
←この記事をお気に入りに追加します。あとで読み返せます。Kouです。
昨日、仕事を辞めることについての話を書きました。
僕は「収入を1カ所にしない」という話でメチャクチャ反応が来ることを想像していましたが、予想に反してあまり反応はありませんでした(笑)。
自己投資関連の話や、集中コースもやったので、浸透してきている証拠なのかもしれません。
その中で、少し気になったコメントがあったのでシェアします。気になったというか、これを見て僕と同じように誤解する人がいるかもしれないので、補足しておこうと思います。
僕自身がこのコメントを読んで、最初誤解しました。多分誤解だと思います。
娘は、昨年小学校を辞めました(笑)
私が定めた家訓(笑)により、子どもたちには、勉強であれ何であれ、やりたくないことをやるのを厳しく禁止しています。
学校に関しても、好きでもない授業に出る意味が本当にあるのだろうかと、親子で何度も話し合いました。そして「じゃあ、辞めてしまおう!」となりました(笑)
そして今は、とっても素敵なフリースクールに通っています。それでも興味のある勉強は早朝からやっていますし、道徳なんて教わらなくても、小さい子やお年寄りへの思いやりあふれた子に育っています。
学校を辞めるとき、先生たちは「娘さんの将来が心配ではないんですか?」と警告してきました。でも私は、たった今の自分の気持ちを押し殺しながら生きていくことのほうが、将来が心配でした。
根拠はないんだけど、自分の正直な気持ちを優先して、好きなことをやってる人には、天が味方してくれると思うんです。
僕は不勉強で、フリースクールというのが何なのか、よく知りませんでした。そういうのもあるのですね。
意思に基づいて学校を辞めること、あるいは変えること。それ自体は全く問題ないと思います。
昔ならいざ知らず、日本国内で言えば、今の教育現場は混乱を極めているので、人と同じように学校に通わないという選択肢も十分ありだと思います。
何十年か前までは、ちゃんと学校に通わせてさえいれば、一定水準以上の人間にはなれるという面がありました。
学校の先生が尊敬の対象であり、集団行動を通してしか得られないものというのもありました。
道徳教育で言えば、これは本来学校で教わるものと言うよりも、親が教えないといけないものなんですよね。
僕がコメントを読んで最初に気になったのは、学校を辞めたということではなく、この一文です。
「子どもたちには、勉強であれ何であれ、やりたくないことをやるのを厳しく禁止しています。」
後からこのコメントの女性のことを思い返してみて、まあそういう意味で書いたのではないのだろうと感じましたが、最初はやや違和感を覚えました。
「やりたくないことはやってはいけない」
これは、僕もよく言っていることです。
でもそれは主体が大人のときです。
正直なところ、子供の場合はどうするかと考えたことがありませんでした。
僕は最初、こんな感じで誤解して受け取りました。
「やりたくないことをやるのを厳しく禁止しています。」
↓
「嫌いと感じることはしてはいけない」
どうでしょうか。
もしかすると、僕の過去の話も、誤解して受け取っている人がいるかもしれないと思いました。
好きなことをやれ、やりたくないことは極力やらない方がいいと言い続けてはいます。
でもそれは、嫌いなことを回避するということではありません。
子供の場合、特に幼いうちは、よほど自分の性格が固まっていない限り、嫌いなことも含めてやらせる必要があります。
なぜなら、子供の「やりたいこと、やりたくないこと」は、そのときの瞬間的な好き嫌いが極めて大きな判断材料になるからです。というより、もうほとんどそれだけが理由です。
何かスポーツでも勝負事でも何でもそうですが、成功した人は大人になってから、
「子供の頃に親に無理矢理やらされてよかった」
というようなことを言う人がかなり多いですね。
つまり、子供の未来は、子供の嫌いなものの中にも潜んでいる可能性が大いにあるということです。
僕はこのコメントの女性のことを知っているので、僕が誤解しているだけなんだろうということが分かるのですが、このコメントを字面だけ受け取って大きく誤解したまま吸収してしまう人がいるんじゃないかと思いました。
「やりたくないことをやらせない」というのは、「嫌いなことを回避させる」という意味ではありません。
これは大人も同じです。
嫌いなことも、やってみた方がいいです。
人間の好き嫌いは、本当にいい加減な感情なんです。これについては、先月こんな話もしましたね。
コメントの真意と、僕がこれまでの話で言いたかったことは、それをするのが苦痛でしかなく、それをすることでどんどん自分が傷ついていくようなことからは離れる必要があるということです。
我慢してそこにい続ける必要はないわけです。寿命を削ってまでい続けることに、本当に意味を見出せるかどうかです。
本当にやりたいと思えることにフォーカスしていくことです。
このコメントを読むことで、僕自身が説明しきれていないことが明確にもなりました。
本当にやりたいことを見つけたら、それをあなたの意思で選択すること。それは、好き嫌いに依存してはいけません。
そして、その選択した意思を強く持ち続けてください。
たとえば子供に「あれがやりたい」と言われたら、自分で決めさせるわけです。決めた瞬間からが勝負です。「もうやりたくない」と言われて簡単にやめることを許してはダメです。昨日好きだったことが、今日だけ嫌いになっていることもあるわけです。
大人でもありますよ。
やりたいことをやれ、というのはそういうことなのです。
見つけたら、徹底的にやり抜いてください。飽きるまでやってください。
飽きるまでやる人はほとんどいません。だからうまくいかないのです。
10回やれば到達できるのに、10回やる人はほとんどいません。8回くらいで、もういいやと辞めてしまうのです。
8回まで行ったらまだマシです(笑)。
すごい人になると、2、3回で「もう飽きた」と言って去っていきます。多くの人は、2、3回です。
飽きるまでやりましょう。
飽きてもやり続ける人が僕は好きです(^^
以下 私の感想
集団教育や競争することに対して
異常にアレルギーを持つ人 親や教育者がいるが
なんか違和感があった。
自由が本来の個性を作ると思い込んでいる。
そうかなぁ?(笑)
自由って不自由や制約があるからこそ
際立ち発見や本来の意味を感じることが出来るんじゃないかな。
「私は解き放たれている!何も恐れない。自由だー!」と
何度も何度もいちいち言わなければ自由を実感出来ないとしたら
自分と他人との呪縛から逃れられていないのだろう。
そして本人が一番その自己肯定感のなさをよくわかっているものだ。
そう言う親が放つ「子供には自由に」と言う言葉は
自分が未だ獲得出来ていない自由を
子供に託すという子供の自由への呪縛を犯している。
子供のお受験に自己投影をさせる親と何ら変わりない。
だからそういう自己肯定感の実感のない親が勧める
押し付けの自由には嘘臭さを感じるのだろう。
挫折や競うことを味わうことで
差異や特性を知り
人は自分の個性や成長に何をすべきかが見えるのだと思う。
親がそれを奪う権利はない。
もちろんそういう制約のない環境で生まれた独創性もあるだろうけれど。
なんだかそういう個性って案外薄っぺらな気がする。
蟻は餌まで先頭に連なり皆が同じルートをたどる。
しかし中にはそのルートを見つけられず迷う者も出てくるという。
その迷子蟻のたどりついた餌へのルートは皆が踏襲していたものより
短い良いルートであったりする。
すると今までのルートではなくその短いルートを皆がたどり始め
本筋になるという。
世の中を変えるのは
そういう社会で迷いながら生まれた道じゃないかと。
別に世の中を変える必要はないけれど
「自由」や「個性」や「変わり者」は
御膳んだてた誰かによって作られるものではない。
その道は本当に子供の選択や意志なのか?
実のところ親自身も気付かないで誘導している親の願望という
コックリさんのコインの行方ではないのか。
まぁそういう道を進むと根拠なき自信はとりあえず形成されていく。
挫折するかと思いいきゃ
その根拠なき自信の鍵が案外扉を開けていくもので
コインの答えが
一概には意味がないとは言えないことも。
グイグイくるその感じでこじ開けた扉の先にいる
本当の個性の触発剤になるのだろうから。
で、それぞれが競い色々な物が生み出されていく。
結局成長した子供は
自分自身の中での創造の闘いから生まれたものを武器に
一般市場であるとか社会の競争にも自ら挑んでいるものだ。
誰でも自分自身と闘った結果を
自分が導き出した結論を
意識しなくとも他人に披露し切磋琢磨していたりするものだ。
競争社会で?
いや、日常生活とはそういうものでしょう。
大袈裟に競争競争など捉え意識して日常を避ける限りは
他人だけを意識し戦っているのでしょう。
他人は自分自身と苦闘しているにすぎないのに。
誰もまだ自分に勝負など挑んできてはいないのに。
そういう人ほど他人からの共感や評価に嬉々とするものだ。
自分以外の他人による評価でしか自己肯定感を得られないからだろう。
ネット掲示板でのみ雄弁な引きこもりの思考回路だ。
***
彼は陸上部のエースでした。
競争大好き。お金大好き。女の子大好き。
そしてそれを本当に全部叶えていく。
本質的な男性らしい男性だなーと思う。
だからと言って画一的な男性という没個性でもないし。
突出したい欲が旺盛です。
彼はそうやって自分の存在価値を感じたり示したいのでしょう。
そういう意味で脆いとも言える。
感覚も言うことも変わっています。
こういう「人をザワつかせる個性」が
世の中変えたりするのでしょう(笑)
変わっていると言われると喜びます。
私のことも変わっていると言います。
当たり前。
あなたの今まですれ違ってきた
そこらへんのコと一緒にしないで下さい(笑)
そしてあなたと競争するつもりはありません。
勝負は見えているのだから。
お互い一緒にいることで良い作用となる
ピア効果を実感出来るのが
ベストパートナーということでしょう。
惹かれ合うというのは
お互いが同じクラスにいるからこそで
本能的にこの相手こそがピア効果を生んでくれるということを
どこかでわかっているからかもしれません。
だから、私にとって彼は違うなと思ったら
その時もう彼ではないのでしょう。
ここにある経済学での
『トーナメント理論』
成績に応じて報酬を与えることによって
参加者のやる気を出させることができる
や
「競争は優れた適正を見つけ出す」など
男性に競争となる鍵をチラつかせたり
未踏の女性という報酬を期待させることが
女性を幸せにする相手を見極め得ることにつながる
ということなのでしょう。
それが自然と出来るのが「女性」なんだと思います。
〉飽きるまでやりましょう。
〉飽きてもやり続ける人が僕は好きです(^^
飽きませんねぇ(笑)
『オイコノミア』
どうすればみんなが幸せに生きていけるのか?を求める経済学の番組。
http://www4.nhk.or.jp/oikonomia/x/2016-04-27/31/20879/1303214/
タイトル訂正
【競争しないとダメですか?】
●誰と競争するのかが大切
本当にやりたいことを見つけたら、それをあなたの意思で選択すること。それは、好き嫌いに依存してはいけません。
やりたいと思えたことは、
将来的にどうなっていたいのかをよく考えて、そこをゴールにして努力していくこと。
最終的にはどうなっていたいのか。
先を見ながら進むことを意識していきたい。
年明けに決意したばっかりだったのに、もう忘れかけてました。
忘れない。
>根拠はないんだけど、自分の正直な気持ちを優先して、好きなことをやってる人には、天が味方してくれると思うんです。
きまぐれ研究員さんのこの言葉。
今の私に、刺さりました。
昨日(というか、日本時間では今日)一位さんと話したから、なおさら刺さりました。
彼みたいになれないけど、彼みたいな心構えで生きたいと思ったから。
私の選択が正しかったかは、私も自信を持てずにいます。社会から外れた感じもします。
その不安ばかり大きくなります。
でも、やりたいことだったかと言えば、やっぱり違いました。自分と向き合うしかないと思っています。
恋愛の勉強を飽きるまでやり続けます♡
やりたくないことをやるのを厳しく禁止しています。
これイイですね!
去年転職して以前にも増して、もーっとやりたいことばかりやっていたらかなり忙しくなってきました。二足のわらじでもともと忙しかったのが、今は三足?四足?
ウフフ(´艸`)
やっぱりわたし仕事がすきだなぁ♡
恋愛のお勉強ですね。
終わりがありませんから。
だからどうかKouさんはいなくならないでください笑〜。
ならないと思うケド。
私はわたしのやりたいことを見つけました。
あとは諦めずにつきすすむだけです。
もちろん、彼とは切り離し。
私の人生に必要なこと(*´ ˘ `*)
しばし、彼は放っとくんです。
私は忙しいの〜
姫様こんにちは~(^w^)
昨日新着コメント一覧で
HNに惹かれて追いかけてきたら
姫様でした(笑)
「気まぐれ」ということは~
もしかしたらお仲間かなーって。
そしたらご本人でびっくり!♡(*゚O゚*)))
お子さん、フリースクールに通われているのですね。
私、土曜17時半からの「報道特集」っていう番組が好きでよく見てるんですけど(東大寺のブログよりはシブくない 笑)
フリースクールのドキュメンタリーが放映され見入っていました。
もう1年前とかそれくらいになってしまうでしょうか…。
お子さんも親御さんも、顔は映さないから表情は見えないんだけれど
とてものびのびと過ごされているご様子でした。
兄弟で通学されているお子さんも出ていましたよ。
その日その時、自分が「したい」と思ったお勉強の教材(教科書やノート)を出して
自由に取り組んでいました。
しっかりしてるなぁーと思いながら見てましたけど、今思うと
その頃からお子さんにはちゃんと「主体性」が出来ていますよね。
こちら北海道には
「ヤンキー先生母校へ帰る」のモデルとなった
余市高校があって
不登校や家庭の事情などで高校を中退してしまった方たちが
せめて高卒の学歴がほしいという理由で(その他の理由もあります)
全国から集まって寮から通学しています。
フリースクールの増加により
入学希望者が激減し
閉校の危機になってるんですけどね。
今年中に決まるんだったかな。
こちらも報道特集で今年放映されました。
余市高校の生徒さんも
人から親から言われたからではなく
自分の意思で決めて通学しているので、
フリースクールとは形態は違うんだけれど
主体性を堂々と発揮しながら学べるという点では
共通するものがあるなぁと
姫様のコメントと記事を読んで
そんなことを考えお手紙してみました。
それにしても姫様~
2年前にはもう
神様にお任せしていたのですね。
根拠や保証なくとも信じお任せすることが
完全に「委ねる」ことだと思いますので…
姫様、さすがです(*˘︶˘*)
そういえば☆
「さか那」採用、ありがとうございました(笑)
またサロンにて、気まぐれに(^_-)
気まぐれ研究員さん、こんばんは!
まさか、あのアフロディーテさんだったとは!知りませんでした(`ロ´;)ムハー
お手紙ありがとうございます。
>2年間って、大人にはあっという間だったりしますが、子どもにとっては大きいなぁと、今あらためて感じてます。
あのコメントから、2年が経たれたのですね。
私も、子どもという年齢ではありませんが、でもこれから自分がどんな風に成長していけるか?に興味を持っています。
現に、ブログに出会ってから1年で、私自身変わりましたし、何よりおかれている状況は、1年前は想像もつかないようなものです。
私も、余計なことを考えずに天にまかせて、進んでいきたいと思っております。
アフロディーテさん、ありがとうございます♥
気まぐれ研究員さま♡
姫様発見、なのですヽ(•̀ω•́ )ゝ
今朝、お魚姫の追っかけで
見つけられました♪
サロンの方も拝見しました、
そちらは時間あるときに書きますね。
この記事も、読んで頂くだけで大丈夫です。
.。.:*♡✿ฺ
わたし、Kouさんに
「技法は恋愛だけでなく、全てに繋がってますね」
と何度かお伝えしました。
この記事もそうでした。
こんな素敵なお母さまのように、娘に向き合えたら。
そんな風に感じて、
娘の心を尊重してきました。
姫様の子育てへの姿勢を聞いてみたいと
サロンにお手紙したわけですが、
すでにわたしは、
随分前に受け取ってたのですね?(*^-^*)
.。.:*♡✿ฺ
改めて感じること。
『学校を辞めるとき、先生たちは「娘さんの将来が心配ではないんですか?」と警告してきました』
↑
これが普通の先生でしょうね(^-^;
お子さまと研究員さまが当時決断されたことは、
2年過ぎて着実に実られてて、
ほんとうの幸せが、いま、なんだろうなあと
追記を読んで、
温かい気持ちでイッパイになり、
黄身さんへ委ねました☆
サロンに書いた学校の娘への対応ですが
詳しくはここには書きませんが(^-^;、
着実に娘のために、
進展があります。
わたしは何も心配していません。
主担任変更になって、
そんなの、普通の学校なら5月に変更に…って
あり得ないのだと思います。
でも、ちゃんと娘が居心地よい環境で
卒業式迎えられること。
娘が4月に、
「学校行きたくない、先生安心できない」と
言ったこと。
だだこねでなくて、娘の黄身さんの訴えを
わたしが受け取れたこと。
今はただただ、全てに感謝です。
(*˘︶˘*).。.:*♡
トーナメント理論やピア効果、自由がもたらす教育についての解釈、覗き見しちゃいました。
経済学に詳しいですね(^^)経済学だけだと勉強の息の根を止めてしまいそうでしたが、恋愛にも絡めて書いてありおもしろく読めました。
この記事や他の方のコメントと絡めて深く考える必要があるなと思いました。
又吉さんの感じる「競争」は興味深かった。
書籍かなと思ったらEテレ!
水曜日にあるんですね。
Eテレは…たまたま見かけたとき目が離せない、なんとも言えない番組があって…
面白そうなのでチェックしてみます。他にオススメありますか?
経済学より、又吉さんのような取りこぼされる何かを拾ってくれるような文学が好きです。
又吉さんの本は読んだことありませんでしたが、人物に興味が出ました。
拾ってくれる人が優しいのか、こぼれていく人が弱いのか、考える必要はありますが。
早く走る競争ではなかった
競争という方法で個性を作っていると考えると
競争というものの抵抗がなくなる
少し考えてみます。
>僕は不勉強で、フリースクールというのが何なのか、よく知りませんでした。そういうのもあるのですね。
別に不勉強ではありません。
飽きるまでやる。
珈琲屋さんは飽きるまでやりました。
飽きなかったけど就職のためにやめました。
彼との恋愛は飽きるまでやりますね。
多分飽きないけど。
アフロディーテさんの記事だったの
ですね〜。
今まで気がつきませんでした。
私が子供だったとき。
母親にやらされたピアノは
大人になってからは
感謝している。
小学校は全然楽しくなかった。
中学も。
嫌で息苦しくて仕方がなかった。
フリースクールで生き生き
過ごせたらまた違う思い出が
できたかも。
今でも学校の落ち着かない
無機質なインテリアが
嫌いで仕方がない。
チャイムもゾッとしてしまう。
世の中弱肉強食なので。
バカ正直に話せないけれど。
今まで仕事、職場は沢山
経験しました。
数えきれなくなってきた…ぐらい。
その時その時、真剣に考えてました。
インテリアに興味もち。
ガラス工房に夢中になり。
設計の緻密さに驚き。
食事の大切さに気づき。
母親の看取りで介護の
悲惨に心が痛み。
ただいま不動産を通して
社会の仕組みを知りたくて。
何度の転職。資格取得かしら。
こういうやりたい気持ちが
生きるモチベーションになっている。
>本当にやりたいことを見つけたら、それをあなたの意思で選択すること。それは、好き嫌いに依存してはいけません。
絵を描くことは面倒です。
でもうまくなったら今以上に好きになれると思います。
そして、作りたかったものを作ることができたら人生に悔いがないと思っています。
だから、もう少し頑張りたいです。
今の職場でも、スキルを磨きたい。
好き嫌いに関わらず、向き合いたいことと向き合ってもいいんだって知って楽になりました。
気まぐれ研究所員さんのコメントを読んで
まだ小学校低学年ぐらいまでは主体性というより、子供は好きか嫌いかで決めているでしょう。
周りをうかがうのは、大人の影響、教育、しつけからであって、大人と同じ目線ではないと思います。
良い、悪いの区別をハッキリつけるのがこの頃の道徳。怒られたくないっていう単純なもの。
子供の気持ちを尊重する、言葉は素敵ですが小学校上がるまでは良いことは褒めあげ、悪いことは厳しく叱る、単純なことが複雑化させなくていいのでは。
子供に決めさせるのでなく、親が決めることで子供の責任をとり、子供の人生を担う重大な役割りだと勉強していくんだと思いました。
子供に謝るしかない…
子供を尊重するなら私ならできない。
そこからどうすればいいか一緒に考えればいい、と軽々しく言えません。
子供の人生は子供のもの。
私が大人になってこんなに悩むのに、子供に何があるかわからない。
最善な方法などないし、たくさん悩まれた結果なんでしょうが、今の私の気持ちとしてコメントします。
義務教育の多様性の中で揉まれるから社会性が生まれると思います。
飽きるまでやるのは苦手。
人より飽きるのは遅い方かなって
思いながらも、、、
もっと意志を強く。
やる・やらないをしっかり。
彼の前だけで
カッコつけても仕方ないし。
なんて振り返ってみる。
息子がプールやりたいと言ったので
プール教室に通いだしました。
最後までやりきると決めて。
ある日行きたくないと大泣き。
引きずりながら受付すまし、
説得すること数分。
何を言ってもダメで、仕方なく
引きずって更衣室へ。
蹴られながら着替えをし、
コーチも手伝ってくれました。
プールに入り、
しばらく隅に座っているだけの息子
コーチもそのままにしておいてくれました
少し経つと楽しそうに始めました。
受付で、お母さん偉かったね。大抵の親はあそこまで泣かれると帰るのよ。
帰らなくて大正解!!と言ってもらえて嬉しかった。
それから息子は泣くことがありません。
乗り越えたかな?
やりたいこと
始めてから
気持ちが とても
前向き
そして、自分でも
生き生きしているのが
よく分かります
そして、
「綺麗になったね」と
言われることが
増えました
目の輝きが違うみたいです
やりたいことをやるって
楽しいですね
毎日を ちゃんと
生きている
自分の人生を
ちゃんと
生きている
そんな感じがします
こんな感じ
初めてです
女性の承認とかの話題で盛り上がっているようですが、自分の今の気持ちを残しておきたいのでとりあえずこちらに。
コメントするのは久しぶりです。
子供の頃から夢というものがなかったように思います。
とりあえずやってみてまさに「もう飽きた」という感じですぐ投げ出す。
小学校受験に始まり大学受験。ひいては就職。
良い大学は出たけれど勉強はずっと苦痛で仕方なかったです。
それでもなんとか通り過ぎて来ちゃったからタチが悪く…
習い事もいっぱいやりました。それも全部そこそこできた。
でもやりたい事なんて見つからなかったんです。
全部母に言われたからやっていたんです。
主体性の欠片もなく。
タメになったことも多いし今では母に感謝しています。
でも主体性のなさは大人になっても変わらず。
母には「あんたは人生で一度でも努力したことあるの?どうして自ら落ちていくの?」と言われ続けていました。
それに対してそうだなと思う反面、緩く生きていくことを望んじゃだめなの?世の中の人はそんなに努力してるのが普通なの?それに全く努力してなかったら一応ここの大学入れなかったと思うけど?と心の中で思ってました。
そしてその努力とやらをしないのも含めてそれが私の限界だし、今の現状は身の丈にあってる、なんてことまで。
なんだか今書いててすごく情けなくなってきますが…
家庭環境だとか色んな事を無意識に人のせいにしていました。
自分に向き合ったことなんてあっただろうか。
向き合った気にはなっていたけれど。
kouさんのブログと出会ってもうそろそろ一年ぐらいでしょうか。
あの時の感覚はまだ覚えています。
あの時から最初は恋愛の勉強として自分自身にまず少しずつ興味を向けるようになっていました。
kouさんにメールでブログの感想を送った時に「女性でありたい」という自分の気持ちに気付いたのが始めです。
まだグイグイ来られると引いてしまいますが、男性に見られることが少し嬉しくなっています…(笑)
因みにその頃ここを見つけるキッカケとなった彼は、私の中での「ない」があったのでナシになりました…Oh…。
それはさておき最近とある資格試験の勉強を始めたのです。
最初興味を持ったキッカケは仕事の役に立てばくらいでした。
でも今すごくその勉強が楽しいのです。
直感的に思いました。
これは私にすごく合っていると。やりたいと。
この少し前から、人生に対して本当にこのままでいいのだろうかと思うようになっていました。
緩く生きていく、これは本当に私が望んでいることなのかと。
結論は、そんなの嫌だ。
こんな簡単な事が分かるまでどれだけの時間を費やしてしまったのだろう…
最近その勉強をしている私の姿を母が見て言いました。
「頑張ってるじゃない!」
こんな言葉を聞いたのは多分本当に小さい頃以来かもしれないです。
でもその時私は思ったのです。
頑張ろうと思って頑張ってる訳じゃない、やりたくてやっているのだと。
所謂試験勉強が苦痛じゃないのは初めてです。
これが、心から納得してやることなのだとようやく私は理解しました。
なんだか急に目の前が開けて道が見つかった感じ。
でもそれは偶々見つかった訳ではなく、ずっと私の中にあったバラバラだったり見えなかった気持ち、願い、夢…自分と向き合う事で繋がったからだと思うのです。
私は夢がなかったのではなくて、怖がって自分と向き合う事をしなかったから、見えてなかっただけなのだ気付きました。
それに他人からの評価を気にしていたのです。おそらくは一番母の目を気にしていたのですが。
ご立派なものじゃなきゃ夢なんて語っちゃいけないみたいな。
本当に自分というものがなかった。
でも今見つけたこの道は誰に何と言われようと私自身が納得して行く道だと、とことん向き合う覚悟を決めた道だと、そう宣言する為に今日はここに来ました。
自分を信じてやっていこうと思います。
なんて固く書いてしまいましたけど…
私、今すごく楽しいんです!
自分の行く先が、未来が楽しみなんて生まれて初めて!
kouさん、きっかけをありがとうございました♡
やりたいことかぁ…。
やりたかったんですよね今の仕事。
職種は違うけど前の仕事も、やりたかった仕事です。
何か違うものを探そうかなと思っていましたが、10回やる話で考えると私はどちらもまだ2,3回レベルかもしれません。
何の仕事も良い面も悪い面もありますね。
今の職場は長居したい場所では無いですが、仕事自体はまた同じようなものを選んでも良いかな…。
複数の収入源を用意しても良いのなら、現職と前職と2種類どちらもやっても良いかな。
まだしばらく時間もあるので、少し考えてみたいと思います。
本当にやりたいこと。
私は、その意味は
分かっている気がします。
それが、
投資になるか消費になるか
っていう感じかな。
私は何かをやるとき、
最近はその意義を意識しながら
動いています。
今のこの行動は
何のためのものなのか。
全ての行動に、理由付けできる
意識をしているって感じですね。
でもこれを、
小さい子にも理解させるには
どうしていけばいいんだろう?
…難しいなぁ。
本当はこういう教育が、必要なのに。
主体性があれば
やりたくない仕事ですら
続けることができるでしょうか。
マグロ漁船に乗れば
一年はあっと言う間でしょうか。
マグロ漁船よりは
親しみのある地に帰ってこれるので
目標というただひとつの為なら
耐えれる気もしてきました。
タイに行きたいです
タイに行って
本場タイ式ヨガ(ルーシーダットン)
の勉強をしたいです
今、勉強して
覚えるポーズは60ポーズ
その60ポーズの中から
組み合わせによって
また、新たなポーズが出来る
本場タイには
もっともっと沢山のポーズがあって
それを学びに行きたい
今の勉強が終わったら必ず
全然上手くならなくて(と思ってて)お休みしがちだったこと、
それでももう何度かやってみたら、変わるかもしれない。
>「あれがやりたい」と言われたら、自分で決めさせるわけです。決めた瞬間からが勝負です。「もうやりたくない」と言われて簡単にやめることを許してはダメです。昨日好きだったことが、今日だけ嫌いになっていることもあるわけです。
わたしは子どもです。
なので、きっと次の仕事も
簡単に辞めることを許さない
大人な自分も育ってほしいです。
絵を描きたい
お洋服が好き
メイクも好き
礼儀正しいのが好き
格式があるものも好き
自転車が好き
緑が好き、育てるのも好き
優しさが好き
ストレッチで身体がすっきりするのが好き
桜を見るのが好き
お花が好き
英語はどちらかと言えば好き
仕事になりますか
やりたいことは高校までと決めて、専門では家族の願い通り事務職に
昔から教室にいるだけでもいらいらしてたんですよね。寝てたときもあったけど
お腹はいたくなるし
むかしからずーっとかわってませんでした
でも部活は楽しかったつらかったけど。
自分で選んだから、やめたくもなったけど、
またやりたいっておもえる
今の仕事はやめたあともやりたいとはならないと思う。
私は高校生の一時期、学校へ行くのが嫌でした。
人と関わりたくなかったんです。
あの女子特有の「グループ」というものが、特に嫌でした。
週に3回ほど、「今日は行きたくない」という日がありました。
そんな日は母に「今日は休みたい」と正直に言っていました。
母は怒ることなく「わかった、じゃあどこ行く?」と許してくれました。
母も仕事があるのに、休んでくれていました。
実は家庭でも問題があったため、母も誰かに傍にいてほしいようでした。
私が休むと言うと、少し喜んでしました。
あとで母に「不登校になってたら、どうしてたの?」と聞きました。
すると、「期間を決めて休ませていた、あんたはずっと休むことはしないってわかってたから」と言われました。
信じてくれている、と思った瞬間でした。
コメントの真意と、僕がこれまでの話で言いたかったことは、それをするのが苦痛でしかなく、それをすることでどんどん自分が傷ついていくようなことからは離れる必要があるということです。
我慢してそこにい続ける必要はないわけです。寿命を削ってまでい続けることに、本当に意味を見出せるかどうかです。
>これは貴方が相手をし続けるのは本当にその人でいいのか?って言うことですよね。
あ、それだけじゃない。仕事もそうだし人間関係だってそう。本当はやりたくないのに無理矢理やらされていることも。
でも、やると1度自分で決めたなら責任もたないとですね。何をどう捉えるかも自分次第ですから。
「それをするのが苦痛でしかなく、それをすることでどんどん自分が傷ついていくようなことからは離れる必要があるということです。」
実践ほやほやです(*˙ᵕ˙ *)
今日、深夜の12時から騒ぎはじめる非常識な相手との予定をキャンセルしました。
以前は相手が気にするかなぁとか
関係が悪くなったら嫌だなぁとか
嫌われたら怖いなぁとか思って
自分の気持ちを押し殺して心がすごく疲れしまっていました。
今日は予定をキャンセルしてやりたいことをやりまくりました(*´˘`*)♡
キャンセルした時はこれで良かったのかな?とか
これから怖いなぁとか思っていたけど
1日の終わに振り返ってみて
無理に行かなくて良かった♪と思っています(*˙ᵕ˙ *)
これから私を大切にします(*˙ᵕ˙ *)
だれかになりたいわけじゃない
かっこつけてるつもりもない
心にあるものが言葉にでてないもどかしさ
記憶からしか引き出せないのか
ぎこちない
話さないと、一緒のときを過ごさないと
伝えられないの?
わたし?
本当にやりたいことを見つけたら、それをあなたの意思で選択すること。それは、好き嫌いに依存してはいけません。
そして、その選択した意思を強く持ち続けてください。
>やりたいことだらけです。本来人がやりたいことやるのはとても楽しいことなんですよね。それがいつの間にか苦痛に変わったり辞めたいとなったり、初心を思い返すことが何よりもの薬なのかも知れません。
私はやりたいことの為だったら苦手な事も挑戦していきたいです。そもそも、何度もやってみない事にはそれが本当に苦手なのかさえも判断できないですしね。
食わず嫌いってやつです。
色々自分と向き合ってると子供の頃の将来の夢を思い出しました。私の夢は仕事にはなっていませんが今でも大切に隣にあります。やはり好きなことに取り組むと気持ちが明るくなります。私はそれが好きです。私がしたことで喜んでくれる顔見るのが好きで幸せです。
すべて、繋がってるんですね。私大切な気持ち思い出しました。
そういえば私は昔から人の話を聞くのが好きな子でした。
この子は私と違ってこんな発想をするんだ、とか、あの時私と同じこと思ってたんだなとか色々な発見を見つけるのが好きでした。
私が全く知識がない話でも相手がどれだけその事が好きであるかわかるとその顔や言葉で不思議なぐらい吸い寄せられるんですよね。
人って好きな事を話したり思い出したりする時ほどいきいきしてて、幸そうな顔してるんですよ。
それを見るのが好き。
聞き屋さんみたいなのがあったらやりたいぐらいですよ(笑)
私の特技は人が話したことの記憶力がすごいことです。ただし、これは大切な人限定です。それだけ、貴方は特別で私にとってなくてはならない存在ってことなんでしょうね。
学校、嫌いだったけれど
どうにか行ってよかったと思います。
人間の好き嫌いなんて曖昧な感情なんですね。
わたしも自分が何が好きで何が嫌いかなんて
はっきり区別しろと言われても
たしかに上手くできないかもしれません。
収入を一ヶ所にしない、意識しておきます。
こんな考えは初めての意見なので、知らないよりはいいぐらいに心のすみに置いておきます。
やりたくないこと。
確かに子供の頃、習い事が上手くできずやめたいと泣き言を言いましたね。でも、それを認めてもらえず、泣きながらやって、できるようになって結果得意になりました。そういえば。
今の自分はけっこう忍耐力があると思います。保守的ということなのかな。同じ事を続けていくことが苦じゃないです。
飽きるのが早くて、取りかかるのが遅くて。
最悪なパターン(笑)
でも、これ!!と決めたものはやり続ける。
そうなったのは、社会人になってから。
周り見たら、私って根気あるなって思う(*´ ˘ `*)
昔、部活辞めたくてしょうがなかったのに、
母に怒られるのが嫌で続けてた。
途中で辞めたけど。
もっと早く辞めれば良かった(笑)
『人間の好き嫌いは、本当にいい加減な感情なんです。』
昨日は好きだと思っても、今日は嫌いと思うこともあります。人に対しても、好きだなーって思う時ばかりじゃなくて、やっぱり嫌いって思う日もあるから、いい加減ですね。一時の感情に流されてしまわないように気を付けなきゃ。
なんだか驚きの日々!
ダイレクトに悩んでる内容の記事に、たどり着くことができてしまいます。
恋愛のことではなく、ここ数日は子育てについて考える時間が多かったのです。
まさかこのサイト内に、答えがかいてあるとは!
答え、というかあたしの尊敬する医師の言葉ですが
「子育てに正解はないんです」
なのでこどもはいいか悪いかは別にして、親の考えに左右される人生となります。
親が用意した環境に影響されるのです。
あたしもkouさんの意見に賛成。
嫌ならやらない、には賛成しかねますかね。
あたしの教えは
「嫌な中に楽しみを見つけること」です。
あたしは働いているので息子は学童にいくのですが、行きたくないといいます。
行きたくないというのは自由だけど、ママは働いてるからいかなくてはいけない。これについて説明しました。
それでもいきたくない。
どんな理由?なにがいやなの?
話し合いました。
先生に怒られるのがいや、などなど。
それぞれ嫌なことにたいして、どうしたら嫌にならないかをアドバイス。
そしてそんな学童の中に、楽しかったことをひとつでも見つけてほしいというのがあたしの願いです。
ポジティブシンキング!
恋愛においても人生においても、あたしのモットーになっています。
脳がすぐにポジティブに切り替わるように、わりと訓練されてます。
そんなあたしでも時々ネガティブになるから
ここにいます(*^^*)
恋愛にも子育てにも正解はないのだから
幸せになることを目標に考えていけたらいいなと思ってます☆
恋愛は何度溺れたって何度傷ついたって、やっぱりやり続けていくものです。
今の幸せも今の辛さも、過去の幸せと辛さの上にあって、未来の幸せと辛さに繋がります。
何度溺れたって。
それでも主体的に、誰かに心揺り動かされる人生が良いって思ってしまう。
溺れたんじゃないんです。少し波にのまれただけです。なんて、言いたいから。
いつか子どもができたらやりたいと言われた時にお金の問題で諦めさせるようなことだけはしたくないと思っています。自分がそう言われてやらせてもらえないことが多かったので。
だからそのためにも稼げる力をつけたいと思っています。
>それをするのが苦痛でしかなく、それをすることでどんどん自分が傷ついていくようなことからは離れる必要があるということです。
>我慢してそこにい続ける必要はないわけです。寿命を削ってまでい続けることに、本当に意味を見出せるかどうかです。
意味無いです、今いる居住地にも職場にも。
ぜんぶぜんぶ、あの人とあの人たちのせいだ。
毎回こっちに押し付けてきて。
さんざんいやだって態度に出してるのに、なんなの?
もう出たくて出たくてたまらないのに、
今の生活レベル変えたくなくて、いらいらします><
ちなみに、万が一結婚で来たら、
たぶん、お金稼いでいるはずの相手もいるということだと思うし、
収入が少なくても、楽しそうでやってみたいと思うお仕事は、あります♡
でも、今からその楽しいであろうお仕事をやる&居住地かえる、
なんて、そんなお金はありません。
「信じること」に、飽きそうになります。
「余裕をもつこと」に、飽きそうになります。
「相手をおもいやること」に、飽きそうになります。
「待つこと」に、飽きそうになります。
「自分に自信をもつこと」に、飽きそうになります。
でも、恋愛の勉強は、飽きそうにありません。
実はわたし、これごっちゃにしていました。笑
やりたいこと=苦手な事から逃げる。
と思っていました。
違うんですよね。
苦手な事でも、その先にある自分の笑顔が見えるなら、やり続けること。
子どもはそれは分からない。
だって、私たちとは違い、目に見えるもの、手に取るもの、経験するもの、何もかもが初めてのことばかりだから。
親はこれをやり続ける事で、その子が幸せになると思えることなら無理してでも続けさせる必要があると思います。
これが、逃げないこと。諦めないことを教えていることになると思う。
そして、やりたいことをやっていても、必ず辛くなる時はあります。
全てが笑顔でいれることばかりじゃないと思うんです。
辛くても、その時、最初の気持ちを思い出して乗り越えられたらもっと大好き!になると思う。
自分の心を傷付けることは全力で逃げても良いけど、それをやり続けるだけの意味があるコトを心のどこかで分かっているなら、辛くても、やめたらダメだと思います。
わたし、恋愛のお勉強、最初スゴく辛かった!
ここにいらっしゃる人の幸せコメントが羨ましくて、辛かった〜(ノ_・、)
しかもね、kouさんの言ってることが理解出来ないし、反抗的な気持ちにもなるし。笑
だけどね、絶対にやめません。
先にわたしの笑顔があると心のどこかで分かっているから。
飽きないです。
なぜなら中毒だから。常に新しいものが見つかるから。
私もそんな人になりたい。
昨日、彼に電話してきてと言いました。
腹が立ったことを全部言ってやろうと思って。
そして全部言ったは良いけれど、
話の中で引っかかったことがひとつ。
私が、「浮気する人は嫌い」と言ったら
彼曰く「伊賀上野には女が歩いてない。
もし大阪にいたならナンパして浮気していたか、昔のセフレを呼んで性欲を解消していた」と。
その時、あぁ私はまだその程度で、彼も彼で私に対する投資量が少ないんだと分かりました。
これから、まだまだですね。
今日は、伊賀上野に行ってきます。
別に性欲がどうこうと言われて、ホイホイ行くのではありませんよ。私が伊賀上野に行ってみたいと思ったからです。
なぜなら、行ったことない土地で興味があったから。そして、彼が仕事辞めるからもう伊賀上野にいるのは今週いっぱいやわ…と言うので。これはチャンスだなと。
仕事辞めるって言ってきたことに対しては、「そうなん。いいようにどうぞ。」と言ったのですが、ほんとに彼が仕事辞めるのかはよく分かりません。
「今ここでやめたら逃げるんか」って言われそうやと言っていましたし。でも、怒られすぎて(ブラック企業で有名なので)過呼吸になりかかるときがあるらしいです。
しかも今、気胸の疑いがあります。そんな彼の調子を聞いて、「そこまでなるまで、続けることはないよ。
仕事は生きるための手段であって目的じゃないんだから。自分をズタズタにされてまで続けることなんか何もないんだ」とは伝えました。
迎えにきてよ。と言ったのはいいんですが、仕事終わりの彼の運転が怖すぎて、(この前居眠り運転してたらしいです(゚д゚lll))自分で行くって言い直しました。
私はまだ死にたくないのw
その代わり、帰りは大阪まで送ってもらうつもりだし、今日の晩御飯を彼に作ってもらおうと思います。
楽しい1日になりますように。
やっぱり努力が足りない
今、忙しい毎日の中でも、
夫、子供達の笑顔のために
それを目標に、
そして私のために頑張ります。
やりたいこと、やらなきゃいけないことが
一致してるので、頑張れますよね。
今日のお休みは、いい感じです
>飽きるまでやる人はほとんどいません。だからうまくいかないのです。
10回やれば到達できるのに、10回やる人はほとんどいません。8回くらいで、もういいやと辞めてしまうのです。
8回まで行ったらまだマシです(笑)。
すごい人になると、2、3回で「もう飽きた」と言って去っていきます。多くの人は、2、3回です。
あー、なんかこの話聞いたことあるな~……と思ったら……
「ひも」の話でした♪(女性の承認・うまくいかない人の特徴を捨ててください)
こうやって聞くと、私もまだまだやってないんだなと痛感します。やはり、昨日のコメントで偶然気づいたことが大きい。
そんなつもりで書いていた訳でなかったのに、そもそも大して失敗もしてないくらいに試行回数が少なかったことに気づきました。
そして書き忘れてたんですが、その「数少ない失敗」ってのも、Kouさんがよく言っていた空気を読む、時機を見るとか、対人折衝とか、そういうのをわかってなかったからそうなったのかもとか。何事も勉強です。