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昨日のメルマガで、信じること、裏切られることについての話をしました。
「首は折れないように注意してください」というタイトルのメルマガですね。メルマガでの話題なので、本当はメルマガでフォローすべき問題ではあるのですが、この先もこの話はしてくことになるので、ブログに残すことにしました。
さて、僕はまりさんのコメントを一体何度取り上げているんだろう、、と自分でも思ってしまいます。気になるんですよね。
まあいいです。どうしても分からない。どうしても理解したくないという時期はあります。
まりさんより:
>ありもしない不安やショックを、
事前に受けるメリットはどこにもありません。 後でダメージを受けないというメリットがある。
信じていた方がよりダメージが大きい、それを和らげるメリット。
「やっぱり」と思う方が精神的ダメージは圧倒的に少なくて済む。
どちらの方が立ち直りが早いかは子供でも分かる、簡単な事。>本当の安心は、相手を信じることから生まれます。
>「裏切られた」のではなく、「裏切らせた」だけです。そして裏切られて泣きをみる。安心が絶望に変わるのでは?
裏切られるのは全て自分が悪いという結論?>人はなぜ相手を裏切るのかと言えば、
相手が自分を信じていないと思うからですよね。 信じさせて裏切る。そんな人、
世の中にたくさん居ると思いますけど。 >心理的には結構なダメージがあるんです。
それは相手を裏切った罪悪感というよりも、
自分が今後どう見られるのかという自己愛による罪悪感では? 信じてもらえないのは信じられない理由があるから。
それを顧みる事が出来ない方が問題なのだと思います。
今回は、例としてまりさんのこのコメントを紹介していますが、僕は彼女にだけ言っているのではありません。もちろん吊るし上げているわけでもありません(^^;
少しでもいいので分かってもらいたいのです。
おそらく彼女以外にもこのコメントと同じように感じている人もいると思います。
メルマガでも話したと思いますが、どちらに主軸を置くかの問題なのです。
自分に主軸を置いていれば、裏切られたという発想は出てこなくなります。
「裏切られた=相手が悪い」(私は悪くない)
こういう発想に陥ってしまいがちです。
かなり多くの人がこう考えます。なぜなら、その方が楽だから。
楽ですよね。相手が悪いという発想をしていると、そこですべてが終わってしまいます。
そこから成長することは絶対にできません。相手が変わらないからいけないという結論で終わってしまうからです。
「ありもしない不安やショック」を事前に受けていたら、実際に受けたときに緩和されるか。
されません。
緩和されないんです。
緩和されると感じているのは勘違いで、むしろ二重に味わう分辛さが深くなります。
ナイフか何かで切り付けられることを想定して、まず自分で腕を切っておいて、その傷口にもう一回切り付けられるようなものですよね。さらに痛くなるに決まっています。
事前に思い悩んで苦しんだことが実際に起きるから、さらに辛くなるのです。精神的ダメージは、突然やってくるそれを受けたときのものと比較にならないくらい大きいですよ。
僕のところにくる恋愛相談の失恋ダメージで重症化している人の大半は、事前に悪い想像をしているケースです。
青天の霹靂で突然別れを切り出された場合のショックは、それはもちろんあるでしょう。でもそういう人は、その場は確かに辛くても、極端に後を引いている例があまりありません。
それよりも、「私は振られるんだ」と何度も考えて具体的な想像をしていて、それがまさに現実になったケース。こちらの方が圧倒的に苦しんでいる人が多いですね。
「そして裏切られて泣きをみる。安心が絶望に変わるのでは?」
この記事を読んでいるあなたも、もしかするとこんなふうに考えてしまっているかもしれません。
裏切られて泣きを見る、と考えているうちは、まだ相手主体に物事を考える癖が抜け切れていないのです。相手主体というと分かりにくい場合は、「自分のことを自分で考えようとしていない」と考えるのがいいですね。
そうなのです。
自分のことを自分で本気で考えていないから、何かの不都合をすべて外部のせいにしてしまうのです。
自分の失敗を他人のせいにしているのと大して変わらないのです。
途中ですが、これはまりさんに対して言っているのではなく、このブログを読んでいるあなたに向けて言っています。みんなこういう発想になるのです。
僕だってなります。注意しないといけない問題なのです。
あなたが彼を信じることと、彼がその期待に応えるか応えないかは全くの別問題です。
「私はお前を信じた。お前はそれを裏切った。」
これは、発想が傲慢なのです。
彼が裏切るかどうか、期待に応えるかどうかは問題ではないのです。あなたが彼を信じるということに自信を持てるかどうかだけが問題です。
あなたが彼を信じるということに自信を持てるようになったら、それはもう自分主体です。
彼がどう出てこようと、あなたの精神状態が変わることは一切ありません。
彼の行動によって、あなたがいちいち影響を受けて精神不安に陥るのは、つまるところまだ他人依存(外部への依存)から抜けられていない証拠なのです。
外部はどうしようもないのです。コントロール外です。
あなたがどれだけそうしてほしいと思ったところで、その通りになるかどうかはコントロールできません。そこに自分の精神を預けようとするからおかしなことになるのです。
自分の精神は自分で持ってください。
「信じさせて裏切る。そんな人、
いますね。
そういう人を見極めるのもまた自分の責任です。
ちなみに言っておくと、「そういう人」に該当するのは、ほんの一握りです。周りの人全員がそういう人だと思ってしまうかもしれませんが、それは錯覚です。
もし「そういう人」ばかりだったら、この国はとっくに滅んでいます。
そういう人を見極められるようになること。
そういう人を近づけない人間になること。
そして、そういう人に仮に騙されたとしても、そこで相手を責めて終わるのではなく、「騙された」という事実を自分で引き寄せたことを理解すること。最終的に騙されたとしても自分は相手を信じ切ったという事実を認識することです。
覚えがある人もいると思いますので、この話もしておきます。
裏切られて相手に怒りを覚えるのは、自分が相手を信じ切っていないからです。
「はあ、Kouさん、何言ってんの?」
と思うかもしれませんが、過去に思い当たるフシがありませんか。
あなたではなく、周りの知人や親、家族でもいいです。
「俺はあいつに裏切られた。やってくれると信じていたのに。」
と言う人に限って、本当は完全に信じ切ったりはしていません。
第三者視点でちょっと話を聞いてみると、必ずこういうことを言い出します。
「おかしいと思っていたんだ。」
どうですか。心当たりがありませんか。
信じてはいたけど、おかしいとも思っていた。だから、「やっぱり裏切られたんだ!(俺の予感は正しかった)」と思うから怒りが爆発するのです。その怒りは、自分は悪くないという発想での怒りです。
本気で信じ切って、その人に裏切られたどうするか。笑うしかありません。
信じてもらっているのに裏切るというのは、もちろん裏切るほうが悪いに決まっています。
それは確かにそうなのですが、裏切るほうが悪いという視点だけで物事を考えていると、一つも前進しませんし、また同じことを繰り返します。
よく人に騙されるというのは、意外と「人がいい」タイプの人がかかりやすいと思われていますが、そうではありません。疑り深い人、人を信用しない人ほど騙されやすいのです。なぜなら、そういう人は、やはり「人を疑う」タイプの人間を引き寄せるからです。
もう何回も言いまくっていますが、周りの人を疑い続けながら生きていくよりも、リスク承知で信じる方向にかじを切った方が、はるかに楽です。
確かに何らかの痛手は負うかもしれませんが、少なくとも「私は相手を信じた」という事実だけは揺らがなくなります。そこから得られた自信は、今後の人生に明らかにプラスに作用するはずです。
どうしますか。
疑い続けますか。それとも、少しでも相手を信じてみるほうに傾いてみますか。
僕はそれをあなたに強制することはできませんから、あなたが自分で意思決定するしかありません。
僕は囁き続けることにします。
人と人は信頼で繋がるべきだと思います。
無邪気に信じて励ましてくれるかわいい女性を男性は裏切らないだろうなーと(*^^*)
男性が、裏切る行為をするならば女性がそこまで追い込むという事もあるのでは?
あめちゃん
こんばんは(*^^*)
久しぶりに、お喋りしますね。
そちらは…寒いよね?
私は、暖かな地方なのに寒い(⊙⊙)‼
でも、スカートにストッキングだから
まだまだかな。
庭には、パンジービオラは咲いています
あめちゃんの枝垂れ梅は、年明けに
蕾がふくらみはじめるかな(*^^*)
信じるという解釈は、あめちゃんと
似ています。
目の前にあることを、ただそのまま
受け入れる、受け止めるかな。
熊さんの言葉を行動をそのままね。
そうすると、私自身が幸せを素直に
感じ取れるから。
kouさんのブログで今、気づきました!
どんな素敵な男性と出会っても、いつも疑っていました。
彼の行動ではなく、自分自身に。
「どうせ私なんて好きになってもらえない…興味を持たれてないのだと…」
付き合えなかった時にダメージが少なくて済むように、変な身の守り方をしていました。
しかし、これってすんごくしんどくて、常に自分を否定している感じ。仮に彼と上手くいったとしても、
「こんな私と付き合ってくれる人はこの人しかいない」と思えてしまい、尽くしまくる日々。
で、結果うまくいかない。
このループだったんですね…
始まりは自分を信じなかったこと。
これこそ主体性なのか‼︎
信じてるっていうか、疑うという事はなくなりました。会えない理由が「仕事が忙しい」っていう事だとして、昔なら「そんな事言ったってちょっとくらい時間は作れるはず!どうして会ってくれないの?」なんて思う事もありましたが、「今は私に会う気にならないのか。気乗りしないなら仕方ない。」という思考回路に変わり、会えない時に不安とかいうのがなくなりました。
仕事が忙しいというのは嘘なんじゃないの?浮気してるんじゃないの?と疑ったところで、例えそれが事実だったとしても、それを知って二人の仲がよくなることなんてありえない。彼が避けてるみたいっていう予感は結局は結構あたってるんだと思うんですが、「今は私に関心がないんだ」って事を受け入れる(理解する)と、じゃー今度会った時に惚れてくれるようどうしようかなってメイク変えたり(笑)髪の毛艶々にしてみたりして毎日やることいっぱいです(笑)
なんか私を騙すような事は絶対しないと思うので、向こうが本当に別れたいと思ったら、ストレートに別れようって言ってくるだろうなぁって思ってます。
そんな事はないよう、こちらで女磨きを頑張ります♪
幸いな事に、今の生活で信じられないような人はいません。
職場でも、尊敬するような人たちばかりで、疑ってしまうような人は今は思い当たりません。
前までは数人いました。
実は心の中で「辞めればいいのに…」と強く思ってました。
そしたら不思議な事に本当に、なんらかの理由で全員辞めていきました。
人間的に良い人が多いあの職場には合わない人達だったのかな。と思います。
今回のブログ記事にも出ましたが、「引き寄せる」って本当にあるんですね。
最近そっち関係の本をよく読んでいるのですこく興味があります。
ぜひまた聞かせてください!
一部の方が言う、本当に信じてたけど裏切られたっていうのは、信じてたけど相手が悪いってことで解決されているのでしょうか⁇
それとも、ごく一部の裏切る人との恋愛をしていた、に含まれていたから例外だと思われているのでしょうか。
“裏切られたのは私が主体だから。”
うん、分かる。受け身のことば。
“裏切らせたのは私が主体だから。”
うん、結果論はそうなる。
Kou さんが言うには、どちらも違う意味なんですね。
二者の違いがわかりません。
そもそも、”裏切られる”って、信じる約束をお互いしていたわけでもないし、ここで使うの?とさえ思います。信じるのは付き合ってく過程でも築いていくものだと思っていました。
その過程で、好き合ったが故に付き合ったのに他にも好きな人がいるんなら、すごく残念だけど縁がなかったしお互いのビジョンも合わなかったから、そっち行けよってなりませんか?
私は、厳密な意味では、「彼」を信じているわけではないです。
自分の中にある、「彼を好きな気持ち」「彼との幸せな未来」を信じています。
「自分がこれだけ好きになった男なんだから、その本質は良いものである」という確信。
あぁ、だから、「彼を好きになった理由」は、必要不可欠なのね(笑)
「彼はきっと約束を守ってくれる」
とか
「彼はきっと私を好きでいてくれる」
とかは、私にとっては「信じる」とは違います。
それは相手主体の「期待」です。
期待しているうちは、心の中では、それは揺るがない絶対事項ではなくて、「かもしれない」という不安要素を残しています。
「もしかしたら本当に好きでいてくれるかもしれない。
その裏には
「もしかしら違うかもしれない。」
つまり、「期待」の裏には必ず「疑い」があります。
心当たりないですか?
本当に信じている人間にとっては、裏切りはショックではあっても、大した痛手にはなりません。
何故なら、信じているのは「自分」だからです。本当の意味では、「裏切り」にあっていないんです。
そこに苦しさは発生しません。
Kouさんが言うとおり、笑うっきゃない(笑)
そもそも「裏切り」ってなんですかね?
何をもって「裏切り」と言うんでしょうか?
相手は他人です。
思い通りにいかないのは、当たり前ですよね?
ここで言う「裏切り」をもっと分かりやすく言うなら、こうじゃないですか?
「大事にされない」
そういうことですよね?
自分を信じてくれず、重い期待ばかり寄せる人間を、誰が大事にできますか?
おそらく、疑う人間は疑う人間を引き寄せ、「裏切り」に多くあうというのは、そういうことです。
疑う人間は、人から大事にされないんです。
じゃあ、どんな人間を、人は大事にしますか?
利用価値のある人間?
魅力、才能にあふれた人間?
違いますよね。
「自分を信じてくれる人間」です。
人はみな、信頼されたいんです。
信頼があるから、人と共に生きる喜びもある。
自分を信じられない人が、人を信じられないのは、こういうことだと、私は思います。
あめちゃん☺︎
お話しは久しぶり(^-^)
コメントしてからも、ずっと考えてたら
あめちゃんのコメントを見てしっくりきた!
信じてる信じてる…なんて、思ったことない今の恋だから。
信じてるか?と、問えば、信じてる!って思うけど、“受け入れる”が本当にしっくりきました。
あめちゃんのコメントから、いつもピン!とくることが多いです(^-^)
盗み読みお許しを♪
いつも、ありがとう。
私も、もう10数年、このテーマについて苦しんでます。
私は裏切られる、と思って男性と付き合ってきたと思います。最初に長い期間付き合った男性がいつも私を疑ってました。
安心させてくれ、証明してくれ、そればっかり。交際ってそういうもんなんだ、と思い込んでしまい、いい恋愛が出来ずに来ました。
新しい彼氏か出来ても、疑って、案の定裏切られて。。。
裏切られる度に、更に人を疑ってかかる事に、重点を置いてきてたんですね。
もう傷つきたくない思いから。
でも確かにそんな予防線張っても、緩和なんてされてませんでした!
しかもこれって、相手主体だったんだ∑(゚Д゚)
信じるということに自信を持てるようになったら、それはもう自分主体です。
彼がどう出てこようと、あなたの精神状態が変わることは一切ありません。
彼の行動によって、あなたがいちいち影響を受けて精神不安に陥るのは、つまるところまだ他人依存(外部への依存)から抜けられていない証拠なのです。
↑
まさに、だと思いました。
旦那の嘘に、行動に、精神不安になる自分がまだまだまだまだ、しつこくいます。
常に気を揉んだり、疑って過ごすより、信じて彼の事は彼に任せる心持ちでいた方が、楽ですよね。
頭では理解できてても、なんでか心にザックリ落ちてくれてないんですが(ノ_<)
この10数年で染み付いた習慣だからでしょうかー。
何回も読んで、落とし込みたい。
私の幸せの為に。
私もまりちゃんと同じように考えています。
悪い予測をしています。
パニックになるので、あらゆる可能性を考えていたいと思います。
それが自分を二度傷つけていると思ったことがなく、今回は中々入ってこないお話でした。
でも今は以前と少し違うかなと、振り返っています。
先日彼に久しぶりにメールをしました。
いつものように「来ないかも」と思いました。
その反面、お願いしたことには何かしら反応してくれることも考えていました。
あれ、これって期待かも?
よくわからなくなりました。。
でも彼から返事がなくても「裏切られた」とは思いません。
楽天家でありながら最悪の事態も予想はしますが、信じる信じないどちらが苦か楽かで判断はしていないです。
信じる方が「楽」というより「楽しい」とは思います。字は同じですね。
私、UFO(宇宙人)を信じてる方なんですよ。「そんなのあるわけがない(信じない)」と思ってしまえばそれで終わってしまう話なのですが、本当にいるかも・・・と思う(信じる)と、どんな姿かな、どんな生き物が生息しているのかな、地球が終わりの時に移動できたりして…とか、いろんなことが想像できて楽しいです。UFO(宇宙人)がいないことが証明されても、信じた私がバカだった!とはならないので、楽しませてもらってありがとう、と・・・うーん、人に対してはなかなかそうはなりづらいかも知れないけど、そういえる人間でありたいかなと思ってます。UFOを例にあげるのもどうかと思いましたが、信じる対象が人あれば、もっともっと楽しく幸せな想像を膨らませられるのではないかと。
信じて裏切られたことはあります。その時は「自分が思っていた人とは違った」って思って、心に冷たい風が通り抜けていった感覚でした。
こんばんは(^-^)/
> じゃあ、どんな人間を、人は大事にしますか?
> 「自分を信じてくれる人間」です。
> 人はみな、信頼されたいんです。
> 信頼があるから、人と共に生きる喜びもある。
わーっ!!そうなの、そうなの!!!
心がスッキリ晴れました。ありがとうございます。
AIさんの可愛い顔文字、彼にメールの返信をおねだりするとき使ってます(#゚ロ゚#)
前に友人と、彼が浮気してるかしてないかを基本的に疑うかどうかを話した時がありました。
私は、してるかもしれないけど、してないだろう。と、信じる方でした。
楽だからです。
友人は、してないかもしれないけど、してるかもしれない。
と、してるのではないか?という方に考えていました。
してるかしてないか、わからないなら
自分を苦しめなくていいんじゃないかなと。
裏切られたというか、気付いてから考えても遅くないんじゃいかなと思ってます
どうしてもトラウマがあると、未来を不幸なことありきで予想してしまいますが
それは、こーさんも言ってた過去を重ねた未来で本来の未来ではないんだと思います
連鎖は自分の番で断ち切れる。
しっかりしないといけないんだと思います。
苦しむのが、しっかりしてないとかではなく
誰もが幸せになりたいはずなので
幸せになるためには、このぐらいの恐怖は私なら乗り越えられると
自分を信じていいのだと思います。
>自分に主軸を置いていれば、裏切られたという発想は出てこなくなります。
>「裏切られた=相手が悪い」(私は悪くない)
それは違います。
「裏切られた=相手が悪い」ではなく「裏切られた=信じた自分が悪い」です。
相手が悪いという発想ではなく、信じた自分に怒りを感じるだけ。
相手を変えようとは思いません。
自分が誰かの思い通りにならないように、自分の思い通りになる人など存在しないから。
>自分のことを自分で本気で考えていないから、何かの不都合をすべて外部のせいにしてしまうのです。
不都合を外部のせいにしているのではありません。
事前にリスクヘッジ出来たはずの事、それが出来なかった自分に怒りを感じるだけ。
起こる事は全て自己責任、そうであればヘッジ出来る事は全てヘッジする必要がある。
それをしなかった/出来なかった自分に腹が立つだけ。
>あなたが彼を信じることと、彼がその期待に応えるか応えないかは全くの別問題です。
信じる=期待に応えるではありません。
男性になど期待して何になるのでしょうか。
>最終的に騙されたとしても自分は相手を信じ切ったという事実を認識することです。
だから「信じない」という選択肢があってもいいのではないでしょうか。
それが最も有効なリスクヘッジ。
>周りの人を疑い続けながら生きていくよりも、リスク承知で信じる方向にかじを切った方が、はるかに楽です。
「疑う」のではなく「信じない」のです。
他がどのような存在であろうとも、一切関係ないのです。
私はギャンブラーではないので、リスクを大きく取ってリターンを得ようとは思いません。
ロスは最大限に抑える方を選択します。
Kouさんの言っている事、ものすごく分かります。
私もすぐに悪いほうへ妄想し、疑ってばかりです。自分の中に常に時限爆弾を抱えていますね(笑)
でも、そうしていると彼と一緒に居て楽しいはずのことも全部信じられなくなるんです。
そしてその妄想通りにフラれたり、他の女の子へ行ってしまったりしたとき、いくら毎日妄想してても傷はものすごく深いです。「やっぱりあの子が怪しいと思ってた!」って思っても、惨めなだけだし…。
そしてそれは自己嫌悪も招きます。
「私はわかっていたはずなのに、勝手に疑って苦しんでいただけで、彼を心から喜ばせるようなことや他に目を向けさせないような自分磨きなどの対策を何もしていなかった。本当は私のことをちゃんと好きでいてくれたはずの時だって、私は信じていなかった。自分から幸せになることを拒否していたんだ。自分ばかりで彼を幸せにすることは全く考えていなかったんだ。」って…。
思い返してみれば、そんな私と一緒に居て彼も楽しいわけがないんですよね。
面白みも無く、顔色を伺って、反応も薄くて、心ここにあらず…。つまんない。
何度かの恋愛でそういうことを繰り返していました。
今では、疑ってしまうのはもう自分の性格なんだから、そう思ってしまう時もあるんだって受け入れて、あとは彼を信じて楽しく過ごせるように努力しています。
それでも気になるなら、あとで妄想が現実になった時に自己嫌悪に陥らなくてすむように、めいっぱい彼に愛情をかけています。疑ってしまっている気持ちを彼への愛に変えるんです。
彼が本当は何をしてほしいか、どんな状況か、考えて自分のできる範囲のことを探します。逆に何もしないことも自分への愛情なときもあります(笑)
私の彼はきっと他にもめぼしい子がいると思います。妄想ですが。でも精一杯の愛情が注げる気持ちでいる間は注ぎ続けます。それで裏切られたら、その時です。もしもそうなったら、一番裏切ってはいけない人を裏切った情けない男だと笑い飛ばします。
ただ、私は尽くしすぎちゃうのでそれは気をつけます!
私もまりさんみたいに考えてました。
でも、そんなこと考えても苦しいだけというのもわかります。
自分が疑われ続けると、じゃぁもうその通りにしようか、となるのもわかるし、信じてもらうと期待に応えようと思った経験もあります。
私は彼のこと信じたいのに信じれないです。
なぜだろう。
自分を信じていないから。
まずは自分を信じることが出来なければいけないのかな。
自分を信じるってどういうことなんだろう。
なにがあってもブレない可能性を見ること?
どんな自分でも受け入れること?
自分の心に気づいて偽らないこと?
難しいです。
時間かかりますね。
深読みしていたらすいません、、
“彼を信じることに自信を持てたら自分主体といえる。”
まさかのまさかですが、信じることって信じてないってことではありませんか?
#とりあえず信じる
つまるところ信じてるかどうかは明らかではない。
のかと。
信じるって分かりません。。
信じてないことも信じてることもないけど、
好きなら信用してることにもなりそうだし、、
信用してない人に自分の弱いところ見せないだろうし。
まりちゃんだ♡
(#゚ロ゚#)まってたの♡
まりちゃんが言う「信じない」というのは、「諦め」ということでしょう?
そうなると、また議題は変わってくるかな(笑)
その「信じない」っていうのは、「どうせ〜だ」っていう感覚?
(#゚ロ゚#)てかまりちゃん元気してた?
AIさん、こんばんわ*
ソラ★〔以前は、ぶーこ〕です
いきなりすみません。
コメントを読んで、
期待の裏の疑い
すごく素直なAIさんの気持ち
文字にできることがすごいと思いました*
全く疑わない、そんな事はできないのかな。皆んな弱いですし、ダメージを避けたい。
AIさんと彼さんの関係、私にはわかりませんが、好きの理由を持つことすごく大切ですよね!
私もいろいろな事がありましたが
信じた自分、後悔なんてありません
AIさんの言葉を読んで
これで良かったと改めて思いました(*^^*)
ありがとうございます*
ちはなさん、こんばんは♡
こっちは連日の雪ですよー。帰宅して最初に玄関の雪かきです。あたり一面真っ白!夕焼けが映えます(*^^*)
枝垂れ梅も、間もなく蕾の季節なんですね。1年って早いなぁ。
私もちはなさんのコメント読んできました!本当だ似てる!嬉しいな(^^)
私、「信じる」を考えたとき、小さな子どもがサンタクロースを信じる光景が浮かんだんです。「信じてみよう」「信じたい」ではないんですよね。まして、「いてほしいな」という期待でもない。
空を飛ぶこと
魔法を使うこと
自分がお姫さまに変身すること
疑うことなく期待することなく「そういうことなんだ」って、ただただ受け入れている。
それが真実か、自分には実現可能か、などということはまた別の話だと思うんです。
そのままを見て、そのままを受け止めていく、そうやって過ごしたいと思っています(^^)
「ナイフか何かで切り付けられることを想定して、まず自分で腕を切っておいて、その傷口にもう一回切り付けられるようなものですよね。さらに痛くなるに決まっています。」
これスゴイ!今まで色々な書物やブログやカウンセラーなどの方々が、どの様な表現をされても、わかってても出来ない “信じる” が、この言葉でハッと気づき、もう揺るがないぞと思えました。
(人間だもん、揺るぐこともあるだろうけど、紙に書いて額に入れて眺めるよ!)
そうなんですよね。あらかじめ傷を作ったところに、更に傷を付けたら深いのなんの…傷跡残るわ、立ち直る時間かかるわで。
傷跡は早く消える方がええやん!
1〜2ヶ月に一度しか会えないことで、彼につっかかてみたり、メールをする・しないで悩むよりも、今、一番近くに居るのは自分だという事と相手の発する言葉をとことん信じてみます。笑顔で楽しみながら!
ありがとうございます!!
のんさん♡
久々だー(*^^*)でも私も盗み読みしてた(笑)お互いさま♡
なんかね、「私、あなたを信じてる」って、言葉にすると、急に胡散臭いなぁって(^^;
でも、信じてる気持ちって伝わったり感じたりすることがある。だから、「ある」んだな、とは思ってたの。
で、小さな子どもを思い描いて、そうか!と思った。期待とか、願望とか、全部とっぱらって、目の前のことをただそのまま受け止め続けること、これかなーって思ったの。
意識して、「信じてる!」っていうのがウソくさいんだろうね。無意識にそうなってる状態なんだろうな。
「自分を信じる」も、ふとそう思えたら、信じてるんだろうな(*^^*)
私も今まで悪い想像ばかりして、その予感はあたることが多く、辛いばかりでした。
そして何より、そんなことを想像ばかりしている間が本当に辛いです。
この記事を読んで、これからは相手のことを信じれるように自分の意識を変えていきたいと思いました。「人を疑う」タイプの人間ばかり寄って来られては困りますから(^_^;
ソラ★さん!
(#゚ロ゚#)こんばんは!
でも実際は、つい期待しちゃいますよね(笑)
私だって、ちょっとしたことで、期待したりします。そしてその期待は外れます(笑)
そんなことも、あっていいんじゃないですかね?(笑)
期待外れっていうのは、馬券が外れたようなもんです。
それで落ち込むのも当然です。
でも、だからって、騎手や馬を責めてもしょうがないでしょう?
期待が外れたからって、命取られるわけではないし。
こんなこと言うと、アレですけど、みんなの言う「裏切り」って、実際、自分で深刻に考えてるほど、大したことではなかったりします。
もちろん、度合いにもよるかもしれないけど。
ソラ★さんは、彼を信じた自分を、誇りに思ってくださいね♡
その経験は、必ずソラ★さんに、何かの形で返ってきますから。
ソラ★さんの未来が、澄み切った青空のように、清々しいものでありますように!
+゚。*(*´∀`*)*。゚+
AIちゃん(*^^*)
AIちゃんのコメントを見て、彼とのことではなく、以前話した詮索してくる友達に置き換えて考えてみたらちょっとわかった気がしたよ(^^)
私は彼女を信じていなかったと思うの。
刺激はあったから楽しいと思って一緒にいたけど。
詮索されたり、評価されることは、信じてる相手にすることじゃないよね。
疑わなかったと思っていたけど、ちゃんと疑っていたよ笑
そして期待もしてたかな。
私も言ったから彼女も言ってくれるに違いないと。
昔から期待しやすいの笑
そして「やっぱりね」って思ったもん(^^;;
でも違うね。
彼女がどうするかは彼女が決めることなんだよね。
私は今回のことで離れることに決めたけど、友達として大事にされていないと感じたからそう決めたと思う。
大事にすること
思いやること
怖がらずに素直な気持ちを伝えること
(それに応えるかは相手の判断)
信じるカテゴリーに入ったよ(*^^*)
他にもあるかな?
私の好きな歌詞で、
「僕は君を信じたから
もう裏切られることはない
だってもしも裏切られても
それが分からないから
どうか君じゃなくならないで」
というものがあります。
まさにこれだと思いました。
信じたら裏切られる。
そんなの馬鹿をみるだけだ。
きれいごとだって思うときも
あるけど、でもやっぱり私は
大切な人に信じて欲しいし、
大切な人を信じたいって
思います。
もちろん、信じるに値する
って思った人だけですけど。
そう感じた自分を信じてます。
お返事ありがとうございます*
いいと思います!
期待、するもんです(*^^*)
落ち込んでも、這い上がれる
何があっても動じない
それが主体性なのかなって思います
ふと、AIさんはkouさんの女性バージョンかな(*^^*)笑
なんて思いました♩
今日は、なんだかむずかしそうな記事だ・・・。
わたしにも信じている人たちがいます(´`@)
かんがえてみると、それは
信じようとして信じてるんじゃなくて
なんだかよくわからないけど無条件に信じているんです。
信じているという言葉をわざわざ言うのが、おかしく感じるくらい疑うという感覚もまずありません。
無条件に信じる、という感覚はいつも
「おばあちゃんと孫」のようなイメージです。
親や学校にも見離されたように感じている孫が
おばあちゃんのところに行くといつでも
「お前は、むかしからやさしい子だったね^^」と微笑むんです。
いつ、どんなときでも、誰にも信じてもらえなくなっても、おばあちゃんはいつもその子をやさしい顔で迎えいれます。寒い日には、温かいお茶を入れてコタツに入って、責めたり疑ったりもない。だってその子が、やさしくてよい子だって信じているんじゃなくて、知っているから。
わたしには、信じようとして信じることは、まだ上手にできないけれど、信じるということは、とても嬉しくて、とても温かくて、(表現がうまくみつからないけど)とってもいいものだと思っています(*´-`*)
私は、まりさんの考え方に近いかも。
Kouさんの、信じることに関する記事だけは、うまく飲み込めないです。
目に見えて裏切られたものを、信じるなんてできませんでした。
一度裏切られたものを、もう一度信じることも、私にはできませんでした。
どうしても信じられなくてお別れしてから、すごく解放された気分。
詮索しなくていい、疑わなくていい。
今はそれがすごく楽です。
深い
深いメッセージで
ココロに突き刺さりました
大好きな人は、自分の想像している人で
想像している気持ちでいてくれているはずと…私がこんなに思っているんだからと
自己満足してたと思います。
親切の押し売り…みたいな(笑)
なんで、わざわざ
勘ぐってしまうんだろうね
話はかわりますが
私の男友達で、
Aさん(女性)と彼女みたいな関係を
4年ぐらい続けてます
月に2回ぐらい会ってデートしてる
でも、Bさん(女性)という
女性とも頻発にあって
まさしく彼女みたいな関係。1年ぐらい
友達いわく
Aさんは彼女じゃなく
お互い様の付き合いで暇潰し
結婚も絶対したくない~エッチもできることならしたくない
Aさんも、浮気は知らなければ全然オッケーというほど…全く詮索しないらしい
友達は若くて可愛いBさんに
お熱だけど、
どーも…??
具体的に『同棲望まれてるならすれば?』
『両親に会ってほしいと言ってるなら、ご両親に会えば?』『結婚したいならすれば?』と言っても…
自分からは行動しない様子
どーなんでしょ??
因みに…友達は
デート代とか女性がかなり出してるみたいです
この男、どーなると思います??
私は趣味で知り合って
おもしろそうな男で
仲良くなったけど…
意味不明なことが沢山あって
観察中です(^_^)v
信じるということ
信じていても裏切られたときに
傷つかないように、と
最悪の場合を想定してしまいます
そうなったときに傷が浅くなると思っています
信じたい気持ちはあります
信じようと思う気持ちもあります
ただ、どんなに信じようと思い込もうとしても
心のどこかで信じていない自分を感じてしまい悲しくなります
心底信じられるようになるにはどうしたらいいのでしょう
相手を信じることよりも自分を信じることでしょうか
追記です(^^;;
自分から進んで動いていけば、疑って縮こまって小さくなっている時よりも、冷静に相手のことを見れる時が来るので、彼の本性というか素というか地が見えたとしてもそれでも好きでいられるか、愛情を注げるかが判断できます。
疑いながらでも、素を知りながらでも、それでも好きだから一緒に居ることを選んだのであれば、それは自分が選んだ道ってこと。
これが主体性にもつながるのかな?『裏切らせた』にもつながるのかな?と思いました。
1つ思ったこと。
kouさんも含めてここにいる多くの方は、
信じる相手がいる
好きな相手がいる
のではないでしょうか?
反対に、
自分のことを信じてくれている相手がいる
自分のことを好きでいてくれる相手がいる
ということも言えるのではないでしょうか?
確か言ってくれてましたよね?
恋愛してなくても好きな人いなくてもここにいて大丈夫だと。
恋愛してないし好きな人もいません。
じゃあ家族や友達は?と聞かれるかもしれませんが、家族と友達はいます。
でも、心の底から信じられる人は、今の私には1人もいません。
不幸自慢しているのではありません。
可哀想な人と思われてしまうかもしれませんが、大丈夫です。
人から信じてもらえなくて傷つくというのは、それくらい相手のことを好きで信じているからだと思います。
私が誰のことも信じられなくても、別に傷つく人はいないと思います。
傷つくほど、私のことを好きで信じてくれている人がいないからです。
この記事で書かれていることを理解できないのは、そういう大前提の部分で多くの方と違うからなのかなぁと思いました。
あめちゃん☺︎
わーい!
あめちゃんとお話し出来ちゃった!
今日もハッピーをありがとう(≧∇≦)
そうだね!
子供の例えはまさに!だよね。
すごいなぁ。
でも、小3の姪っ子がこの間…
サンタさん、今年ものんちゃんちに来る?
来るよ!なんで?
なんか変なんだよねぇ…サンタさんて、いっぱいいるの?いつも書いてるお手紙はなんで住所ないのに届くの?
と、疑い始めたよ!(笑)
今年くらいは信じさせてあげたいなぁ(^_-)
あめちゃん、年明けにタヌキの国に行くんだけど、チケット取るときにあめちゃんのこと想ったよ(≧∇≦)
また、キラキラした景色に出逢いたいなぁって!
こんばんは、まりさん(^^)
ほんの少し、気になったから書き込みしますね。
おそらく、kouさんも、みんなも、まりさんの考え方が違うといいたいわけじゃないんです。
まりさんの考え方も、アリなんです。
でも、誰の考えが正しいとか、間違ってるとかじゃなく、「あぁ、そういう考えもあるんだ」って感じられることが大事なんじゃないでしょうか。
まりさんのコメントは、「私はこう考えてます。だから、~は違うと思います」と、バッサリ切ってる印象があるの。
たしかにそうだなー、と考えるきっかけになってます。それに、はっきりとした意思、価値観があるって、ブレない自分をもってるのは、すごいこと。
でも、くっきり線を引くことはないんじゃないかな。これは私の考え。あなたの考えとは違うの。ってしなくてもいいんじゃないかな。
今の自分のスパイスとして、別の意見を振りかけてみてもいいんじゃないかな。
そういう考えもあるんだね、って一度認めちゃうの。だって、事実として考えは無限に存在するんだもん。違うと思います、ってまりさんが思うのは自由だけど、そういう考えもあるんだもん。
それに自分と異なる考えこそ、自分を成長させる・変容させるヒントがあると思うから。
今の自分の価値観を180度変えなくてもいい。「自分とは違うな~」でもいい。だけどちょっとだけ、「あぁ、そうなんだな」「なるほど、そういう考えもあるんだ」って受け止めることだって、大事なんじゃないかな?
(受け止めてたらごめんなさい。バッサリ切ってるように見えたから、思わず書き込みました)
この記事を読んで、「回転木馬」という古いミュージカル映画の登場人物のジュリーという女性を連想しました。
その映画の主人公はビリーという男性(ダメ男の見本のような…笑)ですが、DVDを見終わった時に印象に残ったのはビリーではなく、信じぬく女性ジュリーの強さと美しさでした。
信じることや愛することは、「私が」信じる、「私が」愛する..なんだなと感じます。
信じるということは、私にとってひとつのテーマでした。
個人的な体験なのですが、
私は以前、信じるという言葉が大嫌いでした。
「あなたを信じてる」と、ある人に言われましたが、
その相手は私の気持ちを理解しようともせず、
ただ自分に都合のいい私像を、聞こえのいい言葉で包んで、
押し付けているだけだと感じました。
信じる、って、ある種の思考停止ではありませんか。
それ以外を考えようとしないことです。
なんて身勝手で、偏狭なんだろうって、うんざりしていました。
信じる という言葉を耳にするのも、嫌でした。
でも今は、考えが変わりました。
信じるっていうのは、自分のための、積極的な思考停止なんです。
人に押し付けるものじゃなくて、自分がそこに留まるためのもの。
人が生きてくためには、しっかりと踏みしめられる地面が必要ですよね。
これ以上落ちない、悪いようにはならない、っていう安心感みたいなもの。
その地面のことを、これはなくなるんじゃないかとか、
崩れるんじゃないかとか、もっともっと下があるんじゃないかとか、
そんなこと考え出したら、なにもできなくなってしまいます。
行き止まりが、必要なんです。
それを積極的に持とうとするのが、信じることなのかな、って。
だからKouさんが言うように、相手がどうしたとかは関係なくて。
自分が、自分のために、信じる、のかなと思います。
「紙に書くとその通りになる法則の本当の意味」の記事にあるような、
思っていることだから実現するっていうのも、
こういうことなのかなと思います。
彼は私を好きだと信じてる。それ以外を、私は考えない。
そう思っていることで、それが現実になるのかな、って。
うまくいえないけど、そんなことを思いました。
「どうせ…」という感情をうまく隠せてると思っても、案外相手にも伝わってたりするんですよね。
だから信じてもらえなくて、結果的に”裏切られる”という形になってしまうのだろうな〜。
私は、たとえば友達に「心配じゃないの?」と聞かれたとしたら、「大丈夫だよ。だって、彼はあたしのこと大好きだもん」と言うことにしてます(笑)
実際にそう思ってるんですけど、少し不安なときでもそう言うようにしてるんです。
ほら、”病は気から”みたいな感じのイメージで!( ̄▽ ̄)
彼は私のことが大好きなんだ、と思っていれば、自然と不安がなくなってたりするんですよ。
「まぁ、大丈夫でしょ」って生きてるのが一番楽です(o ´ ` o)
青天の霹靂のように音信不通状態です。
それでも、
向日葵君のことを信じているとわかったので
そして、今でもやっぱり好きなので
ここで勉強を続けています。
諦めることを許さないとKouさんがいってくれました。
毎日、あなたには価値がある、愛されるために生まれてきたんだと
男性から言ってもらうことで
とうとう手相まで変わりました。
女性としての自信が出てきたので
結果は自ずとあらわれるはずです。
好きだという気持ちが揺るがないということは
恋愛の満足度が高いということ。
わたしは今、世間でいう幸せ状態ではないかもしれないけど
わたしの世界では幸せです。
信じるということ
それは「素直に甘えること」と同じことだったなんて‥
今日、初めて気づきました。
クリスマスプレゼントに彼に甘えておねだりしたベージュピンクの口紅。少し早いけど、と今日のデートの時にプレゼントしてくれました。
まだクリスマスには少し早いのに‥
わたしの喜ぶ顔を早く見たかったのかな。
わたしは大喜びしてすぐに開けてみました。そこには、わたしがサンタさんにお願いしたベージュピンクとは少し違う桜色の口紅が入っていました。
わたしは大喜びしました。
そして、彼に抱きついて離れませんでした。
彼の耳もとで
「おねだりしちゃった。わたしに
似合う色を選んでくれたことがすごく嬉しい。大切に使うね」
と囁くように言うと
「おねだりされたらうれしいよ。
おねだりされるってことは、頼られて信じられてるってことだからね。だから、僕も嬉しいよ。雪がこんなに喜んでくれるなんて‥良かった」と
。
去年の今頃は彼とぶつかりあってばかりいました。今思い返すと、彼をどこかで信じきれず、彼を好きだという自分の気持ちも信じきれなくて、甘えることもおねだりすることもできなかったのです。傷つくのが怖かったから‥
うみうみさんのおっしゃるように、
子供のような素直に信じる気持ち、忘れないようにします。
デートから帰って、鏡を覗いてみたら、そこには桜色の頰と唇をした
幸せに満ちたわたしが映っていました。
メダマポーン!!( Д ) ゚ ゚
自分が一度でも好きになった人なら間違いない、私の魅力と審美眼を私は信じ切る!
・・・ってことですか?
(違ってたらすみません・・・)
そんな生き方ができるなんて、なんていい女なのでしょう!
そんな人に私はなりたい・・・。
日々パッケージと中身のおいしさを磨く、血と汗と涙と愛の日々なのであります!!
Kouさん、やっぱり私のこと後ろから見ていますね(〃д〃)(笑)
またまたタイムリーな記事でした。
今日は朝からほぼ一日中泣いていました。
こんなに泣いたのは初ってぐらい泣きまくりました。
その時にこちらの記事…更に泣きました。
何に泣いているのかも分からないけど涙が止められませんでした。
不幸になりたい病を発揮していたんでしょうね。
泣くだけ泣いたらスッキリしました(*^_^*)
デトックス&脱皮完了です(uωu人)*゜
『裏切られた』
何をされたら“裏切られた”になるのかが分からないです。
裏切られたと受け止めるから裏切られたと捉えるのかな?
妄信的に信じているのではなく、裏切られた、その想像すら出来ないですね。
『悪い想像』は、していました。
アホらしいなって目が覚めました。
悪い想像しながら恋愛するぐらいなら、私は今の恋愛を無理矢理にでも諦めます。
良い想像しながら、楽しく恋愛したい(*´∀`*)
私も楽しい、相手も楽しい。
楽しませてあげたいし、癒してあげたいし、笑っててほしいもん。
悪い想像しながらだったらこれらを与えることなど出来ないですしね(*´∀`*)
私が見ている彼だけを信じます。
彼を信じる自分も信じます。
彼に素直に好きと伝えれる自分が大好きです(*´∀`*)
裏切りたくて裏切っている
計画的に裏切る人は
余程の悪人で
近づいてはいけないものですよね。
思いがけず、裏切る結果になった
または、そう思わせる結果になってしまった、
のかもしれません。
私はたまたま今日、彼から話しかけられて
ふと彼の裏切りについて思い出して考えていました。
私は裏切られたと感じた。
それは、私が望んでいたことがあったから。
何も望んでいなかったら
裏切りとは感じていなかったんだなと。
彼の態度が何も感じていない、
私からの裏切られたショックの気持ちを聞いても何も変わらないので
そこまでどうでもいい存在だったことに
さらにショックを受けていました。
彼の感覚を考えていました。
彼に私は裏切りとも取れる言葉を投げつけました。
彼のプライドをズタズタにする言葉を。
彼は私が投げつけた言葉が
真実の出来事からくるものかを
周りの人に、私とのことは言わず
確認していました。
事実は私の言った通りでしたが
彼はそれを自分都合に解釈し
なーんだ事実は違ったんだーと
私に聞こえるように言いました。
とんだ勘違いヤローだな、と私は思いましたが
彼にとっては勘違いではなく
その勘違いが事実となり
私からの言葉なんて
どーでもいいことになるわけです。
むしろ、かいえが誤解してるだけだ、
だから、言われたことは無意味。
その後、かいえは笑顔で俺と話している、
誤解は解けている、
と、自分主体に感じているのだと
感じました。
私なら、
例え誤解だったとしても
実際に誤解でしたという言葉を聞かない限り、
相手は自分を軽蔑したままだ
事実がどうであれ
そう思われているであろうことに
笑顔で接せられても
内心は軽蔑しているのであろう
と思ってしまいます。
相手の真意はわからないし
疑心暗鬼ですね。
でも、彼は自分が信じた事実が主体であり
違うことを言われたということを
基準に考えない。
そして、かいえが誤解してただけ
であり、
誤解は解けているから
もう問題ない。
私がどう思っているかではなく
彼自身がどう思うかが
主体になっているのだと思いました。
どうせ、お前はそう思っているんだろって
卑屈にもならない。
強いなと思いました。
同時に彼は私を疑っていないのかもしれないと
思いました。
単なる誤解なだけで
俺を否定してないと捉えているのではないかと。
彼はよく人から否定されてないのに
否定された!と受け取り切れます。
でも、それは違うとか
日常の総合的な対応からして
否定されてないと判断するのか
無駄に前向きなのか
根にもって相手に
相手の言葉に
こっしつして考えたりしないようです。
信じていたのに裏切られてショックだった
という話も聞いたことありますが
相手を悪いとかは言わない人でした。
自分が事実を受け取り
どうするのか
という思考でした。
記事を読んで
彼のようなことかな?と
思いました。
相手を信じている自分が
主体になっているのだなと。
だから、引きずらないし
悩まないし
ケロッとしている。
私は彼が裏切ったつもりもなく
また、裏切りと感じたことを彼が知っているのになんのフォローもないことに
私はショックを受けたという気持ちのほうが強いので
彼につもりがなくてもショックがあったことは
事実で
つもりがないならいいや!とは思えず
自らショックから抜け出していないだけかも
しれなくても
彼には悪意もなにもなく
正直に話しただけとしても
彼があえてダメージ負わせようとしたわけではないと思っていても分かっていても
彼のなにもなかったように接する態度を
受け入れられないですね。
彼を、彼という人間を信じられないというより
信じることで得るものがない
という判断を心がしているのだと思います。
事前に思い悩んだことが実際におきるからさらに辛くなる。
これはその通りかなと思いました。けっこう思いあたる事があります。こうなったら嫌だなって事が実際におこるとやっぱりって思ってもう気を失いそうになる絶望感です。
予想してなかった嫌なことがおきてもショックですが、過去の経験だとそんなに引きづってないですね、きっと。なぜからあまり嫌な記憶として覚えていないからです。
自分がどうするか考える。これはすごく大切だなって改めて実感してます。やっぱりいつのまにか主体性が自分でなくなってることがあるんです。周りのだれかのせいにしてしまっていることが。そして自分なんてほんとに価値がない人間に見えてあとは負のループです。
先日、ちょっと後押しがほしくて占いをやりました。想定外の悪い結果に動揺して、それを事実のようにとらえてしまいあとは起こってもいない想像からどんどんストーリーができていって落ち込みました。完全に自分を不利な位置にもっていって相手主体の考え方になってました。
でもここからです!ちょっと待ってとストップをかけられたんです。
これは1つの可能性であって大事なのは自分がどうとらえてどう行動するかだと目が覚めたんたんです。
そしてKOUさんのメールをいくつか読み返していたら別に私の価値がさがることではない、私は有利なはずなんだからこんな事で悩んでる場合じゃないと思え、気持ちが復活しました。
今は何をしてもから回る気がしているので引いてます。一旦落ち着いて考えようって思いました。
相手を信じるってところからは話がそれちゃうかもしれませんが主体性の部分で感じたことをコメントさせて頂きました。
Kouさん、すごいタイミングで、このテーマです。
私は前は信じるタイプだったのに、今、信じていいのか疑いはじめ、そんな自分に戸惑っています。
前は信じきってるから、裏切られたことないです。
なのに、今、疑いを持つようになってしまった…。つまり、自分を信じてないんですよね。
こんなにKouさんのブログ漬けになってるのに、まだまだですな。
私には価値がある。繰り返して繰り返して、自信を取り戻します!
私は概ねと同じです。
ただ今彼氏に関しては信用してます。信じてます。
なぜなら彼から告白されて付き合い始めたからです。不安に通じるような不満を伝えても向き合ってくれます。
おそらくこういった不安感とかは大概は女性側から好きになって始まった恋愛に多いんだと思います。
女性には愛されたら愛し返す能力があります。裏切るなんてもっての他ですし、不満不安をぶつけられたら向き合います。それが女性です。
ただ男性には無いんです。愛されようが好かれようが、その男性自身が向き合おうと思わないならそこまでです。
私はそう思うようにしてます。
今まで付き合った相手が私から好きになったパターンばかりだったのを踏まえて、今まで私が好きになった男性はそんなレベルばかりだっただけです
最後の最後だと思って不安感をぶつけるのだって、最低限相手を信じてるからこその賭けです。ただダメならそこまでの男だった訳です。
元彼との一年半、時間の無駄遣いしてしまったと思う半面、私の恋愛のあり方はどうするべきかは気付きました。期待しなければ楽ですが、期待出来ない彼氏って何なんでしょう?
信じるにはそれに値する何かが無ければ人間は純粋に信じられません。男女関係無いと思います。
話題がそれた気もしますが、この記事を読んで↑の考えが浮かびました。
相手を信じること。
大概それは、なにか問題が起きた時に浮上してくることかな。普通に幸せな状態では、信じられてるから意識にあがらないかもしれない。
そしてそれは、いざトラブルの後、相手を許すこと、にも繋がるのかなぁ。
たとえ裏切られた、とその時思ってもその人を許してみる。すごくキツイことだけど。一万回、その相手に「ありがとう」と感謝して、わたしの気持ちから解放されたことがあります。
まずは自分の気持ちの中で相手を許すと、心が怒りから解放されて穏やかになり、まず自分がふぅっと楽になります。
肩の力が抜けるみたいに。
相手を信じるかどうかは、その後決めればいい。決めなくてもいい。
ゆっくりとした時間の中で、わたしは相手と向き合いたいのか?
向き合いたい、理解したい、と思うことが、信じること、になるような。。。
違うのかな?
ちなみにわたしは、よく考えたら、信用してないひとには、やたら世話を焼いてました。任せておけなかったんですね。
あなたにできるよ、任せるよ。
そのひとことやそんな態度が、仕事でもプライベートでも、信じられてる実感を感じられる気がしてます。
ここへきて、突然のベストワン記事出た!
Kouさんの記事は一通り読んで(二順三順もしてますが)、好きな記事はたくさんあれど、この記事は特に恋愛だけではなく、生きるうえでの、自分と「他の存在」の関係全てに当てはまるな、と思いました。
「私はあなたを信じ抜く」で完結するのが、一番自分にとって楽だし向いているな~とやっと
、ホント最近になって身に染みて感じるようになりました(その際、独りよがりにならない
ように気をつける)。
一時の感情などで「あなたが悪いんでしょ!」との、外部依存からなかなか抜け出せな
くて苦しいときも勿論まだまだあります。だけど、相手を責めても、自分の苦しみは変わらず、、、。
本当に相手を愛したり・信じてしまった場合、明らかに「裏切り」、またはそれに準ずる行為があっても「なぜそうなったか?」は考えても「裏切られた」とは思わなかったんです(自分でも不思議)。妄信的になってる?それとも違うような感覚・・・。
今までの人間関係でも「裏切られた!」と思うこと、あまり経験なく・・・「信じさせて裏切る人」に関わったことも、幸運にもほとんどない(忘れてるだけ?感じてないだけなのかな?)と思うのですが、サイコパスや根っからの悪党とかでない、そのような人は自分も他人も信じられない悲しい人・弱い人、あるいは「信じる」ことで良い経験をしてこなかった人だと思うので、なんか・・・真に嫌いになれないですよね。
やっぱりそういった悲しみは自分の中にもあるものだから。
いや、でも、積極的に関わりたくはないけれど。
そして、初めてKouさん自身に興味が湧きました。今まで、どうような経験をし、どのように学んできたのかを。
これからもKouさん、囁きは耳元でこっそりお願いしますね。
恋愛でなくても裏切られたって思うこと、ありましたよ。
それってどこかで、期待してたんですよね
でも、その期待も別に悪いことじゃないと思う
相手だって、応えたかったかもしれない
結果、そうだったのかもしれない
裏切られた!と思ったときに、違う人から見たら裏切りに見えなかったりするかもしれない
信じた自分にがっかりしたんじゃなくて
信じた自分の労力が報われなくて認められなくて、哀しかったのかもしれない
責めることも簡単だけど
本当に自分が一度は信じた人間を、裏切られたでお終いにしていいのか
そんな風に思うのです。
新人さん育成に励んで5年目、ようやく途中で退社したり、立つ鳥あとを濁しまくりでいなくなられても
裏切られたと思わなくなりました。
一人一人向き合ってますよ。
少し前は、私のお陰で変わって欲しかったと思ってたのかなーと思います。
恋愛になると、更に思い入れは強まると思うので簡単ではないと思いますけど
執念を手放すって
今までの、どの断捨離よりスッキリするんだと思います
自分が傷つく線引きの見直しも、良いかもしれないですね。
まりさんの仰る
【最も有効なリスクヘッジ】よく判ります。
私もずっと思ってました。
他人を疑ってた訳じゃないんです。信じてない、信じないだけでした。
今でもよく騙されてます。痛い思いもしてます。
簡単に信じた自分が悪いから…って。
うん、簡単に信じたから。
人は信じた方がいいと思います。自分も信じてほしいです。
でも、簡単に信じてもいけないな、とも思います。
私が言った事をテープレコーダーのように自分の彼氏に伝える友達がいます。
そしていつも彼氏に怒られています。「何にも考えてない。判ってない」って。
彼女は盲目的に私の言う事を信じます。
多分、壺を買えと言ったら買うと思います。こういう友達が2人います。
「子供が調子悪くて病院に行ったら、絶食でって言われたんだけど
どの位したらいいと思う?明日のお弁当も…」
何故、病院に行ったのならちゃんと聞いてこないんだ!?って思います。
信じてくれるのは嬉しいですが、これは違うと思ってました。
でも、彼女はいつも嬉しそうなんです。答えが聞けた♪って感じなんです。
いつも「みき、ありがとう!」って。
Kouさんの言う【信じるほうが圧倒的に楽だということ】とはちょっと違う「楽」だけど。
彼女はそれでいいんだなって思います。注意はしてますけどね(~_~;)
私はちゃんと自分で判断したい。
でも【先ずは信じてみる】
入り口は信じる方を選びたい。
そこからどうするか。自分で選びたい。
信じていなかった頃は、丸まって縮こまってた感じ。
だから常に気分は下向き、目線は360度取りこぼしなく見張ってて、神経は
張り過ぎな位張ってました。
全て自分で見聞きした事だから、間違いはないけど楽しくないし、しんどかった。
本当に必要なもの、大切なものが何なのか判ってなかったかも。
いっぱい情報も知識も持ってたけど、そんなに役に立ってたかな?
無理して手に入れなくてもよかったかも。
信じないってエネルギー使う割りにリターンはないんだもん。
疲れ損な事が多い。ホント、疲れた~(@_@;)
身体も心もコチコチ。
でも、やってみた今だから判るんですよね。
一周して戻って来れたのかも知れません。
信じてたから、騙されて傷付いた。だから信じないで傷付かないようにしてきた。
でも、外圧で傷付かないけど自分の中の何かが違う形で傷付いてた。
そっちの方がずっと痛かったと思います。
どうせ痛いなら誰かと痛くなりたい?!変だけど。
何しか、しんどいあの頃には戻りたくない。なら逆を選んでみましょう!
それ位のノリです。
リスクを考えて考えて考えてって疲れるんだもん。楽しくないし。
信じた方が圧倒的に楽!断然楽!です。
そして何より私が楽しいです。