
←この記事をお気に入りに追加します。あとで読み返せます。Kouです。
自分は不利だと思い込むと、どんどんネガティブにハマります。
本当は不利じゃないかもしれないのに、それに気づけないんですよね。
こちらの記事はコメントが400件を超えました(^^
問いに答えてコメントを書いてもらえると、限定記事が読めるようになります。
まだ読んでいない場合は、今からでもやってみてほしいなと思います。
ほとんどの人は、行動を起こしません。ただ見ているだけです。
安全なところから眺めているだけです。
SNSでも「見る専」の人はたくさんいますね。
見るというのは受動的なので、どれだけやっても行動という感じはしません。
受動的に得たものは、「あー、いいこと聞いたなー」で終わります。
恋愛の勉強をしていて、コメントを書いて参加することで見え方が変わり、自分の状況も変わったという女性はたくさんいます(^^
他人のブログにコメントを書くとかいう行為自体が、普通はやらない行動だと思うんです。
今までやらなかった行動を、コメントを書くという行為によってできるようになるわけです。
1円もかかりません(笑)。
ちょっと時間を取って考えて文章を書くだけです。
僕がこんな仕掛けをわざわざ用意しているのは、あなたに行動してもらいたいからです。
「コメントを書くだけで行動だなんて、笑わせるぜ」
などと思ってしまう人はまさかここにはいないとは思いますが、そんなのやっても何にもならないよという人は、例外なくやっていない人なんですよね。
やったこともないのに、結果が分かるわけがないんです。
本当は別にコメントじゃなくてもいいんです。
今までの自分だったらまずやらなかった行動を取ることが大事なんです。
コメントを書いて限定記事を読んだら、人生の角度が1度変わるかもしれません。
ほんの少しでも向きが変わったら、将来の着地点は以前とは明らかに違う場所になります。
コメントを書いたら、こちらの限定記事が読めるようになります。
そしてこんなことにも気づけるようになります。
sakuyaさんより:
相当昔ですが、人生でドン底というくらい心が病んで
色々なことが悪い方へ行ってしまう時期がありました。あの時の会話は「不幸自慢」でした。もうキリがないくらい。
もう嫌だ!と思ったところから好転しました。結局全部自分の責任なのですね。
自分で蒔いた種だったのです。ドン底でも良いものを得られてもいます。自分がされて嫌だったことは
絶対に自分はしないと心に決めていました。それをされた痛みも知ったことは貴重な経験です。
それを仕事に生かすことも出来ました。今でも嫉妬とか悔しいと思うことがあります。その気持ちの中に
自分も体験したかったという思いが隠れているのです。
自分も遠慮なくやればいいじゃん!と自分に言い聞かせています。
そう思ったところで結構満足して忘れています。
ふと思い出した時、ちゃんと願いが叶っていたことばかり。今は過去の自分なら耐えられないことがあったりするのですが
何とかやれているので、幸せだと思えています。感情が乱れることもあります。そんな時自己嫌悪に陥りますが
それをおおらかに許せる人になりたいです。
素晴らしい。
すごくいいことに気づけています。
そうなんです、不幸自慢しちゃうんです。
いつでも自分を不利だと思いがちな人は、自分で不利な状況を作り出します。不利じゃないと気が済まないという感じです。
なんでそんな発想になるのかと言えば、悲劇のヒロインでいたいからなんですよね。
「もう嫌だ!」と自分で思えたところが素晴らしいです。
なかなかそこに行き着かないと思うんです。
不幸自慢で悲劇のヒロインを演じているときは、気持ちがいいんです。
苦しいけれども気持ちがいいんですよね。
同情ももらえますから。
でも同情をいくらもらっても、いくら優しい言葉をかけてもらっても、本当の幸せは手に入らないわけです。
「もういやだ」という心の声は、本当の幸せはここにはないから脱したいという思いから来ているんですよね。
その心の声を自分で聞けるようになったのは素晴らしいことだと思います。
これに気づいた瞬間に、切り替えのチャンスが訪れます。
しかし来たのはチャンスだけです。
チャンスが来たらあなたはどうしますか。
「もちろんつかみ取ります」
と答えると思います。
でもね、周りをよく見てみてください。
チャンスがそこにあるのに、掴まない人が結構たくさんいることをあなたは知っていると思うんです。
もしかするとあなた自身も、チャンスがあったら掴むなどと言いながら、実際にチャンスが来たら様子見を決め込んでスルーしたりしたことがあると思うんです。
チャンスとは何かというと、行動のきっかけなんですよね(^^
変わるために起こす行動のきっかけです。
そこでうまいこと行動を起こさないといけないんです。
ずっと悲劇のヒロインで居続けることはできます。
しかしそれはあなたが心から望んでいることではないはずです。
切り替えるために、何でも利用してください。
僕のことも上手に利用したらいいと思うんです。
僕はそのためにここにいます。
コメントを書くの、ためらうことあります。
読んだ人がどう思うだろうって思うんです。
嫌な気分になる人がいるんじゃないかって
結構気になるんです。
よーく読み返して、
それって私のせいじゃないよね
と頷けたら書きます。
初めて書き込みをする前にためらったのは
・ネットに書き込みをするのが初めてだったこと
・身元がバレたらどうしようとビビってたこと
・仲良さそうな輪の中に異質な私が飛び込んで場を乱してしまうのではないかと思ってたこと
・悩んでるときだったので嫌なこと言われたら耐えられないかも、と思ってたこと
が理由でした。
一度越えてみたら
生の交流とそう変わらないんだな
と思えて、ずっと続いてきました。
当時めちゃくちゃ悩んでた彼との関係が変わったのは、スゴいと思います。
コメントを書くことで、我がことだと思えることが増えたからガツガツ変わっていけたんじゃないかな。
#コメントを書こう
「我慢の限界を超えた時」が悲劇のヒロインの終わりかなと思います。
我慢することのデメリットがメリットを上回った時です。
メリットのひとつに、同情してもらえるというのもあるかもしれませんね。全てを失うリスクや傷つく可能性も少ないですし。
我慢をやめたら襲ってくるトラブルに対処する力がまだないから、我慢して悲劇のヒロインでいることで身を守ることもあるんです。女性は男性に力で勝てないから、そうするしかなくなるケースは多いと思います。
でも、我慢してゆるやかに終わりを迎えるか、我慢をやめて一気に終わるかの違いなんだろうな。「理不尽なことに耐えてでも身を守らなければならない」時点で終わりの始まりなんですよね。
少しこれな気がした