
←この記事をお気に入りに追加します。あとで読み返せます。Kouです。
12時間レッスン2014の0時限目は、15日(土)が回答期限です。
「えっ、12時間レッスン2014って何ですか!?」
などという不届きな人は、まさかいないとは思いますが!
いいですか。今日が回答期限日なんですよ。まだの場合は、土曜日にじっくり考えてください。
12時間レッスンに参加するには、メルマガ読者になっている必要があります。恋愛技法メルマガを読んでいる人ならだれでも参加できます。
「メルマガってどうやったら読めるんですか!?」
というとんでもない人は、この記事の下の方をスクロールして読んでください。そして、読者登録申請してください。メルマガの読者申請を受け付ける措置は、ずっと続けるかどうかは分かりません。
さて、こちら。
その恋愛技法メルマガでは、メルマガの内容について意見をコメントに書けるスペースを設けています。そこに、なんとまた素晴らしいコメントをいただきました。
僕はこれを読んで、ちょっと来てしまいました(^^;
世のお父さん、必見です。
ちなみに僕はお父さんでも何でもないので、その気持ちは本当はさっぱり分からないはずですが、分かりました(笑)。
麻子さんより:
父が私のことを姫として扱ってくれた記憶は一度もありません。
一人娘なのに猫かわいがりということは全くなくて、とってもさっぱり。 でも、毎日の会話は多かったと思います。
分からないことは何でも教えてくれました。
父と一緒にニュースを見ながら色々質問していたおかかげで、政治や世界情勢にも自然と深い興味を持つようになったと思います 。
スポーツも映画も洋楽も、何を聞いても答えてくれる父が私は大好きでした。
それは子供の頃から今までずっと変わりません。姫扱いはなかったけど、
やっぱり愛情たっぷりに育ててくれたのだなあ、と
今は感謝の気持ちでいっぱいです!
どうですか(^^*
残念ながらこのブログの読者の大半は女性なのですが、もし「お父さん」な男性が読んだら泣けますよ。
日本は、お父さんに厳しいんです。
めちゃくちゃ厳しいです。
特に娘からの風当たりは強いというのが世間一般のイメージになってしまっています。
完全に汚れ役扱いです。
テレビをつけたら、帰宅すると娘や妻に煙たがられるシーンばかり出てきます。
僕の大嫌いな「サラリーマン川柳」とやらも、読んでみるとまあひどいですよね。いかに肩身の狭い思いをしているかが分かります。
そんなお父さんに対して、これです。
「何を聞いても答えてくれる父が私は大好きでした。」
もし僕が娘の父親だったら、絶対言われたいです(^^
「それは子供の頃から今までずっと変わりません。」
こんなことを言われた日には、号泣してしまいそうです。
テレビや雑誌で、娘が父親に向けてこんなことを言うシーンが見られるでしょうか。
たまりません。
女性たちは、本当はそう思っていたのです。
でもなかなか言う機会なんかないんですよね。意思表示する場面なんかないんです。
そんな感じだから、彼女たち自身も自分のそういう気持ちを出さないまま過ごして徐々に忘れていくわけです。
本当にこのコメント、「お父さん」たちにぜひ読んでもらいたいです。
多分読んだら、娘に対する接し方が変わりますよ。
絶対変わります。
このコメントは麻子さんが書いてくれたものですが、これは彼女に限った心境ではないはずなのです。
あなたも、少なからず彼女と同じように思っていたと感じたんじゃないでしょうか。
度合いは関係ありません。
そう思えていることが大事なのです。
父のことは嫌いじゃありません。
人間性に難ありと思うこともあるし、そういうときは嫌いになるけど、尊敬できるところもあるし、家族思いだし、ギャンブルはしないし、お酒も飲まないし、働き者だし、奥さんである母のことが大好きだとわかるし、良いところがたくさんあります。
自信を持って好きだと言えない理由を考えてみたら、なんとなくですが、甘えたことがほとんどないからかもと思いました。
思い切って甘えてみようかな…何かが変わるかも(笑)
そういえば、恋愛上手だなーと思う友人はパパっ子でした。
甘え方を知っていたんだろうなー。
復習中です。
普段は考えませんが、父の事を想い出すと心がぎゅーっと重くなります。
愛されたかったし、可愛がられたかったです。友達のパパみたいに優しく甘やかされてお姫様扱いしてほしかったです。
今でも時々、外で幸せそうなパパと娘の親子を見ると、小さい頃の私のまま、悲しくなって涙が出てきます。
過去と今は関係ないので、私は幸せな結婚をし、幸せな家庭を作ります。
涙が出ますね・・・これは。
夫婦が子供がいるからというだけの関係で、母親が我慢、仕方がない、の家庭。幼いながらに、母親を守らなければと思いながらも、こんな風にはなりたくない、と思っていて、自分を大切にせず家を出ることしかできなかった。
ずっと父親を憎み、こんな家庭は嫌だと思っていたのに自分も同じような結婚生活、離婚。
幼少から兄の真似をして女性性を憎み、摂食障害へ。
社会人を経験せずに母親となり、シングルマザーになった為に大変だったけど、子供達のおかげで生きる意味は持てたし、自信もついた。
でも、恋愛はうまくいかなかった。
憎んだまま死んだ父親。わたしが憎みはじめる前にはきっと宝物だったのではないかと思う。
夫婦がうまくいかなかったのは、わたしのせいではない。小学3年生の時に女性をやめたのもわたしのせいではない。
離婚したのも自分だけが悪いんじゃない。仕方がなかった。
でも、恋愛がうまくいかなかったこと、女性として生きることを放棄したこと、今、不倫で苦しんでいることは、自分でこれから変えていけるかもしれない。
わたしを苦しめる為に生きてる人はこの世に1人もいないんだよね。
彼もそうだ。
彼も妻を苦しめたい訳じゃない。
彼も娘は宝物だ。
そしてわたしのことも宝物のひとつに違いない。
うちの両親も熟年離婚。
昔から夫婦仲が悪く、父が怒鳴っている、母が父の悪口ばかりを聞いてきました。
子供ながらに早く離婚すればいいのに、と思っていました。
父は命令ばかりで親らしいことの記憶はなく、父が帰ってきたら兄弟一斉に2階へ逃げました。
命令と暴力。
テレビ見てふんぞり返っているので父親、夫の役割も見たことありません。
憎くてしょうがなく、大人になれば尊敬できるかなと思っていました。
頭を下げることもできず、老人と化して…。
鏡の法則?とかいう本も読んだし、家族仲のよい家庭に憧れたけど、父親が入院しても長男は電話ひとつしないし、私も弟もお見舞いに一回行ったきり。
叔父に脅されましたが、小さいとき父親からビール瓶投げつけられたり、お腹蹴られたりしたことを思い出しただけ。
お見舞いなんか行きたくもない。
お父さんのこと、高校時代までは憎んでいたし今も素直には言えないけど、やっぱり大好きです!
父にはアウトドア系の趣味がいくつかあって、子どもの頃いっしょに色んな場所に連れて行ってくれたものです。
普段は目も合わせて会話してくれないくらい冷たいし嫌味ばかり言う父親でしたが、その時ばかりは楽しかったし、やっぱり一緒に遊ぶことができて嬉しかったです。
今では育ててくれたことに感謝しています。
素直に言える日が来たらいいです。(*^^*)
父親の愛情って、母親の愛情とはまた違い、深くて、不器用。
子供の頃、夜私が寝てると起こされて「食べるか」って果物持って来てくれた。
きっと美味しいからひまわりにも食べさせたいって思うんだろうけど…
お父さん、もう寝てるし、虫歯になるから(笑)
会社の帰りに、いつもたこ焼きを買って来てくれた。
私あんまりたこ焼き好きじゃないし、ふにゃふにゃだし。
でもたこ焼き屋さんを見ると思い出すのはお父さん。
迎えきてとか送ってってとか、急に言っても、どんな時間でも、何かしている時でも、絶対に嫌な顔せずにやってくれた。
そして、一番愛されてるなと思ったのは、両親が離婚するって家族会議した時、「子供たちは俺が引き取る」って言ってくれた。
すごーく嬉しかった。
無口で話しかけても会話続かないし、休みの日はずーっとテレビ見て座ってるお父さん。
大切に育ててくれたこと、感謝しています。
お父さんはいつも美味しいケーキを買ってくれます。美味しい野菜や調味料、綺麗なお皿やソファ、なにかしら私が好きなものを選んで置いててくれます。喜ばすのが嬉しいですね。
>そんな感じだから、彼女たち自身も自分のそういう気持ちを出さないまま過ごして徐々に忘れていくわけです。
気持ちを押さえ続けていると、忘れるんですね。
怖いことです。
女性らしさを殺していると、いつしか女性らしさを出せなくなっていく。女性らしくいたくないのだと、思い込む。
変わりたいと思っているくせに、現状維持に甘んじていると、いつのまにかそれが心地いいのだと錯覚し始める。
部屋を片付けない習慣が根付いていると、いつのまにかそれが好きなのだと思い始めてしまう。
言う機会は、つくるもの。
意思表示の場は、自分で作るもの。
「私が結婚できないのはお父さんのせいよ。」
20歳まで父が理想の男性だったということもあり、
冗談で、そう父に言ったことがありました。
どんな質問をしても、必ず答えてくれる父。
スポーツも、機械いじりも、なんでも器用にこなす父。
優しくて、面白くて、頼りがいのある父。
男性というものはそういうものだと思い込んでいました。
大きくなり、世の中の男性はどうして父と違うのだろうと、
がっかりして、あんな事を冗談で言ってしまったのだけど。
自分も大人になり、社会に出て、色んな男性と接する事で、
父の弱さもズルい部分も分かるようになりましたが。
それでも、やはり大好きな父です。
復習中
父は10年以上前に亡くなりましたが
大好きです♡
多くを話さない人でしたが
昔から仲が良く私をお姫様として
大切にしてくれてました。
こう考えてみると父が亡くなると
同時に離婚してから私の恋愛に
対しての向き合い方が変わった。
塞ぎこんでたなぁと思います。
あの頃のボロボロの自分が
いたからこそ今の自分がいるし
今の彼や大切な人に出会えたから
良い思い出にしてます(*´˘`*)
子どもの頃は父親とあまり話した記憶もなく、相談もしたことがありませんでした。
私は3姉妹ですが、3人ともそうです。
父親はただただ恐い存在でした。
でも、私が結婚してからは変わりました。
父親は父親なりに愛情を注いでくれていたんだと今は分かります。
ただどう接してよいか分からなかったみたいです。
相談もやっとできるようになりました。
一番頼りになる存在です。
過去と未来は違いますね、本当に。
男の人は、自分に女の子の子供が生まれたら
すごく可愛がりたいなって
言いますよね(*´ω`*)
なのに、好きな女の子には、ちょっかいばっかりだったり
変な口説き方だったり。
本当に得たいものとかけ離れたことばかりしてる。
ほんとは、やり方違ってんよと
言ってあげたい。
でも、多分彼らも、訳が分かんなくて
どうしたらいいか余裕もなくて
やってるんだろうな(*¨*)
俺のもの、扱いで呼び捨てしたり
家に来てよと言ったり。
突然電話があったり。
ちゃんと正常に動くようにさせてあげなくちゃ
そのための勉強かな☆+。
女性らしいね、と常に言われるくらいだから
きっと大丈夫(*´`*)
彼らのこととやかく言う前に、わたしも同じように未熟な面があるから、ということを忘れそうになってしまう。
彼らをそうさせている自分から変わらなくちゃ。
父には感謝していますが、好きではありません。父には何を頑張ってもバカにされるし、やりたいことはやらせてもらえなかったという思いがあります(冷静に考えれば違うのですが、子供の頃の強い感情が未だに払拭できずにいます)。
女は働かなくていい。
だからわたしは働いていて、自称天才の父が唯一身に付けられなかった知識を勉強して自分の職業にしています。
女の子なのにかわいそうに、俺に似てぽっちゃり体型だからな。
そういわれたから大好きなのに食べることが嫌い。
ないないづくしで自分が大嫌いです。
でも、そんな自分を一番理解してくれているのは父だし、仕事も、私のことも、応援してくれているのは知っている…けど、何でこんなに嫌いなんだっけ。
そのうち、好きになるのは父のような人ばかりなことにふと気づきました。
それでいいんだっけ…ていうか何でこんなに父が嫌いなんだっけ…
父親のことは大好きです。
いつも、温かく優しく包んで、心配もしてくれました。
私がいじめられたらぶん殴る、と言ってくれたこともありました。
それだけで十分なのだと思えました。
父親には申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
いろいろしてくれているのに、素直に喜びを表現できなくて…。
でも、年々少しずつ、感謝を伝えられるようになってきている自分がいて嬉しいです。
今回のGWの帰省では、もっと女性らしく振舞って、色々なことに喜べたらいいな。
営業さんは、わたしのパパみたいになってます(笑)
最近さらに加速してます
美味しいもの食べた=万里子さん
(今度万里子さんと一緒に食べに来よう)
面白そうな美術展を発見=万里子さん
(万里子さんと一緒に行こう)
今日はちょっと寒い=万里子さん
(万里子さん風邪引かないかな)
朝=万里子さん
(万里子さん起きれるかな)
その心は...
完全に猫可愛がりじゃ~ʚɞ(ू•ᴗ•ू❁)
はっ (๑⊙ლ⊙)
子供のころはお父さんに完全に姫扱いされていました。
お父さんと結婚する。ってずっと言ってました。
今でも、お父さんみたいな人と結婚したいって思います。
お父さんが完璧だから、私の理想が高くなっちゃったんだよって手紙に書いたことがあって、嬉しそうにしてました。
こどもの頃に受けた愛情を、思い出しました。
こちらに移りましたϵ==( ‘Θ’ )ぴゅーん
>コメントと、いろいろな方達との
お手紙を読ませて頂きました。
勝手にごめんなさいね。
いえいえ大丈夫ですよ〜( ‘Θ’ )♡
いつでも読んで、加わってください!笑
見られて困るものは書いてないので(OvO)キリッ
>昼過ぎに起きてきた妹には
目玉焼きやらサンドイッチやら、
いそいそと作ってあげてました。
これ、私も同じような思いをしました。
妹には、車で送ってあげたりしているのに
私にはしてくれなかった。
妹の方が甘え上手なのでしょうね。
私は、疲れてるのに悪いからと
うまく受け取れない子でした。
父も不器用なんです。
要らないって言ってるのに
ケーキを買ってきたり。
俺が食べたいから買ってきたんだとか
言いながら、家族の分ちゃんとあるんです。
私が夜帰りが遅いと、リビングの電気をつけて
父が遅くまでスマホでゲームしながら
いたりします。
じゃ、おやすみーと言って寝室に
あがっていきます。
普段はとっくに寝てるのに?と思ったら
私が心配だったよう。
そんなところもあるんですよね。
憎いと、見えなくなることもたくさんありますね。
>お父さん想いだったらお嫁さんに・・・
という思考は、まったくないと思います(笑)
ここも私のコンプレックスなんです。笑
家族大好き、友達大好き♡みたいな女の子に、
自分はなれない、私は冷たい子なのだと、
いつも思っていました。
男の人はきっと、
友達や家族思いで、優しい子が好きなんだろうと
いつも卑下していた気がします。
加えて私は子供が欲しくないので
更に印象が悪いのだろうなぁと
勝手にしょんぼりしていました。
彼はでも、そういう私を
知っていて付き合っているのです。
@ ‘ェ’ @←彼ぴょこ
お手紙ありがとうございます^ ^
甘え上手に受け取り下手(笑)
やはり長女と妹(末っ子)はこうも違うのですかね。
妹は結婚しても、未だに家族全員に甘えてきます。
お父様のエピソード、金木犀さんへの愛情たくさん感じますね。
やはり男性だからなのか。
不器用なところがおありなんですね^ ^
うちの父もそうですが、言葉ではうまく言えないんですよね。
涙こぼすくらい真剣に悩んでいるのにおちゃらけたり^ ^;
求めてないのに解決法を示そうと、
とんちんかんな事を言い出したり。
そうですね、私も父が憎いばかりで、
良い所も愛情も、見えていなかったなと思います。
私もコンプレックスはありますし、
かなり根暗でネガティブです(笑)
昔は、そんな私を理解してくれる人なんていないと思っていました。
だから誰からも愛されないと。
私も勝手に、しょんぼりしていました(笑)
でも今は、理解や共感というよりも、
「雪月花はこういう女性なんだ」と、
そのまま受け止めてもらえたなら、それが幸せだと思っています。
【彼はでも、そういう私を
知っていて付き合っているのです。】
そうですね。
大切なことは、ここですね♡
湯川教授のような彼ぴょこさん@ ‘ェ’ @
とっても素敵な男性ですね*^ ^*
父は1人娘の私を凄く大切にしてくれてます。まだ生きてるけど、なかなか感謝の気持ちを伝えられない。
恥ずかしいし、似た性格の頑固さ、不器用さがあるので、、、
それを伝えるのが花嫁からの手紙なんだろうけど、まだそこに至れていない(u_u)泣
別れを告げられた彼に
伝えきれてなかった嬉しかったメッセージをこの様に伝えるのは逆効果なのかなぁ?恋愛技法的には、彼に不安がらせ、追いかけさせないと、、だし。思いの丈を伝えるのは、私の方から終わりにしてる様なものなのでしょうか?区切りというかんじで??
難しい。。いい歳して、わかりません。焦ります。
恋愛楽しみたい。。。切実に思う。。。
kouさん
病院に言ったら靭帯損傷でした(´・_・`)
ぐるぐる巻きにテーピングされました。
お風呂に入るため、サランラップで足を巻きましたが、家族総出で完成させました笑
仲良し(艸д゚*)
リビングでドラマを見ていたんですが、カップルが父親に結婚の承諾をお願いするシーンで。
最終的に父親は「娘をよろしく」と言って、頭を下げました。
ら、父が「うちは、あぁいうのないの?」と聞いてきました笑
たぶん、意を決して聞いてきた感じです。
「ないない」と言ってから、彼に対する不満がダダ漏れてきました(^^;;
思えば、最初に会ったときから、私ががんばって関係を保っていることを父は見抜いていたのかもしれません。
やっと認められるようになりました。
やなとこもあるけど、父、すごいなと思いました。
寝てから、布団に運んでくれたこと思い出しました。
褒められた父親ではなかったけど、かわいかったんだろうなって思います。
電車内なのに泣けてきました(笑)
私もおとうさん大好きだった。
母親の愛と父親の愛って質が違いますよね。
デパートの駐車場の店舗入り口で両親をおろし、買い物しててねと言っても必ず父だけ待っててくれました。
大人になると、母は対等の人間として娘を扱い、頼るけど、父にとってはいつまでも保護する対象だったようです。
父とやり取りしたメールは三代前のガラケーのなかに大事に保管しています。
病室の父に野球のリアルタイム情報メールしてたのに、途中から「フレーフレーわんこ」と私のこと応援してました(笑)
お父さん、不器用だし私も素直じゃなかったため会話は少なかったと思います。
小さいころは姫扱いしてくれました。
うっすら覚えているのは、保育園位の頃、夜暑くて掛け布団をかけずに寝ていたのですが、お父さんがかけてくれました。
私が暑くて何度も振り払っていたのですが、めげずに何度も何度も。
最後は私が根負けして布団かぶって寝ました笑。
お互い照れ屋で恥ずかしがり屋なのですが、仲は良いです。
私の父も姫扱いという感じではありませんでしたが、昔、姉が石階段で転げ落ちたとき(幸いかすり傷で済みましたが)普段あまり感情を出さない父が大きな声を上げて、血相を変えて駆け寄った時の記憶がずっと頭に残っています。
当時思春期で、例に洩れず父を毛嫌いしていた(笑)私でも、必死に安否を確かめる父を見てなんだか胸が熱くなりました。
仕事を退職した今でも、足が弱ってうまく歩けない中でもできる家事をしながら、遅い時間に帰る私のご飯を作ってくれる父に、親孝行しないとな…と思いながらもなかなか気恥ずかしくて感謝を伝えられないワタシ…f^_^;
ダメだな、ちゃんと言葉で伝えないと。
あとは、それをどう表現するかなんですよね。
どうやるかなぁ。
少しでも伝わっているといいんだけど。
サラリーマン川柳、私は大好きです(笑)私の家族の中では父親は煙たがられるどころか、何でも出来てとても頼れて尊敬出来る、とても大きな存在です。私は父親に顔がソックリですが、それも嬉しいくらいです(笑)私は完全に父親の娘なんだなと実感できるし。ハッキリ言って、嫁に行った今でも夫より父親の方が頼れる存在です(笑)親離れ出来てない。。。
うちは家族自体がとても仲が良く、グループLINEでしょっちゅう連絡取り合っています^ ^
私が「かすみ草」の名前にした理由は両親に関係があります。
はじめは一輪で見映えのする大好きな花の名前を考えましたが、既にいらっしゃって…
次に浮かんだのが「かすみ草」です。
私は両親が大好きで、小学生の頃に両親の結婚記念日を初めて知った時、花束をプレゼントしたい!と子供ながらに思いました。おこづかいを数千円貯めて友達と自転車で遠くの花屋へ。
今は一種類だけのスタイリッシュでお洒落な花束等、様々なスタイルがありますが、当時はお任せと言えば主役の花数種類に必ず周りをかすみ草が囲むスタイルでした。
私が人生初めて買った花束には、自分で選んだピンクのスイートピー、数種類の花、それにたくさんのかすみ草でした。
大きな花束を自転車のカゴからはみ出ないように気を付けながら自宅へ戻り、両親にばれないように部屋へ隠し。
ドキドキしながら夜、プレゼントをしたことを覚えています。
両親は「そんな遠くに子供達で行って危ないでしょ!」といいながらも泣いて喜んでくれました。
その姿を見て私も号泣(笑)
そんな思い出が「かすみ草」です(*´ ˘ `*)
離れて暮らしていると、やはり両親の有難みが身に染みます。
久しぶりに結婚記念日、プレゼントしようかな。
全米が泣いた(;´༎ຶД༎ຶ`)
結婚してください♡♡♡
うわぁ♡まゆたまちゃんだ
おはよう
あははっ
はいっ、ぜひお願いします(,,• •,,)♡♡
今、モシモノふたりで
濱口京子が呂敏というモデルとデートしてた。
なんか…可愛かった(^∇^)
しかし…好きと言いすぎ(笑)
それより、追跡してる
アニマル濱口が所々で語る
娘への思いが深すぎて、素晴らしすぎて
感動した…(ToT)
>何を聞いても答えてくれる父が私は大好きでした。
こんな父がよかった。
どうしてこんなに父になってくれなかったんだろう。
体裁を取り繕わずに、八方美人の威厳もないのに威張ってばかりの父。
父親の役割は大きいのに。
本当にどれだけ親を尊敬したいと思ったことか。
恨んでもしょうがないのに。
好きですよ。
たくさん甘やかしてくれたし、私ずっとお父さん子だったんです。
今も、だいぶ理不尽なこと頼んでも喜んで引き受けてくれます。
こんなに無条件に愛情を注いでくれる人は、他にいないと思います。
一時期、父のこと本当に許せないと思ったこともあったけど、だけどそれも父の人間としての弱さ故のもので、戻ってきてくれて良かったと今は本当にそう思います。
せっかく生きているのだから、今日まで生きていて良かったと思えるような幸せを感じさせてあげたい。
私の花嫁姿や孫の顔、せめて幸せに過ごしている姿だけでも、たくさん見せてあげたいなぁ。
ウルウルしてます。。。。
私はお父さんっ子なのでこのブログではよくお父さんの話しています
娘にとって母親からの愛情と父親からの愛情って全然違うのですよね。
母に怒られてても、父は必ず守ってくれた。
いたずらした後はお父さんの後ろにいつも隠れてた。
いつも父の胡座の中に座って一緒にテレビを見ていた。
あの頃に1日だけ戻りたいなぁ。
父の胡座の中に収まる大きさだった頃に。
父のことが大好きです。
いつも優しく私を見守ってくれています。
父のことが大好きだから、その父の大事なものである私は絶対に幸せにならなくちゃ。
自分の価値だって、誰かに何かを言われたとしても変わらずそこにあります。
週末、両親と旅行に行ってきました。
旅行の話が出た時に
宿がある場所から少し離れたところにある
神社に行ってみたいんだよねぇと
雑談の中でサラッと言っていたのですが
父が連れて行ってくれました。
言った当人すら忘れていたのに(!!)
覚えていてくれたこと、
風邪をひいて体調も良くないのに
回り道になるルートを取ってまで
連れて行ってくれたこと、
驚きと嬉しさでいっぱいになりました。
私と父は性格や考え方が合わないので
母親というトランスがないと
会話も続きませんし、離れて暮らすことで
ようやくバランスが取れるような親子です。
表現が下手なだけで
愛情がないわけではないのだということも
いいオトナになってから
ようやく理解するような
不出来で可愛げのない娘ですが、
父にとってはいくつになっても
姫なのですね。
父に「連れてきてくれてありがとう」と
お礼を言うと嬉しそうに笑っていました。
今、父は私の兄弟のことで悩んでいます。
だから、悩みが少しでも軽くなるようにと思い、関連することを調べノートにまとめプレゼントしました。
すると次の日、
「昨日、小さいおまえたちを連れて歩く夢を見ました。いつも有難う。愛してるよ。」
とメールが来ました。
なんだか涙がでました。
やっぱり子供に何かあると親が一番心配してくれるんだと思うと、絶対に幸せになろうと思いました。
kouさん喜んで!
この関連の記事を読んでたら父の嫌な思い出ばかり出てきたけど、今は嫌なとこ思い出してる「私」が思い浮かんできました。
この記事読んだら嫌な思いしてたよね、私。
もう大丈夫だよ(^^)
まりはちゃんの自転車のコメントを読んで思い出した。
私が原付でケガを追わされたとき、怖くてもう乗りたくない私を父が無理矢理練習させてくれたの。
「もう乗れなくていい」
って恐怖心から諦めてたのに
「見といてやる」
ってつきあってくれて、エンジンかけるのが怖くて怖くて、エンジンかけた原付に乗るのをイヤイヤしてたけど、乗って見せてくれたり根気よく待ってくれた。
車の免許とったときも父に乗ってもらい、どこに行けばいいかわからず彷徨ったな(笑)
父は父なりの暖かい目で見守ってくれてたんですね。
子どもの時、父は寡黙な人だったのですが、私がテニス始めた時ラケットを買ってきてくれたり、私の卒業式に母が倒れて代わりに父が会社休んできてくれました。ここぞと言う時は関わってくれてました(^^;
今は私が一人暮らしをしていて、凄く親のありがたさが分かったので帰った時には、ちょっとだけ親考古する様にしてます。
多分嬉しいのでしょう。母が、お父さんよう喋るわと毎回ぼやきます(笑)
私は、父が大好きです。
麻子さんの父と同じように、何を聞いても答えてくれました。
答えてくれるだけでなく、そこからさらに疑問を深めてくれました。
「飛行機雲って何でできるの?」
「こういう理由だよ。じゃあ、飛行機って何で飛んでると思う?」
私は、父が大好きです。
20歳になったら、一緒にデートしてお酒が飲めるところに連れていってもらうのが夢でした。
いつか結婚する人も、父みたいな人がいいです。
私は末っ子で生まれて、姉以外には可愛がられて育ちました。
父はデレデレ。嬉しい!ありがとう♡といえば、毎週りんごをたくさんくれます。なんでもくれるし買ってくれる父。
大学時代の一人暮らしのわがままは最終的に通らせました。就活中は生活費プラス10万の仕送り。
感謝しています。
母もデレデレ。可愛がってくれました。30になった今も隣にベタッとくっつくと嬉しそうにしてます。わがままは通らせます笑。
帰省するといつも話を聞いてくれる。
兄も隠れデレデレ。ツンデレだったけどとても優しくて、父以外、姉、母、お嫁さん、娘2人とみんな女性に囲まれた兄はよく女の気持ちを理解してくれます。
よく遊んでくれ、沢山教えてくれて、私はブラコンになりました。結婚した時、ちょっと嫉妬しました。寂しかった。
昔は通らなかった私のわがままは、有無を言わせず通らせてます。
姉は、もっと色々な事教えて欲しかったし、可愛がって欲しかったです。
ちょっと思い返して見ても、沢山愛してもらえてます。
だから、「愛される自分」が自然で、当たり前です。
過去の彼達に「甘え上手」と言われた割合は高めです。
父世代や母世代、兄世代の人達に、自然と甘えられ仲良くできます。
家族が好きです。結婚したいのは、またあの幸せな時間を過ごしたいからでもあります。
家族に大切にされて愛されてよかったです。
「リプトン」は、私の家族が作りました。
幸せな家族を作りたいです。
父がしてくれたことはたくさんあります。
父が亡くなって7年近く経ちますが、今になって話したいことがたくさんあると気づきます。
私は父が生きていた時、父が好きではなかったです。亭主関白の父でしたし、母は苦労してました。
私にとっては父が男性の見本でした。
だから、男性が大嫌いになりました。
いつも女性を見下して、プライドが高くて、横柄で、女性は男性の小間使だぐらいにしか思ってなかった父が心底大嫌いでした。
だから、私は男性に依存することなく1人で自立できる職につかなければと必死でした。
父が死んだのは、私が社会人となって5年目の時でした。
その頃の私は、人生も楽しくなくて、いつも愚痴ばかり、いろんな嫌なことを他人のせいにして、仕事もうまくいかなくて、いつ死んでもいい、早く死にたいなと思ってました。
そんな時に、父はいきなり他界しました。
最後に父と交わした言葉も覚えてません。
一体何を話したのか?思い出そうとしたけど、思い出せませんでした。
おそらく、1週間近く一緒に暮らしていたにもかかわらず会話をしてなかったと思います。
ひどい娘だなぁと思いました。
社会人になって、10年は経ちました。
父の勤続年数にはまだまだ遠く及ばない。
だって、18歳から働いてましたから。
会社に勤めて、辛いことは多々あります。
父はこんな思いをしながら働いていたのかなと。こんな時どう言う思いで働いてたのかな?こんな時はどうやって解決してたのかな?泣いた時あった?などなど、聞きたいことはたくさんあります。
今になって、父親の凄さ、偉大さを本当に感じてます。会社の男性を見ては、こうやって家族を守っていたんだと涙が出ます。私の父もこうやって私を守ってくれていたんだと。
いつもしっかり働くことを何十年も継続することは本当に大変で、本当に尊敬に値する。
父にありがとうと言いたいです。
そして、私は必ずこの社会で成し遂げようと思います。女性として男性をサポートしていきたい。
私は私らしいやり方で。
恋愛の勉強をして何が一番変わったかというと
父に対する認識です。
色々あってすっかりこじれて忘れてしまった気持ち
思い出せてくれたKouさんに感謝します。
きっとここで恋愛の勉強をしなかったら
父に対する誤解は解消されなかったでしょう。
男性である父に愛されていたことに気がつき
女性としての扱われ方や愛され方
それと女性として愛されてもいいんだなと自分に許可できたのも
父との関係が正常になったからだと思います。
よく娘は父親との関係が良いと
恋愛も上手くいくと聞いたことがあるのですが
これは本当にそうかもしれません
一番身近な男性から愛された経験がないと
女性として自信が持てないのかもしれないし
女性としての自分を上手く認識できないのでしょうね。
娘に戻れたから、女性にもなれました。
わたしも同じように思っていますね。
知らないことや疑問に思うことを口にすると
父は何でも答えてくれるすごい存在です。
現役時代は忙しく甘やかされたことはないけど、父はかっこよくて大好きでした。
最近仕事をやめてからは、けっこう優しく助けてもらってます。
お父さん、娘にあまあまです。
お母さんがめちゃくちゃ厳しかった分、
他の家庭より甘かったと思います。
私が大人になって、いつの間にかお父さんは、
アッシー君、メッシー君と化しました(笑)
私も、父に姫扱いされた記憶はありません。
祖父が愛情表現が苦手だったので、父も、娘への愛し方がわからなかったのかなぁ?と思います。
ただ、たまに古本屋で本を買ってきてくれたり、
父は自営業だったので、事務所で一緒に過ごしたり。
何かとお客さんの所や、買い物に着いて行ったり、他の家庭より、父と一緒に居る時間は長かったと思います。
言葉はないけど、『一緒に居ること』も父の愛情表現ですよね╰(*´︶`*)╯♡
また、大人になってからのほうが父からの愛情を感じる事が増えました。
昭和の男は、娘の愛し方は不器用ですが、
本当は愛してくれてるんだなーというのが、今になって分かります。
あ!
書いてて気づきました。
私の好きになる人は、職人堅気で不器用な人、、、
父や祖父に似てる人を好きに無意識に惹かれてるんですね:(;゙゚’ω゚’):
家族で満たされなかった友達はモテる人もいました。
男性からの愛を得る事が最優先事項。天然で、コーさんの教えを実行できてる。滲み出る色気。女性らしさ。
求める気持ちが純粋で本気だから、願い通りになってる。
子供も生まれて幸せに暮らしてます。
辛いことはあったのだろうけど、本当凄いなぁって尊敬します。
本気の本気で心からモテる女になりたい!と思い続ければ、求めれば、自然〜とモテる女になるのかな。
本気の本気で求める事!感じる事!
ちなみにセックスも上手いんですよね。
人の感性ってすごいなあ。
なかなか感謝を伝える機会はなく、女3人なので、立場が弱くなってますね。
私が幸せな姿見せるから、待っててね。
実家に帰ると、姫がご帰還されたぞー!っていう感じでみんな私に優しい。笑
一人娘で大切にされてきたし、大学進学からずっと親元を離れてるから。
父も、母も、弟も、思いっきり私を甘やかしてくれる。
父は、帰省する時はいつも私が好きなケーキ屋さんのケーキを買っといてくれる。私は毎回何気に楽しみにしている。
うちの父はお料理上手だから、隠し味とか美味しく仕上げる一手間とか豆知識を教えてもらったりもする。一時期、父がプリン作りに凝っていて、私も負けじと美味しいプリン作りの研究に勤しんだ時期があったなぁ。笑
父と会話してる時、めんどくさがらず「へぇ〜知らなかった。それでそれで?」って話聞いてあげると、すごく嬉しそうに話してくれるし、教えてくれる。笑
私が東京に帰るときは、いつもドアの前で見えなくなるまで見送ってくれる。
母は友だち母娘みたいに仲良し。ケンカもよくするけど。母には私の気持ちは離れててもお見通しだし、隠しても無駄だから色々相談しちゃう。誰よりも心配してくれるし、分かってくれようとしてくれる。
旅行に温泉に、ショッピングにランチに。やっぱり母娘水入らずで過ごす時間は楽しい。
明るく、お茶目で、うちの家族の太陽みたいな母。母が可愛くとぼけたり、お茶目な一言で父をおだてるときに、父の笑顔がいつもよりデレデレしてるのを私は見逃していない。笑
末弟は、いつからかお兄ちゃんみたいに頼れる優しい男の子に成長してくれたな。そして昔からイケメンで自慢の弟。姉(姫)のわがままに、なんだかんだいつも付き合ってくれる。「チョコ(犬)の散歩一緒に行って」とか、「車出して」とか。
向こうは向こうで、末っ子の本領発揮して、姉をおだてて甘えて動かすのも上手。「姉貴、また綺麗になった?てかやっぱり美人だよね。さすがだわ。…俺の分もコーヒー淹れて♫」とか。あざといけどかわいい。笑
上の弟は、寡黙でなかなか絡んでくれないけどすごく優しい。さりげなく気が利く。
私はクールな長男の優しさが嬉しくてつい、「えー!超優しい!やっぱり気が利くね!さすが♡」って跳んで喜んじゃう。笑
父だけじゃなくて、家族みんなになっちゃったけど、私はこんなに愛されて育ったんだなぁ。今度帰ったら、みんなにちゃんとありがとうの気持ちで接しよう♡
一人暮らしを勝手に決めて家を出て行くまでは、すごく仲が悪かった、というか家の中が全体的にピリピリしていた。
そう遠くない距離だったから、食料を大量に買って家まで届けにきてくれたりして、一人暮らしをしたことによって父の思いやりが伝わってきて、昔持っていたはずの父への愛情も蘇ってきました。
今は実家に戻っていますが、一人暮らしをしていた時と同じく、わたしが喜ぶと思ってたくさんお菓子とかを買って帰ってきてくれます。(笑)
父のことが大好きだし尊敬しています。
面と向かっていったことないけど(笑)
父が認めてくれるような人と結婚したいと思うのは当たり前なのかもしれません。
私の中の男性の基準は父と同等かそれ以上の人です(笑)