
←この記事をお気に入りに追加します。あとで読み返せます。Kouです。
いいです、すごくいい。
めちゃくちゃ面白いコメントを見つけました。
わざとこういう話を、見えるところに持ってきているのかもしれませんね。
何か本当にかつてのふじこさんを見ているようだわ。
金木犀の季節さんより:
こんばんは。
私は今日を含めて二度、
彼に、落ち込んでいる自分を見せました。
正社員を辞めた一度目は、
電話越しに泣きました。
そして今日は、メールを送りました。でも彼は、それをきっかけに
私と生きていく道を決めるわけでもなく
応援の言葉を残すだけ。自分が守ってあげたいとは
思わないのだなと、感じました。一緒に生活できたら
私はこんな不安定な雇用であっても
家を出て、生きることができるのに。
うるさく言う親ともさよなら。私は、自立の定義が分かりません。
パートや主婦だって自立しているなら
私だって、そうなったって良いはずだわ。外に働きに出るだけが自立ではないのに。
彼にとって
私がいつも不安定な雇用で
不安なきもちを抱いて生活していることなど
まるで自分とは関係のないことのように
思っているように感じてしまいます。
今の金木犀の季節さんが抱える問題のすべてが、ここにあります。
そしてこの発想をしている女性は、彼女以外にも大勢います。見えていないだけで。
「自分が守ってあげたいとは思わないのだなと、感じました。」
思うわけないやん。
今の自分の舵取りを放棄しているような人を、誰が守ろうと思うんですか。
親でも恋人でもごめんですよ、普通は。
この彼がすごいのは、こういうときにいい加減な甘い言葉を使って納得させようとしないところでしょうね。
なぜそれが分からないのか。
「私と生きていく道を決めるわけでもなく
応援の言葉を残すだけ。」
僕はこの彼の知り合いでも何でもないので、実際にどう考えているのかは分かりません。置かれている状況も分かりませんしね。
しかし、仮に結婚を考えていたとして、こんな他人任せの状況の人に、このタイミングで一緒に生きていこうなどという男はいません。
言いたくても言えないんです。
弱っているときは、一番の狙い目ですけどね。
精神的に弱っているときほど、判断能力が鈍って、おかしな決断をいとも簡単にしてしまいます。
頼られるのは好きでも、依存されるのが好きな男はこの世の中には一人もいません。
依存してくる女性は嫌いなのに、頼ってくる女性は好きなのです。
そういうものではないですか。
男性を頼れる女性というのは、自分の意思で頼る相手を選べます。
依存じゃありません。
自分で常に選択しているのです。
それが、自立ということです。
自分一人で生きる術を持つのが自立なのではなく、自分で能動的に考えて行動に責任を取って生きていくことが自立なのです。
誰かが自分を救ってくれるとか、誰かが幸せをもたらしてくれるとか、そんなことを心のどこかで考えていませんか。
運良くそういうものにありつける人もいるかもしれませんが、「血ヘド」のメルマガと同じことで、自分の意思で得ていないものは、手から離れるのもまた恐ろしく早いです。
そして二度と手に入らない。
誰かに何とか救ってもらおうという考えがそもそもの間違いなんですよね。
自分の人生の責任は、神様にも求めることはできないんです。
自分で取らないと。
宗教の教えでも誤解している人の方が多そうですが、神様に委ねるとかいうのは、決してただ任せてお願いすればいいという意味じゃないんですよね。
救ってもらいたければ、救ってもらえるだけの人間になる努力をし続ける必要があるわけです。
誰かに幸せにしてもらうのではなく、自力で幸せになる体質を求めませんか。
それが近道だと思いますよ。
敬虔な信者、という在り方が
今やっと分かりました。
私は無宗教です。
なので一神教の宗教が今ひとつ理解出来ずにいました。
キリスト教の幼稚園と仏教の短大に所属していましたが。(^◇^;)
なーんにもわからず年を重ねて来ました。
私は多神教的な八百万の神様は信じていますが
これと一神教って違いますね‥。
多神教は、周りへの感謝とか、与えられるもの的なものが対象ですが
一神教の神様を信じるという姿勢は
自分の在り方と常に向き合う事に勤める事が本意なのですね。
で、自分と向き合うその依り代が、神様なのでしょうか。
歴史の勉強でも、昨今のテロでも
宗教にかなり偏見を持っていた自分が
いかに無知だったかと思うととても恥ずかしいです。
気付きをありがとうございました。
あ、宗教の話題になってしまいましたが、
自分の心の自立の気付きという事なのですが‥
分かりづらいコメントですみません。
救ってもらいたければ、救ってもらえるだけの人間になる努力をし続ける必要があるわけです。
誰かに幸せにしてもらうのではなく、自力で幸せになる体質を求めませんか。
それが近道だと思いますよ。
>はい。誰かの力じゃなくて自分の力で幸せになります。その方が理想の私に相応しい。
誰かに舵取りを任せたくありません。
提案やアドバイスは有り難く受け入れますがそれをどう対処していくかは自分が納得したものでないとしません。
私には私の考え方や意志があります。
でも、いいものはどんどん吸収していきたいです。学べるものは人から学ぶ、判断できる目を養う。
この記事大好きです!
当たり前のことがサラッと書いてあるから。
思うわけないやん。って本当にそうです。
>男性を頼れる女性というのは、自分の意思で頼る相手を選べます。
>依存じゃありません。
>自分で常に選択しているのです。
>それが、自立ということです。
>自分一人で生きる術を持つのが自立なのではなく、自分で能動的に考えて行動に責任を取って生きていくことが自立なのです。
自分一人で生きる術を持っているのに軸がブレブレで流されてばかりで不幸せな人はたしかにいますね。生きる術は武器でしかないのですね。
また、自分一人ではできない、頼るべきだと決めた時、自分で頼る人を選んで、その決断に責任を持つということですね。
去年は確かにいろんな決断に責任を持ちました・・本当に大変だった。よく彼にぶつけずに別れなかったと思います。
でも、言われてみると確かに、これらの決断が伴う出来事によって彼との関係が壊れるのは嫌だと思っていました。別の理由で別れていたかもしれない。でも、少なくともこれらのせいにはしたくなかった。
彼はそんな私を本当によく見ていた。いろんな助けが必要な中で私が選んで頼ったことは、いつも率先して叶えようとしてくれた。
それだけでなく、いつの間にか、頼んでいないことまで彼は見つけ出して、私一人では見えなかっただろう形で短い期間で変化があった。
そして、それらの変化を受け入れることを決めたのも私自身でした。
常に自分で選択している女性。そんな女性から選ばれて頼られることイコール最高に価値あるミッションになるのでしょうね・・
まだまだ勉強中の身ですが、「自立」にもっと近づいている手応えを感じます。
決断は迫られるものではなく、どんな逆境でも自分でするものなのですね。
今年はどんな決断をすることになるのだろうな・・
仕事のことで、今すごく悩んでいます。
いろいろおもうことはあるけれど、ここからの数ヶ月頑張れたら、自立の意味、自分を諦めないということの意味、どうして彼と一緒にいるのか、いろんなことがわかる気がする。
私は、自立の一歩を歩みはじめてるのを、感じている。
できないと、投げ出すことはしない。
できないなら、できるようになる方法を考える。
自分のこの状況を人のせいにしない。
やりきってみせる。
だから今は悩むひまはないのだ。
集中するのだ。
この記事、初めて読んだときとおもったけど、
金木犀の季節さんドンマイ♡って思ったっけなー。
管理人が言うこと、わからなくないけど、
そもそも依存体質に女性を誘うようなブログなのに、
何言ってるんだろ?と、おもうけどね。
まあ、自己責任だし金木犀の季節さんがみえないとこで、
管理人に依存しまくってたなら、ばっさり言われても仕方ないな、って思うけどー。
派遣切りなんて普通は辛い話だけどね、
まあブログネタにするって姿勢なんだな、ってかんじ。
金木犀の季節さんなんて、このブログの常連で恋愛のお勉強してるのに、
こんな感じでバッサリだもんなー。
上手くいってる人はよそから見えない、のかもしれないけど、
でも、、、いないよね。これが現実だよね。
ネットの書き込みで、「わたし変わりました!」とか、
胡散臭いコメントよく見かけるけど、
本当に変わった実歴もあるとおもう。
でも…このブログでは本当に無いのかもなー。
いないもんね、そんな人。
胡散臭いと思わないコメント。
よーーく見たらいるかもしれないけど、
その人はこちらに依存してないしな、って、
心底思うよ…。
コメントの数じゃないもんね、
コメントでなんとなくわかるかんじする、依存してるんだな、ってー。
金木犀の季節さんなんて、その実例だった。
本当の意味で応援してるけどね。
まあ、、難しいのかね…
わたしも最初、この記事激励かとおもったけど、
全然違うよね。
激励2割、本音ぶっちゃけいらついた8割ってかんじ。
別にいいけど♡
自分に無理のないペースで人とつながって仕事をしている部署から、残業当たり前で引き継いだ業務量とレベルが明らかに自分のキャパを越えている部署に異動となり、かなりパニックになっています。
最初慣れるまではという常套句では通じないくらい、明日が見えない、何のために誰のためにやっているのか、内容が理解できないまま、心の中で号泣しながら働いています。
今すぐにでもこの仕事を捨て、遠距離の彼と結婚して彼の元に行ってしまいたい。彼の地元で新しい生活をしたくてたまりません。
(それは異動する前から希望しています)
もちろん、結婚による転勤ないしは退職してパートでも派遣でもいいから、とにかく今の部署以外で働きたいです。
こんな思いを電話の向こうの彼にぶつけてしまいたい。でも、彼は言われても困るし、そんな私を嫌いになるのでは、と不安になっています。
こういうことでも、男性に頼るのではなく、依存と言われてしまうのでしょうか。違いがよくわかりません。頼る女性は、何を頼るの?
葵さん
ちょうど、コウさんから秘密のメッセージがとどきましたね(^ ^)
私も先週は上司の彼にキャパオーバーで爆発しちゃって、彼にひどいことをいってケンカになりました。
キャパオーバーだけど、周囲の状況からしては、私がやるほかなく、私も、やりたくないという気持ちは甘えなのだろうか?という不安をずっと感じていました。
しかし仕事でミスが増えてしまい、追いつめられてしまったのです。失敗しちゃいけない仕事なのに。
こんな状況なのに、次から失敗しなければいいんだよ(^ ^)、と言われたことに、しょぼーんとしました。
仕事を減らしたいって思ってることは甘えって思われてるのかなって。
彼も仕事量が多く、誰かの仕事をこれ以上できるような状況ではありませんでした。
仕事がいっぱいいっぱいすぎる旨をただお伝えした時は、普通のテンションでしたが、
尊敬していること
他に相談してなんとかしてくれる人はいるけど、他でもない、彼になんとかしてほしい
尊敬できる上司についていきたいから、〇〇さんもそんな上司であってほしい
と言ったら、きゅーに、テンションあがり、
俺をもっと頼りなよ、やりたくない仕事あったら俺がやるから置いときなよ、と。
その仕事やったら彼がパンクしてしまいそうですが、たまにはお願いしちゃおうと思いました(^^;
その後も何やら私のことをいろいろ気にかけてくれました。
時々仕事のことで納得できないことがあると、爆発しちゃうんですが…(^^;以前より状況は改善されてきました。
私の場合、爆発するまえに可愛く頼れるようにすることが必要です(^^;
ですが今回の件で、それができるようになりそうな気がしました。
コウさんのおっしゃるとおり、言い方次第だなぁーとは、思いました。
長くなっちゃいました…。
ご自分の心と体を大切にして、我慢しすぎないでください(^ ^)
しろいるかさん、初めまして。
メッセージありがとうございます。
秘密のメッセージ、私宛だ!と気づき何度も読みました。
彼に嫌われると思ったのは、以前私が彼に対して主張の仕方や交渉が下手で不安をぶつけてしまい、別れに至ったことがあったからです。(彼もその時は無職で自分のことでいっぱいいっぱいなのもありました)
でも、秘密のメッセージを読んで改めて、今は立派な社会人として頑張っていて、その時よりも頼り甲斐のある男性に成長している彼なら相談という形でなら頼っても、ちょっとは受け入れてくれそうだな、と思いました。
信じられないかもしれませんが、ここに来て初めて男性に甘えるということを知り、やっと彼には主張したり、甘えることができるようになりました。
けれども、職場の男性には甘えるということはまだまだ自分には難しいようです。
しろいるかさんの彼は上司でもあるんですね。彼ということもあるかもしれないけど、ちゃんと上司に女性として主張していて、凄いなと思います。
今の上司は完全にプレイングマネージャーになっていて、席に全然いなかったりでとても頼りなさげですが、
・入ってきたばかりで断りにくい立場だからといって、何でも仕事を振ってこないでほしいこと
・初めてやるということを差し引いても、自分のキャパを越えた業務量・内容であること
・このままだと、やるべき仕事もできなかったり、そのためいつかミスを引き起こす可能性が非常に高いこと
を愚痴ではなく、主張していきたいと思います。主張が下手だから、伝わりにくいかもですが。
責任を持って仕事はしていますが、仕事のために生きている私にはならないよう、誰のためとかではなく、まずは自分の心が一番というスタンスでやっていきたいと思います。
今この記事を読み返してみて、前の職場に勤めてた時の自分は甘ったれで依存的だったことを思い出しました。悩みや不満、愚痴などの負の感情を全部彼にぶつけてそれを受け止めてくれないことに憤りを感じていました。でもそういうのって自分自身が向き合うことで人に解決してもらうことじゃないんだよね。自分しかそれに向き合えないのよ。あの時はそのことに気がついていなかったです。依存心が消えた今は何がマズかったのかはっきりと分かるようになりました。
いろんな人に
ヘルプしてもらわないと
私はダメかもしれません
それは
やっぱり
自力とは言わないのかな
居てくれる人がいるのも
自力のうちではないのかな
あま~い ですか
女の子へ「寿司と指輪は自分で買おう」 西原理恵子さん
http://www.asahi.com/articles/ASK2R5QZ9K2RUTIL04Q.html
ほんとにこれ、この人が言うと納得。
男にプレゼントなんて貰わなくても幸せだわ。
そんなことにこだわってるのは時間の無駄。
稼いで好きなもの買う方がずっと自立してて幸せでモテると思う。
恥ずかしながら
12月から今日まで
まともに本を
読んでませんでした
読む気になれませんでした
不思議と
本のほうでも
私の目にとまらないという
今日、
久しぶりに出会いました
取り返すぞ
私の読書の日々を
頼ることと依存が
本当は
よくわかってません
自分で抜け出すほか
ないことは
わかっています
自分の人生の責任は、神様にも求めることはできないんです。
自分で取らないと。
宗教の教えでも誤解している人の方が多そうですが、神様に委ねるとかいうのは、決してただ任せてお願いすればいいという意味じゃないんですよね。
救ってもらいたければ、救ってもらえるだけの人間になる努力をし続ける必要があるわけです。
>誰かに幸せにしてもらいたいって思ったことあったかな?
好きな人は私が幸せにしたいって漠然と思ってました。この人が病気になっても無職になっても支えてあげたいって思えるひとだけ。
幸せって誰かにしてもらうものじゃなくて自分で感じるものだと思うんですよ。
「幸せになりたい」って口癖みたいに言う人いう人いますが、その幸せって具体的にどうなったら幸せかってことまで考える人ってなかなかいないと思います。
私が思う幸せは本当に些細なことだらけです。大切な人がいることや、今健康に生きてることだったり、ごはんが美味しいとか、私を必要だと言ってくれる人がいること。
今は一緒にいるだけで幸せだなと思える男性と出会えることですね。
そのための努力はもちろん惜しみません。
この依存と頼るの違いって何でしょうか?
依存はその人がいないと何もできない、判断つかないなどのことかな?
頼るのは、これはこの人が詳しいからこの人に頼むなどという感覚なのかな?
ふと考えると、ここ最近は仕事場で上司に依存していたかもしれない。
頼るということ、依存するということの線引きが私の中で曖昧だ。
明日は、勝負の会議があるからしっかりしないと。
やっぱり、誰かがいなくなることは私の中で堪えてるのだと思う。
いつもの力が出てこない。
頼るということが苦手でしたが
頼るというのは自分の意思なのですね。
意思がなかった自分に気がつきました。
依存というのは特定の誰かにであって
頼るというのは相手を選んでいること。
なるほど。
昨日あまり良く眠れなくて、ふと自分の人生についてよく考えました。
私はしがないアルバイトで、これから先、生きていく事についてどうしていけばいいのだろうと。
今迄諸事情により地方を転々としてきましたし、その度に職を変えてきました。
でもやりたい!って、思った仕事しかしてこなかった。そこは自信があったんです。
けど精神的ストレスが原因で入院したり、長続きしませんでした。
ふと2年程してなかった趣味をしたくなりました。
10年も続けていた筈なのに久しぶりだからやり方を忘れていて、でもその間は一瞬もグレーさんを思い出さなかった。
あぁ、こんなに大好きで夢中になれる事があったのにどうして忘れていたんだろう?と。
昔仕事の依頼だって来てたのに対応できなくて。
その時のことも思い出して、本当は職にもしたかったのに夢半ばだったなぁと。
グレーさんにとっては今の職場は「目的を達成するための手段」を手に入れる為に勤めているだけであって、そこが全てではありません。
私にとっては、今の職場はなんだろう。
そういえば志望動機はなんだったっけ?…って考えた時、思い出したんです。
私が夢半ばだったことを。
そしてそれを吸収する為でもあり、活かせる場だと感じたから今の職場に勤めているのだと。
いつの間にか手段が目的になり、見失っていた…
途中で前の彼に出逢い、男にうつつを抜かして本来の自分を忘れていました。
明け方に気が付けばネットで衝動買いしていました(笑)
自己投資だけれど、決して安いものではないのでローン組んで、自分の行動に驚きつつ。
やっと1人になれたんだから、したい事しなくちゃ。
今度は言い訳しない。
私の責任は私しか取れない。
けど、私を幸せにできるのも私だけだから。
以前これを読んだときは、あまり気にも留めていませんでした。
でも今ならなんとなくわかります。
>誰かが自分を救ってくれるとか、誰かが幸せをもたらしてくれるとか、そんなことを心のどこかで考えていませんか。
主体性・・・
心のどこかで期待していたんです、常に。
自分の人生なのに、舵取りを放棄していました。
彼に期待しては勝手に落ち込んで。気づいたら依存気味になっていたんですね、無意識のうちに。
「彼と一緒に幸せになりたい」というより「彼に幸せにしてほしい」って思っていたんだと思います。
自分が本当にそうしたいからその道を選択する。
それを忘れないようにしないと。
私は彼と一緒に幸せになりたかったんです、本当は。
だからそうなれるように自分で舵を切ります。
( ᵒ̴̶̷̥́‧̮ᵒ̴̶̷̣̥̀ )めからまたなにかが、、
前の私なら厳しく感じてたと思うのですが
そうですよね そうです
しっかり意志を持った女性であるためにここに居るんです。
弱っていて 全て投げ出したくなる時 誰かにぶら下がりたくなって
周りからもヒンシュクかって 沈んでました
でも そうですよね(笑)
ほっときますよねそりゃ 目を覚まさないと
誰かといる未来は自立していてこそ 得られるのかな
依存やめたい
まさに、今のわたしや。
ううう、自分で立たなきゃ。
でも、弱ってるから、
冷静な判断が出来てるか不安で。
大きな決断すべき精神状態じゃない気がするの。
これは逃げなのか?
うーん、わからない。
あっ (・д・。)
私たぶん 頼ることと依存の定義間違ってたのかしら??
うーんでも取捨選択的な事はしてたと思います。
なんでもかんでも特定のこの人じゃなく
お会計処理はあの人♡ って感じで、でも店長に聞けばなんでも知ってそうだしと思って
店長になんでも聞いて頼るのは依存なんですよね…
最近 甘えすぎと何を聞いても手段を教えてくれるようになりました
自立を促す感じがまるでパパさんです(´-`).。oO
なので依存はしていませんが危ない危ない!
依存体質 恋愛体質 なので うん 危機一髪
変な溝に落ちそうでした
でも カモからの音信不通きっかけに
コケッと転けているので誰かに手を差し伸べて欲しいななどとコロネは甘んじていたりします
「自分一人で生きる術を持つのが自立なのではなく、自分で能動的に考えて行動に責任を取って生きていくことが自立なのです。」
一時期、自分で自分の人生を放棄してしまった時期があった。
私が心から惚れ込んで愛してる訳じゃないような、ぬるい熱量の相手と付き合って。
自分には合わない仕事なのに、世間体や一般常識に縛られてそこで努力し続けるしかないと考えていた。
いつの間にか、自分で考えなくなった。
結婚したんだから、何年後に子ども作って、教育資金や老後資金は計画的にためて…って型通りのライフプラン。
仕事は嫌すぎて、12ヶ月3年分逆算してノートに書いて、終わった月をペンで消して行った。その隣に毎月の貯金総額を書いていった。
それまでずっと自分で選んで自分の力で生きてきたのに。
その頃の私は、全く私らしくなかった。
そもそも、本当に好きじゃない人と別れられずに付き合い続けたのが間違いだった。付き合い始めた当初から、何度か別れ話をしたけど、結局引っ張られて別れられずにきた。
一緒にいれば寂しくないし、優しくしてくれるし、愛されて幸せだし、楽だから。そんなくだらない理由で長年、私の大事な時間を費やしてしまった。
さらに最悪なことに、結婚してからは仕事が辛すぎて、相手への依存傾向が強くなっていった。
別れた瞬間、「やっと別れられた」と思った。長い長い夢から醒めたような気分だった。
同じタイミングで、仕事も辞めた。我慢するのがバカバカしくて。資格は活かして、自分が元々行きたかったフィールドへ。これは大正解だった。好きで得意だから楽しいし、天職のような仕事に就けて幸せだ。
去年の秋頃からが私にとっての人生のターニングポイントだった。勇気を持って重大な決断をしたことを誇らしく思う。
私は人生の舵取りを死ぬまで自分自身で取っていくと決めた。もう二度と手放したりはしない。
物心ついた頃から、「本当に欲しいものしか欲しくない」と高い目標を設定して、それを叶えられるだけの自分を磨きながら生きてきた。
私はこれからも、自分で心から納得できるものだけを選んで、真っ直ぐ前を向いて生きていく。
>君を幸せにする
と言われても『はぁ?』
と思うことが多かった。
だって、幸せは自分で掴むものだから。
他人にしてもらうものじゃないよぉーと。
>一緒に幸せになろう
なら嬉しいかな。
あれ、もしかして私、
元彼に幸せにしてもらいたかった?
『~してほしい』って要求だらけだった。
短期的欲求を満たしたいがための行動(゚∀゚;)
『彼に~してもらえたら幸せ!』
おいおい、他人に幸せな気分に
してもらおうとしてるやん(^∀^;)??
今回の恋愛は特殊だったし、
本来の自分を見失いすぎてましたね(笑)
幸せは自分で掴む!
ちゃんとわかってハズなのに忘れてました。
私なにかを考えるときに、
「どうすればいいんだろう。」って考えてました。
でも、「どうしたいんだろう。」ですよね。
無意識にずっと他人任せに生きて来たんだなー。
まだ、心の中を整理しても、どれがほんとの気持ちで、どれがすり込みかわかんないんです。
どうしたいかって聞かれても、はっきり答えられないです。
ただ、誰かにいいところに連れてってもらえならいいなぁって思ってた。
でもそんな毎日はイライラして、不満も抱えて、全然穏やかじゃなかった。
一瞬だけど、ふわってして心地よい気分になれる時があります。
それは人には色んな人がいるなーって認められてて、それで自分のことも認められてる時です。
そんな自分は好きだから、ちょっとずつ増やしていきたいな。
Kouさん…やっぱりKouさんは神様なのかもしれない。もしくは仏様。
私、絶賛マイナス思考なうなので「あの人は私を守ろうって気持ちがないのかもしれない」と思って不安に思っていました。
心、金銭面、生活面、生きていくうえで必要なものを、彼は守ってくれるのかな?と思って心配で心配で吐くかと思っていました。
でも違いますね。
>今の自分の舵取りを放棄しているような人を、誰が守ろうと思うんですか。
いやもう本当、これにつきますね。
私、今の自分の人生を放棄しようと思ってました。つもりはないのに、やってることはそうでした。だめだこれ。
守られる方にも言い分はあるけど、守る方にも言い分はあることがよーーーーくわかりますね。
「私を守ってね」じゃなくて、「俺に君を守らせて」と言われるような女にならないといけませんね。
入籍まで半年弱。引っ越しまで2ヶ月。やる気がみなぎってきましたよー!
ありがとうございます、Kouさん♪
「本当に好きじゃない人と別れられずに付き合い続けたのが間違いだった」
2週間前にこの記事にそんなコメントを残してた。
確かに彼の方が初めに私を好きになって、ずっと与えてくれるばかりで、私の恋愛感情が育つのは、彼よりゆっくりだったけど。
私も彼を、心の底から愛してた。
「一緒にいれば寂しくないし、優しくしてくれるし、愛されて幸せだし、楽だから。そんなくだらない理由で長年、私の大事な時間を費やしてしまった。」
くだらない理由?
弱虫で寂しがり屋だった私に、これ以上最高の理由なんてあっただろうか。
いつだって、十分に愛されて、幸せだった。
付き合って初めてのプレゼントだったTiffanyのネックレス、何年も自分の肌の一部になるくらいずっと身に付けてた。
2年くらい前に無くして、もう戻ってこないと思ってた。
最後に、一緒に住んでた家に荷物を取りに行ったとき、彼は奇跡的にあのネックレスを見つけて私に渡してくれた。
「洗濯機の裏に落ちてたよ。お守りに持って行って。」
別れても、相手の人生が幸せであるようにと願う。
あの人はとてもとても優しい人だった。
弱虫な私の、ずっとそばに居てくれて、支えてくれてありがとう。
大好きだったし、愛してた。
「お守りに持って行って」
彼との思い出は忘れちゃうだろうし、また違う人と出会って、再婚するかもしれないけど。
愛された記憶と幸せだった余韻だけは、ずっと一生忘れずに生きていく。
ありがとう。
守ってもらおうと思って…少しそんなところはありました。好きな人だけじゃない。仕事だって、趣味だって。わたし、もっと本気にならないと、ダサい女で終わってしまうところでした。
自分の未来は自分で手に入れる。努力する。
頼るより、努力を先にする。
久々の書き込みです。
わたしは、自分の人生を他人に決められるのは
嫌です。
自分の人生は自分で決めていきます。
恋愛も結婚も仕事も
自分で決めていきます。
誰に何と言われようとも
自分の人生だから
わたしは自分で責任を持ちます。
Kouさんのいう「面白いコメント」は、こういうのかー。
この方の抱えている問題点が凝縮されているし
説明のしがいがあるし
これが理解できれば、ガラッと視界が変わりそうな感じ!!!
そして、私もかつてはこういう考え方だったなぁ、って思います。
私はもっと酷かったかな。
「私がこんなに苦しんでて、不安なのに、女の私を守ろうとは思わないの?!見捨てるの?!それでも男なの?!」
こういう考え方が行動にも滲み出てたから、ただのウサギだったのだと思います。
あ、
この考えを持ったままで、
「女の私によくナンパされた話なんか出来るね」とか言ったら、日頃の言動の積み重ねで見限られるのかもしれないですね。
本当に辛い時に「頼ってもいいよ」とか言われたとしたら、気が緩んで全部依存しそうな気がして
それは良くないですね(><)
でも、そうやって甘やかして、何言ってもよしよししてくれる状況って麻薬よね。ずっと甘やかしててー♡って思う。
かつての彼氏は、私のことを
「自由でのびのびしている所が好き」って言いました。
私は当時、(自由になりたいけど)不自由だなと思ってたので腑に落ちなかったけど
(そう勘違いしてるならそれでもいいっかなー、とも思いましたし^^;)
これは、自覚なしに女性の価値を発揮出来てたお話。
今はもう、ちゃんとお勉強で理解してから自覚しつつやりたいなぁと思います。
学生時代の友人にひさびさに会いました。
20代ど真ん中。
色んな分かれ道な時期。
「次、出会えるかわからない」と焦ってしまうって。
その気持ちは、分かります。
彼氏がいない私は焦るとかもないですけど(^_^;)
友人は、彼氏のLINEが気になるみたいで、時々チェックしていました。
一人でいてもやることが無いから毎日彼氏の家に行くって。
他人の恋愛だから、何も言えないけれど…。
私もついこの間までそうだったんだ、と考えていました。
あるタイプの男性にとってはそっちの方が可愛いのかもしれません。
だとしても、彼氏と別れたら無になってしまう、そんな生活はもうイヤです。
ガッツリ自分の人生に食らいついていたい(笑)
それでいて、可愛いげのある女性でいれたらいいなって思います。
約2年前に5年強付き合って約2年同棲した彼と別れて独り暮らしを始め、断り続けた正社員の話を受けた。
正社員を断り続けていたのは不安定な雇用の話で扱うような自分の価値とは違って、結婚して養ってもらうことをどこかで考えていたから。
ホント超未熟だった。自分の意思でお別れして出てきたけど、あの恋愛は上手く行かなくて良かったと思う。
依存したり何かを相手から奪う関係だったんだろうな。引き出すのとはまた全然違う。
正社員希望してすぐなれたのは評価のひとつとして受け取って、仕事をしているけど、正社員って超不安定だと思っている。会社に舵取り任せてる働き方だから。
いったん周り道しないと生きて行けなかったから今の環境には本当に感謝をしていて、ここにいるうちは出来る限りの働きをする。それは恩返し。
でも、またチャレンジしたい。楽して1発逆転を狙った自分の弱さに負けたし、頭悪かったから痛い思いしたけど、それだけ学んだから同じ轍は踏まない。自分で納得出来る人生にしたいもの。
笑える、こんな風に思えるの久しぶりだ!
男性を頼れる女性というのは、自分の意思で頼る相手を選べます。
>誰にでも頼るわけじゃない、頼るのはその人なら出来るって信じてる人だけ。そして、尊敬できる人だけ。
私の意思で誰を頼りたいか、思い出す人は自然と出てくる。
依存したくない。依存すると正確な判断が出来なくなるから。
私は私の足でちゃんと地盤を固めて広い視野の中から頼るならあの人がいいと決めたんです。
ほかの人が何をどう彼のことを批評しようとしても、彼が私にしてくれたことや目にしてきたことしか信じたくありません。
もう、舵取りを誰かに預ける人生なんてこりごりなんです。
自分が選んだ人と幸せになりたい。
ううん、自分の力で幸せになる。
妥協なんてしたくない。
これからの人生は長く続いてるのに
その大切な時間と価値のある私を
安売りしてまで一緒になりたい人
なのか、問いかけよう。
選ばれたのではなく
わたしが選んで一緒になるんだ。
私の結婚はまさにこれだったんだ………!(;^_^A
遅くはない。
能動的に考え、行動し、生きていきます!!!
「今の自分の舵取りを放棄しているような人を、誰が守ろうと思うんですか。」
放棄していないつもりでしたが
違ったのかもしれません。
「自分一人で生きる術を持つのが自立なのではなく、自分で能動的に考えて行動に責任を取って生きていくことが自立なのです。
誰かが自分を救ってくれるとか、誰かが幸せをもたらしてくれるとか、そんなことを心のどこかで考えていませんか。」
どこかでそう考えているのでしょうね。
だから、相手を目的にしてしまう。
そんなことを考えていなければ、
相手を目的になんてしない気がします。
相手を目的にするとは、そういうことなんですね。
「誰かに幸せにしてもらうのではなく、自力で幸せになる体質を求めませんか。」
はい。
とりあえず意識改革からo(•ω•´*)o
この記事は覚えています。
改めて読んで、この男性は素敵な方だと思います。一人の女性として認めてくれていると感じます。
このタイミングでプロポーズされても、後々きっかけが女性になければ言わないの?と思ってしまいそうです。
お気に入り語録みつけました。
>依存してくる女性は嫌いなのに、頼ってくる女性は好きなのです。
そうかそうか。
でも難しいんだよなぁ。何度も何度も頼るの疲れた(笑) そういう時は放っといたらいいの?
誰かに心をとらわれることは大事な時間をロスすることだ。
恋愛の大事さ。自分とは違う他人と時間を紡いでいく大切さももちろんあると思う。
でもだからといって色んなことが疎かになってしまうのは違う。
まず自分がいる。
確かな自分がいて、その先に相手がいる。
友人から相談を受けた。
コンサルタントの方と一緒に考えているビジネスの企画書を見て感想を教えてくれないかと。
それだけ信頼してくれているのは嬉しい。でも違和感を感じた。
企画を実行した結果に対しての感想ではない。実行する前のアイデア。
私が発した感想で意図しなかった流れになるリスクを考えていないのだろうか、と。とてもいいアイデアなのだ。大きな先行投資が必要な話ではない。どんどんやってデータを集めていってほしい。挑戦してほしいと感じた。
…を、そっくりそのまま自分へ言い聞かせる。
自分の人生の舵取りはどんな行動を取っても自分が責任を取る。だから自由にやれるのだ。
病気になって、長期療養することになって、一人でいる時間が長かったためか、自分が何が好きか、少しずつ分かるようになりました。
自分で決めて、行動して、どう感じるか、どうしたら嬉しいかって、やっているつもりで全然やってなかった。いっつも、人に決めてもらってたし、人の意見に左右されてた。
前好きだった人も何となく好きになって、この人に幸せにして欲しいと思ってた。私の満たされない不満を解決して欲しいと思ってた。結婚すれば、私の問題は解決すると思ってた。
でも、私の幸せは、私にしか分からない。自分で自分を幸せにすることの意味って難しくて、理解出来なかったけど、ようやく分かってきました。
私の場合、幸せは本当に小さなことだった。ヘアゴムのリボンを手作りしておしゃれしたり、料理を作って家族の喜ぶ顔をみたり、リフォームした部屋のカーテン生地を考えたり…です。化粧も大好きだけど、ニンジンジュース飲みはじめたら、顔色が良くなって、前より化粧ばえするようになって、ニンジンパワーに圧倒されています。お金がかかって、ハデなことをするんじゃなくて、本当に地味ですが、全部自分で考えて決めて、どうなるか確かめています。
この感覚を理解するのに、時間がかかったけど、ひとつ階段を登って、安定感のある女性に近づけたかなって思います。
「頼られるのは好きでも、依存されるのが好きな男はこの世の中には一人もいません。
依存してくる女性は嫌いなのに、頼ってくる女性は好きなのです。」
「救ってもらいたければ、救ってもらえるだけの人間になる努力をし続ける必要があるわけです。
誰かに幸せにしてもらうのではなく、自力で幸せになる体質を求めませんか。
それが近道だと思いますよ。」
本当にそうだと思う
私は金木犀の季節さんのコメントに似た状況で去年の秋頃に彼氏と別れました。
私も不安定な雇用、そしてどうしようもない親から自立できなくて
私と付き合ったんなら私を丸ごと受け入れてよ!
ってな感じで彼に自分を押し付けていました
最初の頃は頼って欲しいとか俺もちるのために頑張るだとか言ってくれていたのですが
だんだんと彼の気持ちが離れていって
気づいたらメールで振られてました。
あの時は「彼は情けない男で私は可哀想な女」
という風に考えていましたけど
自分の足で立ち上がろうとしないで
誰かの腰にぶら下がって助けて助けてって言ってる人を誰も助けたいとは思わないしむしろ鬱陶しくなると思う。
そして「だめだよ、自分の足で立たなきゃ」
と言ってくれる相手に対して逆ギレするもんだからそりゃ見捨てられるわな。。と今なら思います。
自分のケツは自分で拭かないと
他人になすりつけちゃダメですね。
私は自分のケツはそこそこに
他人のケツを拭きたがるとこがあるからよくないな
まずは自分のを綺麗に拭こう。
おっと、私のお尻はそんなに汚くないですわよ?
(なんの話だ。)
最近のメルマガにも通じるこの記事に
足跡つけておきます。
まさに、これなんです。
幸福の正体は、脳内物質だから。
自分でハイにするしかないのだ。
昔、希望していた職種に就いたのですが、元カレと出会った直後に体調を崩して辞めることに。
その後、体を治してもう一度勉強しなおし、再就職するまで1年かかりました。
彼は早く結婚したかったみたいですが、私が仕事を楽しんでいるのを知って、
プロポーズするまで2年かかったと言っていました。
(結婚して彼の住む遠方へいくとなると仕事を辞めなければいけなくなる)
一人暮らしをして仕事を楽しみ、毎日電気メーター見てるとか、電気代かかるから早寝早起きするとかお金がないことも楽しんでました。お金は十分に持ってませんでしたが、「自分で能動的に考えて行動に責任を取って」はいました。
元カレは当時私の5倍の収入がありましたが、弱みに付け込んで強引に結婚しようとするわけでもなく、私の就活ダメだったから次はこうしてみようと思うとか、職場でこんなことがあったといった話を遠方から会いに来ておいしいものを食べさせてくれながら、微笑ましそうに聞いていました。
この記事を読んでいて、ありがたかったなあ、愛されてたなあと、なんだか思い出しました。
もう会うことはないですが、彼にも幸せがたくさん降りますように。
KOUさん、こんな気持ちにさせてくれてありがとうございます。
この記事、以前は耳が痛くて、見ないフリをしたかった。
でも、依存しないこと、自分で選ぶこと、自分でしあわせになろうって決めてから、
しみ込む感じ。
よかった。私きっと、大丈夫。
男性を頼れる女性というのは、自分の意思で頼る相手を選べます。
依存じゃありません。
自分で常に選択しているのです。
それが、自立ということです。
自分一人で生きる術を持つのが自立なのではなく、自分で能動的に考えて行動に責任を取って生きていくことが自立なのです。
>いつだかkouさんが依存とはどういう状態なのかとの質問にメルマガでそれがいないと生きていけないと答えていたのを思い出しました。
私は彼を頼っていましたが、依存していたことはなかったようです。私は彼がいなくても生きていけます。幸せにもなれます。
ただ、彼と一緒にいるともっと幸せだと感じていただけの違いです。
頼ると依存の違いは難しい。
だけど、じゃあ
頼ると甘えるの違いはなに?
頼ると甘えるはどう違うのですか?
それとも一緒なの?
頼ると甘えるとわがままは?
どんどん疑問が増えていく。
頼る=彼が出来るのとわかることの役目を与える(お願い)
甘える=意思表示をする(彼がどうするかなんて関係ない、言いたいから言う)
わがまま=意思表示をする(彼がどうするかに左右される、もしくは受け入れられないと不満をもってしまう?)
1週間前にもここにコメントしてた。
忘れてた。。
今の会社になぜいるのか
なぜいたいのか
この仕事がしたいのか
ほかにしたい仕事があるのか
自分の頭でかんがえてるか?
自分の足で立ってるか?
仕事を辞めずにいるのも、自分の意思だとはわかってる。
私は私でいたい
「誰かが自分を救ってくれるとか、誰かが幸せをもたらしてくれるとか、そんなことを心のどこかで考えていませんか。
運良くそういうものにありつける人もいるかもしれませんが、「血ヘド」のメルマガと同じことで、自分の意思で得ていないものは、手から離れるのもまた恐ろしく早いです。
そして二度と手に入らない。
誰かに何とか救ってもらおうという考えがそもそもの間違いなんですよね。
自分の人生の責任は、神様にも求めることはできないんです。
自分で取らないと。
宗教の教えでも誤解している人の方が多そうですが、神様に委ねるとかいうのは、決してただ任せてお願いすればいいという意味じゃないんですよね。
救ってもらいたければ、救ってもらえるだけの人間になる努力をし続ける必要があるわけです。」
彼のことを考えてたら、この記事のことを思い出しました。
誰かに分かってもらいたくて、愛してもらいたくて、そしたら私は過去を乗り越えられると思ってました。
それって、誰かに幸せにしてもらおうと思ってたのと同然だったんじゃないか。
彼は、別に間違ってることを言ってた訳じゃない。
「事実は認めて受け入れる」「受け止めてほしいなら、受け止めてもらえるように振る舞えばいいじゃん」「いつだって決めるのは自分なんで」
言い方がキツくて、冷静に受け止められなかった。
でも、今はわかる。
誰かに甘えて依存しようとする女性なんて、誰も相手にしたくない。
わかってあげたいなんて、”思うわけないやん”って、Kouさんの言葉が降りてきた。
痛手を負った見返りに、自分の中の甘えをバカバカしかったと笑えるようになった。
頭から氷水をかけられた気分。
こんな方法で、過去の足枷を外すこともできるんだと初めて知った。ショック療法。
目を覚まさせてくれた彼には感謝したい。
精神的ショックが大き過ぎて、彼から受けた辛辣な言葉たちは全て忘れてしまった。笑
今は相手の良かった所しか思い出せない。笑
反省ポイントを振り返って、胸に刻んだら、次へ。
決して立ち止まったりなんてしない。