
←この記事をお気に入りに追加します。あとで読み返せます。Kouです。
彼の返信が半日止まっただけで、頭の中で悪い場面をいくつも組み立ててしまう。
そして結局、何事もなかったように連絡が来る。
「疑うより、信じる方が楽なんでしょうか」
よく聞かれます。
逆に、
「信じて裏切られる方が、ダメージが大きいんじゃないですか」
という声もありますね。
疑い続けることと信じることのどちらが楽なのか。そして、裏切られたと感じるのはどういうときなのかについて、書いていきます。
昨日のメルマガで、信じること、裏切られることについての話をしました。
「首は折れないように注意してください」というタイトルのメルマガですね。メルマガでの話題なので、本当はメルマガでフォローすべき問題ではあるのですが、この先もこの話はしてくことになるので、ブログに残すことにしました。
さて、僕はまりさんのコメントを一体何度取り上げているんだろう、、と自分でも思ってしまいます。気になるんですよね。
まあいいです。どうしても分からない。どうしても理解したくないという時期はあります。
まりさんより:
>ありもしない不安やショックを、
事前に受けるメリットはどこにもありません。 後でダメージを受けないというメリットがある。
信じていた方がよりダメージが大きい、それを和らげるメリット。
「やっぱり」と思う方が精神的ダメージは圧倒的に少なくて済む。
どちらの方が立ち直りが早いかは子供でも分かる、簡単な事。>本当の安心は、相手を信じることから生まれます。
>「裏切られた」のではなく、「裏切らせた」だけです。そして裏切られて泣きをみる。安心が絶望に変わるのでは?
裏切られるのは全て自分が悪いという結論?>人はなぜ相手を裏切るのかと言えば、
相手が自分を信じていないと思うからですよね。 信じさせて裏切る。そんな人、
世の中にたくさん居ると思いますけど。 >心理的には結構なダメージがあるんです。
それは相手を裏切った罪悪感というよりも、
自分が今後どう見られるのかという自己愛による罪悪感では? 信じてもらえないのは信じられない理由があるから。
それを顧みる事が出来ない方が問題なのだと思います。
今回は、例としてまりさんのこのコメントを紹介していますが、僕は彼女にだけ言っているのではありません。もちろん吊るし上げているわけでもありません(^^;
少しでもいいので分かってもらいたいのです。
おそらく彼女以外にもこのコメントと同じように感じている人もいると思います。
メルマガでも話したと思いますが、どちらに主軸を置くかの問題なのです。
自分に主軸を置いていれば、裏切られたという発想は出てこなくなります。
「裏切られた=相手が悪い」(私は悪くない)
こういう発想に陥ってしまいがちです。
かなり多くの人がこう考えます。なぜなら、その方が楽だから。
楽ですよね。相手が悪いという発想をしていると、そこですべてが終わってしまいます。
そこから成長することは絶対にできません。相手が変わらないからいけないという結論で終わってしまうからです。
「ありもしない不安やショック」を事前に受けていたら、実際に受けたときに緩和されるか。
されません。
緩和されないんです。
緩和されると感じているのは勘違いで、むしろ二重に味わう分辛さが深くなります。
ナイフか何かで切り付けられることを想定して、まず自分で腕を切っておいて、その傷口にもう一回切り付けられるようなものですよね。さらに痛くなるに決まっています。
事前に思い悩んで苦しんだことが実際に起きるから、さらに辛くなるのです。精神的ダメージは、突然やってくるそれを受けたときのものと比較にならないくらい大きいですよ。
僕のところにくる恋愛相談の失恋ダメージで重症化している人の大半は、事前に悪い想像をしているケースです。
青天の霹靂で突然別れを切り出された場合のショックは、それはもちろんあるでしょう。でもそういう人は、その場は確かに辛くても、極端に後を引いている例があまりありません。
それよりも、「私は振られるんだ」と何度も考えて具体的な想像をしていて、それがまさに現実になったケース。こちらの方が圧倒的に苦しんでいる人が多いですね。
「そして裏切られて泣きをみる。安心が絶望に変わるのでは?」
この記事を読んでいるあなたも、もしかするとこんなふうに考えてしまっているかもしれません。
裏切られて泣きを見る、と考えているうちは、まだ相手主体に物事を考える癖が抜け切れていないのです。相手主体というと分かりにくい場合は、「自分のことを自分で考えようとしていない」と考えるのがいいですね。
そうなのです。
自分のことを自分で本気で考えていないから、何かの不都合をすべて外部のせいにしてしまうのです。
自分の失敗を他人のせいにしているのと大して変わらないのです。
途中ですが、これはまりさんに対して言っているのではなく、このブログを読んでいるあなたに向けて言っています。みんなこういう発想になるのです。
僕だってなります。注意しないといけない問題なのです。
あなたが彼を信じることと、彼がその期待に応えるか応えないかは全くの別問題です。
「私はお前を信じた。お前はそれを裏切った。」
これは、発想が傲慢なのです。
彼が裏切るかどうか、期待に応えるかどうかは問題ではないのです。あなたが彼を信じるということに自信を持てるかどうかだけが問題です。
あなたが彼を信じるということに自信を持てるようになったら、それはもう自分主体です。
彼がどう出てこようと、あなたの精神状態が変わることは一切ありません。
彼の行動によって、あなたがいちいち影響を受けて精神不安に陥るのは、つまるところまだ他人依存(外部への依存)から抜けられていない証拠なのです。
外部はどうしようもないのです。コントロール外です。
あなたがどれだけそうしてほしいと思ったところで、その通りになるかどうかはコントロールできません。そこに自分の精神を預けようとするからおかしなことになるのです。
自分の精神は自分で持ってください。
「信じさせて裏切る。そんな人、
いますね。
そういう人を見極めるのもまた自分の責任です。
ちなみに言っておくと、「そういう人」に該当するのは、ほんの一握りです。周りの人全員がそういう人だと思ってしまうかもしれませんが、それは錯覚です。
もし「そういう人」ばかりだったら、この国はとっくに滅んでいます。
そういう人を見極められるようになること。
そういう人を近づけない人間になること。
そして、そういう人に仮に騙されたとしても、そこで相手を責めて終わるのではなく、「騙された」という事実を自分で引き寄せたことを理解すること。最終的に騙されたとしても自分は相手を信じ切ったという事実を認識することです。
覚えがある人もいると思いますので、この話もしておきます。
裏切られて相手に怒りを覚えるのは、自分が相手を信じ切っていないからです。
「はあ、Kouさん、何言ってんの?」
と思うかもしれませんが、過去に思い当たるフシがありませんか。
あなたではなく、周りの知人や親、家族でもいいです。
「俺はあいつに裏切られた。やってくれると信じていたのに。」
と言う人に限って、本当は完全に信じ切ったりはしていません。
第三者視点でちょっと話を聞いてみると、必ずこういうことを言い出します。
「おかしいと思っていたんだ。」
どうですか。心当たりがありませんか。
信じてはいたけど、おかしいとも思っていた。だから、「やっぱり裏切られたんだ!(俺の予感は正しかった)」と思うから怒りが爆発するのです。その怒りは、自分は悪くないという発想での怒りです。
本気で信じ切って、その人に裏切られたどうするか。笑うしかありません。
信じてもらっているのに裏切るというのは、もちろん裏切るほうが悪いに決まっています。
それは確かにそうなのですが、裏切るほうが悪いという視点だけで物事を考えていると、一つも前進しませんし、また同じことを繰り返します。
よく人に騙されるというのは、意外と「人がいい」タイプの人がかかりやすいと思われていますが、そうではありません。疑り深い人、人を信用しない人ほど騙されやすいのです。なぜなら、そういう人は、やはり「人を疑う」タイプの人間を引き寄せるからです。
もう何回も言いまくっていますが、周りの人を疑い続けながら生きていくよりも、リスク承知で信じる方向にかじを切った方が、はるかに楽です。
確かに何らかの痛手は負うかもしれませんが、少なくとも「私は相手を信じた」という事実だけは揺らがなくなります。そこから得られた自信は、今後の人生に明らかにプラスに作用するはずです。
どうしますか。
疑い続けますか。それとも、少しでも相手を信じてみるほうに傾いてみますか。
僕はそれをあなたに強制することはできませんから、あなたが自分で意思決定するしかありません。
僕は囁き続けることにします。
ブログには書けない話があります。
限定記事『女性はすぐに付き合いたいと願い、
男性はすぐに付き合うと決められない理由』を、
メルマガ読者だけに公開しています。
他のどのサイトにも書かれていない内容です。
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いま読むとグッとくるよね、この記事
(`・ω・´)ぴくっ
「リスク承知で信じる方向にかじを切った方が、はるかに楽です」
気になるテーマだったので読ませて頂きました。
私も同意見です。でも、実は2〜3か月前まではそれが出来ていなかったんです。
取り返しのつかないことなのでは?という出来事があり、これまでの自分をやっと省みる事が出来ました。
変わりたいと切実に思いました、ずっと疑い続けてきたので。
彼を信じる事に決めて心の在り方を変えてみました、気持ちの修正に1か月ほどかかりましたが。
全ては自分の心から起こっている事なんだと分かった事は自分の人生の中で大切な成長でした。
彼は他の女性とも付き合っているんじゃないか?きっと私とは遊びなんだ、二股だ。どうせもう冷めてしまったんだ。女好きだ、浮気症だ。
好きだけど、どうせっていつも考えて、不安ばかりの心でいた時は、四六時中苦しくて泣いてばかりで、何も手につかなかったです。
起きてもいない事を不安に思う事は不健康です。彼も重い女、執着しないでと離れてしまいます。
考えてもどうにもならない事をずっと考えて、彼の言動に一喜一憂して、ジェットコースターの様に気持ちが変動する。
結局は、自分が彼を信じていない、彼を信じていないのは自分の事も信じていない。
信じられないのは自分を大切に出来もいないんだなともわかり、自分を大切に出来ない自分が彼を大切に出来ているのか?と考えた時に、自分が改めるべき事が分かってきました。
ネガティブな思考の癖が付いているので、苦しい気持ちを切り替える事は簡単ではありませんでしたが、何度も何度も自分に語り掛けていたら、信じる事が出来る様になりました。
実際彼がどうだとかは分かりませんが、そもそも彼の心のうちは関係ないんです、自分が大好きな彼をきちんと信じられるか?という事が重要で、信じたらとても楽で、楽しいし、嬉しい。
予防策だと称して彼を信じていないと、本当にただただずっと苦しいだけなんです。苦しく無い時なんて無いんです。苦しんでいる女性達に、それに気がついて欲しいです。
この先離れる事になったとしても、その時はとことん落ちればいいと思います。とことん落ちたら、必ず這い上がれますから。
自分の気持ちは自分でしか処理できないです。他の誰にも無理な事なので、時間がかかっても、自分でやるしか無いです!
考え方1つで、目の前の景色は180度変わる事を身を持って体験したので、これを伝えられたら嬉しいです。
【彼の行動によって、あなたがいちいち影響を受けて精神不安に陥るのは、つまるところまだ他人依存(外部への依存)から抜けられていない証拠なのです。
自分の精神は自分で持ってください。】
この考え、色々なことに通じますね
相手の行動によって気持ちが左右されるというのは自分から振り回されに行っているということで、それは自分主体じゃないですね
ちなみに私の彼は少々依存的で、付き合いたての頃は「全然メッセージをくれない」と精神的に不安になっていました
人から影響を受けて精神が不安定になるというのもおかしなものですね
自立していないわけですから
ネットサーフィンしていたらたまたまkouさんのブログにたどり着きました笑
疑って裏切られるなら、信じて裏切られた方がいい。
そう思っていてもなかなか難しいのが現状ですよね。
でも、彼のことを信じている時間は、疑いながら一緒にいるよりも間違いなく幸せな時間だな〜
と感じます。
疑いたい衝動に駆られることもたくさんあるけど、、わたしは彼を信じます。
今までは、信じたい。○○したいって曖昧な表現をよく使っていましたが、最近は、○○する。って断言するようにしています。
口に出したり、自分も含める誰かに向けて発するメッセージって言霊じゃないけど、大切だから。だからしんどいときもあるけど、頑張ります。
彼の行動によって、あなたがいちいち影響を受けて精神不安に陥るのは、つまるところまだ他人依存(外部への依存)から抜けられていない証拠なのです。
自分の精神は自分で持ってください。
彼の行動、と言うか他人の行動によって不安になってました。まだまだ修行は足りないです。
ただ、そこから、何とか自力で回復できてきた事は、良い傾向ですかね。
回復するのに、時間は必要です。人間ですから 笑
あまり思い出したくないですが、過去に騙されたと思った事があります。
当時はとても好きだと思っていて、でも振られました。そして勝手に妄想して彼から離れたら追い掛けてくれると思ってたんです。結果は見事、玉砕でした。
今考えたら、その当時はわたしは独りで妄想恋愛していただけでした。
裏切られた、とも思ってました。職場だったので仕事も失って、本当に迷走しました。
仕事に関しても、当時は長年同じ職場でちやほやされてたのに、外の世界では全然通用しない事が判って、1から出直しでした。
完全に他人任せでしたね。
それからは、まず仕事でどこでも通用するように何でも挑戦したので、いろいろ経験もしました。その事がその後不況であっても逞しく生き残る土台を築くきっかけになって。
他人任せは、その時はとても楽で何も考えてなくて、ただ流されてたんですよね。
自分の事を自分で決めなきゃと思った最初のきっかけがその失恋だったんだと思ってます。
もう何回も言いまくっていますが、周りの人を疑い続けながら生きていくよりも、リスク承知で信じる方向にかじを切った方が、はるかに楽です。
—–
私も疑い深く、すぐに他人を信じませんが、信じると決めた以上は誰に何と言われようが信じます。頑固です。
信じるに値すると判断したときに、もしそのジャッジが間違っていたなら、自分に見る目がなかっただけのこと。
自分の審美眼を信じるしかないです。外部要因や他人の意見は流動します。
私は自分を絶対的に信じています。この世の中の誰よりも。
学生時代の恋人との付き合いを、尊敬する恩師に大反対されましたが、自分の目を信じました。彼は今でも私にとっては特別な人です。
人を騙そうとする人なんて、たくさんいます。だったらそういう奴らを蹴散らせばいい。
信用に値すると思った相手がいるのに、それを疑うのならば自分に自信がないって言っているのも同じです。
信じて、裏切られた経験あります!
すぐは軽い鬱になりましたが、今でも信じていた自分は好きです。
自信になってます。
次に本当に愛してくれる運命の人と会っても、私は信じられるっていう自信。
相手がどうであっても、私は心揺るがず信じて安心していられるから。
——–
彼の行動によって、あなたがいちいち影響を受けて精神不安に陥るのは、つまるところまだ他人依存(外部への依存)から抜けられていない証拠なのです。
外部はどうしようもないのです。コントロール外です。
あなたがどれだけそうしてほしいと思ったところで、その通りになるかどうかはコントロールできません。そこに自分の精神を預けようとするからおかしなことになるのです。
——–
外部はコントロール外。たしかにそう思う。
私が何を望むのか、そして信じる覚悟をできるのか、それが大事なんだなぁと。
私が「あなたを信じます」と言えば、それだけで関係は好転するはずなのに出来ない。
連絡だって私からすれば、また復活するだろう。私から突き放したから、彼は振られたことになってる。
彼自身を信じるというより、自分の意識に対して、彼とこれからも一緒にいたいと宣言できるのか?
彼はそこまで価値のある男性なのか?
仕事もそうだけど、自分がどうしたいのか?その思いを明確にして覚悟をすれば現実化する。自分の人生のハンドルは自分自身が握っていて、どうにでも動かせる。
彼がナンパ師であろうとも、私が自信を身につけて対応できるなら、私は彼にとっての理想像になり手放せないだろう。自分の言動で如何様にでもできる。
まだ彼を信じることができない気持ちは、海外でレンタカーを借りて車道になかなか出ることができずにブルブル震えているときと似ている。
—–
本気で信じ切って、その人に裏切られたどうするか。笑うしかありません。
—–
責任を自分でとって、裏切られても笑ってしまえばいいですね。潔いです。
——–
もう何回も言いまくっていますが、周りの人を疑い続けながら生きていくよりも、リスク承知で信じる方向にかじを切った方が、はるかに楽です。
確かになんらかの痛手は負うかもしれませんが、少なくとも「私は相手を信じた」という事実だけは揺らがなくなります。そこから得られた自信は、今後の人生に明らかにプラスに作用するはずです。
——–
過去、私にも心から信じることができる恋人はいました。完全な信頼に至るまでには年単位で時間がかかりました。でも一旦信頼できるようになったら、周りが何と言おうと、尊敬する師匠に反対されようと、他人からの批判があっても私の心は揺らぎませんでした。
信じあえる関係は穏やかで心地良かったです。元恋人のおかげで仕事も頑張れました。
元恋人も私を絶対的に信じてくれていて、別の男性が茶々入れして噂話を流したとき「自分の目で見たことと、あなたの言うことしか信じない」と言いました。揺らぎなかったです。元恋人のような強い心を私も欲しいです。
これはkouさんの書かれている内容と同じ心持ちなのです。
——–
ずっと考えていました。「信じてほしい」という彼の言葉の意味を。
きっと私が彼を信じることができるなら、心配している小さなことは払拭されてしまうと思う。私の考えかたの問題もあります。
彼の周りの女性たちのことも、気にするに足らないということは明白になる。彼自身が私は別格だと言っていたのだから、その言葉に乗っかって、本当にそうなってしまえばいい。
現在において、少しくらいのズレがあろうとも、私の意識によって、願うほうに引っ張られてはいくでしょう。
でも、私は旅行中に感じた、彼の純粋さに心を開いたはず。それなのに、そのこと自体が怪しく思えてきている。
彼はナンパ師的な要素を持ってる。ほんとに女性経験が少ない男性の誘いかたやアプローチの仕方ではない。明らかに女性慣れしてる。女性を喜ばす術は知ってる。それも、かなり上手です。
彼の行きつけの店に何人か女性を連れて行ってると思う。連れて行ったのは私だけだと言うけど、そんなはずない。ポロッと彼が発言してしまう言葉から分かってしまうのです。私は勘がいいのです。鈍感になりたい。
ミスなんとか、アナウンサー、アーティスト、女将さん、まぁ彼は人気ある女性が好きです。間違いない。本来なら女好きは恋人候補としてはナシ判定にしたいところです。女性達が彼の肩書きに寄ってくるのを知ってるからタチ悪くて、こっちが疲れちゃう。(SNSを見ちゃった)やはり自分だけに向き合ってくれる人が理想。
ベストフレンドの運営する店に女性を連れて行って、評価をしているんじゃないかと思う。彼らのことだから下品なやりかたではないはずだけど、やんちゃな男が集まると、話す内容なんて、たかが知れてます。
「あの女性は高嶺の花で無理だとか、彼等は本音で言ってくる。あなたのことも無理だと言ってた」と。
その店が高級デパートに催事出店したときに、私に行ってほしいと彼が頼んできました。レセプション担当の女性がいるから自分の名前をだして挨拶してきてと。
挨拶したら「いらっしゃることは事前に連絡があって聞いていました」と土産物を渡されました。15年前にも連れて行ってもらった店だったので、そのこともレセプションの女性に伝えました。
後日その女性が彼に電話して「あの女性は○○さんの大切なひとなのですよね?」と聞いてきたらしい。
この話もどこまで本当かは分かりません。でも嬉しかった。
彼なりに、私に一生懸命だったことは本当です。この15年、彼が海外にいるときも、ことあるごとに私に連絡してきて、Skype通話もしていた。彼の大切な式典にも同伴者として来て欲しいと頼まれた。ドレスは買うからと。あのときは躊躇なく断りました。
彼は私のことを皆んなに紹介したい、あなたなら歓迎されると言っている。
怪しいところはいっぱいあるけど、私が彼のストーリーを信じて彼のシナリオに乗っかれば、それがリアルになっていくとは思います。
彼は現実にしたいことを信じ込んで、ほんとうにリアルにしてしまうタイプ。だから私に言い聞かせる。
私は彼のことを好きだと今は錯覚しているけど、信じることが出来ていない時点で、本当は好きではないのかもしれない。
疑っているのなら、まだ愛ではない。
軽口を叩くところ、発言のズレ、デリカシーのなさについて嫌悪感がある。それと、まわりにいる女性の多さ。次から次へと出てくる。飼い犬だって誰が預かってるの?という疑問。
好きなのに、嫌い。
嫌いなところも受け止められるのか?
全ては私の気持ち次第なんだなぁと思います。私が覚悟を持って彼を信じると決めたなら、この関係はリアルになるし、放棄することを選んだら、終了になる。
私が、どうしたいのか?どうなりたいのか?そこが重要。
でも判断材料が足りなくて、盲目的に信じることなんて出来ない。傷つくのがこわくて逃げ出したくなる。彼の努力不足。
何年も、ずっと誘われていたのに断り続け、仕事がボロボロのときに意を決して誘いに乗ってみた。彼なら何とかしてくれると思ったから。
一緒にいるときの彼の一生懸命さや、不安からくる私の振り回し行為にも彼が耐えている様子をみて、私は心を開いていきました。
でも、会話の隅々に「ん?」と思って引っかかることがあって、また心を閉ざしてしまい、拒否している。
例えば、私の名前を別の女性と間違えたこととか。いろいろと、一気に気持ちは冷めました。
客観的には些細なことなのかもしれません。
私が彼と接触してこなかった長い時間のなかに別の女性の存在が複数あっても不思議ではありません。それに怒っちゃう私も私です。
せっかく私のために3日も時間をつくってくれたのに、信頼してもらおうと彼なりに頑張っていたのに。先に壊したのは私。
でも傷つくんじゃないかと本心はビクビクブルブル震えている私の前で、デリカシーのない発言をして、さらに怯えさせてしまう彼もどうかと思ったりもする。いまここで、その発言する?というようなことが重なりました。
信頼関係がつくれてないのに、旅行でスピーディーに付き合う流れになって、一気食いしたような感覚で、いろいろ消化しきれてないのだと思います。
彼に対しては、最初に出会ったときから怒ってばかり。犬が警戒心から威嚇しているようなものなのかな?不動明王にはなりたくない。本当は優しい聖母マリアでいたい。
信じきれなくて、終わらせるための理由探しや悪材料をみつけようとしていた。スッキリとした気持ちで逃げてしまいたくなる。そして実際に、私は彼から離れた。
でも、まだ、ウダウダしているのは何故?
もう彼がいない別の道に進む準備もしはじめている。次の事業の箱探しを昨晩はしていました。コロナの第3波がこわいけど、自分で出来ることを考えているのです。
しばらくしたら感情的になっている私も落ち着くでしょう。彼のことを考える時間は減るでしょう。私が彼につけた心の傷も癒えるでしょう。
そして、そのうち、また新しい出会いがあるかもしれない。
また連絡があったとして、そのときに互いに気持ちが残っているなら、牛歩で信頼を積み重ねていきたい。友人や家族を紹介するなど絶対的な彼の行動を見るまでは、もう飛び込んだりしません。
私から拒否って突き放したのだから、彼には相当な勇気がいると思いますが、諦められないならリベンジがあると思う。それができないのなら、それまでってこと。
どちらにせよ、いつかはまた連絡はくると思っています。
少なくとも「私は相手を信じた」という事実だけは揺らがなくなります。
これ、ですよね。これです。
これは「自分との約束を守る」こととも
繋がってる気がする。
私は相手を信じると自分と約束をする。
その約束を守り抜いたとき、相手がどう動いたとしても「私は相手を信じるという私との約束を
守った。」という事実が、自身や
自己肯定感を高めることに繋がるのかも。
信じる、で記事を検索してたどりつきました。初めてコメントします。
信じるということを、他人に委ねすぎていました。彼を好きだと思うのなら、その積み重ねがあってのこと。
その過程を思い返せば、好きになれている相手ならば疑う事なく信じられるはずなのに。
そして、もしそれが思った結果と違ったら、その時は本当に笑うしかないのかもしれない。
不安になるのは、事実とも分からない勝手な妄想を膨らませている時。
それが繰り返されて、きっとありもしない「現実」と思い込んでいる最悪のシナリオに怯えているだけなのかもしれない。
私が見てきた彼がそのままであれば、人を傷つける嘘を吐くようなことはないと思えるはずなのに。
勝手に嫌な展開を想像して、心臓を痛めつけて、そんなの自分のことを大切にできていない典型パターンだなと実感しました。
自分が見ていて、感じたことを信じます。
ありもしない想像に心痛める必要はないんだと、分かるまで自分で反芻します。
自己決意のため、コメント残しました。
私は、人を信じやすいタイプだと思います。
今回バレンタインデーのお返しというか、なんの反応もなかったこと(まだホワイトデー前から会えてないから完全に何もないとは言えないけど)。
「ああ、突然ナイフで心をえぐられた気分だなこれは。」
なーんて思っていました。
普段強気な私にもかなりの痛手。
青天の霹靂に近いです。
でも、裏切られたって思えない自分がいました。そう。信じていたのは、信じてずっと好きでいたのは私の勝手。私が選んで私が決めたこと。
そして、まだ信じている私がいる。
さっきまで、私ってとことん馬鹿なのかな。と思っていたけれどそれでいいんだなとこの記事を見て思えました。
信じられなくなるときが来たとしたら、それは裏切られたときではなく私が信じるのをやめたときなんだなと思いました。
あー、会いたい。話したい。
結局大好きなんですよ、彼が。
私は彼から裏切られることはない気がする。
私が信じている限り。
どうせ裏切られるなら、結果が見えるまで疑いながら過ごすより、信じていたほうが精神的にはいいですね。
ちょっとイヤな言い方ですが、そのほうが相手を責めやすいと思いますし、見切りもつけやすいかな。
でも、好きな相手だからこそ期待してしまう。そして不安にもなってしまう。本当は一番信じたい相手なのに。
特に純粋に信じた結果裏切られたことがあると余計に信じるのがこわくなります。
仮に彼に悪気がなかったとしても、自分を傷つけた事実には変わりないわけで。
とても自己責任と割り切れません。
信じた結果受けた傷が深いほど、いくら彼が変わってもつらい過去がフラッシュバックしてしまう。すこしずつ解消されてるのは感じますが…。完治にはまだかかりそうです。
今、kouさんのこの言葉を実感しています。
自分が不安で苦しくて仕方なかった時、私は彼がくれる言葉を、気持ちを、行動を信じられていませんでした。自分がが傷つくのが怖いから。予防線を張ってダメージを少なくしているつもりだった。
でも全然違ったんです。信じてない方がずっと辛くて苦しい時間か続いてた、楽しいなんて思えなかった。幸せだなんて思えなかった。
今、彼のしてくれていたことや言葉を思い返して、見ようとしていなかった自分に気が付いて、彼の気持ちを信じられるようになって。
行動に不満はまだありますが、今までとは気持ちが全然違います!
ちょっとした小さな事にも嬉しいと思えたり、感じていた不安を大丈夫と思える様になって、私自身が笑顔で楽しくいられるんです。
彼の事以外を楽しめて、色んな事にも前向きな気持ちになれて。
自分が自分の首を締めていたんだと、今ならわかります。まだ不安になることへの怖さはあるけど、視点を切り替えて見られるようにしていきたいと思ってます。
私は、信じて楽になれたと、そう思っています。
私もkouさんとまったく同じ考え方なのですが、
わたし割となんでも
「自分が悪い」って考えるらしくて
「さくら子ちゃんそれはダメよ」って最近言われました。
本当だ。すごいコメント数(゜◇゜)
私の親は商売してたんですけど、うまい話に乗ったり仕事を取るために恩を売ろうとしてりして、借金を背負ったりしていました。
取り立てにいったり、取り立てに来られたり。
どちらにせよ、相手が悪いと言っていました。
それでもまだ相手にお金を預けてて。
私は止めるんですけど、聞かない。
ちょっと考えたら分かることなのに。
懲りてないってこういうことを言うのかな、騙そうとする人からしたらカモネギだよと思ってました。
そして、私は。
裏切られたこと、ありません。
期待外れだったとか、思ってたんと違う!はあっても、裏切られたことはないです。
でも、相手からすれば裏切り以外の何物でもないことはしました。
それについてはお口チャックです。裏切る人の気持ちは、言葉にしてはいけないと思ってます。
そんなもの、存在してはならないからです。
それで、信じることについて。
何故私が裏切られたことがないのか考えてみました。信じられない人のことは信じてこなかったからだと思いました。
信じてない人のことはまともに相手にしてこなかったです。
疑いながら付き合うことをしてこなかったです。
嘘つきな人とは、嘘をついたら本人がダメージをくらう、私にダメージがこない付き合い方をしてきました。
あ、ちなみに友達や彼氏にはこんなことしません。
こんな人とはプライベートで付き合いませんから。
仕事で付き合わないといけない人の話です。
信じられる人しかそばにおかないって大事なことなんですねぇ~(´Д`)(←まとめ方分かんなくて無理にしめちゃった)
【「裏切られた」のではなく、「裏切らせた」だけです。】
【「私は振られるんだ」と何度も考えて具体的な想像をしていて、それがまさに現実になったケース。こちらの方が圧倒的に苦しんでいる人が多いですね。】
【あなたが彼を信じることと、彼がその期待に応えるか応えないかは全くの別問題です。
「私はお前を信じた。お前はそれを裏切った。」
これは、発想が傲慢なのです。】
【信じてはいたけど、おかしいとも思っていた。だから、「やっぱり裏切られたんだ!(俺の予感は正しかった)」と思うから怒りが爆発するのです。その怒りは、自分は悪くないという発想での怒りです。
本気で信じ切って、その人に裏切られたどうするか。笑うしかありません。】
ここ!って思うところをあえて抜き出したけど、どれも大事な言葉過ぎて全文になってしまう。
まりさんは、相手を信用出来ない、私は信用してないって自覚がある。
口では信じてるって言うけど、心では信じたいって思うけど、実際は信じていないこと。
それはなかなか自覚できない。私はこれでした。自覚がないと、読んでもよく分からない。
「信じてる」って言葉にするから信じてるのか?
「信じてる」って言葉にされたら信じてもらえてると思えるのか?
どんな相手でもとにかく信じるって思っていればいいのか?
信じるって何?
信じるのにも根拠が必要です。盲目的に信じてはいけない。
相手のことが信じられない。
そんな相手は信じなくていい。
ただ、信じられないと判断するに至るまでにどれだけ本気で相手を見極めようとしたか。
傷つけられたら嫌だからと引いてこなかったか。
そんな相手に対して「この人のことは裏切ってはいけない」とどこの誰が思うのか。
自分から傷つけられてもいいと差し出したとき、たとえ傷つけられたとしても、痛みは感じるけど堪えられます。
傷つけないでと思って引いているとき、傷つけられたら大変な痛みを感じます。
傷つけられてもいいと差し出すことが信じることだと思います。
自分の判断を、考えを信じられる人こそが本当に相手を信じられるんだと思います。
そんな人のことを裏切る人なんて、関わってはいけない人です。
でも、そんな人じゃない人のことを裏切る人はいます。
きっと私も日々のどこかで裏切ってます。
だって。
勝手に期待されて「信じてる」だなんて言われて、期待通りにしなかったら「裏切られた」なんて騒がれて。
誰がそんな人の都合のいい「信じてる」に応えるもんですか。
私なら嫌です。
私は彼のことを都合よく信じようとしてました。
今は、信じてます。
私は、見極められる人間だと私自身を信じているから。裏切られない人間だと分かったから。
信じて傷つけられても、彼の本意じゃないと思っているから。
何度も傷つけられたら、「あぁ、ダメだったのか」ってスッパリ終わらせることができます。
今、私は、彼のことを信じてます。
はい、圧倒的に楽になりました。
すがすがしい気分です。
「信じる」って言葉で説明するの、難しいですね~。
その難題に挑むKouさんの思いに、私は応えたい。
ちょっとコメント多すぎて。あ、この人!ってのをメインに読んで、大きく頷いて、他は目に止まったものだけ流し読み……
皆さん長文です。そうなりますよね。
【楽ですよね。相手が悪いという発想をしていると、そこですべてが終わってしまいます。
そこから成長することは絶対にできません。相手が変わらないからいけないという結論で終わってしまうからです。】
↑
そうです。なんで相手に任せてんの?です。
相手に期待するより自分を成長させた方がよっぽど有益。
実家は自営でした。借金踏み倒されて、よく怒ってたなぁ。
よくそんなにやすやすと他人のこと信用できるもんだなぁと子供ながらに思った覚えがあります。
「人を見たら泥棒と思え」と私は教育されておりましたが、親は人を疑いながらも都合よく期待だけはしていたようです。
彼は動物好きなのですが、そういえば付き合ってすぐの頃?(グレーでよく分からない。多分彼としては付き合ってた)「人は裏切る。動物は裏切らない」と私に言ってました。
二人で二度目にホテルに行ったときも、同じ頃のメールでも、「誰とでもあんなことするんでしょう?」とも言われました。
彼は彼で信じない人だったんですね。
そんな二人が、よくここまで来たなぁ(´ー`)
他人のおいしい話には乗りませんが、それと彼とは別物です。
彼は私のお眼鏡にかなった、素敵な男性です。
私を疑ってたことも、私を雑にしたこともあるけど、信じるに足る男性です。
それを信じないなんてことがあったら、私は私を信じられなくなります。
信じることと期待することを混同している場合もあると思います。
信じているだけなら、割と精神的にフラットでいられると思いますし、よほどのことがない限りあまり裏切られた!と騒ぐ人はいないのではないかと思うのです。
勝手に期待しているから裏切られたと思うのでは。(知人にそういう人がいたので。)
裏切られたのではなく、自分の思い通りにならなかった、ということかと思うのです。
ズレていたらごめんなさい。
うーん、信じられてなかったです(^^;)
親友にも、家族にすら疑いの目を向けることがあります。
弱い人間だなぁ…。
信じられる人ってすごく強い人だと思うし、憧れます。私もそうなりたいです。
結婚中に元旦那が、家の貯金持ち出せる分全部持ってったことがありました。
子供の分まで全部‥。
元旦那は過去に金銭的な問題を起こしていたのですが、一緒に乗り越え反省して頑張ってる様子だったので、すっかり信じ切っていました。
ある日、全部無くなるまでは‥。
私も自分が馬鹿で騙されたんだと思うんです。心から信じてたんですよね。
発覚した時は頭から血の気が引きました。
本当にサァーと頭のてっぺんから冷たいペンキをかけられたようでした。
そして、その後5分も経たずに冷静になって。2ヶ月かからず公正証書も作って離婚しました。無くなったお金も正当な分は返してもらいました。
経験して分かったのは、相手を信じ切っていると裏切られたショックは大きいけれど、その後の行動に冷静さと迅速さは約束されます。
そして、元旦那を恨むことは不思議とありませんでした。
黙って子供の入学直前の準備費用やお年玉まで持っていってしまう裏切りでしたが、そんな人だったんだとストンと落ちました。
出会った時から別れた日までずっと元旦那は手癖の悪いお金にだらしのない人でした。
その過程で、私が元旦那を信じようが信じまいが、旦那は変わらないんですよね。
だったら、旦那を信じてた期間は幸せもあったし、寝耳に水で裏切られて未練も無いので良かったです。
むしろ「俺は何も悪いと思っていない」と堂々と言い切っている元旦那の突き抜け感に、コレはコレでカッコイイし、私がこの人の紙一重の魅力を変えてしまってはいけないと思わされました。私は付き合いきれないけど。
次は、私が信じるに値する、尊敬できる男性を選ぼうと思います。
人を信じることを止めるのではなくて、信じるに値する人を選びたい。
裏切らない男性を選ぶのではなくて、信じたい、ついて行きたいと思える男性を選ひだいです。
たぶんこれに近いことを最近本で読みました。
「信用するっていうのは、相手に依存することじゃない。
この人は信用できるという自分の決意に責任をもつこと。
他人を信用するには、自分を信用しないとできない」
この記事初めて読みました!
神すぎて保存です笑
自分はどうしたいか?をいつも見失うんです。。
相手の出方をいつも気にしてしまって「また私の元から去るのか…」って考えて苦しくなります。
kouさんの言う通りですね、そう考えた方がダメージもダメージがひくまでも時間がかかりました。
わかってるのにまた悪い方に悪い方に考えちゃうんですよね、
で、悪い方に考えても私はどうしたいのか?と今なら心に聞き直すことにします(´ω`)
好きになってしまったのは私なので、とことん信じ抜いてみようと思います。
確か、kouさんの記事に「男性の恋愛感情をなめるな!」みたいな記事があったかと。
騙されてるかもしれないしアホかもしれないけど(そう思ってる時点で自信まだないw)、彼氏は自分のことを好きだと信じてみようかなー。
たぶん今の彼氏が普段の正常な彼氏だと思うから、それが耐えられるかどうかはもう少しゆっくり考えます。
今は付き合う余裕がないんだと、不安にならず信じます。
ほっときゃ戻ってくるしそれを都合が良い女と受け取るか、信頼してもらってる女と受け取るかは、その時考えます。
> 昨日のメルマガで、信じること、裏切られることについての話をしました。
うくっ……
まりさんのコメント
> 後でダメージを受けないというメリットがある。信じていた方がよりダメージが大きい、それを和らげるメリット。「やっぱり」と思う方が精神的ダメージは圧倒的に少なくて済む
わかる…分かるんです。でもそれが、自分の心を1番えぐる方法だったんですよね…
自分を自分で傷つけて、さらに深く串刺しにするわけなので…痛くないわけ、ないんですよね…
>本当の安心は、相手を信じることから生まれます。
>「裏切られた」のではなく、「裏切らせた」だけです。
ってことは私の考えてた返答も、デート前「行かないんですね?」よりも約束が履行されず「楽しみにしてたのに」の方がいいのか?
いやでもそれじゃ本当に何もなかったらお出かけなくなっちゃう、なら最初から行く前に「行かないんですか?」じゃなくて…「行きますよね?」の方がいい?それより「〇日どうします?」とか?行く前提でどこに行くのとか聞いちゃった方がいいか?
> 人はなぜ相手を裏切るのかと言えば、相手が自分を信じていないと思うからですよね。
これは身に覚えがある…いや、言って私のこと気にしてないでしょと、親に粗雑な対応とりましたね…
> 自分に主軸を置いていれば、裏切られたという発想は出てこなくなります。
うぐっ…ごもっともです… だって判断するの自分だもん。終わらせるかどうかその判断を下すのも自分ですもん。
>かなり多くの人がこう(「裏切られた=相手が悪い」(私は悪くない))考えます。なぜなら、その方が楽だから。
あぁ…責任転換…!!
> そこから成長することは絶対にできません。相手が変わらないからいけないという結論で終わってしまうからです。
まさに「自分は悪くない!」ですね。成長の機会を止めてしまってる
> ナイフか何かで切り付けられることを想定して、まず自分で腕を切っておいて、その傷口にもう一回切り付けられるようなものですよね。さらに痛くなるに決まっています。
痛い痛い痛い痛い(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
> 事前に思い悩んで苦しんだことが実際に起きるから、さらに辛くなるのです。精神的ダメージは、突然やってくるそれを受けたときのものと比較にならないくらい大きいですよ。
あ〜。そういうメカニズムだったのかぁ… 自分で膨らませて膨らませてその要因とかも引き寄せて、最後バチン!と破裂して膿が周りに飛び散りさらに悪化させるような…(._.)
> 青天の霹靂で突然別れを切り出された場合のショックは、それはもちろんあるでしょう。でもそういう人は、その場は確かに辛くても、極端に後を引いている例があまりありません。
ポカン。というか、は?で終わりですよね…笑 極め付けは「なんだアヤツ。(終)」笑 間違いなく綺麗さっぱりです笑
> それよりも、「私は振られるんだ」と何度も考えて具体的な想像をしていて、それがまさに現実になったケース。こちらの方が圧倒的に苦しんでいる人が多いですね。
確かに、確かにそうですね。
> 自分のことを自分で本気で考えていないから、何かの不都合をすべて外部のせいにしてしまうのです。
うぬぬぬぬぬっ???
> 自分の失敗を他人のせいにしているのと大して変わらないのです。
「私の恋愛がうまくいかないのはお前のせいだ!!!」と。(←なかなかに危ない方の発言みたいになってますね。…これを私自身もこの発想をしてたってことですか…うわぁ…)
> あなたが彼を信じることと、彼がその期待に応えるか応えないかは全くの別問題です。
ふんふん。
> 「私はお前を信じた。お前はそれを裏切った。」
>これは、発想が傲慢なのです。
ということは、私はお前を信じた。→ただしお前のことは別世界の話だから知らん。→お前が裏切った裏切らないなぞ知らん。→私は私の意思でお前を信じた。それを止められるのも私の決めた時だけだ。と。
> 彼が裏切るかどうか、期待に応えるかどうかは問題ではないのです。あなたが彼を信じるということに自信を持てるかどうかだけが問題です。
>あなたが彼を信じるということに自信を持てるようになったら、それはもう自分主体です。
ああ、やっぱり。
> 彼がどう出てこようと、あなたの精神状態が変わることは一切ありません。
ああ、やっぱり。
> 彼の行動によって、あなたがいちいち影響を受けて精神不安に陥るのは、つまるところまだ他人依存(外部への依存)から抜けられていない証拠なのです。
証拠ね。これ大事。_φ(・_・メモメモ
> あなたがどれだけそうしてほしいと思ったところで、その通りになるかどうかはコントロールできません。そこに自分の精神を預けようとするからおかしなことになるのです。
預けようとする…というか、預けているという意識さえないまま(他人任せ,誰かがやってくれる,どうにかしてくれるって環境や意識に慣れすぎて(というか当たり前すぎて))ドンドン進行しちゃって爆破…。ってケースに何度も陥ってました。
一番の問題は、相手を信じれず不安病になる原因として「してくれると思ってたことをしてもらえず相手を責める,自分をが悪いと思い込む,否定する,追い縋る,詮索する等するのが当たり前だと思い、もしくは行い、他人に自分の人生の舵を委ねていることを“無自覚”に行っていたこと。」でしたね…。
“私がお前を信じる”という考え方や、こちらの想いと、“相手がどう動くか”は別世界の話だから全ては自分の心しだい。ということを知らなかった私は、本当にハンドルを無くした爆走車のような状態だったのでしょうね…。
> 彼がどう出てこようと、あなたの精神状態が変わることは一切ありません。
まさに、こういうことなんですね。
> そういう人を見極めるのもまた自分の責任です。
最初に見えてる部分なんてほんのちょっと、1番いいところだけを見せているということももちろんあり、表裏一体でありそうなリスクや考えられる危険性、まだ見えてきてない不確定な部分をじっくり探っていくということは本当にとても大切だと思います。
人でも物事でも「こんなはずじゃなかった!」はだいたい、自分の見極めの甘さや自分の思い込み(自分の信じたいその人しか見ない,気になるところは見ないふり)、考えの浅さが原因で引き起こされてることでしたから。
だから、自分に責任があるし、そういう人を引き寄せたとしたらそれは自分に原因があるんですよね。
> そして、そういう人に仮に騙されたとしても、そこで相手を責めて終わるのではなく、「騙された」という事実を自分で引き寄せたことを理解すること。最終的に騙されたとしても自分は相手を信じ切ったという事実を認識することです。
相手の行動は関係ないんですもんね。したら、もうなにかの判断材料は自分のおこした行動や考え方,その事実のみですもんね。
> 裏切られて相手に怒りを覚えるのは、自分が相手を信じ切っていないからです。
>過去に思い当たるフシがありませんか。
>あなたではなく、周りの知人や親、家族でもいいです。
これ、私がされたことあります。母親に「ほら!結局やってないじゃん!」と。実際は途中までやっていたんですけど…“結局信じてくれてないじゃん”って思いましたね。幼いながらに傷付きましたし、その時はできない自分を責めましたが、今思うと普通に気分悪いですね。だってそっちこそ信じてないじゃん。って。
そういう不満が積もり積もって…高校大学と爆発か…。不信感だけ募らせて。止められないほど爆発した気持ち、そしてそれを結局受け止めてもらえずさらに不信感を募らせ、最後には「ああ、もうムリだわコレ。」と決別するにまで至ったのは、相手が自分を信じてくれてないと言葉や行動の節々から感じ取ってその許容量を超えてしまったからだったんですね…腑に落ちました。
> 信じてはいたけど、おかしいとも思っていた。だから、「やっぱり裏切られたんだ!(俺の予感は正しかった)」と思うから怒りが爆発するのです。その怒りは、自分は悪くないという発想での怒りです。
それ、信じてないじゃん笑
> 本気で信じ切って、その人に裏切られたどうするか。笑うしかありません。
私:あ、そうなの!?はっはっはっ笑笑
> それは確かにそうなのですが、裏切るほうが悪いという視点だけで物事を考えていると、一つも前進しませんし、また同じことを繰り返します。
そうですね、こちら側からできることが結局ひとつもないですもんね。
> ことを繰り返します。
よく人に騙されるというのは、意外と「人がいい」タイプの人がかかりやすいと思われていますが、そうではありません。疑り深い人、人を信用しない人ほど騙されやすいのです。なぜなら、そういう人は、やはり「人を疑う」タイプの人間を引き寄せるからです。
いろんなコミュニティー所属して感じたこと、これ(同類を引き寄せる,似たもの同士が集まる)は間違いないと思います。いい意味でも、悪い意味でも。自分に似た人を、似た能力の人を、似た心持ちの人を、結局は引き寄せます。その方が心地よいから。波長が、合うんだと思います。
> もう何回も言いまくっていますが、周りの人を疑い続けながら生きていくよりも、リスク承知で信じる方向にかじを切った方が、はるかに楽です。
そうでしょうねえ。絶対楽です。
> 確かになんらかの痛手は負うかもしれませんが、少なくとも「私は相手を信じた」という事実だけは揺らがなくなります。そこから得られた自信は、今後の人生に明らかにプラスに作用するはずです。
「私は信じ切った!」という結果はとても清々しい思い出ですし、何より最高の後味爽やかな笑い話になりますよ!笑
> 僕はそれをあなたに強制することはできませんから、あなたが自分で意思決定するしかありません。
お!まさに「自分が“こう”望んでいても、他の人の行動は変えられない」ですね!
>僕は囁き続けることにします。
これ、かなり大事ですよね笑 教育に関する職の現場にいってから、本当にそう実感するようになりました。
いつもありがとうございます、Kouさん(o^^o)♡
過去に「え、こんなことある?小説にできるやん!笑」っていうくらい盛大な結婚詐欺にあったことがあります。
当時の私の思考は、非常に依存的かつ被害者的(~された)でしたね。
相手が信じられる相手かどうかは自分または友達、家族に手伝ってもらって見極める。
見極めた末に信じるかどうかは自分次第。
そもそも記事を読んで違和感を覚えていたのですが・・
コメントしてくださった方の「信じる」の定義。
これって「自分の望んだように相手が行動する」という意味合いを感じたのですよね(違ったら申し訳ありません)。
ちなみに昔の私はそういう信じ方をしていました。
この「信じる」で相手と関係を深めようと思ったら、その途上で裏切られる可能性が高くなりますね。
信じるって、見極めた末に相手の特性・志向をまるっと受け入れるって腹を括ることなのかなって思います。
だから見極めの段階で、自分の志向に合わない人はごめんなさいするし、仮に見極めきれなくても後に自分の志向に合わないことが判明したら「今までありがとう!でも合わへんわ!」とごめんなさいできる。
まずは自分を知り大切にすることが一番大事なんじゃないのかなって思います。
信じ切ることの重要性の意味が今ここでハッキリと理解できました
これまでも別の記事で信じることについて触れられてましたが、理解できていたつもりでもつい元の思想に戻ってしまっていました
過去にその手のトラウマがある場合、傷つく準備をしていた方が楽だと勘違いしてしまうんです
でもそれがなぜ違うのか、間違えた方向へ行っているのか・・
こちらのkouさんの記事でようやくはっきり理解することができ、実行に移す事が楽しみになりました
ありがとうございました
決意表明します
私は今後、目の前の相手を信じ通しますᕦ(ò_óˇ)ᕤ
それがどれだけ楽で幸せなことなのかやっと今回のブログで理解できました
過去のkouさんの投稿で
「信じるというのは、人間が持つ最上位のスキルです。
これができる人は、何をやってもうまくいくようになります。」
↑このようなこともおっしゃってました
とても刺さる文章だったのでメモしてました
それでも過去のトラウマによって思考のクセがついていて、「傷つく準備してた方が楽だ」と錯覚しているところが残っていて、いつまでも被害者面をやめられずにいました
でも今回のブログでやっと信じることがどう大事なのか本当の意味が理解できました^ ^
開放されたような気分です♪
自分で自分を苦しめてたんですね
ありがとうございました^ ^
Kouさん。私この話何度も繰り返し読んでいます。
彼の行動によって、あなたがいちいち影響を受けて精神不安に陥るのは、つまるところまだ他人依存(外部への依存)から抜けられていない証拠なのです。
自分の精神は自分で持ってください。
LINE未読や既読無視でも不安になる事はないよ、ということとは違う意味でしょうか。
会いたいと言って連絡ない人は価値がないって言ってたなぁと思いつつ、私が今回してるのは試し行動であり傲慢なのかな?と悩んでます。
私、刑事事件被害者になりLINE(メールにしてませんでした…)結果的に2週間既読無視しちゃってました。「寂しい、早く会いたい」と追いLINE来て、理由説明は会う時にした方が言い訳っぽくないかな?と思い「私も会いたいです」とだけ返したけどそこから既読無視3日。昨日「忙しいんだろうけど寂しい。会いたい」ってLINEしたら約半日未読無視。
毎晩3時過ぎに帰宅してるから、いつもならその時間に返信くるのに…とても不安です。
私が選ぶ人を誤ったとして何も言わず立ち去るのが正解なのかな?それとも私が説明せずにいたから自業自得なのでもう一度LINEしてみた方がいいのかな?不安になる事は他責にしてる?
昨夜から頭の中ぐるぐるしてます。
問題をごっちゃにし過ぎでしょうか?
kouさんおはようございます。
彼のことを心底信じたいと思うのですが、どうしてもちょっとしたことで疑って、不安に陥いるのです。
彼が私にしてきてくれたこと、たくさんあるはずなのに、何で幸せな気持ちって持続しないんだろう。
まりさんが代表になってくれたように、脳レベルで、ネガティブな妄想をすることで自分がショック受けることを和らげるようにしているのかなと思います。
自分でも、嫌なのに妄想ばかりしちゃうんです。
嫌で嫌でたまりません。
この記事を読んでもまだしっくりきません。
kouさんは私にとって絶対信じれる人です。
なので、この記事が自分の中に落としこめるように、繰り返し繰り返し読みます。
私が彼を信じきれる日がきたら、私は怖いものなしです。
私にとってこのジャンルが一番の壁です。
「自分の好きな人を自分が信じなくてどうするの?」
今は色んな人に声を大にしてそう言いたいです。
なんか、離れていても心は繋がっているから全然不安にならなくなったんです。
と言っても、私も最近まで自分も彼も信じられていない状態でした。
だけどついこの間、長らく勉強していた試験が終わって心に余裕が生まれた時やっとそう思えるようになりました。
人間余裕がない時は自分のことだけで精一杯なのに他人の気持ちに寄り添うなんてもっとできないですね。
こうやって気持ちが落ち着くと今まで見えなかったものがよく見えるようになります。
kouさんも仰ってる通り、あなただから彼は向き合ってくれる。
私もここに居る女性たちの味方。
不安に思わなくて大丈夫です、一緒に頑張りましょう◡̈♥︎
相手を信じるということは自分を信じるということだと思います。
相手を信じることができないというのは自分を信じることができないということだと思います。
好きになった自分の感覚を信用できないんだと思います。
たとえ裏切られてもいいと思います。
自分を信じるということは強い自分を持つということだと思います。
強い自分があれば例え望んだことにならなくても、自分に誇りを持って生きていれば何も辛いことはありません。
彼の言い分をそのまま信じたい、けれど、さすがにどうかしら、と思い、ご意見が聴きたく、書かせていただきたいですの。
遠距離で、お付き合いをしている彼。
会う頻度は平均して2ヶ月に1回、なのですけれど。
これまで会った数回のうち、8割ほど、会う日の直前で会えなくなりそうな事態が、起きていますの。
覚えてる限りですと、
・仕事でトラブルを抱えてしまった×2回
・喧嘩×3回
・体調によるもの×2回
喧嘩については、しばらく順調だったのに、会う週になると、雰囲気が悪くなる出来事が起こるといいますか、彼が私を苛立たせるようなこと(思慮の欠けたこと)をしてきますの。
私が彼の方に行く、彼がこちらに来る、両方含んでおりますわ。
私に来させるために…という狙いは感じませんの。
偶然にしては、あまりにも、直前で駄目になりそうになる確率が高すぎて、これはどういうことなのかしら、と、さすがに疑問に感じてしまいましたわ。
私に会いたい気持ちに嘘はないと思いますけれど、育った環境や、遭遇してしまった出来事のせいもあり、自分に自信がなく、自分を大切にできない彼のことですので、
①私の期待に応えたり、楽しませることに対して自信がなく、臆病になり、会うのを避けたり、ハードルを下げるために、理由をでっちあげている
あるいは、そういった思いから、理由となる出来事を引き寄せてしまっている
②自分に自信を持たせるため、ネガティブな状況を作り出し、それに対して私がどう反応するか、気持ちを試している
このふたつの、どちらかではないかと、思い始めましたの。
なぜなら、体調不良の1回と仕事のトラブル1回以外は、私が会うように仕向けて、結果会えておりますため…。
(体調不良でも会いに来たわけではなく、もしかしたら入院するかも、という話で、それがなくなったわけなのですけれど、そもそも、入院するから会えないかもしれないという話自体、雰囲気の悪い会話の中で出されましたので、本当だったのかどうか…)
理由は毎回異なるものの、会えないかも、あるいは喧嘩してるから会わないほうがいいかも、のあとは、私が会うことにネガティブになっている彼を励ます、奮い立たせ、予定通り会うことにする、という一連のパターンになりますわ。
最初は、私が実は彼と本当は会いたくなくて、会わずに済む理由を引き寄せてしまっているのかしら、と考えておりましたけれど、直近のキャンセル理由(上記の仕事トラブル1回)が想像だにしないことで、その割に、そのあとの流れがいつもと変わらない流れでしたので、不可解さを無視できなくなってしまいましたの。
いつもと変わらない流れ→上記の一連のパターンを行ったあと、「ごめんな、あれもこれもはできないけど、できる限りの中でがんばる」もしくは「今回は望みどおりにしてあげられなかったけど、次は埋め合わせするから!(経済的に余裕のない彼に、延期した分も含めて、私が望むことを要求できるはずもなく、結局妥協してしまうのですけれど…)」
本当は、疑いたくなんてありませんの。
それでも、こう何度もあると、素直に受け止めることも難しくなり…。
ちなみに、実は既婚者や二股、などの可能性はないと思いますわ(状況証拠ですけれど、そうといえる場面が数多くありますため)
どう思われますかしら。
【リスク承知で信じる方向にかじを切った方が、はるかに楽です】
ラクですね、モヤモヤしてる気持ちもこの文章ですぅーっと消えていきます。
彼軸になって、ありもしない不安妄想が続きそうな時は「リスク承知で信じるって決めたでしょ!」と自分に言い聞かせます。
未来はどうなるかわからないし、私の気持ちが安定して仕事もバリバリ上向きにやっていけるのなら、今の自分が幸せだなぁと思える行動だけをとりたいと思います( ´艸`)
kouさん、信じるものは救われるってことですかね?笑
読み返してみて、信じていれば裏切られないなんてどこにも書いて無かったのに勝手にそう書いてあったと思いこんでいました。
信じることに責任を持つ、あくまで自己責任
当たり前の事ですよね。
今の私に必要な内容です。
今日まさに同じようなコトを考えていました。
相手を疑い、どうせ…と思いたがる自分、結局は自分のコトを信じてないんだなぁって。
相手に対しての言葉じゃなく、自分に対しての言葉だと。
それに、相手を “その程度” にしてるのも自分なのかなぁって。
深い、深いですね。
でも結局は自分なんですよね。
この記事。何回も読みに来たなぁ。
そしてかつての自分のコメントを見つけて、東寺の耳聞を振り返る(^_^;)
このブログに来たばかりの頃の私がいました。
今。
あの頃から更に色々ありましたね〜(^_^;)
でもね。
Kouさんのおっしゃる信じる、と言うこと。
うまく表現は出来ませんが、今はできている気がしています。
彼の一挙手一投足に、感情を振り回されてはいない。
私が選んだ私の責任。
そういうことなのかな〜。
彼は私の事を好きなんです。
そこに対しては疑いはない。
変な自信とか慢心とかではなく、そう感じるんです。
よくわからないけど(笑)
自分でも不思議。
kouさん
こんばんは
きゅんきゅんです
ま〜よ〜な〜かぁ〜
今日の最後の勉強が、ここになりました。
娘ちゃんには、いろんなことで泣かされる。
どんなことがあっても離れないでいたから、今の関係がある。いろいろあったけど、ありがとう。たまに言ってくれます。
彼は、こんなこと言ってました。
こんな歳下のヤツの話を、信じて聴いてくれる。オレに相談してくれる、それすごない?こんな歳上の人を、説得できるオレ、すごない?、だって。
「信じてたのに裏切られた」と言うけど、
コロッと「信じる」からじゃないかな~と思うんです。
せいぜい出会って数年の人。
人生には山あり 谷ありですから。
山でも谷でもこの人は変わらない。
でも次の山はどうだろうかな?
おお、変わらない。
そういうのを経て「信じられる」ようになるのではないかな?
自分に都合のよい「信じる」はよくない。
彼が私の思ってたことと違うことをしたときに
出てくる言葉は「信じてたのに裏切られた」じゃない。
「期待してたのに損した」
「信じてたけどあなたは違った」
になるんじゃないかな。
私は被害者ではない。
彼の行動によって、あなたがいちいち影響を受けて精神不安に陥る‥
もう長いことずっとこれです、これでした(。>﹏<。)
もういい加減、「してもらえなかった」ことにフォーカスして自分を卑下するのはやめないと、あまりにも自分がかわいそう。
反省することもたくさんあるけど、得たものだってたくさんありました!
試合に負けて、勝負に勝つ。(逆だったかな?)
なんなら負けてもいないのだから!これからこれから。
何度でも読み返したい記事です。
本当に見極めができていなかった。
自分でも不思議なくらい「そういう人」ばかり選んでいました。
よくない予感もしているのに全部無視して、結局泣くことになる。
その度に人も自分さえも信じられなくなりました。
今思えば、最初から間違っていました。
そもそも信じていい相手かどうかを見極める。
これがめちゃくちゃ大事なんですよね。
信じると言いながら相手を疑っているのだから、しんどくて当たり前。
数年かけてやっと理解できました。
一度信じると決めた相手は、最後まで信じる。
信じることの尊さも今なら分かります。
こんな時間にブログ読んでますw
読みたくなっちゃうんですよね~~~。
読み漁っていると「ああ、これこれ!」っていう記事に出会っちゃうんですよねw
それがこのブログの憎いところです。
なんかの中毒っていうならここかもしれないーーって思います。
いま、まさにこの「信じる」がテーマなんですよ。
kouさんにメールしちゃったからもうご存じかもしれないんですが苦笑
彼がわたしを好きになって追いかけてきてくれて付き合っているんですが、
この彼がわたしから要求も出してないのに結婚してあげられないかもしれない、って
悩むので、ついに怒ってしまって再来週のデートをキャンセルしたんです。
先日は結婚云々で悩むならまだしも、他に告白されている女子が多数いて
そっちも好きかもって思うと言われたので、これがわたしの逆鱗に触れました。
そのときは「いきたければいけば」としか言わなかったのですがさすがにそれで
収めるわけにはいかなくなり。
「一旦なしにしよ」って言ったら「なんで?」じゃなく「はい」とだけ返ってきたので
わたしはこれは喧嘩している状態ととらえています。
これまでのブログに紹介されているような彼側も「話しかけるな」みたいなわかりやすい
例じゃないですが、いままでデートをキャンセルせざるを得ないときには必ず
申し訳なさそうにしていたわたしが自分で再来週のデートを希望したにもかかわらず、
代案を出すことなくキャンセルを言い渡したのでさすがに怒りはわかっていると信じています(;’∀’)ワカッテナカッタラドウシヨウ
というわけで絶賛にらみ合い中でありまして、わたしはこれだけは本当に許せないと思ったので
モテてる事実が嘘か本当かはもはやどうでもよく
そういう卑怯な手でこちらを不安に陥れようとするのをやめろと言いたいのです。
本当は二度としないで欲しいけど、まだ付き合って3か月ですしここらで
何にわたしが本気で怒るのかを知ってくれればそれでいいかな
という気持ちもあるので向こうから電話なりでお伺いをたててくればそれで態度を
軟化させてもいいかなと思っています。
でも、相手からリアクションがあるまでは死んでも動かんと思っています。
kouさんのいう「戻ってこないならそれでもいい」という覚悟をいま試されています。
わたしは彼を信じたいんですよね。
こんなしょうもないところでドロップアウトしてほしくなくって。
彼が仕事で追い詰められている時期だと思っていたのでずっと我慢してましたが
そんなことのうのうと言えるならずいぶん余裕ではないですか、と思ってしまったのもあって
波動砲を撃つことに決めましたw
撃ったものの、気持ちは揺れ動きながら、不安にもなりながら
でも、彼の愛情を信じて待っている状態です。
でも、この記事を読んで信じる、と決めたら楽になりました。
結果はどうあれ、わたしは彼を信じるというのはすがすがしい気持ちになるものですね。
こんなしょうもないことで終わったらたぶん本当に笑いますよ、わたしはw
なんて小さい奴だってなっちゃいますよw
でも、たぶんそうはならないと思います。
わたしが好きになった人はそんな人ではないと思うので。
わりと最近まで、すごくだまされた気や裏切られた気がしていて
悪気はないんだろうけど、よくもだましたわねーーーと
でも最近、自分の髪の毛がクルンクルンと可愛いので
まっいっかそれくらい、あんな人たち☆
と思えて来ます。
鏡見るのたのしぃーかつてなく
って
何ごともとらえようですね。
あの人たちのことなんて知らないけど、私はわりと自分を信じることは
苦手ではないタイプかもしれません。
【裏切られて泣きを見る、と考えているうちは、まだ相手主体に物事を考える癖が抜け切れていないのです。相手主体というと分かりにくい場合は、「自分のことを自分で考えようとしていない」と考えるのがいいですね。
自分のことを自分で本気で考えていないから、何かの不都合をすべて外部のせいにしてしまうのです。】
娘が不登校になって2年、いわゆる過干渉な親で、娘を追い込んでしまっていました。信頼することができていなくて、ずっと見守るよりも口うるさく言ってしまっていました。ブログは恋愛のまなびであるけれど、人間関係だからとおっしゃっていて、子供に対して少しずつ変われています。進級もギリギリでしたができて、今は遅刻もあるけれど、学校に通う気持ちになってくれています。もっともっと彼女は大丈夫、できるって信頼してあげないと、あげたいです。
友人とkouさんに感謝。
信じる方に舵を切る。結果がどうなろうと彼を信じることにします。少なくともあと数か月は。
その後のことは自分の納得感次第で、自分主体で決めていこうと思います。
今日、後輩の結婚式でした。
びっくりしたのですが、まさの主賓祝辞でした笑笑
焦りすぎましたが、みんなから、応援されながら、大変楽しい時間で、大爆笑の連続でした。
まあ、それはさておき、新事実も明らかになったんです。
昔、私の課にいたとき、他の課の人から、私の後輩たちが、疑われたことがありました。
で、私は、腹が立って、真剣に言い返し、うちの課の子たちは、絶対にそんなことしません、と喧嘩しました。
あの時のことを聞いたら、誰一人として、そんなことはしていなかった、と。
やっぱり、信じてよかったし、信じられる人たちであったし、信じていたから、誰かから信じてもらった人は、強くなれるから、結果的にそうならないこともあるだろう。
信じるって、すごい力です!
感動しました。
相変わらず、私にも下ネタをかましてくる奴ら、大爆笑で、笑いあり、涙ありでした!
Kouさん、皆さん。
コメントは久しぶりになります^^
よろしくお願いします。
最近の私の記録として、
綴りたい衝動で今、ここに居ます。
こちらの記事
「信じるほうが圧倒的に楽だということ」を
何度も何度も読み込みました。
ごく最近まで、苦しかった辛かった心は、
全て自分が作り出していたんだと腑に落ちました。
長くなりますが、、
8年前、
Kouさんのところへ辿り着くきっかけとなった彼
お互い、既婚者同士でした。
職場の研修で知り合って、その後話が合い、
メールや電話でやり取りしているうちに、
ドライブデートに誘われました、がドタキャン。。
その後直ぐに、彼の奥様にやり取りが見つかり、
そのまま連絡が取れずに、
私の気持ちだけが取り残され、
もう本当に本当に苦しくて、辛くて。。
ここへ駆け込んだことを今でも鮮明に覚えています。
その当時は、
「もっと幸せを強く求めよう」の記事のように、
https://novelin.net/6238
「何故、彼と出会ってしまったのだろう。。」
「出会わなければ失う悲しみは無かったのに。」
「こんなに苦しむなら、彼となんて出会いたくなかった」
と、過去に戻りたい、巻き戻したいってばかりを
考え、そればかりに囚われていました。
Kouさんのところへ辿り着いた時にはもう、
泣いて泣いて、途方に暮れていました。
それから、電話は着信拒否。
LINEも人づてでつながりましたが、ブロック。。
もうやめよう。
人間関係の拒絶をされているって、
自分でも悲しくなり、何とか忘れていた矢先。。
先月、約8年ぶりにノコノコとLINEからスタンプ、、
「ご送信です!」と謝ってくるも、
「違うでしょ!?」と返すと、ばつが悪そうに、
少しずつ、
ポツリポツリ、、と近況を話しはじめました。
そう、彼が拒絶していたはずの私を求めて来たのは、
奥様との関係が険悪過ぎて、ストレスで辛いのを、
好意を持ってたであろう、私に、
癒して欲しかったから。
まるで“都合のいい女”じゃないって、
もう、直ぐにそう思って、彼にも言いました。
でも彼も、
相当辛そうでした。。
彼を助けたくて、救たくて。。
もう、その気持ちだけで寄り添いました。
“都合ののいい女”を覚悟で、寄り添い続けました。
先日、
8年前のドタキャンのリベンジをさせて欲しいと
正式に誘いを受けて会って来ました。
彼は、とてもとても会いたがっていました。
私は甘いのかな⁇って思いながらも、
もうただ、
彼の力になりたくて、元気になって欲しくて。
一緒に過ごせて幸せで嬉しかったけれど、
彼が「癒された」って言ってくれたことが、
何よりも一番嬉しかったのです。
ここまでの間に、
私は8年前と同じように、
心の中が彼でいっぱいになってしまっていました。
会った後の私からの連絡に、
後でLINEします。と連絡あってから、
ずっとスルー。。
私はまた、8年前と同じように、
たった5日スルーされていただけで、
「彼は何故、今更連絡をして来たのか⁇」
「そんなことがなければ、今ある幸せで良かったのに」
「もう、また失う悲しみは辛すぎる。。」
「だったら、ノコノコの前に戻りたい、、」なんて、
一人、感傷に浸りまくり、泣きまくり。。
“不幸になりたい病”に、
自らかかりにいっていました。
藁をもすがる思いで辿り着いた、こちらの記事
「信じるほうが圧倒的に楽だということ」を
何度も何度も何度も読み込みました。
そして今、やっと。
やっと、腑に落とすことができるようになって。
自ら、心の安定を手に入れ、穏やかに過ごせています。
具体的には、
私は彼を信じてる。
でも、
彼がまた連絡して来ようと、して来なかろうと、
このまま去ろうと、それは彼が決めることであり、
私のコントロール外であり、彼の自由。
その間、私は私のための時間を生きるだけで。
もし、彼がこのまま去ったとしても、
何ら私の価値には影響は無くて。
むしろ、この経験で価値は新たに付いたであろう。
この経験から得られた感情なども、
これから➕になる事があるかもしれないし!
私は私のことで忙しいので、全く問題無くて。
あ、ひとつ言えるなら、
「私と関わらないなんて、もったいないねー!」
くらい、かなって。
そんなふうに、
強がりでも無く自然に思えるようになってしまって。
自分でも、本当に驚いてます。
不思議と、
“裏切られた”って気持ちにはならなそうで。
「ふーん、そうなんだ。」くらいですかね!
もちろん、彼とまた一緒の時間を過ごせたら嬉しいし、
去ってしまったら、悲しみもあるとは思うけど。
これが「自分の精神は自分で責任を持つ」って感覚⁇
なのかなぁと。
こちらの記事を
何度も読み込んだからこそ、得られた宝です^^
「信じたほうが楽」って、
本当に精神的にも楽になれるんだ!!って、
何だか有り難くて、嬉しくて。。
感謝の気持ちを込めて、綴らさせて頂きました。
長文になりましたが、
Kouさん、こちらの記事を書いて下さって、
本当にほんとうにありがとうございました♡
まだまだ、幸せな人生を創り、楽しんでいきます^^
p.s.
こちらの記事と一緒に聴き込んだ曲を。。
椎名林檎ちゃんの「♪ありあまる富」
♪自分の価値は生命に従って在り、
それを誰一人として盗むことは出来ない。
その価値こそが、貴方の持つ“ありあまる富”である。
オススメの曲です^^
こんばんは☆彡初めまして。私も既婚者同士(ですが区分は元ガールフレンド。グレーです)だったのですが、2年半前から男女的な関係は途切れてしまっていて、お手紙させていただきました。
この前読めるようになった所でも(質問があったかもしれません)、過去のコメント読んでいて、少しだけ美冬さんのお名前や状況など、頭の隅に残っていたのだと思います。
8年もたってノコノコさんが来た、それも辛そうで、弱って戻って来たと読んで、良かったですね、と同時に、私もびっくりいたしました。
(本日投稿されていた、最悪の状況に〜、にお手紙しようと思ったのですが、こちらの記事タイトルの方が、内容に合った文が書けそうなので、こちらにしました。復習コメントちらちら読ませていただいています^^。)
信じる方が圧倒的に楽、この不確かな関係では、本当に信じた方が自分が楽ですよね。
私のこちらでの投稿は、今でも中途半端な距離でにじり寄ってくる上の男性と(男女の関係は棚上げ中)、この男性との関係をそそのかしたように見える人(習い事の指導者。女性)への愚痴ばかり、とても多くなってしまっているのですが、
それでも、この人たちの人間性を信じる気持ちがあって、続けている(人間)関係で、信じることで、苦しさや辛さから、逃れられてきたと思っています。
美冬さんも、彼さまの女神になろうとされているかのようですね。
私もまだほど遠いですが、今ブレーキ外しましょうという記事が上がったばかりですし、ここでごま彼さんと呼んでいる男性の力に、少しでもなれたらと思うようになりました。
何いいたいのか良くわからないようなお手紙になってしまって、すみません。
都合のいい女、男性は関わった全ての女性を忘れられないらしいですから、都合よく存分に愛してもらいましょう♡
あなたが彼を信じるということに自信を持てるようになったら、それはもう自分主体です。
彼がどう出てこようと、あなたの精神状態が変わることは一切ありません。
彼の行動によって、あなたがいちいち影響を受けて精神不安に陥るのは、つまるところまだ他人依存(外部への依存)から抜けられていない証拠なのです。
外部はどうしようもないのです。コントロール外です。
あなたがどれだけそうしてほしいと思ったところで、その通りになるかどうかはコントロールできません。そこに自分の精神を預けようとするからおかしなことになるのです。
自分の精神は自分で持ってください。
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他人依存、抜けられてないです。
そろそろ自分を変えたいです。