
←この記事をお気に入りに追加します。あとで読み返せます。Kouです。
出ました、危険シリーズです(笑)。
たまには全然関係ない話を、僕が思うままに書こうと思います。
街を歩いていても、ショッピングモールに出かけても、必ずと言っていいほど出くわす光景があるんです。
最近は駅のホームでも見てしまいました。
それは、お母さんが小さな子供に汚い言葉で怒鳴りつけている場面です。
あなたも見かけたことはありませんか。
ただ怒鳴っているのではありません。汚い言葉で罵るんです。ここがポイントです。
それを見るたびに、すごく苦しくなるんですよね。
かといって口出しするわけにもいかないので、結局何もせずに見守ることしかできないのですが、本当に苦しくなります。
子供はずっと泣きわめいています。
お母さんの気持ちが分からないわけではないんです。
子供は言っても聞かないので、本当に難しいんですよね。
どうにもならないことや、我慢することを教えるのは大事なことです。
ただなー、もうちょっと何とかできないのかとは思ってしまいます。
方法って自分で選べると思うんです。これで言えば、子供の叱り方です。
いや、対話の仕方かもしれません。
子供が何かのクリーチャーみたいに見えているのかもしれませんが、子供も一人の人間なんですよね。
それはあなたもかつて子供だったのだから、記憶があると思います。
親によく分からない理由で、無茶苦茶に怒られるんです(^^;
口答えもできないんです。
というか、自分は正当な反論をしているつもりなのに、「口答え」で済まされたりするんですよね。
こっちの話を全然聞いてくれないんです。
だから、泣くしかありません。
しかし泣いたら泣いたで、またそれで怒られたりします。
どうしたらいいか、もう分からなくなるんです。
僕が他人としてその光景を見ていて苦しくなるのは、子供がかわいそうだからではありません。
もちろんそれもあるんですが、怒鳴ったり汚い言葉を使う選択をしていると、それが自分自身になっていくんですよね。
怒鳴る人は、自分のことをすぐ怒鳴る女性だと知覚するようになります。
当然ですが、周りの人や子供もそういうふうに見るようになります。
自分の行動によって、少しずつレッテルが貼られていくということです。
汚い言葉を使っていると、汚い言葉を使うのが自分だと思うようになります。
これが悲しくて苦しいんです。
いつも意識してほしいことがあります。
自分には何が似合うかということです。
あなたにはどんな行動が似合うと思いますか。
あなたにはどんな言葉が似合うと思いますか。
怒鳴る人だと思われたいですか。
汚い言葉の使い手だと思われたいですか。
そんなことは絶対にないと思うんです。
街中で子供を怒鳴ってしまう母親は、おそらく自分もそういう育てられ方をしてきたのだと思います。
こういうのは連鎖しますからね。
しかし、連鎖は断ち切れます。
自分には何が似合うのかということを考えて、切り替えていけばいいですね。

口汚く罵っても、そんな風に
思われない私が通りますよ。
3月末くらいから色々読めていませんでした。
つい先日も私が若手を指導中に
若手に雑談を振ってくるおじさまがいたので、
「ちょっと!邪魔せんとって!!(*`ω´*)」
「もう!みんなが邪魔するから、若手の帰りが遅なったやろ!!(*`ω´*)」
とキツめにものを言っていたのですが、
周りは、HAHAHAみたいな和やかムードでした(ゆくゆ;)ナンデヤ
でも自分が聞いているんですものね。
「自分の行動によって、少しずつレッテルが貼られていくということです。
汚い言葉を使っていると、汚い言葉を使うのが自分だと思うようになります。」
確かに思っているかもしれません。
汚く言わないと、距離置かれるんですもん…。
(理由:深窓の令嬢に勘違いされるため)
そろそろ、必要ないかもなぁ。
(ユイちゃん、いつもそう言いますが、ガチですか(すくす)
ガチですよ(ゆくゆ)ウタガワレテオル)
「怒鳴る人だと思われたいですか。
汚い言葉の使い手だと思われたいですか。
そんなことは絶対にないと思うんです。」
うん、それは嫌ですねぇ。
朝、余裕なくてバタバタしてしまっているのも何とかしたいです。
まるで昔の自分のことを言われているようで、、
子どもがまだ小さかった頃、私もよく怒鳴っていました。時には汚い言葉まで口にしてしまい、その場面を今でもはっきり覚えています。あの頃の自分は心に余裕がなく毎日のように怒ってばかりでした。
でもある日、気付いたんです。
怒って分からせようとしても子どもには何も届かずただ恐怖や嫌な記憶として残るだけだろうと、自分自身が子どもの頃、そう感じていたので。
そして毎日怒っている自分にだんだん嫌気がさしていきました。その気づきから、私は怒鳴ることをやめ、怒りたくなる場面でもまず深呼吸したりゆっくり優しい言葉を選ぶようにしました。そうしていくうちに、いつの間にか 穏やかで優しいお母さんでいる自分 が当たり前になっていきました。
今ではなんでもないときでも子どもを抱きしめたり(そのうち嫌がられるようになるのかもしれませんが)いつでも安心させてあげたいと思えるようになりました。 そしてそう思える自分が好きです。怒鳴り散らしていた頃の自分より、穏やかで優しいお母さんでいるほうが、私にはずっと似合ってるみたい
汚い言葉や罵りなど、激しい感情など、自分の周りにはあまりないので、やはり気になります。
幸いなのだと思いますが、、わたしの育った家庭は、こういった言葉に触れることがほとんどありませんでした。
間違いを指摘されることはあれど、感情的に怒られたことは、ほとんどないのです。
両親は、けんかを見せないように気をつけていたようです(笑)
だからなのかな、わたしも人に対して怒りを感じることが、あまりありませんし、汚い言葉を口にすることも少ないと思います。
接するもの、というのは、とても大きい存在だと思います。
友人が子供に暴言し続けて、離婚や不登校などの問題をかかえていたのですが、
話を聞くと、友人自身も家族に暴言を受けたりしていたようてす。
そもそも、接していなければ、存在しませんからね。
コントロールしようとする気持ちや夫婦のフラストレーションなど、発端になるストレスを弱い存在に向けてしまうようですね。
自分がどうありたいか、どんな姿が望む自分なのか、この意識で、自分をつくるのは、自分なのですよね。
深いです。
私の印象は、最近は怒鳴っている人より
子供が騒ごうが泣こうが
何も言わずにスマホをいじっている人が
多い気がします。
たまに小さい声で注意しますが
またすぐにスマホに目を落とします。
なんなら子供にもスマホを与えて
静かにさせていることも多いですね。
四六時中、小さな怪獣と一緒に
いるのは大変だもんなぁと思いますが、
少し心配にもなります。
子供を覗き込んで
笑顔で優しく話しかけている
お母さんを見ると
ほっこりと温かい雰囲気になりますし、
周りの人も心なしか穏やかな表情を
しているように感じます。
ちょっと話はズレますが、
スマホを見ながら犬の散歩をする人も
けっこう見ます。
犬は飼い主さんをちょいちょい
見上げるのですが、飼い主さんは
スマホを見ている光景に出会うと
「犬と視線を合わせてあげて〜」と
寂しい気持ちになってしまいます。
仰るとおりです、仰るとおりなんですが‥
「汚い言葉で怒鳴りつけてしまう」状況はショッキングですが、「そうせざるを得ないほどに追い詰められてる」可能性に思いを馳せてしまいます‥
「あなたに似合わないからやめなさい」は正論だけれど、言われたほうは逃げ道がなくなってしまうかも。
子どもが標的になるのはもちろん良くないのですが、その他諸々の積み重ねがそうさせてしまっている場合もありますよね。
カスハラなどにも通じるかな。罵声はSOSなんだとも思います。
結局は本人がなんとかコントロールするしかないのが‥難しいですね‥
すごくわかります。ママさんの苦労もわかるし…でも聞いてる側も辛いもんですよね。
「うるせえんだよ、静かにしてろよ」とか子供に怒鳴り付けるヤンママとか…。汗
私の友人ママさんは、「そういう母親にはなりたくない」と言って、
子供には「そういうことしたら、お母さんすごく悲しいんだよ、辞めて欲しいな」って伝えてます。
これなら子供も「お母さん悲しむことなんだな」てわかりやすいみたい。