲れるし。
勝手にせえよと言いたくなる気持ちもわかる。
だから、私は周りに死にたいとは言わないようにしてるんですが、誰にも吐き出さないのはそれもしんどいし…
この手の話は、みんなしんどいですね。
どっちの側に立っても。
心の病気
経験あります
今でも当時のことはあまり
思い出したくないです。
また自分よりひどいところまで
いってしまった知人もいます。
ただ私も知人も今では
周囲が引くほど元気です
( ´ ▽ ` )ノ
幸運にも気がつくことができたんです。
病気を治すのは自分の意思であると。
もちろん気が付いたからといって
あっという間に改善したわけではないし
紆余曲折したし
専門家の助けも借りました。
それでも、治りたいという自分の
思いが何よりも大切だったと
今でも思います。
恥ずかしいはなし、
治療の過程で『治るのが怖い』
という時期もありました。
病気だから出来ない
病気だから仕方ない
病気だから優しくて欲しい
そんな傘を畳まなくてはいけない。
変な話、病気でなくなることに
心細さを感じたんです。
変化が怖かったんでしょうね。
でも大丈夫です。
怖がりながらでもいいんです。
ビビりながらでも病気は治ります。
治ったらきっと、怖がってたことが
笑い話になるくらい
楽しい日々が待ってます。
きっと、大丈夫です。
そんなに柔じゃないですよ。
自分で気づいてないだけなんです。
きっとね
ちなみに知人は衝動的に
死に向かって動いてしまった
事があったそうですが
うまくいかなかったそうです。
本人はそのことを笑って話しますが
聞いてる方は血の気が引いてしまう
くらい壮絶な話です。
ただそれでも彼女生きてます。
そして今では誰よりも
エネルギッシュに生活してますよ。
彼女いわく
人間意外と死ねないからね
頑丈にできてるからね
とはいえ後遺症は残るから
やめといた方がいーよ
だそうです。
病気になっても
病気が治っても、
自分の思い次第で
いくらでもハイジャンプで
幸せになれますから。
きっと
うーん、元医療従事者ですが、知識があっても、現ステージのご本人のお気持ちや感情も含めて考えないと、なかなか行動変容に結びつくところまで持っていくのは難しいのかなぁって思います。それを無視しちゃいますと、信頼されずにプイッとそっぽを向かれてしまうので。
そしてこの記事のきっかけとなった方は、直接的なアドバイスなどが欲しかったわけではなさそうな…..?
ご自身の気持ちを少し吐露したかっただけなのかなぁって。(新参者で今までの詳しいことはわかりませんので、とんちんかんなことを言っていたら申し訳ありません)
そして、12時間レッスンはいつから始まるのでしょうか….(´-ω-`)
すごく楽しみにしているのですが、最近のメルマガや記事はあまり…..
この前のメルマガの下ネタ?もたいしておもしろいと思いませんし….(下ネタっていうレベルでもないですけど)
メルマガや記事は自分に必要だなと感じるものを自然に取捨選択しているので、あまり意見や感想(?)をコメントするつもりはなかったのですが、最近のものは私の中でなんだか「捨」に振り分けられてしまうものが続くので、要望としてコメントさせて頂きました。
メルマガを承認して頂いてとてもうれしかったのですが、なんだか最近は残念です(´・ω・`)
kouさん
わたし鬱も自殺未遂もやったことある。
社会不安症と診断されたこともある。
子供のころからずっとあったのだけど、
とてつもなく不安で
消えてしまいたい衝動が走る。
けどね、わたし、
こんなわたし変えたいって一心で
ここまで来たの。
いまは死にたいなんて思わない。
やっと生きることを全うできるようになった。
ほんともがきました〜
怪しい療法もやったなぁ。笑
この生きづらさがなんなのか
いろんな心理セミナーに行ったし、
悪霊祓いとかまでやったし、
自身で修行までした。笑
ほんとあらゆることをやりました。
とにかくやってみて、
ものすごく探究した!!
わたしはkouさんみたいに
向き合ってくれる人はいなかったから、
先生や師匠にどっぷり依存したりしたよ。笑
いいように扱われて、
終いには最低な生徒として、
一方的に出禁になったこともある。
(今考えると、その程度の先生を選んでいたということです。笑)
あっちこっちでもがいてたら、
同じようなものを感じてる仲間たちと出会えて、
まだ見えないけど確かにある出口を、
みんなでもがきながら、ここまでやってきて。
気付いたら、光の世界に来ていました。
わたし偉かったと思うのは、
生きることを諦めなかったこと。
鬱だからって鬱のせいにしてたら、
ここまでこれなかったと思う。
どんなにダウナーになっても
奈落の底にいても、
這い上がることをやめませんでした。
苦しいくらい絶望しちゃうときもあるけど、
即自分を消すことをしないのならば、
生きることを諦めていないんだと思う。
生きることをやめなければ、
きっと大丈夫だと思うの。
病気だから、と終わっていたら、
それはずっと抱えるものとなる。
病気なら病気と捉えててもいい。
けど、微かでもいいから、
治す土俵に立つことで、
すべては始まるんだと思います。
パニック障害のことは私はわからないのだけど、
母が躁鬱病で何度か入院したから
死と隣り合わせの母との経験はあります。
母が病気になったことで、家族が変わることは余儀なくされました。
つい最近の母の入院は鬱の症状はあまりなくて躁がひどかったんですけど
ああいう状態だと理性が効かないから
説得が効かないんです。
特に夜中おかしくなって亡くなった私の曾祖母にあたるおばあちゃんが母には見えるらしく
毎晩母が騒ぎだすんです。
父は心臓悪くて最近生死を彷徨ったから安静にしないといけないのに
母が夜通し父を寝かせないから、父の検査数値がどんどん悪くなって、母が入院することになりました。
昼間はまだ母に理性があるから、父を寝させないといけない、ということはわかって、
今日はお父さんを起こさない、とかいうんですけど、夜中に豹変して、
父が無視して寝てるとビンタして起こすし(笑)
別の家で父が寝るというと、母が裸になって外に出ると言っておどすし。
私は母が父にビンタして起こしたというのを朝聞いて(私は母が騒いでも気にせずぐっすり寝てた)
つい笑ってしまったのですが、今もその光景を想像すると笑ってしまうのですが(笑)
笑い事じゃなく本当に父の命は危なかったです。
もう母には抑えが利かなくなるんです。
だから母があっちの世界と隣り合わせというのを目の当たりにしました。
前に鬱がひどくなった時は四六時中死にたいと言って自分で死のうとしてました。
その時も説得がきくはずもなく、とにかく一日中見張って母の行動を止めることしか
できませんでした。
一日中見張ってても自分の目の行き届かない瞬間にもしかしたら死ぬかもしれない、
という母の死と隣り合わせの状態でした。
私は、そうなったらそうなった時だ、という腹はくくってました。
自分に出来ることはするけど、母の寿命は変えられないし、という、達観みたいなのがあって、
それで自分の精神も保ててた、というか。
私には人の死を否定もしない考えがあったので、それで余裕を保てていました。
死にたい、という人と、その周りの人のどちらが苦労が多いか、というと、
見たままの外的な苦労から言えば、周りの私達は大変な目にあったよ〜、と言えますが、
母は死にたい死にたいと言って、
なんで死にたいかを口にするとき、決まって
「私が歌が上手かったらな」と言うんです。
母は私の父ほどに歌が上手くないから死にたいと。
意味わからん(笑)
妹と2人で「鬱病が死にたくなってしまう病気にしても、死にたい理由が歌が上手くないから、だなんて、悩みがそれくらいしか見つからないお母さんはよっぽど幸せだよね」
みたいに話してました。
外的要因だけからすると、母はとても恵まれてるんです。
勉強しなくてもオール5の秀才だし容姿はいいし裕福な家庭で育ってるし。
ただ、それだけの才能がありながら、都会に出て就職したら、精神に支障をきたしてやめて戻ってきたから、社会的に適合しなかったみたいです。
父はあらゆる才能が母より劣っていていつも母から馬鹿にされてますが(笑)
人一倍真面目で社会的に成功しました。
だから母は父のように歌さえ上手ければ社会で成功しただろう、と思い込んでるかも知れません。
だから、人の苦しみは、単純に外的要因で比べられないな、と思います。
母がしばらく調子よかったのは、家族みんなが母の病気をきっかけに成長して、
家族みんながいいバランスを保ててたからだと思います。
だから母の病気は私達家族にとって自分を見直すきっかけとなったから、とても良かったんです。
母本人は死と隣り合わせの苦悩を味わって大変だったと思いますが。
今回久々に母の調子が悪くなったのは、父の病気など、家族のバランスに歪みが生じていたからかな、と。
母の病気が完全に治るには、母が自分で課せている
〜であったら幸せになれる
みたいな思い込み、から自由になることだと思いますが、
頭が良かったら、とか、社会的に成功したら、
とか、そういう思い込みからなかなか人は自由になれませんね。
母は特にその拘りがひどいです。
そんな幻想の幸せに対する拘りが。
でも、母はすごく恵まれてます。
そうやって自分で自立できなくても、子供のような天真爛漫さで周りから愛されて
楽しく暮らしてます。
病院でも母は頭の回転速くて人と接するの大好きだから
おもしろいことばかり言ってお医者さんや看護師さん達をわらわかせて楽しんでたようです。
私なんか大勢の人に囲まれて接しなければならない生活、疲れそうでごめんなのに、
母は人が大好きで人としゃべるの大好きだから(笑)
多分この先年とって施設に入るようなことがあっても誰とでも楽しんでいけそうです。
周りに笑いをもたらすとこ、母は家族の中で群を抜いてるから羨ましいです。
って私は何が結局言いたかったんだろう?
なんやかんや言って、バランスって保ててるな、みたいなことです。
苦しんでもいいから生きたい人もいる。
苦しめることが幸せだと思って生きていきましょうよ(*^^*)
今日の貴女の命は、昨日死んでいった人が心から望んだ今日なんだもの(^-^)
Kouさん…
昨日は、突き放した!等という変な事を言ってしまって申し訳ありませんでした…(T_T)
後で冷静に考えたら、確かにKouさんの言う通りなんです!!
今、ここで変えなければ生まれ変わっても繰り返す…
実は、母親もKouさんと同じ事を言っいて…
「もしや、おかあさん?!」
って、思っちゃいました(笑)
幸せになるために、この人生を最後まで楽しむために、ここにいるのに、自分はまだまだだなぁ〜って思います(T_T)
こんな私でもKouさんに「彼氏出来ました!」「結婚します!」報告をするために、アレはKouさんの愛の鞭と思って頑張ります!!!(*´艸`*)
Kouさんは、女性の味方だから、見捨てる訳無いですもんね!!!
でも、女の子はホルモンバランスなどの影響でブルーになったりするので…その時にまたネガティブ発言すると思いますが…(>_<)
その時は、頼らせてくださいねっ♡
「そんなに死にたければ、勝手に死ねばいいと思います。」
結構キツイ言葉ですね。
Kouさんの中では次のブログの
「全部一人で抱え込まなくてもいいんです。」
っていう気持ち前提かもしれないけど、落ち込んでる時はどん底になると思うな。
Kouさんみたいに向き合える度量のある人が身近にもっといればいいのに笑
という私も「病気を盾」にすることには否定派です。
病気に限らず自分の思い込みとか感情に囚われてしまうと
その病気とか感情だけに目がいってしまうから、
まずその箱から出ることに意識を向けなきゃいけない。
なーんて、常にこんな客観的になれてれば苦労しないんですけどね笑
最近、自分はADHDの傾向があるらしいということに気付きました。あくまで傾向ですけど。
私は幸運にも勉強とか仕事面には支障がないので今まで考えもしなかったんですが、たまたまやってみたチェックテストで結構チェックがついてびっくりしました。
なーんだ病気だったのか。(遅刻魔とか片付けが苦手とか笑)
と安心した一方で、子供の頃から親に認識されてなくてよかったなと思いました。
きっと何をするにもADHDだからと色メガネで見られたり、下手したら親元を離れることもできなかったかもしれない。
「病気を盾」にするってそういうことなのかなと思いました。
可能性を狭めることにしかならない。
「盾」にしてる限りプラスに働いていくことはないのかなー。
病気の重さにもよるけどこれはのんびりでずぼらな私の個性だと思ってます。
苦手で今まで「大人としてどーなの」って思ってたところに病気判定してくれたことは感謝(笑)
私の住んでる国には年金や生活保護などの
社会保障がありません。
医療保険はあるにはあるけれどこれまた名ばかりで
保険でまともな治療は受けられないので
実質全額負担です。
みんな食べていくのに必死です。
それでも明るく、
希望や夢は常に持っている感じに見えます。
こちらの友人が言うんです。
「どんなに辛い状況でも、夜寝る前に祈る事は、
明日またちゃんと目覚める事ができます様に。
生きてさえいればなんとかなるからね。」
日本は本当にいい国だと思います。
皆さん一緒に頑張りましょ(*^^)v
私は、死にたい、消えたいと誰かに言えてる人は、本当に死なないと思ってます。だって、その人は、言葉にしてとめてほしいんだから、かまってほしいんだから。
だって、私が死にたいって思った時、誰にも言いたくないし、1人で考えてたし、もう、ね、人に言ってあれこれ言われるのがめんどくさくなるんですよ笑笑
だから、言えてる人は大丈夫です。もっと、てか、絶対、どこかで発散した方がいい。
そして、綺麗事でもいいから反論されればいいと思う。
たしかに、kouさんの言ってることは若干気になるけど、言葉って難しいと思うし。
それに、この場は色んな意見が知れる場。
ここが死につながるなら、また、この記事を見て生きる意思につながってほしいなって私は思いました。
パニック障害のことではないですが、心ではなく脳が原因の「障害」があります。
その障害の度合いによって障害者手帳が交付されます。
冗談が通じず100%で受け止めてしまう方もいるため、発言に気を付けています。
今回の記事は私には合いませんでした。
合わない記事はスルーすればいいと思いますが、あえてコメントさせていただきました。
私はkouさんの信者?みたいな人
なのでkouさんが言ったことを
そのまま受け取ります。
良い意味でも悪い意味にも
なりますが(´・ω・`)
違うとか批判をしたらいけない
わけではないけれど、
そういう考え方もあるんだ。
くらいで受け止めることも
できると思います。
ただ、受け止めればいいだけ。
人は、自分がかからないであろうと思っている病気に対しては
非常に残酷で冷酷な言葉を投げかけることがあります。
脳の病気や、精神疾患という病気は、常に偏見と差別とセットです。
みんな大なり小なりそれで苦しんでいるのです。
心無い言葉に傷つくという経験を経てきている人がほとんどなのです。
kouさんの『ふざけた病気』とか『何が病気だ』という言葉は
当事者の心を深く傷つけるものだと思います。
たとえ、百歩譲って励ましの為に放たれた言葉だとしてもです。
ふざけた病人や、治す気のない人間はいるかもしれませんが
病気自体をこのように言われてしまうと、
病気と治療に向き合い日々懸命に生きている人まで傷つけることになります。
何のためにこのブログに来ているのかよく問われますが
何のためにこのブログを書いているのですか?
人を傷つけるためではないはずです。
私はkouさんの事を好きでいたいのでできれば
上記の言葉については訂正して頂きたいです。
皆さんの意見を読まずにとりあえず。。。
そうだな~病気が理由で恋愛がうまくいかない。。。仕事がうまくいかない。。。私なんている価値ないや~死にたい。。とか病気って実際に生活に影響することはあると思います。
でも、それが理由で自分で選んだ恋愛とか仕事から逃げたり諦めたりはしたくないです。
病気も自分の個性の一部で、どうやって向き合っていくか、うまく付き合っていくか・・・
そのために他人を頼ったりしても悪くはない。向き合ってくれる人が傍にいるなら、自分が死んだらその人くらいはきっと悲しんでくれるだろう。でも、この人を悲しませることはしたくない。死にたくないけれど、生きる希望が見いだせない。みたいな。
ただ、その時は死にたいって心から思ってしまって無限ループに陥るんですよね。
少しでも希望の光があれば、少しだけ前を向けて、少しだけ明日も生きようって気持ちになるかな?
その少しの希望はやってくるものじゃないから、明るい服を着て、明るい部屋にして、お日様の下で過ごして自分に光を灯すようにしています。
知り合いの看護師さんが患者さんに喫煙を勧めたところ、「タバコは俺のアイデンティティだから辞めないよ。薬も飲まなくていいと思っているよ。こうなったのは全部病気のせいだからね。薬も食事も妻が管理してくれるからいいけどね」って言われたそうです。
この方は10年前からうつ病があるそうです。きっかけは息子さんの自殺だったそうです。
今回うつ病ではなく違う病気で入院され、喫煙の必要があるので看護師さんが理由を伝えて喫煙を勧めましたが、うつ病を理由に生活習慣を見直す気はまったくなかったそうです。
看護師さんからしたら、正直、同じ病気になっても助けたくもない。「うつ病」のせいで同じ病気になったんだんだから仕方ないですね。(皮肉を込めて)です。
話がそれまくっていますが、病気を抱えていても、何とかしたいなあって気持ちが少しでもあるか、ないか。病気のせいで自分の命を終わらせてもいいのかな。って迷うかで全然違うのかなって感じます。向き合う側にとっても。。。。
実際に、病気には波があって本当にやばい時期や、コントロールができない時期がある事も少しはわかっているつもりですが、私は特に病気の診断を受けているわけではないですし、ただの理想論となりますが
私も時折、死にたくなるくらいネガティブですけどねw
この記事とそれに対する新たなコメントを読んでとてもショックで、コメントを書きかけてはやめ…を繰り返していたのですが、おもちさんが見事に私の言いたいことを代弁してくださっていました。
Kouさんに対して「それは違う、訂正して」と伝えれば済むことなのに、なぜブログの読者をも攻撃するような書き方をされたのか。そこが気になりました。
矛先を間違っているのではないですか。その怒りは、本当は何に向けられたものなのでしょうか…
なんだか、胸が痛いです。
自分にも今回のハチ公さんと同じような要素があったなと思って、ずっと考えこんでいます。
自分の苦しみの正体がわからなくて、世間がやたらの「うつ病」とか言うから病気にあてはめて病気のせいだから….と言い訳して楽になろうとするところもあったりするんですよね。
私はかつてそうでしたが、こりずにずーっと向き合ってくれた人がいたから、今は病気のせいにしてないです。
むしろ健康でいたい。
モヤモヤや、答えの出ない苦しさを誰にもわかってもらえていない気がしたし、自分でも解決策が見つからなくて疲れて折れたりしてましたが、向き合ってくれた人がたまに説教してましたが、こう…壁になってくれてました。
私が叫べば相手も叫ぶ、または相手が何も言わなかったら、相手が何を考えているのかを考え始めて次第に「自分が悪いこといったからか?」と自分の言ったことを振り返るので、相手が何かを言おうと言わなくても、自分が言ったことが全部自分に跳ね返ってくるんです。
誰かに答えを出してもらうよりも、自分の主張を自分があきるほど聞いて自分と向き合ったか…を、見放さずに私のそばに居続けた人がいたからわかりました。
何を言いたかったかまとまりませんが、
私はどんな状態であろうと自分がしたいことに正直かどうかが「正」だと思いました。
友人に心を病んでる人、結構多いです。
私は中途半端に向き合うつもりはないので
様子を見て状況次第です。
本当は向き合ってあげたいけど
家族でも恋人でもないから
限界があると思うのと
やはり本人の問題だと思うから。
私は精神面ではないですが
先天的に病気があったので
不自由なこと、たくさんありましたし
今もあります。
病気の事は一切口にしませんでしたが、
不自由な事はやけになって諦めて全く努力しませんでした(^^;;
なので逃げたい気持ちも分かります。
とはいえ周りは誰も私を責めてなかったし
責めて苦しめてたのは自分だと
徐々に気付いて
私は変わっていったと思います。
精神面もこれと似ているのではないかと
何となくですが思っています。
苦しんでいる人は
自分をいじめないで欲しい。
そして自分を支えてくれている人を
今よりもっともっと大切にして欲しいです。
自分を責める暇があったら
他の何かに注目してその時間を埋めてしまえばいい。
恋愛の勉強と一緒ですね!
いろいろな意見はあると思います。
どれが正解なんて無くて
みんな生い立ちや経験も違うから
感じ方も様々で当たり前。
意見を持ったり、
たまには逃避しても逃げ続けないことが大事なんだと思います。
でも、だからかな?
私も死にたいと口に出す人は嫌いです。
ムカつきます。
生きたくても生きられない人も居るって
忘れてない?って一発殴ってやりたくなるかも。
愛のムチとして。
kouさんの言葉も愛のムチだって
気付けないとね(^-^)
あ、弱音吐くなってことではないです。
自分に絶望してる時って
周りが見えなくなってること
あると思う。
一般的に不特定多数の人が
刺さる言葉をどう受け取るかを論議するよりも
自分がその言葉と向き合ってみることの方が
大切しゃないかなって思うんです。
自分には関係ない
辛いから今はほっといて
ムカつく
今は見たくない
とか、なんでもいいと思うんです。
ここは自分と向き合う場所だと
私は思ってます。
私、この記事は全く心に刺さりませんでした。
kouさんが体験、共有したのはその彼女さんの状況や気持ちであって、迷子のハチ公さんのものでは無いです。
でも、たぶん、大丈夫かな?と心配になって、エールを送ったのかな。
迷子のハチ公さんがとても愛に溢れていて、強いお母さんだと分かりました。
お子さんの受験が無事終わり、大人になり、心穏やかな時を一緒に過ごせる日が来ることを願っております。
この記事、Kouさんの迷子のハチ公さんへの愛がとても感じられました。
迷子のハチ公さんがうらやましいなぁ・・・(*´ー`*人)
でもでもKouさん、
相手にほんと〜に届く言葉というのは、
刺さる言葉ではなく、あたたかいやさしい言葉だと思います。
特に女性にはね。
刺さる言葉はインパクトはあるけど、
長く長く、心に残ることはない感じがするわ。
死にたいと言うのは、自分のことでいっぱいいっぱいで、支えてくれる人の存在を見てないよね。(最近あったことの愚痴含む)
死にたいという時は自分に対してマイナス点がつくときだし。
プラスの時は言わない。
自分勝手だなぁと感じる。(あ、また愚痴でちゃった)
プラスの要素が多ければ、落ち込まないもん。人の心配ができる人ってそういう人なんじゃないかな?
とりあえず、自分の価値を感じたらいい気がする。
例として違ったらごめんなさい。好きな人からメールがなかったけど、好きな人につまんない奴って、顔されて、ここ最近で一番落ちたけど。
髪をツヤツヤにして、爪をピカピカにして、心で泣いても、にっこりしてたら、誰かに『ステキですね』と言ってもらって、少し立ち直ったのです。
そういう感じです。
(病気と比べるなんて!と不快にお思いになるかたもいらっしゃるかもしれませんが)
「病気」を他のことに変えたら、
私にはとてもわかりやすいことでした。
・気に入らない体型を盾にしていませんか?
・両親を盾にしていませんか?
・我が子を盾にしていませんか?
・成績を盾にしていませんか?
・学校を盾にしていませんか?
・会社を盾にしていませんか?
・過去の傷ついた体験を盾にしていませんか?
・恋愛経験が乏しいことを盾にしていませんか?
・笑顔に抵抗がある を盾にしていませんか?
>無価値感を病気のせいにしないでください。
>病気を正当化することになりますから。
ここの 病気を 同じように換言すると、よく分かる。
すべて 主体的に 考えたい。自立したい。
自立する自分になっていい。
Kouさん、ありがとう。
この事について今日ゆっくり考えてみました。
『死にたいと思うならかって死ねばいいと思います』
このフレーズを聞いて、深刻度は違うと思いますが、オンラインゲーム中毒の知り合いがすぐに浮かびました。
「もう引退しようかな…」
と言いつつもずっとゲームに張り付いていて、溜めなくてもいいストレスを溜めています(笑)
私と一緒にいる時も何をするでもなくオンラインにして色々な人のコメントを覗いては文句を言ったり、自分のコメントの反応を見ています(笑)
私からしてみれば、
「やめたいなら勝手にやめればいいのに」
なのですが…
ゲームを楽しむ、というよりはネット上での人との繋がりに執着しているように見えて、見ていて気持ちのいいものではありません…
恋愛の事からKouサンのブログに辿りついて、自分の受け取り方の大切さ、自分で決めて動く事の大切さに気づいて色々勉強しているのですが承認欲求の強さなのでしょうか…
自分が楽しいと思えれば他人の反応は気ににならないと思うし、嫌なら何故嫌だと思ったのかを考えてみたりする事で自分の欲求が見えてきたりします。
Kouサンの記事を読んで、すっと入ってくる記事、なかなか入ってこない記事とありますが(笑)今の自分に必要なもの、まだそこまで辿りついていないもの、そうに捉えています。
言いたい事がなかなかまとまりませんが、結局大事なのはやっぱり自分の気持ちの向き方なのだと感じました。
最近は前より前向きになってきてたのでちょっとお勉強を離れていましたが、ここ1週間、気持ちがブサイクになりつつあったので、Kouサンの記事upタイミングよくて嬉しかったです(*´ー`*人*´ー`*)♪
もっと素直になりたーい!!
私も鬱っぽくなって薬に頼ったり
病んでたことがあります。
辛いですよね。
本人が辛いって言うんだから辛いんです。
私はだいぶ良くなったけど、辛い時は
自分でもどうすることも出来ないですよね。
ハチ公さんの文章の中に、前向きな気持ちを書かれてた所があって、これから少しでも症状が軽くなって良くなればいいなって思います
私も生きてる源は子供です。
たまに、悪いお母さんになってしまいますが。。
今日、人間関係で会社で嫌なことがありました。
自分が近づかなければいいのに、何となく近づいて、嫌な気持ちになりました。
お互い、わかりあえる人ってほんの少数なんですね。
ハチ公さん、元気でいて下さいね。
私もひりひり心が痛かったので余計ハチ公さんの
気持ちに同調してしまいました。
パニック障害のこと知らなかったので勉強になりました。
的外れなこと書いちゃってたらごめんなさい。
みんなが幸せであるよう心から願っています。
初めてコメントします。
まず最初に、Kouさんにはいつも励まされ、いつも恋愛依存になってしまう私のストッパーとしてめっちゃ頼りにしております。
それだけに、もっと素敵なKouさんになって欲しくて、コメントさせていただきました。
正直、ハチ公さんの、特に病気に関するコメントは本当にその通りだと思います。
そして私見ですが、コメントを読ませていただいていて、この記事を読んで大体二つのグループに分かれるのではないかと感じました。
一つは、Kouさんに共感!! あれは愛のムチ!! 幸せは自分で掴むもの! という感想の方。
もう一つは、Kouさんそれは言ったらあかんことやで……。気持ちは分かるけど、自分の経験したことだけで、断定的なあの書き方はちょっと……。 という感想の方。
さて、この違いはどこから生まれるのでしょう?
まず、病気を「気の持ちよう」と捉えているか、「病気」として捉えているかで、全然見えているものが違うんだと思います。
そこの認識が違うから、いつまで経っても噛み合わないのは当然なんです(笑)
では、「気の持ちよう」と思う人は、何が「見えていない」んでしょうか。
私が経験した限りで言えば、何らかの刺激やストレスを受けて、脳の伝達が上手くいかなくなり、病気を発症する人は大体「安全地帯」を持っていません。
しかし「気のもちよう」と思っている人の多くは、この「安全地帯」の、存在すら知らないし、例え人に聞いてもピンとこないのです。何故なら彼らには当たり前に存在しているものだから。
だから、いくら安全地帯のない人が「私は命の危険に晒されています!」と辛さを訴えても、安全地帯にいる人から見たら「何を大袈裟な」ってなっちゃうんです。
このからくりを知っておかないと、安全地帯のない人が分かって貰おうとすればするほど(自分の辛さを訴えるほど)、安全地帯にいる人には逆効果になって、結果としてどちらも辛い、ということになりかねません。
ハチ公さんは、本当に大事なことをKouさんに言ってらっしゃると思います。
だけど今のKouさんには、ハチ公さんも自分と同じように安全地帯にいるように見えていらっしゃるのではないかと。
だから叱咤激励のつもりでああいうことを言われてるんだとは理解は出来ます。
しかし違うんです。安全地帯がない人にはまず、「辛い思いをしてるんですね。(相手の辛さを想像してみて)そうですか、それは辛いですね」っていう、受容と共感が必要なんです。
それが満たされてから、やっと他の方が言われてるような、幸せを自分でつかみにいく段階に入るんです。
「死にたい」は「生きたい」です。それを、「死ぬとか簡単に言うな」って言うってことは、「生きたい」って言うなと言われてるのと同じなんですよ。
ちなみに、ちょっと二、三冊良い本を読めば、そういう人に「死にたきゃ死ね」というのは、例え励ましのつもりであっても超タブーだってお分かりになると思います。
もちろん、「死にたい」って言ってくる人に対して、受容、共感の態度を取ることは強制されることではありません。実際これをやるのは大変なことです。
でもせめて、それをしない場合はやんわりと「自分はそういうことには対応できない」と伝えるに留めて貰えたら、というのが私のKouさんに対する気持ちです。
私達のことをKouさんが諦めないと仰ってくださるように、私もまた、Kouさんならいつか気付いてくださると思っています。
オリーブさん
いまコメントが目に入ったので
たぶん
ですけでど
もし、本当に大変なことなら
コメントでKouさんに訴えてる場合じゃないのかも??
わたし個人としては
全て自分の内にしかない
答えも、原因も
だからわたしは自分で治したりするけど
それは単純にわたしがそうできるだけで
他の方にはお勧めできないし
だったら
この世界でできること
もし本当に大変なことならば
言う相手はKouさんではないかもしれないかもかもかもカモカモ、、、
と感じました
だから
そんな心配することではないと
感じています
ちなみに
わたしな
どちらが正しいとか、こっちに共感とか
今回はなくって
あえて言うならば
お二人に共感する部分がある
かんじです
どちらも変わるべきとか思わなかったです
お二人ともお二人のいまのまんまでいいと思いました
わたしがどうやって治したかは
聞かれてないので書きませんが
もし、治したい方がいらっしゃたら1カケラの参考になるかもしれません〜
そうそう、死ねばいいのにとか言われちゃうと辛いし悲しいですよね。
私も病気のときに言われて悲しみました。自分で死にたいと思うのはよくて、他人からは言われると傷つく…
今考えると矛盾してますね。
死にたいと言って、そんなこと言わないで頑張って生きよう!と励ましてもらいたい、構ってもらいたい、助けてもらいたい、エネルギーをもらいたい、とまぁ様々な欲求を満たしてもらいたかったし、死にたいといいながらも死んでもいいって言われて怒るのは、本当は自分が生きたいと強く願っていたからだったなぁ、と思い出しました。
病気を盾にするってのは、被害者意識が抜けないってことだと思います。私もそうでしたから。
例えば、病気だから私は弱い。病気だから優しくされるのが当たり前とか。あっ、これは思い込みは苦しめるってやつです。
だから今回みたいに優しくされないと怒るんですよね。酷い!って。
病気=優しくされる、ではなく
病気≠優しくされる、なんです。
病気でも、優しくされないことがあるってことです。そもそも、優しくされたとかされなかったっていうのは個々の価値観で決まるので本人が優しくされたと感じるか、優しくされなかったと感じるかによりますが。。。
優しく感じなければ、ブログを見ないって選択もできます。わざわざ辛くなるようなことはしないで、もっと自分を大切にしていきましょう。辛いから止めたって選択もあり、私には必要だから続けるって選択もあり、今は無理だ休憩もあり、そろそろ戻ってみようかなもあり。
何が正しいとか正解とかではなくて、どうしたいか、どうなりたいか、どうするか決めるのは自分自身だと私は思います^ ^
そして、kouさんの言っている「そんなに死にたければ、勝手に死ねばいいと思います。」は、自己責任で決めてね!ってことだと思います。
被害者意識が強いと弱い自分をアピールして助けてもらいって欲求あるから自己否定的なことを言ったら助けてあげなきゃいけないってルールをつくってしまいがちです。けど、本当に死にたいと思っている人だったら?それを止める権利は他人にはありません。
だって、本当に欲しいものはどうにかして強引にでも手に入れようとするでしょう?だから、死ぬという選択肢もあるよってことなだけです。
同じことですが、最終的に決めるのは自分です。行動するもしないも決めるのは自分しかいません。全て自分の決断で、自分の未来は決まります。