
←この記事をお気に入りに追加します。あとで読み返せます。Kouです。
「コメントを書きたいのはやまやまなんですが、何を書いたらいいのか分かりません」
とよく言われるんです。
確かに難しいですよね。何でも書いていいですと言われると、何を書いたらいいのか分からなくなるんです。
何かテーマがある方が書きやすかったりするものです。
記事に関係のあるコメントを書かないといけないと思うと、さらに書けなくなります。
そう言うときに、お勧めのコメントがあるんです。
それが、宣言です(^^
こんな感じです。
ゆきだるまんさんより:
お久しぶりです。
仕事と子育てに追われて、メールのみサラッと読んでるだけになってる最近ですが、この記事読んで涙が出ました。
今、子どもとの関わり方に悩んでいます。
まだ幼い子どもの要求に、甘えたいだけの子どもに、家事や仕事の効率を考え対応を後回し。当然子どもは反発したりワガママを言い、私のせいだとわかってても、子ども中心にしてあげられず結局強い言葉で抑えたり怒鳴ったり。
こんな自分が本当に嫌になります。
私も父に怒鳴られて叱られた事が多く、顔色を伺いながら幼少期を過ごしていた思い出があります。
父は嫌いではないですが、恐怖の対象だったなと思います。私が父に感じてた思いを、我が子にはさせたくない。ここで止めなくてはいけない。
ちゃんとコミュニケーションをとって、言葉で伝え合える母になろうと決意を書かせてもらいました。
この記事に出会えてよかったです。
ありがとうございます。
はい、受け取りました(^^
僕はこういうコメントが大好物です。あなたも多分そうなんじゃないかと思います。
人の決意や宣言を聞くのって、何かそれだけでパワーが出ますよね。
「えっ、すごい。私も頑張ってみようかな」
みたいな感覚になりませんか。
僕はノロケ話を持ってきてくれとよく言っていますが、他人のノロケ話のコメントを読んで素直に喜べる人ばかりではありません。
素直に喜べるようになること自体も大事ではあるんです。
無理して読んで、無理して喜んでみせる必要はありません。
読めないときは読まないに限ります。
でも、宣言だったらどうですか。
今から変わろうと決意する宣言ですから、自慢話でも何でもありません。
あなたも決意や宣言があれば、ぜひコメントに書いてください。はっきり言って大歓迎です。
宣言コメントは、良い作用がたくさんあるんです。他の女性も影響されますからね。
あなたが今から頑張ると高らかに宣言したことは、他の女性にも伝播して力を与えたりします。何なら、「一緒に頑張りましょう」みたいなことを言われたりもするかもしれません。
せっかくいい決意コメントを書いてくれたので、少し内容にも触れておきます。
僕は自分では子育ての経験がないので、自分の経験談として語ることはできませんが、子育ての相談は数限りなく受けています。知見としては相当量のものを持っています。
子育てに悩む女性に、僕が一つだけ何かを言うとしたら、子供は可愛がれるうちに愛情を注ぎまくった方がいいということです(^^
こんなことは今さら僕に言われるまでもなく分かっていることだとは思うんです。
でも、実行するのはかなり難しいんですよね。
どうしても日頃の忙しさに気を取られて、愛情を注ぎたくても後回しにしてしまったりするんです。
子供って、可愛がれる期間は実際にはかなり限られています。
このことを大半の親は後になってから知ります。
子供がある程度大きくなると、以前のように愛情を注ぎたくても注げなくなります。
触りたくても触れなくなります。
特に男の子は、ある一定の年齢になったら、抱き締めることはもちろん、触れることも一緒にいることも拒否するようになったりします。
小さい子供のときにしかできないことがたくさんあるんですよね。
抱っこでも、撫でるのでも、一緒に遊んであげるのでも、できるだけ応じてあげたらいいと思います。
僕は、無数のお母さんの後悔を聞いてから、この発想になるに至りました。
気づいたときには遅いわけです。
この発想で親子を見たときに、この記事に繋がります。
子供を怒鳴っているヒマはないんです。
実はこれは、子供に限った話ではないかもしれません(^^
恋愛でもある程度同じことが言えると思うんです。
愛情は、注げるときに注いでおく必要があるということです。いつまでも愛情を注げる機会が同じように続くとは限らないんですよね。
いつでも会えるわけじゃないと思えば、会っているときに無限の愛情を注げるようになります。
いつでも会えるわけじゃないと思うからこそ、会っているときに無限の愛情を求めることもできます。
こちらの記事で、親に理不尽に怒鳴られたエピソードを書いてくれている女性もいますね。
子供は、親にされたことを結構ちゃんと覚えています。
それはいいことも悪いこともです。
子供の頃に、とにかく溢れるほどの愛情を注いでもらったという子供は、大人になってもそのことをはっきりと覚えているものです(^^
今やらないといけないことをほっぽり出してでも、子供を可愛がることに時間を費やしていいと思います。
愛情を注げるタイミングで、躊躇なく愛情を注ぐのは意外と難しいことだったりします。
慣れていないと、できなかったりするんですよね。
「私が父に感じてた思いを、我が子にはさせたくない。ここで止めなくてはいけない。」
こんな感じで、自分が親にされて嫌だったことを子供にしないとか、自分が親からもらえなかったことを子供に与えるといった、負の連鎖を断ち切るパターンの動きができるのは素晴らしいことです。
でも、もう一ついいパターンがあるんです。
それは自分がもらった愛情をちゃんと認識することです。これは探してもなかなか見つからないという人もいるので、もしあなたが自分で探しても見つけられないという場合は、無理に探さなくていいです。
親や親戚、学校の先生とか近所のお兄ちゃんとか、相手は誰でもいいので、すごく可愛がってもらったという記憶があれば、ぜひ思い出してください(^^
こういうのはいくら思い出してもバチは当たりません。
もしコメントに書いてもよければ、ぜひコメントにも書いてもらいたいですね。書きながら、涙が出たりするかもしれません。その時点で、あなたは愛情深い人に近づいています。

このコメントお読みして、じーんときてました。
私の場合は…幼稚園の先生ですかね。
気の強い女の子に圧倒され、なかなか友達の輪に入れない私を気遣ってくださっていたようです。
経緯は全然覚えてないんですけど…なぜか、私に自宅の番号まで教えてくれました。
当時は年長クラスだったのですが、こっそり特別扱いしてくれたのが嬉しくて…
家の黒電話で、何回も「先生いますか?」て、先生の実家に電話して、母親が「先生の邪魔になるから」と横でハラハラしながら見守ってくれてました。
書いてたら、あったかい気持ちになって泣けてきました。
先生、もう相当なお年かと思いますが長生きして欲しい。ありがとう。
はーい(*・∀・*)ノ ハーィ 新しい連鎖
わたしは モテ連鎖 作り出したい
まだまだなの〜
してもらったこと
海に連れて行ってもらった 愛犬と祖父とのおもいで 砂崩し?教えてもらった 釣竿を持った
可愛い洋服をたくさん買ってもらった
店員さんと 相談しながら似合う服探す時間 楽しかった 母とのおもいで
雑談のじかん子どもの頃からずっといっしょ 祖母との時間
機械が困った時は お助けマン 父
日記や音楽 あろま 教えてもらった 一緒におでかけもした 先生
けっこー思い出せるの
まだまだあるけど
あーじぶんほんと落ち着いてきたんだな( ´ ` )
ゆきだるまんさま
こんばんは
きゅんきゅんです
子育ては最高よ!
めいいっぱい楽しんでくださいね。
いっぱい泣いてくださいね!
子育てこそ、楽しんだもん勝ちです。
いっぱいあそんで、たくさん意見をぶつけ合って、おもいっきりケンカして、いっしょに泣いて、ちゃんと仲直りして、しっかり抱きしめてあげてね。
お子さんは、いつでも、どんなときでも、親があげる愛情よりも、もっともっと大きな愛をいっばい与えてくれますよ。
だから、見ておかないともったいない!
だから、受け取らないともったいない!
別のところで暮らしていても、成人しても、それは変わりません。いつまでもたくさんの愛を与えてくれますよ。
大人になっても、楽しい子育ては続きますよ。我が子はやっぱりかわいいよ!
子育ては大変なんです。
本当に大変なんです。
だからこそ、
めいいっぱい楽しんでくださいね。
ゆきだるまさん、すごいです。私も頑張ろう。
お恥ずかしい話ですが、昔のホームビデオ見て、すごく嫌な気持ちになったことがあります。2歳の頃の兄が父に怒られていました。兄が言うことを聞かないので、「もう遊んであげないからね。お父さんの言うことを聞かないなら、もう一緒に遊んであげないよ」と父に言われていました。すごく悲しい気持ちになりました。もしいつか私が親になったとしても、子どもを脅すような言葉は使いたくないな、と。父も初めての子育てで大変だったとは思います。でも私はちゃんと話したり伝えることは大切にしたいな、と。
愛情はたくさんたくさんもらってきました〜!
子どもの頃から、学校の先生、習い事の先生、近所の人達。大人になってからも、職場の人、飲食店でたまたま居合わせたお客さんにご馳走してもらったり。
本当に、いい人達に恵まれていたなと思います。ありがたいです。
kouさん
こんばんは
きゅんきゅんです
これからも、子育てを楽しみます!
娘が受け取れないくらいたくさん、この上ないくらいいっぱい、愛情を注ぎ続けます!
もう大人でね、別に暮らす娘ですが、かわいくて仕方がありません。
いろいろあるけど、子育ては最高!
kouさん
私の宣言、受け取ってくださいね。
愛情はたくさんもらってきました。
ここにさんざん嫌だったこと書いた職場の人にも愛されていたことを思い出しました。
気持ちの和らぎはそのときもうあったけど、彼の先輩や師匠への態度見て自分も影響受けました。
もう変えてもらったんだから、彼との関係に執着せずに、自分で壊さなければいいけど、それができ続けるメンタルで居られ続けるかはグラグラしてます。
愛されたでいえば、親もだし、いろいろありますね。
>愛情は、注げるときに注いでおく必要があるということです。いつまでも愛情を注げる機会が同じように続くとは限らないんですよね。
これは本当にそうですよね。
何事もそうですよね。できるうちにしっかりやる。心がけたいです。
宣言…フェーズとかしっかり見極めながら、牛歩は守りつつ、そのときそのときで、できることはしっかりやり切ります。
要求された時に応えてあげるのって大切ですね。
大人でも「これしたい」って思ったことを、他のやるべきことを優先させて時間が経つと「もういいかな」って思うこともありますし、それができないって事態にもなりますもん。私自身も子どもの頃によく連れて行ってもらった祖父母の地元の中華屋さんに最近また行きたいなーって思ってたんですけど、なんとなく後回しにしてしまっていたのですが、「行ってみよっかな」ってなった時には閉業しちゃってたんです。すごくショックでしたー。「行きたい」って思った時に行っておけば良かったな…ってめっちゃ後悔しました。
子どもも「いま、こうしてほしい」って思ったから要求するわけで、あとになったらもうよくなっちゃいますし、言ってもやってもらえないんだって考えて要求すらしなくなっちゃうかもしれませんものね。他のことに追われていると「あとで」ってなりがちですけど、少しだけ例えば子どもが「だっこー」って言ってきた時に、「じゃあ、10数えるまでね」って少しだけでも付き合ってもらえると、それだけで応えてもらったって思えるかなって思います。まぁ、その後、「もっと!」ってなるんでしょうけど。(笑)
ゆきだるまんさんの『私が父に感じてた思いを、我が子にはさせたくない。ここで止めなくてはいけない。』の言葉に、胸がジーンときてました。
私も、親に自分がされて嫌だと思ってたことは、極力、子供たちへはしたくない!という意識を持ち続け、子育てしてきました。
そして、もっと親にこうして欲しかったな・・とか、こういうのは体感でよくわかってたので、できるだけ、こういうの、取りこぼさないようにしようという想いでも接しるようにしてました。
これら、理想や望みはあったんだけど、全てまで思い通りにやれたというわけでもなく、母と同じように、叱ることや怒ることも普通にあったし、取りこぼしも沢山あったけど、自分なりに、努力はしてこれてたと思うし、やれることは、できるだけやろうってやりきってこれたようには思えています。
もっと子育て中、余裕があったらな、、と思うところは勿論、振り返ると、後からあれもこれもと出てはくるけど、私なりに、当時はあれで精いっぱいだったって思うから、昔の自分を責めることはしたくなくて、むしろ、褒めてあげたいなと、いま、思えてきてます。
>愛情は、注げるときに注いでおく必要があるということです。いつまでも愛情を注げる機会が同じように続くとは限らないんですよね。
>子供は、親にされたことを結構ちゃんと覚えています。
それはいいことも悪いこともです。
↑子供が小さくて可愛い頃って、最も手がかかり、世話するのも大変なのが同時期だし、お母さんになったばかりで初めてのことばかりの中、心も体力も時間も、余裕が無いのも重なってしまい、あっという間に、見過ごしてしまうんですよね。。
世の中にいらっしゃる、今、子育て中で一生懸命な女性の方がた、これから先、お母さんになられる女性の方がたへは、私自身、親に放っておかれ、怒られ、叩かれ、親を恐怖に思いながら、育った記憶がいまだ残ってるので、小さい頃は得に、安心できるような温かい愛情をいっぱいいっぱい注いであげ、可愛がることを絶やさないであげて欲しいなと、、、願ってやみません。。
幼い頃って、本当に、親にされたこと、良いことも悪いことも、全て、スポンジのように吸収してしまうからいつまでも覚えています。
世の子供たち、生まれてくる命は、希望の光、世の宝だと思います。
だから両親のみからだけじゃなく、子供たちを取り囲む、周りの大人たちからも、いっぱいいっぱい、愛情が与えられるべき存在だと思います。
せっかくこの世に生を受け、幸せになるために生まれてきたんだから、悲しい思いをしてしまう子供が、この世の中に、決して、今以上、出てきませんように、増えませんように、連鎖が止められますようにって、願い続けたいです。
kouさん、そして温かいコメントをくださった皆さま、本当にありがとうございます。
宣言したのに、今日も朝からキツい言葉で押さえつけるような事をしてしまい、後悔しながら宣言を思い出し1日を終えました。
仕事も家事も終わらせて寝かしつけ、ホッと一息つきながらブログを読んでまた涙が出ました。
知らない私にこんなに温かい言葉をくれる人がいるんだなと。
一緒に頑張ってる仲間がいる、応援してくれる人がいる。
本当にありがとうございます。
人と関わる仕事をしているので、自分がどんな人と思われたいかを考える、意識するって大切だなと思いました。
私は人に流されやすい所があるので、しっかりと自分を持って生きたいと思います。
大切にしてくれる人をちゃんと大切に、愛情もって接していこう。
きっと一生懸命に2人で私の事を考えて、母の日にお花をプレゼントしてくれた夫や息子を、ヤンチャ盛りの娘を大切に大切に大事にしよう。
やだー!ゆきだるまんさんの「ん」が抜けていた、、、
すみません。
子供は好きなので、いつか子育てする事があった時に大事にしたい事とか、よく考えます。
私が親になった時は、子供の事、よく観察したい。等身大のその子を見たい。
私自身がその辺り微妙だったので特に感じるのかもしれません。
強くなければいけないとか、母のセンスに合わせなければいけないとか、思ってました。親が求める娘を見せようとして、無理が生じて、苦しいという。希望を伝える時も、なるべく親が否定せず認めそうなものを選ぶ、でも本来の希望が叶わないという。この後遺症は今でも残っています。親に自分を出そうとすると、どこか緊張するんです。でも、今は出しますがっ!
そういう気持ちを抱かせているとは、親は思ってもないと思うんです。親なりに出来る事をしたけれど、私のようなタイプはこうなってしまったという事だと思うようになりました。だって、親もずっと言ってました。祖父母の代から受けた連鎖は、私たちの代で終わらせたいと。
その割に…よく言うよ…とか、思って見てたんです。
でも、親のその思い自体は本当なんだと思うようになりました。
私自身も、これだけ考えて、勉強して、気をつけても、思わぬ負担を子供に強いてしまう事があるのかもしれません。
それを思うと……、なのですが。
それでも出来る限り、等身大の姿を子供が安心して見せられる親になりたいと思います。
……あ、まだ子供おらんかった。
愛情をそそげる時にそそぐ。
子供は最たるものだけど、なににでも当てはまることですね。
いま、なにをするか。
kouさん
おはようございます
きゅんきゅんです
ゆきだるまんさま
ありがとうございます
どうしてもやらなければならないことなんて、実はひとつもないのかも。
絶対にやらないと決めていることだけ、それだけ死守すればいい。
本心で望むことをやるのよ!私!
半月ほど前から、身体が痛いです。
体質のせい、年齢のせい、スマホのせい、考え過ぎのせい、天候のせい、誰かのせい…。疲れているのよね。
そんなんいいのよ、考えなくて!
理由を考えても、よく分からないの。
たぶん…どれもがね…今の私には負担をかけているのよ…たぶんね。
仕事を休むか…休んでも、明日も痛みはある。だけど軽くできるのかも。
子どもたちには会いたいの…大人には…正直に…会いたくないのよ。
古い連鎖を断ち切り、新しい連鎖を作ろう!
私の古い連鎖とは、モヤモヤをずっと抱え込んだ結果、改善する活力を失っていくこと。
私の新しい連鎖とは、ちゃんとモヤモヤと向き合ったら、できるだけ早く切り替えて、それをどう活かすのかを考える方法を作ったこと。
朝起きて、カーテンを開けて、おひさまの明るさを受け取って、今日の私ができることをやるのよと思えた、それだけでいいのよ。
そうしたら、お花がかわいいって思えて、ソファにいる時間が大切で、私のためにごはんを食べることが大事なことで。
私が好きな服を選んで、私のためにそれを着ていく、それがとっても素敵なことでね。
文化的な生活を送るのよ。
そうやって、私は私の人生の彩りを楽しんでいるんだって。
今の私はこれでいいです。
【愛情は、注げるときに注いでおく必要があるということです。いつまでも愛情を注げる機会が同じように続くとは限らないんですよね。
いつでも会えるわけじゃないと思えば、会っているときに無限の愛情を注げるようになります。
いつでも会えるわけじゃないと思うからこそ、会っているときに無限の愛情を求めることもできます】
これ、私のポリシーです⸜( * ॑꒳ ॑*)⸝シュタッ!
どんなに忙しくても、家族とか友達とか、会える時に絶対全力で頑張って会っておく( •̀ᄇ• ́)ﻭ✧
その時はめちゃくちゃしんどくても後悔したことは一度もないです
どんなに喧嘩していてはらわた煮えくり返っていても、もしこれが最期だったら、ここで後回しとか無視して後悔しないか?と自分に問いかけると、無視する選択肢は絶対に出てこないんです
傍から見たら私はバカで甘いかもしれないけど、私は自分の人生で後悔する方がイヤです
スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学の卒業式での演説の
「もし今日が自分の最期の日だったら」
の自分への問いかけを毎朝しています(重くてすみませんテヘ(ノ≧ڡ≦)☆
【いつでも会えるわけじゃないと思えば、会っているときに無限の愛情を注げるようになります】
愛情かどうかはともかく(え)、わたしはノコノコ元死体彼さんに会うためにも毎回会っているときにも全力を尽くしました
ほんと私頑張った!⸜( * ॑꒳ ॑*)⸝!
それに頑張る理由は元彼にも言ってありました
結果として、元彼も会っているときに全力尽くしてくれてたと思います
会ってない時は全然でしたけど!(*≧▽≦)ノシ))
だからまだノコノコウロウロしてるのでしょうか…( ˙꒳˙ )シランケド
親からの連鎖ではないけど、自分自身の過ち(と自分で感じてること)を繰り返さないことも連鎖を断ち切ることになるのかな。
彼と話していて、いかに私が周りに大事にされているのかを思い知りました。
あんなことした私、こんなこと言った私。
今まわりにいるのは、不甲斐ない私を許してきてくれた人たちばかりです。
恥ずかしくて目を背けたくなる過去ばっかり。
でも、目を背けていても、大事な人をちゃんと大事にできる私にはなれませんよね。
遡れば、お外遊びが苦手な私を無理に外に連れ出さずに見守ってくれてた幼稚園の先生。
部活にしか参加してなかったのに、何も言わず何も聞かず受け入れてくれた顧問の先生と、部員のみんな。
退学後も「いつでも戻っておいで」と言ってくれた短大の先生方。
輪から追い出さず、機嫌を取り続けてくれた兄と兄の友達。
私のやらかしを3回も許してくれた彼。
たくさんの愛情に守られて生きてきました!
今度は私が周りに愛情を注ぐ番になります。
上手くできなくても、そうしようと思う気持ちは持ち続けたいです。
kouさん
こんにちは
きゅんきゅんです
自分が書いたものを読み返して、泣いています。「ああ、それでいいのよ、それでね。」、「いいのいいのよ」、そう言ってあげられています。
この涙はキレイな涙です。
私がそう思えたから、それでいいのよ。
kouさん
ありがとうね(╹◡╹)
みなさま
ありがとうございます(╹◡╹)
してもらったこと
おびえて おびえて 眠ることも出来ず
部屋に閉じこもっていたわたしに
何度も声がけをして 色んな方法で
安心をくれました
まもっていただきましたm(_ _)m
今はじぶんを取り戻すこととどうじに
さらに 人としての学びを深めていきたい
年上の方からも年下からもまなぶ日々
今までからも学んで 爆発しないように
円満になるように じぶんも納得できるように 頑張っていきたい
ありがとう 宣言
これからはぜひ宣言もしていきたいと思いました^_^
私は父親よりも父親の友人であるおじちゃんから受けた愛情を思い出します。
父はマザコン気味でお休みの日は実家に行って不在。おじちゃんはうちのウォシュレット使いにきてたみたいですが、来るたびに家の中を肩車に乗せて歩いてもらってた記憶があり、ドアの枠をくぐるアングルが脳に焼き付いてます。
父は70くらいで仕事を辞めてからは兄と私や娘に色々なものをくれたり、たくさんかまってきてくれますが、Kouさんのおっしゃる通りで、もう、なんていうか、遅いわけではないけど、幼少期とかの愛情とは違ってもう染み込まないというか、やはり。。。
違うんですよね。頭では愛情に他ならないと理解してますが。
やっぱりみつごのたましい百までですね。
幼少期が大事かと。
恩師は愛情深い方たちです。
そして母、亡くなった伯母、知り合いのおばちゃんたち、女性は一様に愛情深い存在な気がしてます。
わたしの父は、自分の気分次第で、子供の私を玄関から締め出すような人でしたので、基本的にはあまりいい思い出はありません。
が、うんと小さいとき、一人で出かけようとした父を泣きながら追いかけたら、根負けして動物園に連れていってくれたことがありました。
キリンか何かのぬいぐるみを買ってもらい、そとのベンチでアイスを食べさせてもらった記憶がうっすらあります。
あと、何かの弾みで、わたしが車のドアに指を挟んでしまった時、
あとから母に「あれで指が取れてしまったら自分のせいだと、父がものすごく肝を潰していた」と聞きました。
こうやっておもいだすと、すべてが嫌な思い出ばかりではないことがわかります。
大切にされたことは大切にされたこととして、嫌な思い出とは別に、しっかり宝物の記憶として、大事にしようと思います。
すごく可愛がってくれたのは、おばあちゃんです。
母からは弟と私で全然違う厳しさで育てられました。
「下の子はこんなもん。しょうがない」
「男の子はこんなもん」
「下の子はかわいくてしょうがない」
「男の子はサッパリしててええわ~」
私にとっては親の言いつけを守らない不出来な弟は、母にとってはかわいい下の子。
扱いの差は大きかったです。
その点祖母は私が真面目に母の言いつけを守ろうとしていること、理不尽にさらされていることを分かってくれました。
母が母になる前は祖母は母を怒ったことがなかったそうですが、私に理不尽に当たり散らす母の頬を張ってくれました。
母にとっては初めて自分の母親にぶたれた出来事だったようでした。
母代わりに育ててもらったので、本当にたくさんの思い出がありますが、
今思い出したのはそれだなぁ。
私の安全基地でした。
絶対に私の味方でいてくれる人でした。
特定の誰かに特に可愛がられたとかはないように思いますし、子供はいないので、特に連鎖というものもないです。
最近、「心が綺麗」って言われたんです。
そんなこと初めて言われて、びっくりしました。
嬉しかったですよ、もちろん。
4月から一緒に働くようになった人からです。
他にも、最近になって、嬉しい言葉を、何人かの人から言われました。
嬉しかったけど、驚きもしました。
でも、過去を遡ると、(何であんな応対しちゃったんだろう?)と、自分を嫌に感じる事もあります。
でも、私の心が綺麗だというのなら、私の心が綺麗なら、それを維持したいと思いました。
心を磨きたいと思いました。
それを発揮したいと思いました。
今日は悪天候ですねー。
お勉強でもしましょう。
もう一つ、新たな決意表明です。
執着を手放します。
日々、コメントを書き、書いたコメントを読み直し…するなかで、自分が執着している事に気が付きました!
嫌よ嫌よも好きのうちって、嫌な言葉だなぁと思ってたんですが、そうなんですね。
何をするにも、母の顔が頭をよぎる。
私の場合は子供の頃から、鉛筆を買うとき、新しい筆箱を買うとき、家庭科の授業で使う裁縫セットを選ぶとき……
私は虹色のハイビスカスがついたのが欲しかった。でも、母にとってハイビスカスってギャルの象徴だったみたい。
「趣味が悪いっ!!こっちにしなさい!!」
そう言って、文房具は赤ちゃんみたいな柄のものや、裁縫セットは大きいコーギー?がどーんとついたものを買われました。
でも他の子で、私が欲しかったハイビスカスを持っている子は沢山いました。
あと私は否定されるばかりなのに、兄は趣味に対して否定される事がなくて、同じ兄妹でどうしてかなと思った事も。
なんか、私の娘はこうでないといけない!というものを感じて過ごしてきました。
そんな些細な否定の積み重ね、理想の押し付け、趣味以外にも、受け取り方が悪いとか、薫には無理ねとか、そういった積み重ねで、大人になっても服を選ぶときですら母の顔が浮かぶ事がありました。女性の承認を受けてから、趣味に関する変な遠慮は無くなりましたが。
恋愛でもこの影響は大きく出ています。
男性から興味を持ってもらえたり、告白もしてもらえるようになったんですけど、
その度に母の顔が浮かぶんです。それで前に進めない…。
それを母のせいにするのをやめようって、この記事が出た時に決意しました。
そして、自分の事も責めないと。
でもそれだけでは、少し何かが足りないなぁと思って、もっともっと考えていました。
“母の事が苦手”という事に、私の方から執着している!?と思ったんです。
なので、そこに捉われず、もっと軽やかに捉えてみようと思います。
自分の心に従うだけ。
本当にそれだけ。
私がどうしたいか、そっちにこだわるだけ。
母の顔が浮かんでも、良い意味で受け流す。あ…お母さんの顔だぁ。くらいで済ましてみる。
そしてその先に進んでみる。
時間はかかるはず。根深いから。
でも、やってみる。がんばる。
昨日のお手洗い問題から、尊厳の無視という深いテーマが浮かび上がりました。
・私自身が私の尊厳を無視しない。
・母の事が苦手という執着の手放し
この2つを決意表明します!