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配信記録
- 2026/06/01 あなたは女性でいていい
- 2026/06/01(2) 市場で勝負するなら・・・
- 2026/06/02 疲れが吹き飛びました
- 2026/06/02(2) 恋愛に効率はいらない
- 2026/06/03 いい例をたくさん見ましょう
- 2026/06/03(2) 加点方式、減点方式
- 2026/06/04 話を聞いてもらいたいとは?
- 2026/06/07 何を教育すべきか
- 2026/06/07(2) 素朴な疑問が集まってます(^^;
- 2026/06/07(3) 私はこう思うけど、あなたはどう思う?
- 2026/06/07(4) 何でも試してみよう(笑)
- 2026/06/08 具体的な方法と基本の思考回路
- 2026/06/08(2) 頭の中を同じにできるか
- 2026/06/08(3) 感謝する方法
- 2026/06/13 100点は当たり前ではないということ
- 2026/06/15 鬼教官


kouさん
こんばんは
きゅんきゅんです
100点は当たり前ではないということ
彼の苦しさの正体
彼の凝り固まったものを溶かしたい、心身に込めている力と、溜め込んできた毒を抜いてほしいと思っています。
私にその役ができたらいいのにね。
まだ、ダメみたいです。
そんなにムスッとし続けていて、身体はつらくないのかな。そんなにブスッとしていたら、こころまで暗くなっちゃうよと思うのです。
私がそうなっていたからね。
「オレをねこといっしょにすなっ」、そう言われそうですが、保護猫や保護犬の番組を見ていると、彼のことをそんないぬやねこみたいだなと思うときがあります。
そういう私も、保護する側のようで、まだまだ保護される側なんです。彼にとっては、守らなければならない存在でね。だからそばにいるんだよね、彼は。それは私も同様でね。
今はね、私の方がちょっとだけ元気になっているので、こちらから先に声をかけ続けます。
いつもいつも「シャーシャー」言われてばかりですが、それにも優しいときとそうでないときとがあってね。
まぁね、私を信じようとした彼を、彼自身が信じられる日がくるはずです。
それまでは、「シャーシャー」言わせてあげよう。
私にだったらできる!
気長に待ってあげよう!
kouさん
こんばんは
きゅんきゅんです
100点は当たり前ではないということ
秘密のメッセージ
案外できたりするのよね。
その繰り返しでここまできました。
やってしまったらね、あとはね、できていないところを順番にやり直していけば、やりたいことにだんだん近づいていきました。
やっぱり!やったもん勝ちですね。
全部取りで、欲しい未来まで行くよ!
そうそう、これもだわ!
どうせやるんだったら楽しんで!です。
kouさん
こんばんは
きゅんきゅんです
私、やっぱり明るいよね!
そうそう、私は明るい女性よ!
そう、わたしは大丈夫だったわ!
「彼なんて、よく見ると30点とかだったりしませんか(笑)。
赤点スレスレです。」
本当に〜!
それなのに、自己肯定感高めで
自信満々な姿を見ていると、
なんだか勇気が湧いてきます(^_^;)
100点は当たり前ではないということ
おぉ、メルマガ来たよ♡
うれしい〜
すこしずつ成長していこうとする意志があるかどうか。
これですよね。意志があるかどうか。
何事も。
kouさん
こんばんは
きゅんきゅんです
100点は当たり前ではないということ
いつもはったりでもいいから、「諦めない私すごい!」と言い聞かせています。
kouさん、今日は少し落ち込みました。
うまくできない私を責めました。
しゃべらない彼は、私のことは気にならないのでしょうか?私のことはどうでもいいの?
そんなことを考えてしまいましたが、少しだけにしました。
泣いちゃったけど、少しです。
さっき、ちょっと悲しくなってね。
でもね、音楽聴いて、歌ってね。
自分の機嫌は自分でとるのよねって。
あとは、あたたかいおふろに入ります。
もう、それでいいです。
誰かにとっての私は30点かもしれませんが、私にとっての私は何点でもいいです。
私は私のために生きているからです。
目の前のことに一生懸命に取り組んでいる私がいれば、それでいいです。
やっぱり私は大丈夫です。
私は大丈夫です。
私は大丈夫です。
私は大丈夫です。
感謝する方法
ふう、やっと戻ってこられました。
kouさん
まさかあのコメントが拾われるなんて、油断していました(´∀`*)ウフフ
確率を高めることはできるけれども、どこまでやっても確実じゃない。
不確実・不条理。
自然のことだと分かりやすいですね。
私も実感があります。
でも非日常だからか汎化してないんですよねー、、全てのことに通じるはずなのに。ううむ
今日は少しヒヤッとすることがあり、平和に慣れてしまっていた、当たり前になっていたなと気を引き締めたところでした。
連続する毎日だけれど、心の中ではもっと短い今にこだわって、その積み重ねだと意識してみようかな。
100点は当たり前ではないということ
小学生のときのテストを思い出しました。
100点は当たり前でした。
段々と得手不得手がはっきりと分かってきて、点が取れない科目のテストを受けるのが苦痛になりました。
社会科で60点台をとったときは親に報告するのが本当に嫌で。
兄ふたりは勉強が苦手で、母が苦労してたのをずっと見てきました。
だから、せめて私は手をかけさせないぞ、と…思ったのか思ってないのか。
そもそも苦労してたのかも今となっては怪しいです。
結局のところ、不登校だったり退学だったり引きこもりだったり出戻りだったりを通ってきたので、普通以上に手をかけてもらったと思います。
なのに未だに「100点の私」にこだわってました。
>実はそういう発想もあるんです。
>考え方自体は正しい発想でもあるんですが、これは自分で能動的に自己改善を図ろうとしている人以外には、逆効果として働きそうですね。
私は、意識してなくてもこの発想だったから、どれだけくたびれていても、やめてと泣いていても鞭を振るわないといけなくて。
私には休む権利なんて無いと本気で思ってる時期もありました。
頑張るためには休むことも必要だと教えてくれた人がいました。
必要なときにちゃんと頑張れるように、しっかり休んで、とことん遊ぶことも重要だと。
これでも少しずつオンオフの切り替えができるようになってきてるんですよ(*´ `*)
昔は夢の中でも働いてましたから。
>みんな欠点はあるもので、むしろ欠点だらけでも何とかなっていると思うようにした方が気が楽でいいですね。
まずは気持ちを楽にしてあげるのが良いですよね。
肩の力が抜けて、楽しさが分かってきたら、自然と頑張ろうって前を向けるから。
苦しくなったらここに立ち返ろうと思います!
『100点は当たり前ではないということ』
>責め癖のある人に多いのは、常に「問題」を見つけようとすることです。
自分の中の問題です(^^;
「欠点」と置き換えてもいいかもしれません。
自分の中にある悪いところを探してしまうんです。
↑悪いところ(問題)を『探す』ことはわざわざしてはいないと思ってて、無意識に、自分の欠点に『気付いてしまう』『わかってしまう』、という感覚のような気がしてます。
>考え方自体は正しい発想でもあるんですが、これは自分で能動的に自己改善を図ろうとしている人以外には、逆効果として働きそうですね。
↑自己改善を図ろうとしている、この考えは多いに持ってます。
なので、改善が思うようにいってる時は、自責にはなりません。
>100点を当たり前だと思うと、100点を取れない自分を厳しく責め立てることにもなってしまいますね。
そういうことをしていませんか。
↑100点という意識はなかったんですが、言われてみれば、このくらいの勢いなのかもしれない。
妥協できるラインとか、自分に決して負けたくないというラインが、物凄く高いという自覚は多いにあります。
元記事にも書いたけど、、。私は、理想や目標を、現実より、かなり高く掲げ過ぎて、そこにギャップが大きく生まれてしまうと、次第にこのギャップに耐えられなくなってきて、このままじゃダメだと、ますます自分を追い込んでしまい、身体に鞭を打つまでとなり、余計に厳しく責め立ててきてしまってました。
こんなの続けてたら、そりゃあ、身が持たなくなってくるのも、壊れてしまうのも、無理のないことですよね。
ひと昔前は、少し良くなっていってるくらいじゃ、ちっとも満足できなかったけど、今だと、ほんの少しでも改善が見えてきたら、まぁコレで良しとなれてるので、かなりかなり、楽になれてきてるなとは思えています。
緩まってきてるようで、人生をまるで共に歩んできてたような、自分の分身のような責め癖は、ここ最近はずっと現れないでいてくれてます。
これまで体験してきた中、第三者の方から、充分やれてますよ、がんばりすぎなくていいですよなどと言われたことも、思い出してもいました。
『がんばること』と、『自分を許す』バランスは、ひと昔前より、だいぶいい感じにとれてきてると思えています。
これからも、もっと、私が私のことを、今以上、優しく見てあげたいです。
今でも充分よって、多いに赦していってあげたいとも思います。
いい例をたくさん見ましょう
しまった〜またコメントできずにいました…!
そうですね、ここでいろんな方の例を知ることができて学びも深まります。
効率を重視する男性には出会ったことあります。僕はもう決めました!というようなことを言っていたので、その時は意志の強い男性に映っていたかな。決めたのはいいけど、私にまで同じ答えを求められても困る〜とは思いましたかね…。
3回目くらいの食事の場所の選択肢がなぜか町中華一択で、馴染みがない私には、もう少し何かないのかとは思った記憶があります。それでなんとなく、自分の進めたいように進める人なんだなと思って深入りせず終わりました。
悪い人だとは思わなかったので、きっとやりようはあったはずですが…!
鬼教官
まず、自分のこれは責めすぎなんだと気づけたことが大きかったです。
どこまで手を緩めていいのか分からない。
緩めれば緩めるほど、自分が堕落していくと思ってました。
でも、自分に厳しくすればするほど身動きが取れなくなって、何もかも向いてない気になってた。
ほとんど理性を捨てていた時期もあったので、自分の選択に信用が無いんですよね。
「どうせ私は間違える」と思ってる。
それでも最近は理性を取り戻して、人間らしく生きられるようになってきてます。
そこにも目を向けてあげないと。
家族や友人に向かって言えないことは自分にも言っちゃダメです。
自分になら言っても良い、なんてことはない。
その姿勢は周囲にも伝わって私を掃き溜めとして使われるだけ。
最近はいい感じに緩んできてて以前より伸び伸びできてるので、この調子を少しでも維持して、何かあっても戻ってこられるようにしておきたいです。
鬼教官やーめっぴ( ‘ ‘ )۶
<秘密のメッセージ>
休むのも大事ですね。
自分が復活することを信じてる証拠。
鬼教官
けっこう鬼教官になってる方は多いのかな。
いやぁ、今の教習所って、そんな褒めてくれるの? たしかに、車を持たなくなってきているし、免許を取る人も減るわけですものね。
☆彡鬼教官
ええ、怒鳴られましたね。昭和のデフォルト。平成初期でも同じでした。
でも、鉄の塊を操るという”人の命に係わること”なので、怒鳴って教えることも必要なんですけどね。
若い時は特に、自責と責任感を勘違いしていましたねぇ。自分を責めることで責任を取っているように思っていたかもしれません。
でもどんなことにも理由があるし、その選択をしたのも、その時それしか考えつかなかったから。そしてすでに過去の事。考えても何も変わらない。
別に最低最悪の結果だったとは限らないし、問題は次にどうするか、なんですよね。
何もかも悪いことで、すべて失敗だったということはまずないですしね。
「あっ、今のブレーキのかけ方は素晴らしいです!」
「一時停止は守れませんでしたが、前をよく見ていたのはいいですね」
「エンジンがかからないのはブレーキペダルを押し込んでいないからですが、ちゃんとシートベルトをしているのは素晴らしいです」
「ハンドルの握り方が完璧ですね」
もはやアンミカ自動車学校ですやん。笑
教官も多分全員アンミカに育てられたんだと思います。
こんなんじゃダメだと自分を責め始めると、終わりが見えなくなってしまいますよね。
生きていると頑張りどころは確かにありますけど、同じくらいリラックスどころも要りますよね。
でないと保たないです。
私はベッドで考える癖がついてしまったのか、ベッドに入ると頭が冴えて眠れなくなってしまいました。
リラックスする場所なのに、脳はベッドを考える場所だと覚えてしまったみたいです。
ここは眠ってもよき場所やで。
もう一度、脳に覚え直してもらわないとです。
どうせ同じように頭を使うなら、寝る時にこそアンミカモード発動させましょ。