
←この記事をお気に入りに追加します。あとで読み返せます。Kouです。
この記事を書いたら、なんと面白いメールが何通も来ました。
「彼の疑い癖を直すのでなく、私の疑い癖を直したいです」
すごくないですか、これ(^^
メルマガでも少し触れたのですが、同じようなことを言ってきてくれる女性が何人もいました。
疑われるのはもちろん嫌ですよね。僕はそういうコメントばかりが来ると思っていました。
ところが、自分が彼や人を変に疑ってしまうのを何とかしたいと思っている女性がいることに驚きました。
いいことです(^^
普通はそういう疑問が出てこないんです。
とにかく他人を責めたくなりますから。
これには、いいヒントがあるんですよ。
goodgirlさんより:
わたしにはないやつだ。
人を信じすぎる、と言われたし、疑うよりは信じる人でいたい、とか思ってたけど(笑)まぁ、状況を見て判断する大切さを知りました。
ほんと、前の人と一緒にすんな、ですよね。
わたしも、若かりしころは、なにかと疑われたことあったけど、その人は、前の彼女とかではなく、自分が本人が疑わしいことをしたことがあるから、相手も同じじゃないか?と 人を信じられない、というものでしたね。
わたし関係ないし!
今なら、そう言ってやれるのに(笑)それでも、相手を信じられるような出来事を積み重ねるって、大切な基本ですよね。
これです、これ。
これなのよ(笑)。
人が人を疑う理由は、大きく分けて2つあります。
一つはブログやメルマガでも説明したとおりで、自分の過去の経験や他人からの教え(刷り込み)によって、「人は裏切るもの」という信念を抱くようになり、何かあれば疑っては確かめたくなってしまうというものです。
しかしこれは辛いんですよね。確かめて一時は安心できても、また別の疑惑を見つけ出してしまうんです(^^;
人は信用ならないと思っているので、安心できる状況はほんのわずかしかありません。
もう一つの理由は、goodgirlさんのコメントにあるとおりで、自分が疑わしいことをしているから、他人も自分と同じようにやましいところが必ずあると思うようになってしまうというものです。
実は、意外にも後者の方がまだ救いがあります。
なぜなら、自分がそれを卒業すれば済む話だからです。
「認知の歪み」のテーマとしてはちょっと真逆を行ってしまうことになるかもしれませんが、人は自分を基準に人を見がちです。
自分が礼儀は大事だと強く思って生きていたら、他人も同じようにそう思っているはずだ思うようになります。
これは、広い意味では勝手な決めつけであり、先入観です。
自分が日頃から小さな悪事を働いたりすると、他人も自分と同じように影では小さな悪事を払いているものだと思うようになります。
「小さな悪事」というのは、必ずしも犯罪になるものじゃなくてもいいです。
もっと軽度で、誰でもよくありそうなことでいいです。たとえば、お友達の聞かれたくないことを他人に喋ったりすることです。
他人に喋る人は、他の人も同じように喋るに違いないと思っています。
自分が守りたい信念を他人も同じように持つと思いがちです。
これを利用すればいいわけです。
やりすぎると防犯上のリスクもあるのでバランスは必要かもしれません。
でも自分がやましいことから極力離れる努力をしていけば、相手のことも同じように見ることができるようになります。
他人の悪口を言わないようにしていけば、彼が私の悪口を言うんじゃないかという猜疑心は薄れていきます。
しかし、やはり重症なのは自分には何も疑われそうなところがないと思えているのに、どういうわけか他人を信用できない場合です。
こういう人は、とにかく証拠を欲しがります。
自分の目で見た事実しか信じられないんです。
何でも確かめないと気が済まないというのは、一見よさそうに見えますが、実際にはかなり厳しいですね。
確かめようのないこともありますから。
事実を確かめるということ自体が、信じることを放棄することでもあるんですよね。
これの行き着くところは、何でもガラス張りにしていつも見て確認できる状況です。
これを許容してくれる人は、残念ながらほとんどいません。
個人の自由が尊重される時代になった現代は特にそうだと思います。
事実を確かめればスッキリしていいかもしれませんが、美しくはないですね(笑)。
デートの待ち合わせなんて、場所と時間を事前に決めておいたら、その時間にちゃんとその場に行けばいいだけです。
相手もその時間にちゃんと来ていてちゃんと会えるのだから、これが気持ちがいいわけです。
「彼は来ないかもしれない」
「時間を忘れているかもしれない」
「私との約束なんて何とも思ってないんじゃないか?」
みたいなことを考えながら待ち合わせをすると、お腹の中がどんどん黒くなっていきます。
何でも確かめたり、GPSで確認できるようにしないと安心できないようになっていきそうですよね(^^;
信じることは美しいと思えばいいです。
実際そうなので。
恋愛の勉強をしている女性の場合、信じることは美しいと思うだけの方が楽でいいかもしれませんね(^^
おぉ!わたくしのコメント。
これなのよ(笑)なんて、なんかうれしい〜
まわりからのすり込みで、人を信じられなくなってしまうのは、なんだかしんどそうです。
親や家族がそうだと、なかなか気づけなそうだし、距離を置くことも難しかったり。
でも、自分のいる環境を選ぶ、という視点は、大事ですよね。
わたしは、Kouさんのこの待ち合わせのお話しがすごく好きで、
人と予定を決めるときに、どことなく不安だった気持ちがなくなるような気がします。
確かめないと信じられないというのは、信じてないですよね。見えないときも信じられるか、それが信じるだと思います。
自分が悪いことをしてるから相手もそうなんじゃないかと疑う……このパターンもかなりありますね。
私の場合、これに加えて「悪いことをしてる罪悪感から逃れたいから相手にも同じことをしていてほしい」という思いになることもあります。
一転、自分にやましいところがない場合の、何でも確認しないと気が済まないやつ。
悪魔の証明みたいで、自分も相手も苦しいだけですよね。
私も彼に対して疑いの目を向けてたこともありますが、「これって“そうじゃないこと”を証明するの無理じゃない?」「彼が何を言ったところで私が疑い続けてたらそこまで」と思い、不毛すぎて疑うのをやめたこともあります。
ところで、地震のことで不安になりすぎて、彼に「絶対に死なないでね」なんて泣きながら気持ちをぶつけてしまいました。
彼は「大丈夫」と言ってくれたけど、自然災害なんて人の手ではどうにもできないし、彼がどれだけ気を付けていてもやられる時はやられる。
そんな思いも、彼が言う「大丈夫」を疑うことに繋がりますよね。
こらえきれず不安をぶつけてしまったことや、「貴方がそう言うなら大丈夫ね」とその場ですぐに思えなかったこと。
彼にもどうしようも出来ないのに……良くなかったなって少し引きずってます。
心配と信頼って対極だなぁ。
【自分が疑わしいことをしているから、他人も自分と同じようにやましいところが必ずあると思うようになってしまうというものです。】
これはちょっとわかりますねー(;^ω^)
なんというか、心当たりがありそうで自分を振り返るというか。
あんまり関係ないかもですが、コミュニティの中にいると、誰かに対する不満や愚痴の様な話を耳にしてしまう状況あったりするじゃないですか。
そういう話を耳にすると
あれ、もしかして私もそういうところあったりするかも…
あれ、もしかして私があの時ああやったこともそう取られたりしちゃってるのかな……
と自分を振り返って反省したり気を付けようと心がけたり。
事実を確かめる、かぁ。
それをすることによって目的が達成される等で必要ならやりますが、確かめて良いことばかりではないですからねー( ˙꒳˙ )
その結果を全て自分で受け止められる覚悟があるかどうか、そこが大事な気がします。
結局は自分で自分をどれだけわかってるかが大切なんでしょうね。
自分が疑ったことを実際にはどうだったのか確認することがダメっていうことなんでしょうか??
男の人は本当に嘘が下手なので、バレバレの時は見て見ぬふりをすることもあります。
でも、嘘をつかれている、という疑い(実際にはほぼ100%事実)が消えるわけではないので、白黒つけたくなる時もあります。
せめて、「俺の嘘はバレてるはずなのに見逃してくれてるんだな…ありがたや、ありがたや」って思ってて欲しいです。
でも、なぜがバレてないと思っている。いや、バレてるし!こっちが見て見ぬふりしてるだけだし!と言っても、それでもまだその嘘を貫こうとする…意味がわかりません。
夫の嘘は以前のもので、最近は嘘をつく必要もなくなったので、嘘をついていないことはわかっています。
それなのに、何かにこじつけて「嘘ついてるかもね!」と思いたい私がいます。
本当は疑いたくないし、その必要もないとわかっているのに、これは何なんでしょう??
別の記事でもコメントしましたが、
私は浮気をされたことも、
自分が浮気をしたことも一度もありません。
家族や仲良しの男友達もみんな真面目で一途です。
なので母親や他の家族からも男は浮気すると
言われて育ったわけでもないです。
だけど、好きな人ができると時々浮気を疑います。
今回のブログを読んでいても
「浮気」を疑うというより、もっと根本的に
「いつか裏切られる」「いつか捨てられる」
と思っているフシがあるのかなぁと。
自分に根本的に自信がないのかなぁ?
本当に治せるなら治したいです。
友達からも私の恋愛の悩みの8割は
独りよがりの思い込みからきてると指摘されます。
指摘されることで目が覚めるので
友人がいてくれて本当に助かっています。
もっと気軽に楽しく恋愛したいです笑
疑うのは男の仕事じゃなかったかしらん?( ̄▽ ̄)
GPSはイヤン。
もっと良いもので捕まえて⸜❤︎⸝ง(メ*´ʖ̯`*)ง⋆⸜♡⸝⋆逮捕
>信じることは美しいと思えばいいです。
実際そうなので。
恋愛の勉強をしている女性の場合、信じることは美しいと思うだけの方が楽でいいかもしれませんね(^^
↑最期のここに、集約されてるようにも思いました。
最近の、メルマガサポート記事にも書いたけど、私は信じるほうが圧倒的に、物事って上手くいくと思ってるんです。
私がかつて物事を疑ってた時って、たいがい、ほぼ、上手くいかなかったです。
これが、対、人のことで、信じて信じて信じ切れてたとして、もし、裏切られるようなことがあったとしても、納得感というものはちゃんと残ってて、やり切った感があるから、後悔も起こらないんです。
これって、美しい世界のひとつのように、私は思っています。
>信じることは美しいと思えばいいです。
実際そうなので。
恋愛の勉強をしている女性の場合、信じることは美しいと思うだけの方が楽でいいかもしれませんね(^^
↑追記を♪
信じることは美しいということのひとつに、物事や人のことを信じられてると、自然と、似たような、同じような価値観の人達と出会えたり、親しくなれると思っています。
だから疑い深い人、裏切るような人、嘘をつくような人などとは、自然と、親しくなることはなく、そういう人とは縁は遠ざかり、接点すら無くなると思っています。
やはり、信じる世界は楽で美しいと思います。
グサグサきててやばいですΣ(・ω・ノ)ノ笑
>>>
しかし、やはり重症なのは自分には何も疑われそうなところがないと思えているのに、どういうわけか他人を信用できない場合です。
こういう人は、とにかく証拠を欲しがります。
自分の目で見た事実しか信じられないんです。
何でも確かめないと気が済まないというのは、一見よさそうに見えますが、実際にはかなり厳しいですね。
確かめようのないこともありますから。
事実を確かめるということ自体が、信じることを放棄することでもあるんですよね。
>>>
まさに私はこれです。
私はやましいことなんてひとつもなくて。
って思っています。
でも彼が信用できなくて確かめないと気が済まないのに
確かめたらドツボにハマって疑うことしかしなくなる。
ぜーんぶ疑ってみてる腹黒女子…
まっくろ黒子です。
そんな自分が嫌で嫌で嫌で嫌で仕方ないのです。
本当に。
彼を信じたいし疑うのも疲れるし
自分の中では「信じたいから証拠よ、出てこないで」と思って探してるけど
やっていることは自ら首を絞めていて。「疑っている私は間違っていない証拠」を探して「ほらね、やっぱり。裏切ってる。」ってしてるだけなんですね。
本当に求めているのは彼との楽しい時間と笑っていられる時間なのに(´ . .̫ . `)
そこにkou様の格言きました。
>>>
信じることは美しいと思えばいいです。
実際そうなので。
恋愛の勉強をしている女性の場合、信じることは美しいと思うだけの方が楽でいいかもしれませんね(^^
>>>
きぇ〜〜〜これだ。
信じる女性は美しい。信じることができる私は美しい。
自分がいいと思える自分はどんな自分か?
自分が女性として美しいと思える女性になればいい。
なんていうか、私の中でビビビっときました。
大好きな彼を疑ってかかって散策して試すような発言する可愛くない女性よりも
私は騙されるような女性じゃないと自信をもって素直で明るくいる女性がいいなって。
前にkouさんが言っていた
「人を信じることは自分を信じること」的な。
私は私を信じてあげられていないから
人を信じることができないんだと。
私が信じると決めた相手なのに疑ってしまったら
私を否定していることと同義だと思いました。
まだきちんと消化できていないけど
いいきっかけになったと思います。
kouさん、
>事実を確かめるということ自体が、信じることを放棄することでもあるんですよね。
>これの行き着くところは、何でもガラス張りにしていつも見て確認できる状況です。
>これを許容してくれる人は、残念ながらほとんどいません。
>個人の自由が尊重される時代になった現代は特にそうだと思います。
>事実を確かめればスッキリしていいかもしれませんが、美しくはないですね(笑)。
事実を確かめるということ自体が信じることを放棄している…。
事実を確かめるとか、疑う、とはちょっと違うかもしれにけれど
自分の事実を相手に伝えた時、それまでの関係が壊れるんじゃないかっていう恐れがあります。
これも相手を信じていないから、と同じになるのかな。
年齢の差や離婚経験や
今まで伝える機会もタイミングもなかったけど
いつか自分から伝えたいと思っていて
それを言っときに、またJ君が変わるんじゃないかなと思うと怖い。
それって相手のことをちゃんと信用していないから恐れを感じるのな。
半分怖くて
半分彼はそこで私をジャッジしない
って気持ち。
>信じることは美しいと思えばいいです。
>実際そうなので。
>恋愛の勉強をしている女性の場合、信じることは美しいと思うだけの方が楽でいいかもしれませんね(^^
疑いをかけたら心の中はどんどん止めどもなくモヤが掛かっていくのがわかります。
でも信じようって思う時
心の中にモヤはなくて自分の心の強さも覚悟も研ぎ澄まされる感じ。
やっぱり信じるほうがいいですね。
信じることは美しい。
恋愛では私は疑い癖はないのですが、日常生活ではあります!
まさに今なのですが、
ネットで買った服が不良品で交換手配中で、
「また不良品が来たらヤダなぁ」と思っちゃってます。SALE品なのと在庫残り僅かだから良品が残ってないんじゃないかと思ってるのと、なんと前にも経験してるからです(๑ ̅᷄꒫ ̅᷅) ࿔
頭の片隅でなんかモヤモヤモヤモヤ…
どうかちゃんとしたのが届きますように!
グループLINEの仲間で
年に数回ご飯を食べるのですが、
そのうちの1人が1年以上ずっと不参加で
もしかしたら迷惑なのかも…と思ってました。
この前、ご飯を食べながら
他の人たちにそのことを話したら、
いろいろ事情があるのかもよ?、とか
迷惑ならグループは抜けるんじゃない?とか
誘われなくなるのは寂しいんじゃないかなぁ
とか言われて、そっか!と思いました。
いろいろ事情があるのかもとは
想像していましたが、
誘われなくなるのは寂しいというのは
私は全然思い浮かばなくて。。
それって私の思考が「迷惑なのかも」の方に
全振りしてたからかなぁと。
ちなみに、新年会にはその人も久々に
参加出来るそうなので楽しみです♪
あと、書いていて思い出しました。
現在進行形で数回会っている人に
いつもごちそうしていただいていますが
大丈夫ですか?みたいなことを
以前聞いてしまったんですが、
それも、もしかしたら「迷惑なのかも」の
心理がはたらいたのかもですね。
その時、相手からは
「気を遣わせてしまうのも悪いので
次から7:3くらいにしましょうか」と
言われたのですが、その後はなんとなく
メインの食事は相手が出してくれて、
お茶などは私が出す感じになってます。
そもそも、どちらのパターンも
迷惑ならそう言ってきますよね。
そして、誰かに対して「迷惑なのかも」と
思ってしまうということは、
私は、心の内で迷惑と思っても
言い出せないことが
まだまだあるのでしょうねぇ。。
ガチガチに何でも知りたい確認したいっていうのは、相手を信じられないのかなぁ。
そういう人を相手にすると、疲れそうだなぁ。
全部を証明してみせることは、時に不可能だと思う(たとえやましいことはなくても)し、やましいことがないからこそ、だんだんその確証とやらを証明することに抵抗感を覚えなければいいな、と。
最近読み直した本では、相手を歪んで見ているうちは、その歪んだ目で見ている自分を正当化するために、相手が歪んだ状態でいることを望んでいるんだ、とありました。
変わってほしいと思っているハズなのに、実は変わって欲しくないと相手に対応してる、という感じなんだそう。
恐ろしいです。
新しい人が会社に入ってきました。ちょうどすぐに社内イベントがあって、当日の予定は送られて来たんだけど。
その人は不安なのか、いろいろ聞いてきました。
会場へはまきさんは直接行くのか?
懇親会は費用はどうすれば?
会議は英語?
当日の座席は自由?固定?
パソコンは必要?
でも、わたしも同じ情報しか知らないんです。
自分である程度判断して行くしかないし、席なんて当日行けば案内されるがまま、なんです。
わたし自身が比較的、その辺り何とかなる!と思う方なので、ずいぶん心配性だなぁと。
そして幹事に聞いて答えたら、やっぱりわたしは持ってきます、、、と。え?
何のための確証なのか?
考えた方が良いかも知れないですね。
>自分が守りたい信念を他人も同じように持つと思いがちです。
これに全部が集約されているように思います。
信じるとは?疑うとは?
結局、自分が信じたいものを信じているだけですよね。それ以外は受け入れたくないと思ってしまいます。そして自分の信念を相手に押し付け、その通りに行動してくれないと「裏切られた」と思ってしまいます。
こちらのことを尊重してくれるのなら、こちらが嫌がることや被害を被るようなことをするはずがない、という信念を相手に対して持ってしまいます。しかし、相手がこちらの気持ちや立場を無視しているように「思える」行動を取るかもしれない、もしくは取ったのだろうと思うこと、これが疑うことだと思います。
相手には相手の考え、価値観がありますね。やりたいことをやるわけです。相手はこちらに対して(悪意がある場合もあるでしょうが)単に自分がしたいことをしただけで、あくまで”結果的に”こちらにとって害なったということがきっと多いのでしょう。迷惑だと言っても何度も同じことを繰り返しているなら、あるいは多少悪意があるのかもしれませんが、単なる”直せない(直す気がない)癖”だったりしますね。
自分自身を振り返ると、相手が自分の思い通りに動いてくれることを期待していること、また極端な話、(そのつもりがなくても)相手をコントロールできると思っていることを、信じることと勘違いしていたように思います。そして、その裏返しが疑うことなのかと思い愕然としました…(-_-;)
後は、変な意味づけですね。○○したということは、××という考えなのね!という…
でも、こちらへの影響なんて相手は何も考えていなかったりします。なのにそれをつい、悪意ととらえてしまうのです(゜_゜>)
Kouさん、
『しかし、やはり重症なのは自分には何も疑われそうなところがないと思えているのに、どういうわけか他人を信用できない場合です。』
まさにわたしこのタイプです。
もう自分で感じたまま人のことを見たいタイプで、周りからあーだこーだあんまり印象良くないこと言われるような人でも、私自身が平気だと感じれば普通に接してしまいます。
良くも悪くも証拠が欲しいってまさに本当にそうです。笑
そしていま現在もその状況になりそうなメンタルでユラユラ揺れ動いています。笑
前も避けられたからどうせまた避けられるんだろうなー。とか、笑顔で目合わせたけど向こうから目そらされたからまた嫌がられてるのかなー。とか、以前の体験ベースでそうやって考えてしまいます。
でもいま目そらされたけど、
この間私から謝ったし避けられてるのかと思ったってことも伝えたから、これで仮に相手が本当にそらしてきたとしても私は悪くないし後ろめたい気持ちもないので前みたいにお腹まっくろ黒のウジウジ悩んだりするってことがなくなりそうです。
なんだろう、よくわかんないけど今まで相手のことを疑ってたけどこちらから謝ったことによって私がまたあなたのことを信用するよって意思表示になって相手が話が分からない人だと思ってないから、また相手のことを信用するってことになってるのかな?
あれ?何かスッキリしそうなのにちょっと違う気がする。
Kouさん、この解釈ちょっと惜しく感じるのですがどうでしょうか?笑
Kouさん
これ、すごくわかります。
彼を疑ってしまうのって自分が惚れっぽいからだろうなと思っていました。
今はそうでもなくなりました。
たとえば彼が疑ってきたりして、
彼に「恋愛の勉強してるからこうこうこうで私はあなたを疑わないよ」とか言ったら男性はどう感じますか?
恋愛の勉強のことは秘密にしてますが言っちゃったら
どうなるんだろうなって思いました。
自分が日頃から小さな悪事を働いていると
他人も同じように陰で小さな悪事を働いているのでは?となる。
と、ありますが、
逆はないのでしょうか?
自分が日頃から小さな悪事を働いているから
それをつっこまれたくなくて
相手を疑うような行動はとらない。
例えば、男性が彼女に内緒で会っていたとして
それが彼女にバレたくないし
自分も詮索されたくないから
自分は彼女にどこで何をしているのか聞かない。
こういうパターンは男性心理にないのでしょうか?
>事実を確かめるということ自体が、信じることを放棄することでもあるんですよね。
そうなのですね。
事実を確かめるのってあまりしてないように思うのだけど、気づいてないだけかなー。
>これの行き着くところは、何でもガラス張りにしていつも見て確認できる状況です。
何でもガラス張りにしていつも見て確認できる状況、これはイヤです。
いつも見て確認はしたくないですー。
>恋愛の勉強をしている女性の場合、信じることは美しいと思うだけの方が楽でいいかもしれませんね(^^
つい最近、何となくの気分で開けた「対話の技法」のとある記事の自分のコメントに、
>以前、(私は)人のことを信用しすぎる、人のことを疑ってみることも大事、だったか、そんな事を言われたことがあったな、、と思い出しました。
と書いてたのを見かけたんですけれど、信じることは美しいと思う方が確かに美しいですね。
ちょっとズレるかもですが、
デートの待ち合わせで、彼がクルマで来る時、(だいたい彼は10分前くらいか、ちょうどくらいに到着しています。連絡がある時もありますが、ない時で)遅れてる時だと、「事故に巻き込まれてないか心配」って思ってしまうことがあるんです。
「無事来る」って安心していた方が楽ですね。
連投失礼します。
私、あまり疑わないかも!って思っていましたが、
なんと「認知の歪み」シリーズの限定記事のコメントにきっちり疑っていること、書いてました (´o`*)
・また連絡しますって、本当は会う気ないんじゃないの?
と。。。
だけど、その後、
・何かいつもと感じが違うような気がする。
・でも仕事で急な予定が入ったのかな?
・何となく気が乗らないこともあるだろうからそれかな。
・体調が優れないのかしら。
などなど他の意味づけも頭に浮かんできてて、ずーっと疑っているっていうのではなさそうでした。
後から浮かんできた意味づけで、始めの疑いが薄らいできているというか、切り替えてるというか。。
だけど、自分がつけた意味づけから、じわじわと不安の感情が生まれてきました、と書いてあったから、やっぱり始めの疑いの気持ちで不安の感情が起こってそうです。
と言うか逆で、不安の感情から疑いが生まれているような気がします。
あれ?どっちだ?
と言うか、この記事の本質は何だっけ。。
何はともあれ、信じる方が楽で美しいというのは、今書いていて納得しました。
もう一度、関連記事やメルマガも含めて読み直してみますね!
【自分が疑わしいことをしているから、他人も自分と同じようにやましいところが必ずある】
は~い、私これです(^_^;)
男性の方が浮気しやすいという説に異を唱えたくなるのもそのためです。
いざ「他の異性を見つけよう」と思ったときに
簡単に見つけやすいのは女性が男性を求めるときだと思うんですよね。
まきふみさんも書かれてる通り、
既婚男性や彼女のいる男性からアプローチがあってもなかなか信用できない、その気になれないですし…。
【自分がやましいことから極力離れる努力】
きれいな私を目指します( ´・ω・)ノ
後者に関しては、そうねぇ( ゚ェ゚)
彼との待ち合わせで「忘れられてる?」みたいな悩みはありません。
目上の方とのお食事の前にはリマインドっぽい連絡をすることが多いです。
「私って、忘れられてる?」ではなく
「『浪花さんは毎日忙しそうだし、うっかりが多いから忘れてるんじゃないかな?』と心配してないだろうか」という、そっちの気遣いからです。
恋愛してると「どうせ私のことなんて大事じゃないんでしょ」みたいな私が顔を出すこともありますが、確かに美しくないですね。
よし、頑張ろう。
信じることは美しいと思えばいいです。
後半の美しい話、とっても良いなぁと感動しました。私の大好きで大尊敬する年上のお友達が何においても疑わない人なんです。大丈夫かなぁ…と思うけど、結局大丈夫なんですよね。本人が。
見ていて可愛らしいです。
穏やかさにニッコリできます。
学ぶこと多いです。
だから私はその友達が好きなんだなぁと改めて思いました。
私が苦手な職場の先輩は真逆で取り締まりが激しく、戦いの場みたいになっててすごく嫌です。(空いた時間にするプライベートなお話も仕事なみに厳しい)
この人の影響を受けたくないので受けないためにはどうすべきか、離れるのが1番だけど簡単じゃないので最近よく考えてますε- (´ー` ) フー
kouさんヒントください。
このまえ彼との待ち合わせの直前にナンパされたんですが、彼はちっとも私を疑わないしヤキモチも妬かないから( ˘• ₃ • )ちぇーって思いました。
でも彼は美しいということにします。
火のないところに煙は立たずか、何もないところに自ら火を起こしてしまうか‥
誰彼構わず疑ってしまうような場合は、相手との関係性にもよりますし、
その日の体調や気分だったりで、普段は気にもならないことが不安要素になったりもしますよね。
とにかく不安がつきまとうような時は、私の場合はご自愛が足りてない時のように思うので、自分を満たすことに注力したいです。
なかなかすぐできる場面ばかりではないですが‥
疑おうが信じようが、相手には相手の、私には私の事実がありますものね。
信じる事、それ自体が大きな抑止力になる日が来るかもしれませんね。裏切る事は出来ない。ここで恋愛の勉強をし続ける女性は相手にそう思わせられる日が来ると思います。
悪事や裏切りの中身って何だろうと改めて考えると、あくまで主観的なものでしかない気がしてきました…
例えばお酒や煙草は悪だと思う彼女が、彼に「やめて」と伝えていて、彼が隠れて飲んだり吸ったりしているのは裏切りのように映りますが、
彼にとってはそもそも悪事でもないですよね。約束を破ったなら裏切りとはいえるかもしれませんが。
浮気なども、相手からしたらそもそも悪と思ってない場合もあるわけで‥
私の場合、恋人でも友達でも家族でも、長続きする相手とは「道徳観や価値観の乖離値が少ない」ことが共通していると感じました。
真逆のような性格でも、年齢が上にも下にも離れていても、価値観が似てる人とは何事もスムーズにいきやすいです。
Kouさん次の更新楽しみに待ってます(*^^*)