
←この記事をお気に入りに追加します。あとで読み返せます。Kouです。
12時間レッスン2014の0時限目は、15日(土)が回答期限です。
「えっ、12時間レッスン2014って何ですか!?」
などという不届きな人は、まさかいないとは思いますが!
いいですか。今日が回答期限日なんですよ。まだの場合は、土曜日にじっくり考えてください。
12時間レッスンに参加するには、メルマガ読者になっている必要があります。恋愛技法メルマガを読んでいる人ならだれでも参加できます。
「メルマガってどうやったら読めるんですか!?」
というとんでもない人は、この記事の下の方をスクロールして読んでください。そして、読者登録申請してください。メルマガの読者申請を受け付ける措置は、ずっと続けるかどうかは分かりません。
さて、こちら。
その恋愛技法メルマガでは、メルマガの内容について意見をコメントに書けるスペースを設けています。そこに、なんとまた素晴らしいコメントをいただきました。
僕はこれを読んで、ちょっと来てしまいました(^^;
世のお父さん、必見です。
ちなみに僕はお父さんでも何でもないので、その気持ちは本当はさっぱり分からないはずですが、分かりました(笑)。
麻子さんより:
父が私のことを姫として扱ってくれた記憶は一度もありません。
一人娘なのに猫かわいがりということは全くなくて、とってもさっぱり。 でも、毎日の会話は多かったと思います。
分からないことは何でも教えてくれました。
父と一緒にニュースを見ながら色々質問していたおかかげで、政治や世界情勢にも自然と深い興味を持つようになったと思います 。
スポーツも映画も洋楽も、何を聞いても答えてくれる父が私は大好きでした。
それは子供の頃から今までずっと変わりません。姫扱いはなかったけど、
やっぱり愛情たっぷりに育ててくれたのだなあ、と
今は感謝の気持ちでいっぱいです!
どうですか(^^*
残念ながらこのブログの読者の大半は女性なのですが、もし「お父さん」な男性が読んだら泣けますよ。
日本は、お父さんに厳しいんです。
めちゃくちゃ厳しいです。
特に娘からの風当たりは強いというのが世間一般のイメージになってしまっています。
完全に汚れ役扱いです。
テレビをつけたら、帰宅すると娘や妻に煙たがられるシーンばかり出てきます。
僕の大嫌いな「サラリーマン川柳」とやらも、読んでみるとまあひどいですよね。いかに肩身の狭い思いをしているかが分かります。
そんなお父さんに対して、これです。
「何を聞いても答えてくれる父が私は大好きでした。」
もし僕が娘の父親だったら、絶対言われたいです(^^
「それは子供の頃から今までずっと変わりません。」
こんなことを言われた日には、号泣してしまいそうです。
テレビや雑誌で、娘が父親に向けてこんなことを言うシーンが見られるでしょうか。
たまりません。
女性たちは、本当はそう思っていたのです。
でもなかなか言う機会なんかないんですよね。意思表示する場面なんかないんです。
そんな感じだから、彼女たち自身も自分のそういう気持ちを出さないまま過ごして徐々に忘れていくわけです。
本当にこのコメント、「お父さん」たちにぜひ読んでもらいたいです。
多分読んだら、娘に対する接し方が変わりますよ。
絶対変わります。
このコメントは麻子さんが書いてくれたものですが、これは彼女に限った心境ではないはずなのです。
あなたも、少なからず彼女と同じように思っていたと感じたんじゃないでしょうか。
度合いは関係ありません。
そう思えていることが大事なのです。
私もお父さん大好きです。
血のつながりはありません。
でも、可愛がって育ててくれたことは身にしみて感じられます。
お父さんに、「お父さん大好き」って言うと、隠れて泣いています(^_^)
やっぱり、素直な気持ちを相手に伝えることって、相手の気持ちにも素直に届くんですよね。
父は私にとって「神様」でした。
生きる指針でした。
反抗期もありましたが父は私に寄り添ってくれました。
私が悩める時も苦しい時も必ず見守り助け同じように苦しみ悩んでくれました。
優しくて強くお茶目で脆く弱い男性でした。
娘時代は父の息抜きの夜のスナック通いに毎晩自ら付いて行き世のおじさま達に父は羨ましがられてましたが父は「これじゃ悪さも出来ない」と頭を掻き掻きそれでも満更でもない様子で笑っていました。
私がお嫁に行ってからも「俺から心愛を奪った」と亡くなるその時まで元夫に張り合っていました。
亡くなってもう15年以上経ちますがコメントを書きながら涙が止まりません。
ひょっとしたら彼より今でも愛してるかも?
私の大好きな父でした。
私は父親に特別にかわいがられた記憶があまりありません。
わからないこととかを聞いてもきちんと答えてくれなかったし、子供の頃くずってもうるさいっ!!と一喝して終わりでした。
何が辛いのかとか、どうして欲しいのかとか話を聞いてもらえたことがなかったし、怖くて何も言えませんでした。
弟妹に対してもそうだったので、ある意味平等ではあったと思います。
妹に対しては、理由もなく八つ当たり的なことすらしていたと思います。
普通は末っ子の女の子なんて一番可愛がられるはずなのに。
ただ、これまで育ててくれたことは感謝しています。
最近は、年をとって、前より丸くなったのか私の誕生日のときはおめでとうメールとかもくれます。
多分、私が欲していた愛情表現はもらえなかったけれど、父親なりに愛してくれていたのかなと思います。
でも、それ故受け取りそびれてしまったことがたくさんあったように思います。
わたしの父はわたしの幼少期、わたしの望みをすべて叶えてくれるひとでした。
わたしはずっと父が大好きで、認められたいと思ってました。
ただ、わたしがどんなに学校で優秀な成果をおさめても褒めてくれることはなく、父に褒められたい一心で何事も打ち込んできたことを覚えてます。
次第にわたしが反抗期になり、そして父に酒が入ると反抗するたびに暴力を振るわれ当時は時折殺してやりたいと思うほど憎んだこともありました。
わたしは父に愛されていないのだと思いました。
父も母も自分たちの老後のために、わたしを産んだんだと思いました。
それに嫌気がさしてわたしは大学を機に親元を離れましたがそれから10年後、結婚式を挙げた日に驚くべきことが起こりました。
父が誰よりも号泣していたのです。
怒り以外の感情しかわたしに向けてこなかった父が初めてわたしのために泣いてくれた日でした。
その時はじめて、わたしは父に愛されていたのだなと思いました。
それに気づくのに30年も経ってしまったけど、その涙でわたしのなかにあった父への誤解が解け、途方もなく不器用な男性であったんだなと理解しました。
父親との接し方、理解するということは、その女性の恋愛に少なからず影響があるような気がしてなりません。
私は、つい最近まで父が大の苦手でした。
私が小さい頃から、母に冷たく当たっているのを見続けてきたし、仕事のストレスか私達に怒鳴りつけるけることも多かったし、私や妹にも何かと厳しかった父でした。
でも、この記事を読んで、急に違う父の姿が見えました。
沢山のストレスを抱えながらも、仕事を頑張り、家族に経済的には何不自由ないようにしてくれたこと、家族みんなでの海外旅行に、数え切れないほど連れて行ってくれて、私たちを楽しませてくれたこと。
私がまだ小学生だったある真冬の夜、公園まで私をおんぶしながら連れて行ってくれ、寒空の下ずっと滑り台に付き合ってくれたこと(仕事が忙しかった父と公園に行った記憶は、これしか思い出せません (*,,oωo,,*) )。。。
父なりに、私たちに一生懸命愛情を注いでくれていたことにやっと気が付きました。
父はもう70半ばを過ぎてしまいましたが、今父の大きな愛情に気付くことができてよかったです。
母は、冷たかった父にとうとう背を向けてしまいましたが、それも仕方ないと思っています。でもせめて私だけでも、父に優しくしてあげようと思いました。
ちょうど父が、来週子供たちに会いに、うちに遊びにくるので、感謝の気持ちを言ってみようかな。
人からもらう愛情は、案外よく目を凝らさないと見えないものなのかもしれないと思いました。
いつもありがとうございます(*^^*)
父、大好きです。
私が就職活動をするとき、父に聞きました。
『私の強みって何??』
長く組織で働いている人からみて、私の強みを聞きたかったのです。
父は、『お前は、組織の活性剤になれる。』
と言ってくれました。
少し前、尊敬する今の上司から、全く同じことをいわれました。
父は私の強みや良さをしっかり見極めてくれていたのですね。
そして、私も、その言葉のように成長出来たのかな…?と、嬉しい出来事でした。
父との思い出…
仕事ばかりで、あまりお家にいた事がありませんでした。
それでも、長期の休み(春休み、夏休み)には必ず家族旅行に連れて行ってくれました。
かなり厳格な祖父だったので、祖父の存在が大き過ぎて、父の存在が薄く、ほんとに小さい頃の記憶が無い…
そんな祖父が他界してから、父がどんな人かちゃんと知りました。
兄弟の中で妹だけがまだ両親と暮らしています。その妹が父の良さを私に伝えてくれるのです。
父の良さ、、、
それはかなりの天然(笑)
天然エピソードは私達兄弟にとって衝撃的でした(笑)
それからですね、父とおバカな話で盛り上がれます(笑)
『タイガーウッド』と『アンジェリーナジョニー』(笑)
私のアホさは、父親譲りでした(笑)
これもまた、気付けて良かった(*^^*)
天然パパンが大好きです(笑)
私の父は何でもできる人。見た目がカッコいい人。頭がいい人。自由すぎる母に虐げられ?仕事に家事に育児に…ちょっと可愛そうに見えた。
愛情はすれ違ったかもしれないけれど、小さい頃から自慢のお父さんだった。こんな男性をつかまえた母を羨ましく思う。父より素敵な男性に、私はまだ出会ったことがない。
父。
長女だったからか、小さい頃、とっても可愛がられてたんだなぁと改めて思い出してました。眼の中に入れても痛くない、、。そんな風だったようです。わたしも父は大好きでした。
一時期とても、父と距離を感じたことがあります。と言うより裏切られたような、複雑な心境でした。
月日が経つにつれ、妹が亡くなり、父も何かに気付いてゆっくりと変わってます。
今は、好きだし、嫌いでもあります 笑。でも、何だかんだ言っても愛情は充分受けてますよ(*^^*)。それはとても感じられます。
正直に書きます。
私は父親に対する愛情はないです。
父には、あるかもしれないですね。
でも縁切りをしてきたのは向こうですし、私は私から父に対して、何かしら働きかけたり、接触をもつ気はないです。
父は私のお母さんに暴言を吐いていました。バカにしていました。
それを見て育ちました。
でもお母さんに手をあげることはなかったですね。
私が父に反抗的だと、私のことは叩いたり蹴ったりしてきました。
言うことをきかせようと必死だったんでしょうね。それが「愛情」だと言われるなら、そんな愛情はいらないですし、母が父から受けるような「愛情」もいらないです。
父がこの先どうなり、どう生き、死ぬのかも、そんなに関心がわきません。
このまま一生会わなくても、後悔とかないと思います。
「嫌い」とはもう違いますね。
「無関心」になってしまいました。
距離があって、会わない時間が長いからかもしれないですけど。感覚が鈍くなってるのかも?
実家にいた時、父親を汚ないとは思いませんでした。彼の人間性、言動がどうしても許せなかったのです。
私の好きな彼は、父とは全然違います。
そういう意味では、「父親と似てる人を好きになる」ではなくて、ホッとしています(笑)
「私の理想とする人」を好きになることが出来たと実感しています。
私は育児に関心はないので、彼に父親像を求めていないです。人として、男として、魅力的でありさえすればそれでいいです。
父親の話ですか~!メルマガでお二方の話を読んでとっても和みました!いいですね!
せっかくなのでものすごい自慢になっちゃいますが今まで誰にも自慢したことがない
うちの父の事も書かせていただきます。笑
顔は二枚目(若い頃の津川雅彦さんにこれほど似ている人を見たことがないとご年配の方に
言われてました笑)、強くて(空手5段)、頭がよくてお洒落、地元福岡の武士の家系の
直系長男で祖父の会社を継いで二代目の社長。
真面目でギャンブルは一切せずタバコも吸わずとてもグルメです笑
学生時代は女学生達のアイドルだったらしく、取り巻きの女の子まで結構な数いたそうですが
そんな父を射止めたのは特別美人でもない母だったようです。
子供の頃から外出する先々で、お父さんかっこいいわねー!とデパートの店員さんやら
印象店で近くの席に座ったおばさま達から言われるのですが
お母さん美人ね!とは言われた事がありません。笑
母は美人ではないものの、いつも明るく料理上手で話が面白く友達もとても多くて、
私の同級生達からも人気がありました。
同窓会に行くと必ず「お母さん元気!?」と聞かれます。
そんな両親ですが、父の方はとても躾に厳しい人でした。
サザエさんに出てくる波平さんみたいな性格なんです。笑
人前や目上の方へは父、母と呼ぶように厳しく言われたのは幼稚園の頃。
その他、食事のマナーや座り方に至るまで(膝を付けて脚を動かさない、姿勢など)
毎日ものすごく怖かったです。
自由に騒いで走り回ってる他の子たちがすごく羨ましかったですよ!
でも小学生になった頃から、知らないおじさんやおばさんから
「あら、お利口さんね」と言われたり、最近だと彼からそういうキチンとしてるところが
好きと言われたりしたことが嬉しくて今では父にとても感謝しています!
そういえば私も人前で父から褒められた事はないですが、父の知り合いの人から、
娘さんべっぴんさんだなぁと言われた事があって、その時の父の顔といったら…
たぶん人生で一度しか見たことがないほど初めてみる照れた嬉しそうな笑顔でした。
そんな父も一昨年過労から来る病気で亡くなりました。
亡くなる数日前、朦朧とした意識の中で願いが叶うならお前達の花嫁姿を見たかったと姉に言って涙を流していたそうです。
仕事が一番のようで、実はその仕事も家族のためだったのだなと今ならわかります…。
親孝行もっとしたかったです。
けれど、今から私が幸せになるのが本当に一番の親孝行だと思うので頑張ります!
父の影響からか私は男性の好みが知らず知らずのうちに礼儀正しくて正義感のつよい
真面目で男らしい人になっていました。
女性の前で平気で下品な話をするような人やチャラチャラした人がとても苦手です…。
私がこのサイトに居座るようになったのも、kouさんがとても上品で紳士で
それでいてとても頭のよい頼りがいのある方で大好きだからです!
ここに来る前はTwitterですごく人気のある女性の恋愛相談ブログをよく見ていたのですが
なるほど、と思う事はたくさん書かれているのに、その女性、下ネタやHネタが多く
口調がとても雑で好きになれなかったのです…。
今のところ彼とは毎日楽しく順調ですが、自分自身がもっともっと素敵な女性になりたいのでこれからもよろしくお願いします!
私の家族はみんな仲良しです♡
なぜなら、父と母が結婚して今年で31回目やのに、今もラブラブだからです。
まるで恋人同士のように、休みの日は映画を二人で見に行ったり。
紅葉見に、京都に行ったり。
家族みんなで旅行にも行きます。
姉がいるのですが、妹の私に甘々です。笑
(どこかの記事のコメントにも書きました。)
父が、精神的な病気になったときも、みんなで支えました。
今は、笑えるようにまでになりました。
どんなことがあっても、生きる。
諦めないこと。
私は父にそれを教えてもらったのです。
昔、父親の愛情は女の子の恋愛に影響するというのを何かで読んで
色々複雑だったから諦めていました(^_^;)
負の連鎖がとても怖かったです。
悪い連鎖は私の代で断ち切ります☆
コメントを読んでお父さんを想像して
暖かい気持ちになれました(´∀`*)♪
うちのお父さんは飲みに行くことが多くほとんど家に帰ってきませんでした。
だからあんまり会話はありません。
帰ってきても母とケンカばかり。
よく飲みに行ってたスナックの女の人と結婚したいからと母に離婚を切り出しましたが母は悔しかったのかなかなか別れず、そのうち父が借金だらけだったことが発覚してやっと離婚しました。
この離婚届けを書く時もなぜか私の前で「お父さんとお母さん離婚してもいいね?」といいながら書いていたので、事後報告でいいのになんでこんな親の姿見なきゃいけないのと思って、情けなかったです。
そんなこんなで途中からお父さんだけじゃなくお母さんも出てきちゃったけど。。
今は私が仕事で子供が熱出ちゃった時とかお父さんが面倒みてくれたりするので感謝しています。
相変わらず、○○(息子)熱下がったー?とか聞くぐらいで会話はないけど。。
でも、子供いるのに恋愛出来るなんて完全に親のおかげだと思っています。
私はお金なんてなくていいから、ちびまる子ちゃんとかサザエさんみたいな家族に憧れてて、今も憧れてるけど、現実的に考えたら無理なのはわかってるから、自分の子供だけは大事にしてあげたいです。
自分が小さい頃されて辛かったことを自分の子供にしそうになると昔のことがフラッシュバックしてきて苦しくなるので、そのたびにスクールカウンセラーやら学童の先生に相談しに行き、だんだん変わってきたので、連鎖は大丈夫だと思います。
生きてるといろいろありますね。
とっても素敵なお父様だなって
読みました*^^*
ありがとうございます。
Kouさんも、愛情らしい愛情を受けれる環境に身をおいて来なかった人もいると言う事を過去に書かれていますね。
私も、その上で今回の記事を書かれて
いるんだな~って昨夜から温かい気持ちで
読ませて頂いてました*^^*
世の中には愛情表現が不器用な親も
精神的に未熟な親もたくさんいます。
そもそも愛情らしきものを持っていない
親もいます。
私の友人達にも愛情らしい愛情は
与えてもらえた記憶がないけれど
それが普通だと思っていたし
成人して周りを見てから
こんな環境は少数派だったんだと
驚いたと言う声を聞いたりしています。
でも自分が幸せになってしまえば
理不尽な親の事も気にならなくなるし
許す必要もないけれど、どうでも
よくなるから許せるよ(笑)と言う様な
声も聞いたりします*^^*
だからこそ、友人達や彼や主人からの
愛情も、少しの事で喜べるし
周りから何気ない声をかけてもらえる事も
とても感謝できる様になったよ~
あの親で良かったよ(笑)
と言う力強く頼もしい声も聞きます。
私も本来のあるべき姿を認識する事って
とても大切なんじゃないかな。と
思います。
少し胸の痛い気持ちになるかもしれないけれど*^^*
知ってから他の家庭の姿を勉強して
自分の家庭を軌道修正したり
恋愛に活かしたりしている友人たちも
たくさんいます。
そもそも親との関係も、もはや
今の恋愛には影響しない。
親は一人の未熟な人間であって
私は私。と言い切る友人もいます。
色々ですね。
コメントを書かれていない方でも
「私はそんなに愛情をもらえた記憶がないな~」って読んでらっしゃる方も
たくさんいらっしゃると思うのですが
それも一つの形であって、全てではない。
と私も思います*^^*
与えられた環境も自分に活かす事は
出来ると思うのです。
家庭環境は複雑だったけれど
その分、今の恋愛や家庭では幸せを
築けていると言う人もたくさん
いますよね。
私も、この記事のお父様、
なかなか出来ない事だな。って
普段の愛情表現って大切だな。って
読ませて頂きました。
愛情表現って色々ですね。
自分が欲しかった愛情表現と
相手が思う愛情表現が違うことも
たくさんありますね。
また自分の父親の事も懐かしく
思い出しました。
世の中のお父さん、本当に大変だけど
頑張って欲しい(笑)
そんな気持ちにもなりました*^^*
父も母も子供のころは大嫌いでした(^^;
父は家族ではなく、何でも一番に考えるのは自分の事でした。
「お前はばばあ(母)に似て最悪だ」とののしられ、言葉ではなく暴力で訴えるので、そのせいで病院にも行きました。
わからないことを聞けば、いきなり「おまえは何のために学校に行っているんだ!先生は何をやっているんだ」などと怒鳴り散らされました。
家族仲が悪いせいでいつもぎすぎすして居心地がわるく、小学3年生あたりから家に帰るのが嫌でずっと学校にいました。それもよる8時過ぎまで毎日です。
今思えば普通じゃなかったけど、それができたのは担任の先生(男)が私を守ってくれたからです。
大人になって、当時一緒に遊んでいた同級生が話してくれたんです。
遅くまで生徒を返さないという事で、担任は教頭から怒られました。でも「自分が責任もって見てますから」と言って学校にいさせてくれたそうなんです。
そういえば用務員のおじさんたちも優しかったなぁ
私が愛情不足だと、大人の彼らにはわかって、可愛がってくれたのだと思います。
だから私にとっての父性は父以外の男性です。
道を外さなかったのも、それ以降にかかわった先生や友達のおかげなんです。
本当に感謝しています。
もとろん親にも、寝る場所を作り、ご飯を食べさせてくれ、学校にも行かせてもらって感謝しています。
大人になって、言いたいことが言えるようになり、それでも普通に会話ができるようになったので今は嫌いではありませんよっ(^^)
自分は負の連鎖をしないようにいっぱい本も読んだし、このブログにもたどり着けたので大丈夫なはずです!
長文失礼しました。
私は父が大好きです。
まだまだ育ててもらう年齢ですが、私が生まれてから17年間、父を嫌いになった記憶がありません。
イライラすることはあります。
面倒だと思うこともあります。
でも、母のことが大好きで、兄姉や私にとても優しい父が本当に好きです。
いつも変なことを言って家族を笑わせてくれる。
一生懸命、仕事をして家計を支えてくれる。
末っ子の私には特に甘いようです(笑)
父は非常に明るい人で、家族を愛してくれています。
3人も娘がいて、その3人目の私でも、しっかり「姫」として育ててくれています。
きっと私は恵まれている。
これからも父の愛情をしっかり浴びて、それに返事をしていきたいと思います(o ´ ` o)
優しい旦那さんがいるのに、心のなかに別の人もいて。
理性と本能がいったりきたりの毎日です。
好きな人と出張だった時、直前までその先を想像してた。完全勝負モードで、周りからも「今日、綺麗」と言われたし。
でも、前に進めなかった。出かける直前に偶然目に入った両親の写真が、笑顔の写真が、止めたような気がする。
私が望んでることは、父からもらった愛情を裏切ることになるんだって、この記事で思いました。
麻子です。
今回、自分のコメントがブログの記事で取り上げられていてびっくりしました。
少し恥ずかしくもあり…、でもKouさんにそんな風に受け止めて頂けたこと、とても嬉しく感じました。
ありがとうございます。
メルマガでみかたんさんのコメントを読まなかったら、きっと改めて父との関係を考えることもなかったと思います。いつも自分自身と深く向き合うきっかけを与えてくれるこちらのブログに感謝の気持ちでいっぱいです。
そして、今回のコメント欄を拝見して…、涙が溢れて溢れてどうしようもなかったです。
皆さんのコメントを読んでみて感じたことはただ一つ。
父親、もしくはご両親との関係と、その人の持つ人間性は全く関係ないのでは、ということ。
辛い経験をされているからこそ、なのかもしれません。
でも、それを全く感じさせない、明るくて朗らかで温かいお人柄がコメントからにじみ出てる方が沢山いらっしゃいます。
他の方の心の痛みに寄り添うことが出来る人としての包容力、愛情の深さは、決して親から与えられた愛情に比例するものではない、と感じました。
その人を創るのはやはりその人自身なのだ、と大切なことにまた気付かされました。
自分の思考、自分の意思をしっかり確立できるよう、私もがんばります。
皆さん、ありがとうございます。
父に愛情は感じていません。
基本スタンスが、例えば「〇〇高校(地元トップの進学校など)に進学できなければ、お前なんか価値はない。死んじまえ」と言ってしまうような人間だったので。何回「~出来なければ、お前に価値はない。死ね」って言われたかな・・・。
今、改めて自分に問いかけてみて、自分でも全く愛情を感じていないことが不思議です。
感謝はそれなりにしているので。経済的に、育ててもらったのは間違いないし。
昔は、憎しみで何度殺そうと思ったことか。
でも、おかげさまで、犯罪者になることなく、今まで生きてこれました。
それだけでも、良かったのかな。
今は「血はつながっているだけの他人」という「見ず知らずの人」に感じるような普通の感覚までに、なったかな・・・。
ですので、今回のようなブログのテーマはほんと、私にはドラマか映画の中の話のようで・・・。
父は不器用で、弱かったのです。
自分もある程度人生を経験し、人が完璧ではないことを知り、出生はやや貧乏くじひいたな、などと思いつつ、、、今はだいぶ、父のことを許せるようになったかも。
自分の弱さと向き合うこと、その想像すら出来ず、愚かで、哀れな人であったんだ、と・・・。
まあ、父のことに関しては、考える時間も無駄ですわ(笑)
私がしたいのは、今好きな彼も、これからも出会う素敵な男性たちとも、関係づくりをしていく上で、父の呪縛にとらわれないような、しなやかで強い女性になりたい、ってことです。
家族のことになると後ろ向きな記憶が思い出されて、
コメントもなかなかできませんでした。
コメントしてないけど、ぐるぐると良い思い出なかったかなって
過去から記憶を引っ張り出そうとしてました。
そんなとき、昨日旅行から帰ってきたばかりの父親が
珍しくうきうきした様子で私の部屋に入ってきました。
すごく自信満々にネックレスなるもの?をくれたのですが、
父は絶望的にセンスがないので、
反応に困るわw的なもので、
これまでの私だったら「あーはいはい。ありがとうございました」
と会話を強制終了させて突き放していたでしょう。
が、同じ家にいてもまともに話すことすらしていない娘を想って、
きっと何をあげれば喜ぶかとか散々考えを巡らしていたんだろうな
っていう気持ちになって、
久しぶりに父の前で笑顔でありがとうと言いました。
笑顔というか、そのセンスがおかしくて笑ってしまったというのも
あるのですが(-ω-)
私の中で家族に関する記憶はあまり明るいものではないのですが、
過去に嫌な思いをしたことが核となってしまって
親なりの愛情までも負のものとして扱って
無視しようとしてたところがあったなってあらためて思いましたし、
そうして自分の気持ちを無理やり蓋するのも苦しいような、
虚しいような、よくわからない感情でした。
こんな小さいことだけど
親に対して素直に喜んでありがとうって言うのが
私にとってはずっと難しいことだったから
自然と口に出して言えて、
心に抱えてきた荷物が少し軽くなったような気持ちになりました。
父から姫扱いまではいきませんが、愛情たっぷり育ててもらいました。
子供の頃からよく面倒を見てくれたことは今でも覚えています。
男性としては余り私のタイプではありませんが、感謝の気持ちでいっぱいです。
父親が病気で一時せん妄(ボケみたいなもん)になったとき、
本気で殺そうかと思った。
『早く死んでくれないかな』
『さっさと死ねばいいのに』って。
本気でそう思った。
いろんなことあったけど、
小さいころからずーっと愛情たっぷりで育ててくれたのに。
何があっても家族のだれよりも味方でいてくれたのに。
そんな人を一時的にでもそう思った自分。
性根曲がりまくりの腐りまくり。最高に最低。
そんなんだから
彼氏とのことだって全部彼氏のせいにするんだろうな。
自分のこと棚に上げて。
性根から叩き直さにゃいかん。
地盤改良地盤改良。
Kouさん、初めまして。
私はつい最近まで父のことが苦手でした。
どう接していいか分からなかったためです。
いつも父の機嫌を取ったり、言いたいことも言えず我慢をして、
顔色ばかり伺っている(ように見える)そんな母の様子もずっと
嫌で、父の言うことは無視・反論→逃げる・適当に流す・短く答え
→目を合わせない、という風に対応していました。
(それでも、家族として仲が悪かったわけではないです。
あくまでも私が父に「苦手意識」を持っていて、二人きりになったり
長い話をするのを避けていたわけです。表面上は「普通」にしてました)
ところが最近たまたま家族三人で小旅行をする機会がありまして、
(母との旅行に父が勝手にくっついてきた)、そこでまた父が母に
厳しめの言葉を浴びせるのを見てしまい、自分も怒りそうになった
のですが・・・
とりあえず父を怒らせると交通手段が途切れてしまう僻地にいましたので
(こんな経験は初です 笑)、ぐっとこらえて、とりあえず、父の表情や
立ち振舞い、言葉をじっくり観察して、父のことを理解してみようと
実験してみました。
その結果、
「厳し目に聞こえていたのは、父の声のトーンや速さだけであって、
内容は別に悪意はない・・・しかも父は私たちのことをものすごく
心配してオドオドしている。ものすごく愛してる」
・・・「しかも、旅行に突然くっついて来たのも、私達をこっそり
影から見守るためじゃん・・・」
と、腰が抜ける程の驚愕の事実が、突然「分かって」しまったの
です・・・
年を取って父が丸くなってきたせいもあるのかもしれませんが、
そもそもああいったシチュエーションにならない限り、
「父のことを一生懸命受け止めよう」と思えた環境になった
ことが人生の中でありませんでした。
私が父を苦手(ひどい時は嫌う)としていたこの30数年間の
人生って一体・・・
とかなりショックで、でも同時にもの嬉しくて、思わずその場で
ニヤニヤしてしまいました・・
そしてその後・・・
父との関係が(自分の中で)多少改善され、その2週間後、好きな
人も5年ぶりに突然出来てしまい、その1か月後に恋愛悩みの件で
Kouさんのこのブログに出会い、「父」に関するブログを読んでいる
・・・この展開の速さ!
Kouさんのブログを読む度に、故スティーブ・ジョブが言っていた、
「Connecting the dots・・・過去に体験した断続的な意味のなさない
出来事が、今という地点に立って振り返った時に1つのキレイな線
になっている」
ということを思い出して感無量です。
そして、Kouさんのブログで、「父」関係の話が出る度に、
「早くまた帰省して、お父さんに優しく接して甘えて、感謝の気持ちを
伝えたいなあ・・・」
と温かい気持ちになると同時に「何か行動を起こさなきゃ!」という
前向きなきもちになれるんです。
本当に、Kouさんの言う通り、男性問題・人間関係、すべて娘と父との
関係に大きく由来していると思います。それがKouさんのブログで
「分かった(=Connecting the dots)」だけでなく、
「次の上のレベル」(どう父と向き合うか、という行動を実際に起こす)に
意識を向けさせてもらって良かったです。
本当にいつもありがとうございます。
父親か~。
反抗期なんてなかったし、昔は父親みたいな男の人と結婚したい!なんて言ってましたが(笑)
親元を離れて数年、客観的に父を見られるようになってから、考え方が一変しました。
愛情はきちんと感じてますが、一個人として父を見ると、尊敬できないなって…
まあ愛憎紙一重とも言いますし、嫌いでもあり好きでもある、という状態は矛盾でなく自然なことだと思って、受け入れてます。
清濁合わせ呑むことができてこそ、大人ってものなのかなと。
私はいつも母に父にみたいな人と結婚したいなって言ってます。私は父が大好きです。そして尊敬してます。
今まで父から何に関しても、あれしろこうしろって言われたことがありません。進路も就職も私の好きなようにしなさいって。興味ないのかなって思ってましたが、母からこっそり父は私の選ぶ道なら大丈夫と信じてくれてるんだよと聞かされ、胸がいっぱになりました。
自分のことよりまず、子供のことを最優先にしてくれて何不自由なく育ててくれた父が私は大好きです。
私の父は過保護でした。
10代の頃は、それが鬱陶しくて鬱陶しくて…
大人になって、一人暮らしを始めたこともあって気にならなくなってきたと同時に、ここで男性心理を学んだことで、そんな過保護なのも私を溺愛しているからということが分かり、
可愛らしいと思うようにまでなりました。
そして、そんな父が私も大好きです。
好きという感情を持っていられること、それを実感できることも、とても嬉しい限りです…♡
こういった記事もそうなのですが
恋愛のお勉強をするうちに、、、
異性なら
まずは、
彼よりも
父を大切にしてあげようと思うようになりました(*^_^*)
だって、
彼よりも
全く
比べものにならないくらい
投資という名の愛情を、受けていますヽ(o゚ェ゚o)ノ
風邪で弱っていた父
卵とじうどん
作ったら
喜んでくれた♡
今まで育ててくれた量には、あまりにも満たないけれど
ほんの少しで
父は喜んでくれる
お蕎麦をかわいく盛り付けただけで、
写メをとって喜んでくれたり
そして私も、うれしい*なぁ〜
いい日でした(*^_^*)
昔はやんちゃな父だったけれどね、
ふふふ*
私、最近気が付きました。
私は、父のこと誤解していたんだって!
kouさんに出会って、女性としてのお勉強を始めてから、父の優しさを感じ取れるようになりました。
父は、昭和の古臭い頑固オヤジ!と決めつけラベリングしていたのは自分だったんですね。
毎年家族とお正月を過ごすのが定番だったのですが、今年のお正月は家族と一緒に過ごさなかったのです。
両親には言いませんでしたが、彼と過ごしました。
これは、私の中で大きな挑戦だったんです。
私は家族の言う通りにしなくてはいけないと思い過ぎて自己主張をあまりして来ませんでした。
本当は、別の事をしたくても、それを言ってはいけない気がしていました。そう勝手に思い込んでいたのかも知れません。
1/2、実家から電話がかかってきました。父からでした。
なんとなく、あれ?来て欲しいんだろうな…と感じたので、私から
「今日、夜そっち行くね!」と伝えると、嬉しそうな父(笑)
そして、実家へ帰ると、「これ食べろ、あれ食べろ」と(笑)
そして、「明日はどうするんだ?」と言われ、「明日は自分の家でゆっくりしてるよー」と言うと、「そうか」と父。でも、私が「あー、お正月お汁粉食べてないなー!お汁粉食べたいー!」と言うと
「明日はお汁粉作ろうか?」
「明日はすき焼きにするから来るか?」と(笑)
姫扱いしてくれてたんですよね。
お父さんありがとう
お汁粉もすき焼きも、私が作らなきゃいけないのかもって気もするけど(笑)
自己主張するようになったら、父も変わった気がします。
でも一番変わったのは私かも知れないですね(*^^*)
お父さん。
わたしの憧れは、娘が大好きでかっこいいと感じるお父さん。
そのお父さんはわたしの最愛の旦那様。
妄想癖が悪化しているかもしれませんね。(笑)
子供の頃、母にガミガミ言われると、いつも父がかばってくれました。それか、近所に住む親戚のおじさんとおばさん(笑)
夜中、トイレに付き添ってくれたのも父です。
成人してからも時々「○○買って~」と父におねだりもしていました。
ペコちゃんのパーラーで二人でパフェ食べたり!
一緒に歩いていても恥ずかしくないハンサムな父だったけれど、今ではすっかりいいじいちゃんです。
バレンタインデーに何もあげなかったから、4月の誕生日にはじっくりプレゼントを選んであげよう。
私は父親を人として好きではありません。小学生の低学年の頃、愛人を作り母とはケンカばかり、時には暴言を吐かれたり殴られたりしていました。それからずっと母が何か言われたら私が言い返す。といつも思っていました。正直父親を嫌って嫌悪しながら生きてきたので、男性を心から好きになってないような気がします。生まれてはじめて出会った異性があの父親なので(笑)
でもどんな境遇であろうと、恋愛が上手くいかない事を他のせいにはしてはいけませんね。。
男性の心に歩み寄れるように恋愛勉強します♪
4月1日、会社の入社式で父が新入社員一同、従業員一同の前で毎年恒例のスピーチをしました。
「凄く格好いい!」
と褒めたら堅物な父が照れながら満面の笑み!
びっくりです!
父上も単純ですね~( ̄▽ ̄)
今まで仕事中心で家にほとんどおらず、いてもいつも不機嫌だった。
でも家族のこと忘れてたわけじゃないんですよね(^-^)?
もう男性心理わかったもん(笑)
これからいっぱい褒めて大切にしてあげよう(*^^*)
極最近まで、父が凄く苦手でした。
小さい頃は厳しい躾、何度も叩かれる、無視される、「お前の事はもう諦めた」「生きるの嫌になったらいつでも殺してやる」とか言われたりで、正直沢山傷付いたし、父は私を苛めて楽しんでるんじゃないかとすら思いました。
褒められたり、意見を聴いて貰った記憶もありません。
いつも父の顔色を伺い、その内殺されるかもと怯え、緊張しっぱなしの子供時代でした。
しかしここ数年は父も丸くなってきて、私が成人して一緒に晩酌をするようになってからは大分関わりやすくなりました。
初めて一緒に飲んだ時、「お前ももう二十歳か…」と言った父がとても嬉しそうだったのには、驚きました。
父には愛想尽かされてるとばかり思っていたので。
最近は更に甘くなり、私の欲しがった大きなぬいぐるみを買ってくれたり、私がお化粧して綺麗にしてると鼻の下伸ばしてます(笑)
成人した娘にやっと姫扱い!?
それから、この間学校から成績表が届いた時、生まれて初めて「頑張ってるね」と言ってくれたんです。
今までは学年一位とっても新しく何か出来るようになっても、褒めるどころか何も言ってくれなかったのに。
まあ、父に認められたくてそれをバネに色々取り組んできたからこそ、今の私があるわけなので結果的には良かったんだと思います。
やっと努力を認めて貰えて、報われ始めた気がします。
これからもっとスゴくなってやる。今に見てろよって感じです(笑)
多分今までも父に愛情はあったんでしょうけど、表現の仕方が分からなかったのと、躾に対する義務感でガチガチになってただけなのかな、と今は思えます。
私のお父さん、本当不器用(笑)
これからは、更に居心地の良い親子関係を構築していきたいです。
私も昔は父も母も大嫌いでしたが、今は大好きです。
こう思える日が来るなんて、昔は信じられませんでしたが、今はそう思えて幸せです。
私も父が大好きです。
小さいときから、ずーっと好きでした。
たまに揉めたりもするけれど
どんどん年をとっていく父を見て、切なくなるときもあります。
ずーっと、私のヒーローでいてほしいです。
父は、私が「理想的な女性」だそう(笑)
ベタベタな父子ですね(笑)
これが当たり前だと思っていたけれど、そんなことはないのだと、気づきました。
大切に育ててくれたこと、愛してくれたこと、感謝したいと思います。
父のこと、大好きです。
でも、好きすぎて。
男の人に対して気を使って、下手に出る癖がついてます。
子供とのときは、疲れてるパパを怒らせないように。何より妹がバカなことをして、疲れてるパパを困らせないように。
そんな私を知ってか知らずか、
今になって、父から言われるのは、
お姉ちゃんは、妹のために生きていて、見てて可哀想だった。と。
分かってたなら、どうにかしてあげて欲しかったよ笑
空気の読まない、自分が可愛い、キレイな妹は、今でも猫可愛がりされてます。父に対しても技法使いまくり。
挙句、妹には、お姉ちゃんはパパのこと甘やかしすぎ。と言われてます。。。
どうしても、父との関係を考える上には妹が必須なよう。ちょっと書いてて寂しくなりました笑
それでも、父のことを尊敬しているし、心から大好きです。
「お父さん大好き!って言う人ほど、本当は問題があったりするんだよ。」
7年程前、当時の友人が言ったことばが、ずっと心の隅にありました。
私が思春期の頃、俺様態度が過ぎて家族から総スカンを食らい(笑)、
居場所のなさから次第に家に帰らなくなった父。
父が自分で撒いた種なのだから、私が嫌っても当然だと思っていました。
父と会話するようになったのは、私が20歳を越えてから。
居眠りする父の姿が急に老いて見え、ハッとしたのです。
いつまでも”頑固で傲慢で嫌な男”だと思い込んで、
そうなるように接していたのは私だと。
―『日本は、お父さんに厳しいんです。』
その通りですね。
長い長~い反抗期の間、
私がどんなに無視しても大声を上げても、
父が手を上げることは一度もありませんでした。
私が学校を無断欠席したり、成績が下がったり、結局退学したときも、
父が怒ることはありませんでした。
不誠実な男性たちと心のないお付き合いを繰り返したときも、
別れろとは言われませんでした。
無関心だ、と思うひともいるかもしれません。
母は不満ばかり言っていました。
でも私は知っています。
過度のダイエットで痩せ細った私の為に、料理を勉強し、食事を作るようになったことを。
20歳の誕生日に、私が大好きだったキャラクターの電報を送ってきたことを。
私が好きだと言った作家の新刊を、いつも買っておいてくれたことを。
彼と別れる度、家にこもりがちだった私に、外で働く楽しさを教えてくれたことを。
週末に私とお酒を飲むことを、何よりも楽しみにしていたことを。
父と普通に接することができるようになったある日、
会社の解散で追い込まれた父が、「富士の樹海」とメールしてきたことがありました。
とっさに「今日のご飯はハンバーグ」とだけ返した私。
もうちょっと何かあるだろう!と、我ながら思います(笑)。
無事に帰ってきてくれたときの安堵の思いは、一生忘れられないでしょう。
どんなに家族がバラバラでも、居場所がなくなっても、
胃潰瘍で何度も入院しても、仕事がなくなっても、
父は家族を放り出すことはしませんでした。
これだけで、もう充分に感謝すべきことでした。
小さな頃からおもちゃ代わりだった父の蔵書が、私の想像力と探究心を育て、
今でも私の大事な核になっています。
私は父に愛され、守られている。
生を受けた瞬間から、一度も途切れることなく。
昨晩、夢に父が出てきて、珍しいこともあるな~と思っていたら、
今日この記事に出会ったことに、意味を感じて。
お父さん、あなたの愛する娘は、とてもとても幸せで、
愛するひととさらに幸せになろうと決めました。
見守っていてくださいね。
ありがとう、大好きですよ。今やっと、心から言える時がきました。
初めてこの記事を読んでからずっと忘れられませんでした。
私は小さいころ、母より父の方が何倍も好きでした。
大きくなるにつれて、母と仲良くなればなるほど、どこか父と離れていくように感じる自分がいました。生活のテンポも全く違うし、女の子の扱いもわかってないし、あらを探そうとする自分もいました。でも、嫌いになったことはないのだと、気づきました。
それからは、なるべく父と話すように心がけています。
たくさんいる子ども、複雑な家庭環境、よくここまで体一つで養ってくれたなと。子供から見たら、母が育ててくれた、という意識が強いけど、母が子育てに専念できたのは、時に子どもから嫌われる汚れ役を買ってくれたり、汗水流しながら仕事してお金を持ってきてくれたり、休みの日に車を出して遠くに連れて行ってくれた父がいるおかげなのに。
忘れて生きてきた自分たちきょうだいが恥ずかしいです。今からでも遅くないなら、親孝行したいです。いきなり態度は変えられないけど。でも、遠いと思っていた父も、自分から話さないだけで、話しかけたらいろいろしゃべりたいことがあるのだと知りました。
そんな父も、来月ついに退職することになりました。父にはこれからの人生、本当に楽しく生きてほしいと思っているし、その手助けができればと思います。
数日前、元彼に別れを告げるとき、父のことを考えたのが決め手になりました。
彼のずるく弱い部分を知った後、kouさんが「あなたを宝物だと思っている人が、あなたがそうやって扱われていることを知ったらどう思うか考えてください」といってた(ような気がする)のが、とても心に残っていたのを思い出しました。最初に出てきたのは父の顔でした。
もしお父さんが、私が半年以上も彼の言いなりになって過ごしてるのを知ったら…心が痛むと思います。その上、別れたと嘘をついて他の女性に言い寄っていたなんて知ったら、おそらく彼の実家に電話し、彼を呼び出し説教を食らわせるくらいは余裕でやります。そんな気がします。もしかしたら、殴るかもしれません。
姉の立場に立って、もし私の妹が同じ扱いを受けてると知っても、尋常じゃない辛さがあります。宝物ってこういうことを言うのだと思いました。
このコメントを書きながら涙がたくさん出てきて、元彼と別れる悲しさではなく、適当に扱われたことに傷ついていたのだと気づきました。
私は、幸せにならないといけないのだと思いました。
かほさん
こんばんは(*´˘`*)♡
ちはなです。はじめましてかな?
かほさん、お父さまにとって、娘は
大切な大切な子どもよ。
もちろん、お母さまにとっても。
私には。20歳の息子と18歳の娘がいます。
子どもはね、本当に可愛いの。
どうにかしてでも、幸せになってもらいたいと、思うよ。
何かあれば、飛んでいって、守りたいの
本当よ。
だから、かほさん、幸せになってね。
自分を、大切にしてくださいね。
私も、かほさんに幸せになって
ほしい。
だから、慌てないで…焦らないのよ。
大丈夫だから。
かほさん、はじめまして(*^_^*)
読んでいて、わたしも涙が出てきました。
わたしも、最近元カレと正式に
さようならすることができました。
2年半という、長い交際期間でしたが
夜に会うことが多く、他でも道徳観がズレていることが多く、2年程は、辛いなあと感じる期間でした。
わたしの両親も、かなりカレに怒りを持っていたようです(uu*)
こちらでお勉強をして、大切に扱われるということを知って、ようやく母や父の気持ちに気づきました。
親であったり、Kou さんであったり、
そのような人から見ても、
○**。万里子を大切にしている彼なんだね(*^_^*)
と思われるような、
そんな恋愛をずっとしていきたいなと
すっきりとした心で思いました。
かほさんとわたしに、
幸せを感じられる恋愛がずっとずっと、続いていきますように(uu*)○*。
万里子
まだ、私が小さいとき、パチスロにいって風邪を引いても誕生日の日でも帰ってこなかったお父さん。私が高校生のときに不倫相手をおうちに連れ込んだお父さん。
嫌いではないけど、到底感謝なんかできないです。もっとまともなおうちに生まれたかったなぁと思います。母親も厳しかったので。親孝行を心からしてあげたいと思うときがくるのかなぁ、。
お父さん、大好きです。
お金を稼いで家族を養うような、普通のお父さんじゃない。障害を持っていて、施設で働いているお父さん。
いつもにこにこしてて、優しいんです。
私が反抗期のときにお父さんを傷つけるような言動をたくさんしてきました。
祖母にまでやめてって泣かれるくらい。
今思うと、人格否定して、人として最悪なことをしていました。
そんな父は、私がひどい言葉を言っても、翌日になると何事もなかったかのように接してくれていました。しかもにっこり笑顔で。
反抗期のときはお父さんはいつもへらへらしてて頼りないって思っていたけど、今ではお父さんは強い人だと尊敬しています。
家事も真面目にしてるし、人当たりもいい。浮気もしない。
優しさは強さなんだと教えてくれるお父さんです。
当時のことが申し訳なさすぎて、今はできるだけお父さんに丁寧に接するようにしています。
たまに実家に帰ったらお父さんはにっこり笑顔で迎えてくれます。
まだ当時のことは謝れていないです。
書いていて泣いてしまいました。
お父さんの娘でよかったと今は思います。
コメント読んでて泣きました。
私の父は正直立派な父親とは言えないです。
それは今も変わらない(^^;
幼い頃から職を転々として
私や母は金銭的にも精神的にも
大変苦労しましたからね。
何回転校したかわからないです。
当時は本当に辛かったですね。
でもとても心は純粋な人です。
なんていうかなにか憎めない人で。
母もだからこそそれでも長年父に
付き合っていけたのでしょうね。
結局金銭的に大変で私が中学2年のとき
離婚しました。
今でも尊敬できるような父親ではないけど
弟や私に愛情だけは感じていました。
父親としてはだめだけど人間としては
父は好きです。
私が自分に自信をもてないのは
家庭環境のせいだとか両親のせいだとか
思ってた時期もあったけど
そうではないですよね。
他でもない自分自身。
この記事を読んで
しばらく会ってない父に会いに行こうと
思いました。
お父さんとは一時期、確執があって会いませんでした。私が10代後半の頃、逃げ出すように家を出て、その頃付き合ってた彼と同棲してから全く会うことはありませんでした。けど昔、人形を買ってくれたことや公園に連れてってくれた事、肩車してくれたこと、今でも覚えています。怖くて近寄り難い父なので、今お付き合いしている彼を会わせるのも、私の方が怖くて。(笑)彼は大丈夫だよ〜と笑ってましたが。意を決して忙しい父にメールすると文面でわかるくらい嬉しそう。その後電話で話したのですが嬉しそうで、ホッとしました。来週の土曜に彼と私の両親と4人でご飯を食べに行きます。
この前、車の中で元彼に怒鳴られた時。
父が携帯を落として画面が割れたそうです。
全く同じ時刻に。
父は携帯をあまり触りません。
たまたまだったそうです。
お手紙、すごく嬉しいです。
ありがとうございます。これで届くのか、よく使い方わかってなくて…お返事遅くなってすみません!
私は23歳、母は52歳です。
だから、ちはなさんがお母さんのように見えます。お母さんのように見えるけど、1人の女性としての輝きが文章から見えて、コメントを読むと、温かい気持ちになって、やっぱり私は好きな人と幸せになりたいんだなと思い出せます。
1歳年下の彼とは1年7ヶ月付き合いました。
本当はもっとずっと一緒にいたかったんですが、私の決断で離れてしまいました。
発想の転換で、今離れたことによって、再スタートを切るための準備が始まったんだ!と思うようになりました。
いや、復縁は今のところ考えてないんですけど(笑)
変ですよね。
でも、女性の承認でKouさんに、相手との関係をよくしようとして苦しみ続けてる場合、変われない原因にあなたも含まれてる可能性がある、
まずは離れてあなたの人生をよくすることを考えることが大切、あなたが変われば周りも変わるし、あなたが離れたことによって突然相手が変わり始めることもある(だいたいこんな感じ笑)
と、かいてあるのを読んで、もしかしたらこの別れの選択は間違ってないのかも、と思えました。
今年の2月末、彼の行動がきっかけで二人の関係はおかしくなりました。彼は謝ってくれませんでした。だから余計私の心に鬱憤がたまっていきました。
そんなんだから、その後も彼は同じような行動をとりつづけました。
6月にブログに出会い、勉強を始めました。
8月頃、全てを許して嘘でも笑顔で振る舞おうと切り替えました。
そうしたら、いろんな出会いがありました。
気づけば、いつまで経っても変わらない(ように見える)彼が、小さく見えました。
嫌いになったわけじゃないのに、愛情がなくなりました。そして10月頭に別れました。
早いうちに彼の不誠実さに気づいていて、私を心配してくれてた人たちがいたことを後から知りました。人の優しさに触れて、すごく幸せでした。
2015年はそんな1年でした。
ちはなさんに慌てないで、と言っていただけて
次はゆっくり、私が納得できるようになってから始めたいと思いました。
万里子さん、お手紙ありがとうございます!
そして、お返事遅くなってすみません汗
まさしく、私と彼の合わなくなった理由も、道徳観のズレでした。
違和感は埋められませんでした。
最初だけじゃなくって、ずっとたった一人の女性として大切にされたかったんだと気づきました。
モノみたいに扱われるのは悲しかったです。身体的な害はなかったんですが、心が限界を迎えてて、彼を受け止める余地が残っていませんでした。
だから別れました。
別れたあと、知り合いや友達に話を聞いてもらうなかで、ああ私は心が麻痺してて、本当はかなり傷ついてたんだな、と気づきました。
万里子さんのお言葉、心強いです。
父はもう退職したので、これからゆっくり一緒に過ごす予定です。
幸せな恋愛は、自分が一生懸命人生に取り組むことで自然と引き寄せられればいいかなーと、今はそう思っています(*^^*)
かほちゃん
こんにちは(*´˘`*)♡
お返事ありがとう。
かほちゃんは、23歳♡
本当、私の子どもたちの少しお姉さん
ぐらいね。
かほちゃん、私はかほちゃんの選んだ道は、よかったと感じました。
今は、色んな人、男女問わずに
出会う時なんじゃないかしら。
色んな人を見る、ってね大切よ。
いつか、生涯を共に歩きたいと思う
男性と出会うわ。
それが、誰なのかは、わからない。
別れた彼が、成長して素晴らしい男性に
なって、出会い直すかもしれないし
違う男性なのか?
楽しみじゃない(笑)
女性はね、いったん好きになると
相手の悪い部分を、見ないようにするわ
なぜかしらね?
別れたくないから?
でもね、そんなものを隠しても
彼が、成長しないのなら、同じことを
何度も繰り返すわ。
見ないふりをすることは、許しているわけだから、彼は、変わらないもの。
だから、かほちゃんの決めたことは
素晴らしいの。
かほちゃんのためにも、そして
彼のためにも。
私は、24年前にお見合いで主人と
出会ったの。
優しい目をした、大らかな人だった。
今も、変わらないのよ(笑)
もちろん、長い結婚生活、間違いもあるわ、でもね、肝心の道徳観は
きちんとあるし、似ているから
何度も繰り返さないの。
主人は…子どもたちの素敵な父親です。
私、主人の娘になりたいくらい(笑)
お父さん……。遠い、遠い、記憶。母と仲が悪かったけど、私を『姫扱い』してました。誕生日の朝は、必ず、栗ご飯、運動会は、海苔巻きに、波形の蒲鉾。職人で手先が器用だった。何を聞いても、口数少ないはずの父が話をしてくれていたぁ〜。(思い出し、泪)
このブログで、思い出したのは、彼の好きな所。どうでも良い、くだらない話の相手、分らない所の説明、人との接し方、悪い事は、悪い❗って叱る、不安で、泣いてしまっても、『うん、うん』って冷静に聞いてくれてた。飲み過ぎるとちょっと、エロジジィ。別にいい❗❗
このブログ、不思議。他界した父の事、思い出したり、彼の忘れていた、『どんな所が好きなんですか?』をも、思い出させてくれました。
不思議…不思議…不思議